ここからそういった話を書くことが増えました。
今じゃホント、シュウはマサキのいい遊び相手になりましたね!
<或る日のふたり>
「おい、シュウ見ろよ。あそこにフランクフルトの屋台が出てる」
マサキがそう口にした瞬間、タイミング悪くも通りの反対側を見ていたようだ。同時に「ほら、マサキ。あそこにあなたが好きそうな店がありますよ」と口にしてきたシュウは、それでもマサキの言葉を聞き逃したりはしなかったようだ。食べたいですか? と、マサキを振り返ると早速とばかりに屋台に向かってゆく。
久しぶりにふたりで街に出た先での出来事だった。
常々家に篭ってばかりのシュウに、偶には何処かに連れて行けと口煩くせっついたのが功を奏したようだ。彼は珍しくも、街に出たくはありませんか? とマサキに尋ねてくると、お前が行くなら――と答えたマサキをグランゾンに乗せて、一番近くにあるこの街へと連れ出してみせた。
「何だ? お前は食べないのかよ。だったら払うぜ」
一本きりのフランクフルト。ボリュームはあったものの、ふたりで分け合うには量が少ない。きっと、自分の為だけに買ってくれたのだろう。渡されたフランクフルトを口に咥えながら、マサキは懐中から財布を取り出した。
「私はいつでもこの街に来ることが出来ますからね」
それをやんわりと手で制したシュウに、仕方がないと思いながらも、甘やかされれば素直に嬉しい。手近なベンチにシュウと並んで腰かけたマサキは、餌を求めて群がる鳩の群れを眺めながら、彼に与えられたフランクフルトを噛み締めるように食べ進めていった。
「ところでお前がさっき云ってた店って何だよ」
「射的場ですよ。あなたはああいったゲームが好きそうだと思ったものですから」
「いいな、それ。お前も一緒にやろうぜ。どっちが点数を多く取るのか競争だ」
構いませんよ。と、シュウが微笑む。負けず嫌いな面のある彼は、ゲームとなると容赦がなかった。チェスにオセロ、ポーカーにブラックジャック……王族時代に多くの嗜みを持った彼は、どのゲームのルールにも明るかったが、だからこそより深い戦略性を求めずにいられないのだろう。彼はその明晰な頭脳でゲームの構造をあっという間に分析してみせると、手心を加えることもせず、完膚なきまでにマサキを叩き潰してくれたものだ。
しかしそれはテーブルゲームであるからこその展開だ。精密な射撃能力を求められる射的ともなれば、経験値的には五分五分となることだろう。屋台で鍛えた俺の腕を見てろよ。フランクフルトを食べ終えたマサキは、早速とシュウの袖を引いて射撃の店へと向かった。
「こういった銃は、軽いだけに扱いが難しい」
どうやら銃を扱った経験はあるようだ。云いながら的確に景品を落としてゆくシュウに、お前に出来ないことってあるのかねえ。と、負けの決まったマサキが呆れながら呟けば、
「私の家事能力の低さはあなたも知るところでしょう」
両手に抱えきれないほどの景品を撃ち落とした男は、全部は持ち帰れないと、その大半を店主に返してやりながら平然と云ってのけた。
「勿体ないことをするな」
「あっても使わない物を持っていてもね」
「それは何だよ」
彼の手に残った景品の箱に興味津々とマサキが尋ねてみれば、プラスチック型のデジタル時計であるという。透明な文字盤に数字が浮かび上がるだけのシンプルな構造ではあったが、彼のある種機能性を追求した家の装飾品としては、これ以上となく適していた。
どうやら寝室に飾るつもりでいるらしい。どこか満足気なシュウに同意を示してやりながら、マサキは通りに並ぶ店のショーウィンドウを眺めて歩いた。
「そういや、今日は本屋って云わないのな」
衣料品店にアクセサリーショップ。時計屋に家具屋。喫茶店にも寄れば、花屋にも寄った。そのついでと入ったピンボールの店でかなり熱くなったマサキが、その労力に見合うだけの景品を抱えて歩き始めれば、今日はあなたに付き合うつもりで出てきていますからね、とシュウが答えてくる。
必要に迫られて街に出る時の彼とは異なる振る舞いに、明日は雪かも知れないな。マサキは呟かずにいられなかった。それを耳にしたシュウが、これでもデートのつもりなのですよ、と笑う。厳めしさの薄れた表情。いつも難しい表情をして書に向き合っている彼が寛いだ様子でいるのが、マサキには喜ばしく感じられる。
「そろそろ帰るか。もう夜になる」
とはいえ、楽しい時間には終わりがつきものだ。射的では敵わなかったが、ピンボールでは景品が手に出来た。マサキは成果のあった街で過ごした時間に満足しきっていた。
この気持ちのまま、今日は眠りに就きたい。そう思いながら帰途をシュウに促せば、彼はまだ街での時間を終わりにしたくはないようだ。
「それなら食事を済ませて行きませんか」
「ああ、いいな。楽しんだ後の家事は堪える」
「そこにあなたが好みそうな大衆酒場がありますよ。お酒は勿論ですが、出てくる料理もなかなかの味です」
乗った。とマサキは半歩後ろを歩いているシュウを振り返った。次はいつ起こるとも知れない彼の気紛れ。それを味わい尽くしてから帰ることにしよう。酒場に向かって歩み出すシュウの後を追いながら、マサキはこれ以上となく幸せな気持ちでいた。
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