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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

夜離れ(4)
※今回も青空文庫形式です※
夜離れ(4)

 マサキが草むらを褥《しとね》としていたのがどのくらいの時間だったのかはわからない。腹部に痛烈な一撃を食らったのは、瞼を開いた次の瞬間だった。空気が動くのを感じて身体を退いたものの、避けきれなかったようだ。
 重く鈍い痛みに、地面に膝を付いた。遠ざかる足音を聞きながら、先ずは命が助かったことに安堵の溜息を吐いた。
 それからどうしようと考えて、マサキは草むらに寝転がった。もしかしたら時間の経過とともに視界が回復するかも知れない。だったら下手に動き回るよりも、そちらを待った方が得策だろうと考えたからだった。
 そのまま眠りに落ちてしまったようだった。
 ふと、心地よいまどろみの中、背中を包んでいる感触が、硬い地面のものではなくなっていることに気付いた。
 柔らかいシーツの感触。ジャケットは脱がされているようだ。そこではっとなって、マサキは慌てて飛び起きた。「お目覚めになられましたね」落ち着いた雰囲気の中年を思わせる女性の声が聴こえてきて、マサキは反射的に声のした方向を振り返った。
 開いた瞼の向こうの景色は相変わらず闇だ。だが、光を感じることはできる。恐らくは窓からの外の光なのだろう。肌に感じる陽光の温もり。柔らかい光が視界の隅に広がっている。ということは、目そのものが駄目になったのではないようだ。
「ここは……いや、それよりも悪い。目が見えないんだ」
「通りで。目の焦点が合っていないと感じました。風の魔装機神が操者、マサキ=アンドー様ですね。何があったのか、差し支えなければお聞かせ願えないでしょうか? 私の名はエリザ。召使です。ここは私のご主人様の別荘になります。ご主人様には多少の医学の知識がありますので、お役に立てることがあると存じますが」
「そこまでわかってるなら話は早い。王立軍に連絡を取って貰えないか? その方があんたらに迷惑をかけずに済む」
 一時的なものだとすれば、保護さえ頼めれば、後のことはウェンディに任せられる。
 |風の魔装機神《サイバスター》も放置してしまっている。その機体が誰かの手に渡らない内に回収をして貰わなければならない――王立軍への連絡は必須だった。
「しかし目が見えないとなりますと、この情勢。難しい立場に立たされないとも限りません。魔装機計画については色々と、伝え聞いていることもございます。先ずは一度、その目を見て頂く方が宜しいかと。私どものことを今直ぐ信用しろというのは難しいでしょうが、下手な王立軍兵士よりはお役に立てる自信もございますので」
 エリザの主人がどういった身分や立場にあるのか、現段階のマサキでは予想がつかない。医療の知識があるということは、神官、或いは練金学者のはしくれの可能性もある。それならば、魔装機計画の実情に通じていてもおかしくはない。この扱いも納得だ。
 いずれにせよ、身動きが取れない以上、マサキはエリザの言うことを聞くしかない。敵意は感じないものの、隙のないその態度が気にかからないと言えば嘘になる。信用しきるには、職業意識からくるのだろう。機械的な態度が気に障る……それこそが躾けられた召使と言えばそれまでではあるが、目からの情報がないことが、マサキを余計に神経質にしているのだろう。相手の顔や表情が見えないことが、こんなにも自分を頼りなくさせるなんて――どう言葉を返せばいいのか迷うマサキに、エリザはその躊躇いの原因を見抜いたようだ。「マサキ様が起きられましたら呼ぶようにと仰せつかっております。先ずはご主人様とお会いして頂けましたら」すうっと空気が動く。「ご主人様を呼んで参ります」
 ドアノブが回る音。金属質の重い音だ。付き合いで貴族社会に触れることもあるマサキには聞き覚えのある音。恐らく、それなりに手の込んだ装飾の扉がそこにある。
「待ってくれ。|風の魔装機神《サイバスター》を見なかったか? あのまま放置しておくのはマズい。それだけでも王立軍に頼んで欲しいんだが」
「かしこまりました。ご主人様に申し伝えます。なるべく早く戻りますので、退屈とは存じますが、どうかそれまでお待ちくださいますよう」


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