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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

世に争いの種は尽きまじ

不憫なミオがただ愛おしい話。マサキがシュウにベタ惚れなところをみせているのが珍しくもあり。






<世に争いの種は尽きまじ>

「お前の日本の知識は偏ってるんだよ!」
「わからないことをわからないと正直に云えないあなたに云われたくはありませんね」
 初詣の参拝客で賑わう神社。拝殿に伸びる長い列の少し前方からふたつの声が、今まさにゴングを鳴らしたばかりといった様子で響いてくる。ミオは顔を顰めた。新年のお参りをしようとお洒落をして訪れた久しぶりの地上で、まさか見知った人間と鉢合わせすることになろうとは。
 偶然にしても気味が悪い。幸先悪い年の始まりに、ミオは暗澹たる気持ちになった。
「これはあたし、今年もあのふたりに悩まされるってこと?」
 頑固さで張るふたり組は、喧嘩の度に現場に仲間を呼び出しては、喧嘩の後始末をしろとばかりに仲裁役を任せてくる。喧嘩するほど仲がいいとはいえ、任される方としては堪ったものではない。しかも、仲裁役を任せてくるだけならまだ良心があったものだが、どうかすると自分たちの育て方が悪いだなどと責め立てられるものだから、理不尽な扱いにも限度がある。
 とんだ八つ当たりだ。
 ミオはこれまでのふたりの喧嘩を思い出した。
 会っている時に溜息を吐いただの、余所見をしていただの……一体どこの馬鹿ップルの痴話喧嘩かとおもうぐらいにしょうもない原因。夫婦喧嘩は犬も食わないのであるから、無視して放置しておけばいい――とは、一度ならずミオも思ったが、気分にムラっけのある風の魔装機神の操者は、恋人との絶交状態がモチベーションに直結するらしく、任務で戦闘に突入しようものなら荒れ狂った動きをしてみせる。それはミオでなくとも呼び出されれば応じてしまうだろうに。
「二拝二拍手一拝だっつってんだろ!」
「合掌で充分だと云っているでしょう」
 そうこうしている間に、ミオの仲間であるマサキの声は大きさを増していっているようだ。より明瞭はっきりと耳に飛び込んできたふたりの会話に、ミオはこめかみを押さえながら、静かに、しかしいつ終わるとも知れない長い溜息を吐き出した。
 左手側の舞殿では神楽の舞が厳かに披露されているというのに、全く情緒の欠片もない。列為す参拝客も舞を見ればいいのか、喧嘩を見ればいいのか困っている様子だ。それも無理なきこと。ふたりの今回の揉め事の原因はどうやら参拝マナーにあるらしい。
「そりゃあ他の参拝客にしても、この内容じゃ無視出来ないわよねー?」
 ひとり呟いたミオは辺りを見渡した。二拝二拍手一拝。神社によっては参拝マナーとして張り出しているところもあったが、この神社ではそうしたマナーの押し付けはしていないようだ。あれって誰が考え付いたんだろ? 祖父母に育てられたミオとしては、彼らから教わったことのないマナーの流布には首を傾げたくなることしきりだ。
「あー、もういい加減にしやがれ! この頑固者!」
 いっそう大きな声が辺りに響き渡った。
 ついに堪忍袋の緒が切れたらしく、マサキが列から飛び出す。後が面倒なことになるのは御免だ。ミオは自分が振袖を着ていることも忘れて駆け出していた。
「すとーっぷ! すとーっぷ! いい加減にするのはマサキの方じゃないの!」
 勢い良く走り過ぎて下駄が滑りそうになりもしたが、そこは運動神経を誇る魔装機神操者。バランスを立て直してシュウとマサキの間に飛び込んだミオは、怒りに任せてその場を立ち去ろうとしているマサキのコートの袖を引っ張った。
「おや、あなたも初詣ですか。ミオ」
「この格好で初詣以外の目的があったら逆に聞きたいけど?」
「これはあまり機嫌が良くなさそうですね」
 ふふと笑ったシュウに、そりゃそうでしょうよ。ミオはマサキをシュウの隣に戻しながら云った。
「もうねー、あなたたちと新年から顔を合わせるなんて、おみくじの結果も引く前からわかったようなもんじゃない。だからって無視しても後が面倒だし。仕方がないから貴家様が夫婦喧嘩を仲裁してあげる! 今回の喧嘩のきっかけは何?」
「二拝二拍手一拝に決まってるだろ。神社で他にどういったきっかけで喧嘩になるんだ」
 シュウの隣に立つのも今は嫌で堪らない様子だ。マサキの手でふたりの間に引っ張り込まれたミオは、「どっちでもいいと思うけど?」とふたりの顔を交互に見上げた。
「だっておばあちゃん云ってたよ。祈りに形なんてない。気持ちが大事なんだって」
「絶妙に間を取ったようなことを云いますね。私はそれでも構いませんよ」
「はあ? さっきまで合掌だって云い張ってたクセにか?」
 列から飛び出しただけはある。マサキはまだまだ腹が収まらないといった様子だったが、ミオを間に挟んでいるからか。先程までと比べれば、幾分、声のトーンが落ち着いたようだ。
「ミオの言葉に祈りの本懐を思い知ったのですよ。確かに精霊に祈る民衆にも祈りの正しい形はありません。皆、思い思いの形で祈りを捧げている。神に対する祈りというのは気持ちこそが大事――ミオの言葉は真理を正しく説いています」
「さっすがはシュウ! 伊達にそんな格好はしてないってね」
 敬虔な精霊信仰の徒であるシュウとしては、ミオの言葉に思うことが多々あったのだろう。即座に物分かりの良さを発揮してみせたシュウに、マサキもこれ以上、意地を張ってもと思ったようだ。「まあ、お前たちがそう云うならいいけどさ……」などと口の中でもごもごと呟いている。
「じゃあ二拝二拍手一拝って誰が決めたんだよ。どっかの神社には堂々と張り出されてたぞ」
 ややあって、今度は自身の主張に疑問を抱いたようだ。顔を上げて尋ねてきたマサキに、答えを知らないミオはだまるしかない。とはいえ、そこは抜かりのない男のこと。知識の収拾こそが人生の愉しみと豪語するシュウが、玉串奉奠ですよ。と、即座に答えを返してみせた。
「玉串奉奠だと?」
「神社を監督する神社庁のサイトにはこう書かれているのですよ。『お参りする際の作法には厳格なきまりはありません』とね。ですから今の参拝マナーは誰かが編み出したものになります。それを誰が作り上げたのかはさておき、そうなった以上は元となる作法が存在している筈です。それが玉串奉奠ですよ、マサキ。玉串を捧げた後に二拝二拍手一拝。現在正しい参拝マナーと云われているものは、神に捧げ物をする際の作法なのです」
 へえ。と、感心した声を放ったマサキが、先程までの怒りはどこへやら。尊敬の念が込められた眼差しでシュウを見上げる。
「そういう話は先にしろよ。無駄な喧嘩をしちまったじゃねえか」
 どうやら機嫌が直ったようだ。今にもシュウに飛び付きそうなぐらいにだらしのない顔をしているマサキに、こりゃあ今年も先が思いやられるわ。呆気なく決着が付いた夫婦喧嘩の結末に、ミオは呆れ返らずにいられなかった。




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