<小さな勲章>
その日、さも当然のようにアポイントメントを取らず、ましてやノックをすることもなく家に上がり込んできたマサキの首元に目にやったシュウは、彼にしては珍しいこともあるものだ――と、僅かに目を瞠らずにいられなかった。
白い貝殻の間に虹色に輝く貝殻が挟み込まれている。小さな貝殻を丁寧に繋いだネックスレスは、日頃装飾品の類を身に付けない彼にしては、珍しくも意外性に富んだアクセサリーだった。
土産物や贈り物にしてもらしくない。リビングのソファで寛いでいたシュウは、目の前に立ったマサキの首元から目を離せずにいた。マサキ? その身体がシュウの膝の上に乗り上がってくる。口元にうっすらと笑みを湛えている彼は、シュウの腿の上に腰を下ろすと、無言のまま。顔を重ねてきた。
人恋しさに口付けてくることはあったものの、それとて稀。普段はシュウからのアクションを待ってから行動を起こすマサキは、シュウが必要としている程にはスキンシップを必要としていないのだろう。シュウは彼の積極的な口付けに応じてやりながら、その幸福を噛み締めた。どういった理由であれ、こうして求められることに悪い気はしない。
「何かいいことでもあったのですか?」
心なしか浮かれているようにも映るマサキの表情に、シュウが尋ねてみれば、別に。と、彼は笑いながらまた口付けてくる。柔らかい温もり。幾度かシュウの口唇を啄んだ彼は、口唇の隙間から舌を差し入れてくると、その先端を使って口腔内をまさぐってきた。
片手で抱え込めそうなまでの細腰。彼の身体を抱き寄せて口唇を貪りつつ、シュウはマサキの情熱的な振る舞いの原因が何であるのか考えた。首元に下がっているネックレスと関連性があるのは間違いなかったものの、一体どういった経路で入手したものであれば、こうもあからさまに機嫌を良く出来たものか。陽の光を受けると輝く貝殻のネックレスは、簡単にはその答えを与えてくれそうにない。
そもそもマサキは洒落っ気のない青年だ。装飾性よりも機能性。サイバスターに乗って果敢に戦場に攻め込んでいく割に冒険心に乏しい彼は、一度こうと決めたら譲らない頑固さも手伝ってか、目新しさよりも保守性を好む傾向があった。それが如実に表れるのがファッションだ。Tシャツにジーンズ、ジャケットを羽織った足元にブーツ。一体何着同じ服を所有しているのかと思わせる服装を頻繁にしてみせるマサキは、偶には違う格好をと勧めるシュウの助言に従う気はないらしい。今日も今日とていつも同じ。着たきり雀の様相を呈している服装でいる。
それがどういった気紛れか、ネックレスを首から下げてみせたのだ。ねえ、マサキ。シュウは自身の口唇から口を離したマサキの首周りに指を這わせながら尋ねた。
「そろそろ教えてくれるでしょう? このネックレスはどうしたの?」
貰ったんだ。顔を綻ばせて口にした彼は、まるで子どものような無邪気さに溢れている。
これだけ純粋に喜びを露わにしてみせるのだ。よもや異性からのプレゼントでもあるまいと思いつつも、目の前に差し出された謎を謎のまま放置しておくのはシュウの性分ではない。ましてやマサキに絡む謎である。知らずに済ませられるほど寛大ではいられないシュウは、教えてくれないの? と、マサキの喉を吸った。
「馬鹿。お前、まだ昼だぞ……」
「あなたを求める気持ちに昼も夜も関係ないでしょう、マサキ。聞かせて。そのネックレスは誰に貰ったの?」
「疚しいもんじゃねえよ」
ジャケットの合わせ目を解いてシャツの中に手を忍ばせる。肌を弄ってやると、ん……と声が洩れた。シュウは喉を吸いながら、彼の乳首を撫で回した。口で云う程に抵抗する気はないらしい。素直にシュウに身体を任せてくるマサキに、罰になりませんね。シュウは苦笑する他ない。
「話をしてくれないのであれば、それ相応の扱いをしますよ」
「話をさせなくしてるのはお前だろ。あんまり、弄るな。おかしな気分になる……」
「そうは云われましてもね。あなたにしては珍しいアイテムですよ。それをこれみよがしに身に付けられて、訊ねるなという方に無理があるでしょう。ねえ、マサキ。このまま昼から可愛がられたいですか?」
耳へと口唇を動かして、シュウはその孔に舌を差し入れた。びくり、と身体を震わせたマサキが、女の子に――と口にする。成程、とシュウは納得が行った。貝殻製のネックレスは、云われてみれば確かに少女が好みそうなアイテムだ。将来の有望そうな子でしたか? シュウは揶揄い気味に言葉を発しながら、耳から頬、頬から喉へとマサキの肌に舌を這わせていった。
「そういう意味じゃ、ねえよ……お礼だって、云うから」
その言葉にシュウは動きを止めた。
微かに息の荒くなったマサキが、何だよ。と声を上げる。感情の起伏の激しい彼は、ほんのささやかな愛撫にも気分を高められる性質であるようだ。それともそれこそが、シュウの躾の成果であるのか……いずれにせよ、このままでは終わらせられそうにない。頬を上気させてシュウを見詰めてくるマサキに、続きは話が終わってからですよ。シュウは笑いかけた。
「……戦ってくれて、有難うって」
その言葉に、そう。とシュウは頷いた。
世界を守る為と作り上げられた魔装機神に乗る彼らは、戦うことを義務付けられているからか、滅多に感謝を受けることがないようだ。むしろ憎まれる機会も多いのだという。圧倒的な性能を誇る兵器であるからこそ、諸外国からは脅威と受け止められることも多い魔装機神。彼らによって無駄な戦いが引き起こされていると考える向きは多い。
「一年かけたんだってさ。小さい貝殻は割れやすいから、穴を開けるのが難しいらしくてさ」
照れもあるのだろう。控えめに、けれども確かな喜びを露わに語ってくるマサキに、そういった背景に考えを及ばさずにいられなかったシュウは、だからこそ安易に良かったですねとは口に出し難かった。
「貝殻集めを親に手伝ってもらいながら、毎日少しずつ作り上げていったんだって。嬉しいよな。そこまでして感謝を伝えようとしてくれた気持ちがさ……」
けれどもシュウの反応の鈍さは、マサキにとっては日常のことでもある。語り終えたマサキは、満ち足りた表情でシュウの肩に顔を埋めてくると、――しないのか? と、暫く経ってから、少しばかり不服そうに尋ねてきた。
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