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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

虹の七色でのんびり拍手お題(紺):IndigoBlue
旧拍手ネタです。
白河のことだからマサキにはきっと品のよい贈り物をするんだろうなあ。などと思ったり。


<IndigoBlue>

「何だ、今日の情報局は。嫌な組み合わせだな」
 城下町で買い物を済ませたマサキは、そのついでと情報局に立ち寄った。ここ暫くは平穏な日々が続き、魔装機神の操者としての出番はないに等しい。平和が一番とは云え、あれやこれやと駆り出されてきた身としては、何も起こらない日々はそれはそれで不安を感じるものだ。そこでそろそろ任務の依頼のひとつでもあるのではないだろうかと、マサキがセニアの元に顔を出してみれば、その執務室にはさも当然のような佇まいでシュウが居座っている。
「嫌な組み合わせって何よ、マサキ。まるであたしとこの男が一緒だと碌なことをしないみたいな言い方ね」
「いや、まあ、そりゃな……」
 何かの折には背後で手を組んでいることもあるようだ。シュウの強力な人脈のひとつであるところの従兄妹たるセニアは、身内という強みがあるからだろう。その見返りにシュウを顎でこき使ってみせることもある。
 シュウもシュウで、セニアには寛容であるらしい。彼女のぞんざいな扱いを、利用価値があるからだろうか。それともやはりそこは身内に対する情なのだろうか。意に介さない様子で受け入れている。
 彼らが組んで何をしたのかのかは、マサキにはどちらからも知らされることはない。外聞を憚る関係を構築してしまっている彼らは、自分たちの謀《はかりごと》が、腹芸が得意ではないマサキの口から外に洩れるのを警戒しているようだ。自覚のあるマサキは、だからこそ、自ら彼らの企みに首を突っ込むような真似をしないように心がけてきた。
「私はただ、最近の動向を訊ねに来ただけなのですがね」
 セニアの執務机を挟んで向かいに座っているシュウは、扉前に立ったまま室内に足を進められずにいるマサキに、椅子を回転させて向き合った。
「それが不穏なんじゃねえかよ。動向って何だよ」
「国際情勢に関わるいくつかの機関の」
「わかった、わかった」マサキはシュウの言葉を遮った。
 入り組んだ国際問題の把握はマサキは苦手だ。そもそも、魔装機の操者でしかないマサキで関われる問題でもない。そうである以上、マサキがすべきことは決まっている。その結果、生まれるだろう武力的な脅威の排除、或いは鎮圧。操者の役目はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
「少しはその辺りも把握しようとして欲しいものだけど」
「それが魔装機操者の立場を危なくするってヤンロンやテュッティに言い含められてるんだよ。色気を出し過ぎるのは良くないってな。やるべきことの線引きは大事だろ。余計なことに手を出して足元が危うくなっちまったら、誰が最後にこの世界を守るんだ」
「賢明ですね。あなたがそういったことに手を出せば、余計な悩みを抱えることになるのを、彼らはわかっているのでしょう。いざという時に迷いを見せない為には、情報の遮断も必要だ」
「って云っても、新聞ぐらいは読んでるぜ」
「そのぐらいは、ねえ。本当に何も知らない状態で首を突っ込まれてもね。突っ込まれる方もいい迷惑よ。それに、あたしの指示通りに動かれるんじゃ、ラングラン直下の兵団になっちゃう。それじゃ魔装機の存在意義って何? でしょう」
 そこでセニアは話にひと段落付けるつもりのようだ。座ったら。と、立ちっ放しで話に参加していたマサキに手近な椅子を勧めてきた。「直ぐに済む用事で来たんだけどな」マサキは椅子に座るついでに、まあいいや。呟くと、シュウに、手にしていた紙袋を手渡した。
「何ですか、これは?」
「お礼だよ、お礼。これの……」
 マサキは今日履いているチノーズを指先で抓みながら、声を落とした。インディゴブルーも鮮やかな藍染めのパンツ。先日、何の気紛れか、シュウからプレゼントと渡された品だ。
 通気性と吸湿性に優れたチノクロス製のパンツは、何も考えずに受け取ったマサキが家に帰ってから足を通してみたところ、驚くほどに履き心地がよかった。きっと相応の値段がするに違いない。そう思ったマサキが城下の洋品店で訊ねてみたところ、ラングラン東部の伝統工芸である染め物の技術を用いて作られているとのこと。
 たかがパンツ一本の値段とは思えない値段を耳にしたマサキは、そんな高価なものを貰いっ放しなのも気が引けると、シュウへのお礼の品を用意することにした。ワイングラスにティーセット。テュッティに携帯電話であれこれ聞きながらの買い物は時間がかかったものの、それなりに満足して貰える品を揃えられたとマサキは自負している。
「私は構わなかったものを」
「貰いっ放しにしていい品じゃないってわかっちまったしな」
「丁度、あちらに行く用事があったので、そのついで。つまりお土産ですよ」
 声を落としていても三人しかいない執務室。さして距離も離れていないのだから、セニアには会話の内容が筒抜けだったようだ。「あなたたち、いい加減に結婚したら?」黙ってマサキとシュウの遣り取りを眺めていたセニアが、呆れ果てた様子で言い放つ。
「たかがプレゼント如きで、何で結婚とか大仰な話になるんだよ」
「知ってる、マサキ? この男はね、あたしのところに来るのには、いつも手土産なしなのよ」
「その分、こちらの持っている情報を渡しているでしょう」
「場所代がないわ」セニアが笑う。「ちょっと待っててね、マサキ。今、飲み物を用意させるわね」
 内線で情報局の職員に飲み物を用意するように告げると、再度、セニアはマサキに座るように促した。
「そのチノパンはシュウのお見立て? 良く似合ってるじゃないの。マサキ、濃い色好きだものね」
「藍染めなんだってさ。城下の服屋で聞いたら、いい値段でさ。驚いたのなんのって……」
「東部の伝統工芸よね、藍染めって。気候的に染め物に適しているらしいのよ、あの辺り。あたしも何着か持ってるわ。人工的な染料で染められたものとはまた違った風合いで、着ていて気持ちがいいのよ」
「俺は今まで知らなかったけど、ラ・ギアスにも藍染めなんて技術があるんだな。日本じゃ当たり前の工芸だが」
「人類の発展の歴史は、どこであろうと同じ経過を辿るものなのかもね」
 執務室の扉が開き、職員が飲み物の乗ったワゴンを運び入れる。セニアもシュウも飲み物を手にしていない辺り、どうやらシュウが情報局に来てからそんなに時間は経っていないようだ。
「ところで、俺が居てもいいのか? お前、今さっき来たばかりなんじゃ」
「構いませんよ。世間話をしに来たようなものです。それよりもあなたの方こそ、私が居ては困るのでは?」
 紅茶とコーヒー、ジュース。どれにするか職員に尋ねられたマサキは、オレンジジュースを頼んだ。城下町を歩き回って疲れている。さっぱりした飲み物を身体が欲しがっていた。
 セニアとシュウは紅茶を頼むようだ。基本的にこのふたりは、暖かい飲み物を好む。それはやはり王宮での生活様式も関係しているのだろう……マサキは受け取ったグラスの中身を、半分ばかり一気に飲み干した。酸っぱくも甘いオレンジジュースは、マサキの渇いた喉を滑らかに潤してくれた。
「最近、ご無沙汰だったからな。何か用事でもあるんじゃないかと思って寄ってみたんだが。お前らが雁首揃えてるところを見ちまうとな。これから忙しくなりそうな予感しかしねえ」
「実際に忙しくなるかどうかは、今後の外交努力次第ってところかしら。この男が姿を現したからって、毎回ややこしい話になるとは限らないのよ。それに、あなたたちには羽根を伸ばす時間も必要でしょう。暫くはゆっくりしなさいな」
「結構、羽根を伸ばした気もするけどなあ」
 暇が長くなると、不精者のマサキは身体が鈍ったものだ。ストレッチぐらいが関の山。剣術の稽古は相手になる者が限られることもあって、毎日行うのは難しい。積極的に身体を鍛えようとしないマサキに、ヤンロンやミオは大いに物を申したそうではあったが、マサキはどうしても彼らほどストイックに日頃の研鑽を積もうとは思えない。
 そもそもテュッティからして、ヨガだピラティスだバランスボールだと移り気なのだ。少しやっては新たなトレーニングプログラムに手を付けるを繰り返しているテュッティを目の当たりしてしまうと、さしもの頑固者たちも言葉に迷うようだ。マサキの全くやっていないよりはマシ程度なトレーニング内容に、ヤンロンやミオが口を噤んでしまうのもそういった理由からだった。
「暇が長くなると、身体が鈍っていけねえ」
 マサキはグラスを置いて、ひとつ伸びをした。怠けた日々が続いているからか、城下町を買い物ついでに歩いただけでも疲れが出る。セニアはそんなマサキの態度はいつものこととばかりに、話題を藍染めのチノーズに戻した。
「それにしても、マサキへのお土産に、藍染めのチノパンなんてどんな気紛れ?」
「魔装機の操縦は体力勝負なところがありますからね。それにコントロールルームは思ったよりも熱気が篭る。通気性と伸縮性に優れた衣装の方が、コントロールには適していると思ったものですから」
「別に藍染めでなくともいいじゃないの、その理由だったら」
「普通のチノパンを渡すのも味気ないでしょう。まあ、目に付いたから贈りたくなった、だけですよ。プレゼントの理由などその程度のもの。ついでに幾つかの希望を叶えはしましたが」
「希望?」含むところのあるシュウの物言いにマサキは訊ねた。
「あなたの私服のバリエーションの幅は狭いですしね。少しぐらいは幅を持たせたかった。それと先ほど云った通り、魔装機の操縦に適した服を着せたかったのですよ」
「これは逆に魔装機の操縦じゃ履けねえよ。値段が高過ぎる」
「そう云われるのでしたら、何本か買ってくるべきでしたね。今度、東部に行った時にでも買ってくるとしましょう。後は……」
 シュウはそこまで口にして、ふふ……と微笑《わら》った。
「……何だよ」
「あなたが履いてくれた時点で私の目的は達せたのですよ、マサキ」
 そう云って、自らが履いているインディゴブルーのフォーマルカットなスラックスを抓んでみせた。そういうこと、とセニアが額に手を当てて溜息混じりの苦笑を洩らす。どうやらシュウが履いているスラックスもまた、ラングラン東部の伝統技術で染められたものであったようだ。
 お揃いの藍染めのインディゴブルー。
 何だかなあ、とマサキが呟くと、「いいからさっさと結婚しなさいよ」セニアはやってられないといった表情で、再び言い放った。


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