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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

虹の七色でのんびり拍手お題(青):風青し
旧拍手ネタです。
フェイルロードに強いこだわりを見せるマサキを救えたら、と思って書きました。


<風青し>

「ねえよ」
 それが昔を懐かしむようにラングラン動乱期の話をしていた会話の最中に、ふと湧き出たシュウの疑問に対するマサキの答えだった。
 マサキはフェイルロードの墓所に足を運んでいるのだろうか。
 十六体の正魔装機を監督する立場にあったフェイルロードを、マサキは特別な存在として認識しているようだ。恐らく、命の限りを悟って尚ラングランの平定に拘ってみせたフェイルロードの生き様が、時に感傷的になるマサキの|心の琴線《ロマンチシズム》に触れるのだろう。人の身分に上下はないとばかりに、身位の違いなど意にも介さない傍若無人な振る舞いを常とするマサキにしては、珍しくもきちんと王族としての敬称で以て扱ってみせている。
 専制君主制だったラングランに於いて絶対的な立場であった国王という座に、薬に頼ってまでしがみついた従兄弟のことをシュウは笑いこそしなかったけれども、どこかで軽く見做しているところがあるのは否めなかった。もっと楽に生きればよかったものを……世の中には様々な生き方が溢れているのだ。それにも関わらず、不自由な立場に敢えて縛られ続けようとしたフェイルロード。彼のその責任感だけでは語れない生き方は、自由を求めて王宮を去ったシュウには一生理解できないものであるのかも知れなかった。
 そんなシュウの問い掛けにこれ以上なくぶきらっぽうにひと言で答えてみせたマサキは、だからといってそのまますげなく終わらせていい話でもないと思ったようだ。「あそこは一般人の立ち入りは禁止だ。王族だって決められた日にしか入れない。王族だったお前だったらそのぐらいのことわかってるだろ」と、続けて氷の溶けかかった炭酸飲料を口にする。
「王族に死者が出た際には三日間の一般公開が常ですよ」
「その日に必ず身体が空いてるって訳じゃねえしな。仕方ない。魔装機の操者だからって特別扱いは出来ないって云われてるんだ。そもそも死んだ時だってそうさ。戦後処理をしている間にひっそりと埋葬されちまったし……」
 場所はシュウの家のリビング。読書にふと飽きを感じたシュウが、黙ってテレビを見ていたマサキに、手持ち無沙汰な自分の時間の解消を求めて話しかけたのがきっかけだった。「そういえば、あなたは私を追って出た地上で、ロンド・ベルに参加する以外に何をしていたのですか?」そこから話が流れに流れ、今。笑って話を出来る程度にはマサキの中でもあの時代は過去のものとなったのだと、シュウは安心していたのだが……。
 何かがあった訳ではないのだとマサキは云う。ただ、フェイルロードの生き方に、世界を護る覚悟を見せつけられた気がしただけなのだと。「遣り方は正しくなかった。それはわかってるんだ」いつかそう零して、「でも、だったらどうすればよかったのかっていう答えが見付からない」涙を堪えているような表情をしてみせたものだった。
 死して精霊界に祀り上げられたフェイルロードとは、幾つかのハードルを越えなければならなかったにせよ、会おうと思えば会うことができる状態にあった。精霊の守護を受ける存在であること……神殿管理者たる神官の協力を取り付けられる立場にあること……とはいえ、人の身でそう何度も訪れていい場所ではない。人間界とは時間の流れが異なる精霊界に足を踏み入れるからには、それ相応の代償を支払う覚悟が求められるのだ。
 だからこそ、己が進むべき道に迷い易いマサキの心の縁として、フェイルロードの墓所は充分にその機能を果たしているのではないかとシュウは思っていたのだが。
「それはセニアから?」
「まあな。墓所の管理は王族の仕事じゃないんだろ? セニアが計らおうにも、あっちの許可が下りないってな。あいつにしちゃ珍しく落ち込んでたよ。かなりキツいことも云われたみたいでさ。『専制君主制時代でもあっちの連中の扱いは難しかったのに、それが立憲君主制になって更に難しくなった』って」
「相変わらずな世界のようですね。私たちは自らのことすら自らで思う通りにはできない」
 含むところのありそうなマサキの物言いに、もしかするとマサキはあちら側の人間たちから何かを云われたのやも知れないとシュウは思ったものだったが、だからといって今更公に何かをしてやれる立場ではない。
 振り返ったところで、変えられる過去でもないのだ。
 だからこそ、僅かな感想を口にするに留めたシュウに、マサキはマサキで感ずるものがあったようだ。「悪い……お前の方が知ってるよな、その辺は……」シュウから視線を外して、気まずそうにそう呟いてみせた。
「私は既にそういった世界から身を引いているのですよ、マサキ。あなたが気にすることは何もない。私を気にかけるぐらいでしたら、セニアの愚痴でも聞いてあげなさい。彼女は残って戦うことを選んだ人間なのですから」
 市井の平民たちにとって王族とは、忠実なる者たちに傅《かしず》かれて、思うがままに生きている存在であることだろう。
 だが、実際は逆だ。確かに王族の身の回りの世話をする側仕えの者たちは、かつての王族といった縁者や、彼らが縁を結んだ上流貴族の子息や娘たちで固められている。けれどもひとつふたつではない家系が入り乱れる世界が穏当に済む筈がない。既に充分に財や名を成している者たちなのだ。追求すべき利潤《メリット》がなければ、どうして下仕えに出たものだろう。
 彼らによる政治的なパワーバランスの綱引きは、彼らに傅かれているように見える王族の自由を奪ったものだった。自尊心《プライド》を持って王族の世話に当たっている彼らは、時に思想信条に踏み込んだ意見を述べることすら厭わない。日頃の所作振る舞いから、王族としての心構えは勿論、政治的な判断にまで及ぶ彼らの見識の広さは、莫大な権利にはそれに見合うだけの柵《しがらみ》が付き纏うことを雄弁に物語っていた。
 華やかに見える王宮という世界は、様々な人間の様々な思惑が交錯することで成り立っている世界でもあるのだ。
 あの世界でのシュウは王位を簒奪しようとしている存在であったし、フェイルロードは王位を占有しようとしている存在であった……王宮という広くも狭い世界から身を引いたシュウは、今更、その世界での自分の立場に物思うことはなくなってしまっていたけれども、その過酷な世界に身を置き続けることを選択したセニアを慮るくらいの良心は持ち合わせている。
「でも、あいつ普段は飄々としてるからなあ。俺が何を聞いても大丈夫、大丈夫ってさ。お前らってホント、どいつもこいつも頑固だよな。こっちの気持ちなんて汲みゃあしねえ。そういう意味じゃ、俺が理解できそうなのはテリウスくらいじゃないか」
「偶にそうして気にかけてあげるだけでいいのですよ、マサキ。それだけ私たちは生きてゆける」
 王族とは国家に捧げられる贄だ。
 生まれながらにして将来を定められた唯一の身分。職業選択の自由が保証されているラングランにおいての例外が王族であることは、ラングランの国民であれば誰しもが認めるところだろう。けれども、望むと望まざると国に奉仕することを強いられる王族に、実態が関係ないことまでは知られていない。
 身の回りの世話をしているだけのように見える側仕えの者たちは、その優秀さで自分たちに足りないものですら補ってみせる。フェイルロードの満たなかった魔力の底上げだってそうだ。王族の威厳を保つためなら、彼らは手を汚すことすら厭わない。だからこそ、シュウがしてみせたように、あらゆるものを利用しなければ、その立場から逃れることはできないのだ。
「そっち、行ってもいいか」
「どうぞ」
 マサキは自らが腰を下ろしていたソファから立ち上がると、飲み物を片手にシュウの隣に陣取った。少しして、ごめんな、と呟く声。マサキの頭が、シュウの肩に乗る。
「わかってるんだ。いい加減、吹っ切らなきゃいけないってことは。でも、堂々巡りなんだ。どうしても答えが出ない」
「いいのですよ、マサキ。私には彼のことを考える資格がない。自ら求めるものの為に、王族であることを捨てた私にはね」
「だけど、シュウ」シュウを見上げる瞳が微かに揺れている。
 王宮で過ごした時間が違えば立場も異なるふたりにとって、フェイルロードという存在の受け止め方は正反対のものであるのだろう。占有者《フェイルロード》と簒奪者《クリストフ》。庇護者《フェイルロード》と操者《マサキ》。だからこそ、少年時代の感傷《センチメンタリズム》を未だに消化しきれずに抱え込んでいるマサキを、シュウは遠い世界のこととして寛容に受け止めていられるのだ。
「私はあの場所での戦いを放棄してしまった。そんな私に自らに求められた役割を果たしてみせた彼の考えが理解できる筈がない。だから、マサキ。彼のことは彼とともに戦い続けたあなたたちが考えてあげなさい。大丈夫ですよ。考え続ければいつか答えは出ます」
 シュウはゆっくりとマサキの頭を引き寄せた。静かに声を殺して泣くマサキの頭を撫でてやりながら、シュウは長い物煩いになってしまったその胸中に思いを巡らす。きっとお節介なマサキのことだ。余計なことにまで考えを及ばせてしまったに違いない。
 そのマサキの想像を、シュウは否定すべきか迷った。フェイルロードとシュウの関係がマサキの思い描くようなものではなかった以上、どこかではその勘違いを正してやらなければならないのだろう。それは今なのかも知れない。シュウは口を開きかけて、けれども……と、言葉を飲み込む。
 飲み込んで、その代わりの言葉を口にする。
「願わくば、その答えが、あなたから戦う力を失わせないものであることを」
 自分たちが対立する関係にあったことを知った結果、マサキの導き出す答えが歪んでしまうのはシュウの本意ではない。哀れなフェイルロード。彼は高潔なまま、この国に殉じた王者でいいのだ。

 夏の陽気のラングランが強風に見舞われたその日。シュウはマサキを伴って、王都の外れにある王族専用の墓所へと向かった。
 緋のカーテンの向こう側に隠れるようにして生きている彼らは、王宮の人事に関わる幾つかの情報をシュウがちらつかせてみせると、青くなりながらその門を開くことを了承してくれた。
 セニアですら成せなかったことが叶ってしまったことに、マサキは大いに不審を抱いたようではあったが、今更シュウが表社会に生きれる人間ではないことを認めているのだろう。シュウの誘いに溜息を洩らしはしていたものの、深く追求をしてくることはなかった。
「風青し、ですね。できればもっと穏やかな陽気の日が良かったのですが」
「構わないさ。来れただけでも良かった」
 身の丈三倍はある鉄柵に囲まれた王族の眠る地。開かれた門の向こう側。見張りの兵士に付き従われながら、整然と墓碑が並ぶ広大な敷地に足を踏み入れる。
 余計なものが目に入らないとも限らない。シュウとしてはこれ以上の立ち入りを遠慮したいところではあったが、如何に英雄たろうともそこは血縁関係を持たない他人。元王族たるシュウの同行なくしてマサキを墓所には入れられないと、あちら側からは事前に言い含められている。蟠る思いはあれど、マサキに区切りを付けさせる為に必要なこと。シュウは自らに言い聞かせて、これからゆく道を見渡した。
 刈り込まれた芝に、繁る木立。その並ぶ墓碑がなければ、自然公園と勘違いしてしまいそうだ。
 思えば前回ここに来たのはいつのことだったか……不意に黒衣の礼装に身を包んだ者たちが、粛々と歩みを進める光景が脳裏に蘇った。そこには幼き日のフェイルロードもいれば、まだ生まれたばかりだったセニアとモニカもいる。
 きっと、彼らの母親が亡くなった時の光景であるのだ。
 色鮮やかに蘇ったかつての王宮での日々に、シュウは思ったよりも自分が過去を忘れていないことに気付かされた。微かにさざめく心。それをマサキに悟られまいと、表面上は平静を保ってみせながら、シュウは一歩を踏み出す。
「しかし風が強いな。足を取られそうだ」
「ゆっくり行きましょう。逃げるものではないのですから」
 幸い、吹き付ける風はシュウの物思いをも吹き飛ばしてくれるものとなりそうだ。歩みを遅めながら進むこと三十分ほど。ぽつりぽつりとマサキと会話をしながら歩んだ道のり。まだ先のある道の最中で、先をゆく兵士が足を止める。
「どうぞ。こちらになります」
 磨き上げられた墓碑はその地位からは想像もつかないほどにこじんまりとしていたものの、見間違えようもないほどにはっきりとその名を刻んでいた。
 フェイルロード=グラン=ビルセイア。
 王位に就かなかった王族は、いかに王位に血縁関係が近かろうとも、その霊廟を持たせてはもらえない。
 王族の一員に名を連ねていたシュウはその事実を当然のもとして受け止められたものの、ここを訪れるのが初めてのマサキにとっては未知なる事実だ。だからこそ、ひっそりとした墓所の有り様に驚いたのだろう。マサキは目を見開くと、刻みつけられた名前を確かめるように墓碑を凝視し始めた。
「死んだんだよな……あの時に……確かに……」
 やがてマサキはぽつりと吐き出した。
「ラ・ギアスにおける死というものは、即物的な人間世界からの放逐でしかないのでしょうね。或いは、肉体を捨ててより高位の存在へと還る儀式でもあるのかも知れません」
「夢のような世界だな。現実のものとは思えない」
「現実ですよ」シュウは嗤った。
「あなたの魂もきっとそうなるのでしょう」
 風の精霊サイフィスは共鳴《ポゼッション》を容易くするほどに、マサキの純粋無垢な魂を気に入っているようだ。彼女は間違いなくマサキを精霊界に召し上げるだろう。そして英霊として長く留まらせるに違いない。
「ですから、マサキ。あまり彼のことを深く思い悩むのは止めなさい。あなたはいつか再び、フェイルロードと世界を共にする日が来る。その時に手を携え合って戦えればいいのではありませんか」
 死して監獄に囚われるだろうシュウが、その世界を見ることは永遠にない。それにマサキも気付いたのだろう。なら、お前は――と、言葉を詰まらせる。そんなマサキに無言のまま微笑んでみせて、暫く。マサキの口元が小さく、いやだ、と形作るのを見たシュウは、その未来に訪れるどうしようもない孤独の深さを思って目を伏せた。


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