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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

それは良くある日常のように
この回の拍手ネタで一番マシなヤツだと思います。
大体、魔装機って爆発するんだからクラックぐらい入るだろ。そんなノリで書きました。




<それは良くある日常のように>

 レーダー上に馴染み深い反応を得たシュウは、西に向かおうとしていたグランゾンの舵を即座に北へと切り返していた。
 前回、マサキと顔を合わせてから三週間が経過していた。
 多忙にかまけて彼の相手をせずに過ぎてしまった日々。すべきことに追われているマサキと比べれば、シュウの日常は優雅なものだ。自らの心のままに生きているシュウは、日々の大半を趣味と呼ぶべき事柄にばかり費やしている。その結果、割を食うのはマサキである。少しは機嫌を取っておかねば――長く顔を合わせずにいると、不満が募るらしい。ようやく顔を合わせようものなら、文句の嵐。不服そうな態度を見せるのを躊躇わなくなったマサキの表情が脳裏に浮かぶ。シュウは遠方にてサイバスターをはしらせているだろうマサキの許に向かった。
 平原の彼方に、太陽の光を受けて白く輝く機影が映る。この距離ともなれば話をするのも易い。シュウは早速サイバスターが有する通信チャンネルを叩いた。少しもせずにモニター画面に映し出される彼の普段目にすることのない姿に、違和感が勝る。シュウは何があったのです? と、マサキに問い掛けずにいられなかった。
 鈍色の順正装。堅苦しい場が苦手な彼にしては珍しい畏まった格好は、彼が何某かの儀礼が必要な場に参加していたことを窺わせるものであった。知り合いが死んだんだよ。どうやらその葬儀の席に立ち会ったようだ。寂し気にぽつりと呟いた彼は、続けて、「丁度いい。そっちに行ってもいいか」と尋ねてきた。
 どういった経緯で彼の知り合いが死を迎えたのかは、彼の言葉を待たねばならなかったが、時に感傷的センシティブな面を見せるマサキのことである。恐らくはやりきれない思いを抱えているのだろう。俯き加減にシュウを見てくるマサキに構わないと答えて、シュウはグランゾンをサイバスターに隣接させた。
 程なくしてグランゾンのコントロールルームに姿を現したマサキは、シュウが詳しい事情を尋ねるより先に操縦席に乗り上がってくると、物も云わずにシュウに口付けてきた。
 自らの気持ちを言葉にするのが苦手なマサキは、こうして主体的にシュウを求めることで慰めを得ているのだろう。シュウはマサキの為すがまま、その口付けを受けた。彼は見た目の調子よりも相当に参っているようだ。いつになく激しく口唇を吸い、いつになく激しく舌を絡めてくる。自らを頼りとするマサキの態度にシュウは愛しさを感じる半面、彼の心をここまで乱す出来事の詳細が気にかかった。どうしたの? ようやく剥がれた口唇にシュウが尋ねれば、マサキはシュウの顎下に頭を擦り付けるようにして顔を伏せた。
「演習中の事故だったんだ」
「あなたが指揮を執っていた?」
 そう。と呟いたマサキが肩を震わせた。そこからはあっという間だ。嗚咽混じりに涙を流す彼は途切れ途切れにシュウに涙の理由を語って聞かせてきた。腕の立つ兵士であったこと。マサキとは十年近い付き合いになること。魔装機の集団戦闘の演習を行っている最中の事故であったこと。事故の原因が整備の不良からきていたものであったこと。接合部に生じた僅かなクラックが彼の生命を奪ってしまったこと。それに伴って、軍の執行部に大幅な人事異動が起こる予定であること……全てを離し終えたことで、幾分気持ちが落ち着いたようだ。マサキは顔を上げると、どうすればよかったんだろうな。シュウの瞳を真っ直ぐに見据えてきながらそう口にした。
「整備の問題にあなたが背負うべき責任などありませんよ」
「集団演習の前に各自点検はしてるんだ。その時に発見出来ていれば、奴は死ななかった」
「専門性を持っていない兵士が点検業務で出来ることには限りがあります。そうである以上、現場での点検業務には殆ど意味がないでしょう。今回の件で責任が生じるのは整備部門の整備士メカニックたちですよ。彼らが何故、そんな単純なミスを犯してしまったのか。それについては聞きましたか」
「平和が長く続いてるからだって云うんだ。今、ラングランの軍は軍縮を迫られてる。そのあおりで整備士も兵隊と兼任になったって話だ。彼らが兵隊としての日々のトレーニングに追われた結果、起こってしまった不注意だってさ……」
「ならば、あなたに出来ることは何もない」
 シュウは出来るだけ優しく、穏やかに聞こえるようにそう口にした。
 長く親交のあった兵士を、自らが指揮する演習の場で失ったマサキの胸中は計り知れない。しかし、ここまでの経緯を伺うに、マサキの不注意で起きた事故でないのは明白だ。恐らくはマサキもそれは理解しているのだろう。それでも消えぬやりきれさをどうにか処理したい。彼が激しくシュウの口唇を求めてきたのは、そういった気持ちの表れであるのだ。
 シュウにしてやれるのは、彼に赦しを与えてやることだけだ。
 軍の体質的な問題である以上、外様であるマサキに出来ることは何もない。世界存亡の危機には何をおいても立ち向かえ。ラングラン正規軍と組んで国内の治安維持にあたることも多い正魔装機は、唯一無二の制約故に、ラングラン正規軍の仲間にはなれないのだ。
「せめて、一日でも長く、彼のことを記憶に留めておくのですね。記憶が残る限り、人は生き続ける。人間の本当の死というものは、人々の記憶から失われた時に訪れるものであるのですから」
 ああ。と頷いたマサキが再びシュウの腕の中に身体を埋めてくる。暫しの沈黙。僅かに鼻を啜った彼は、まだ自身の涙を収められずにいるようだ。ややあって、お前はそんなつまらない死に方をするなよ。そう呟いたマサキに、自身の力のみでグランゾンを維持しているシュウは、明日は我が身と自戒の意味を込めて頷くしかなかった。




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