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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

習作(1-4)


夜の営みでの振る舞いを教え込む教育係は、幼い頃から躾に余念がないらしい。王位継承権を持つともなれば尚更だ。学問、武芸……そして、性行為に至るまで、どういった意味であろうとも覇者たれとでも云うのだろうか。先鋭的な技術力をもってしても、旧態依然な風習は取り払われないと見える。

――一段低く見られる立場は、それはそれで心安いものでもあるのですよ。

いつかテリウスが、庶子ゆえのコンプレックスを口にしてみせた折に、シュウがそう言ってのけたことがある。愚鈍で実直なテリウスにとっては、それは王家という覇者たる血統からくるプレッシャーでしかないと思えていたようだったけれども、チカにはうっすらと察しがついた。彼らとシュウ、或いはモニカといった正当な血統の間には異なる教育が施されているのだと。

 

 翌朝の応接間――居間としても使われているその部屋の雰囲気は、決して穏やかではなかった。いついかなる場所でもシュウに傅くことを忘れないサフィーネは、そうした行為に対する知識が欠けている一行のために、家事全般を取り仕切っている。明け方に、コンパートメントに戻った彼女は、応接間の変異には気付かず、そのまま部屋に戻ったらしかった。目覚めて、いつもと同じように朝食の準備を済ませ、シュウを起こすべく、その部屋に足を踏み入れて気付いたのだろう。迷わず応接間に歩を進めて来た頃には、その騒々しさ――とはいえ、それは僅かながらに包丁の音や、コンロに火を点ける、或いはッ食糧庫を開いて閉じるといった物音でしかなかったのだけれども、寝てはうなされるを繰り返すシュウにとっては、騒々しい音に聴こえたに違いない。けだるそうながらもソファに身を起こし、昨夜開き放しにしていた書物の続きを読み進めるふりをしていたものの、その不調は、サフィーネをしても直ぐに知れる様子だった。うっすらと目の下に浮かぶ隈に、「本をお読みになられるのも、限度を過ぎては身体に障ります。どうか、ご節制を」と、どうやら書物に耽溺し過ぎての結果と思ったらしく、窘めの言葉を吐く。それにシュウは答えずに、

「お願いがひとつあるのですが――」

 頁を捲る手は動かない。

「なんなりと」

「モニカと城下にでも散歩に出て頂けないでしょうか。女性同士の方が心開くこともあるでしょう」

そして低く、凄みを感じさせる声で、

「私には――始末に負えない」

 シュウの珍しい申し出に、サフィーネは心当たりがある身といえども、面食らったらしかった。やや目を開き気味にシュウの様子を窺うと、それは凄絶な表情をしていたに違いない。梁の上にて身を休めるチカには窺えなかったけれども、息を呑むサフィーネの息遣いで知れた。

「わかりました。刻限は、如何様(いかよう)に致しましょうか」

「出来れば夕刻まで」

 本来なら数日と顔を合わせたくないに違いない。それでも変調を悟られまいとしているのだろう。捲られない頁にサフィーネは気付いていない様子だったけれども、チカは気付いていた。あれ程に没頭できる趣味たる読書ですら、今はシュウの頭の中に入ってこないのだと。

「テリウスは如何(いかが)致しましょう」

「彼にはイヴン神官の許に訪れてほしいと――」

 そこに丁度、朝食を求めてだろう。「サフィーネ、もう食べてもいいかい」と、テリウスが顔を覗かせた。

「丁度いいところに」シュウはサイドテーブルに置いてあるメモ書き用の羊皮紙に、何事か書き付けつつ、「イヴン神官に親書を届けて欲しいのですが」

「封筒を取って参ります」

 モニカに関わる重大事と取ったのだろう。神殿から帰宅しての変調に、シュウの不調である。こうしたとき、サフィーネの機敏さは、大きな助けとなるものだ。

「返答を貰ってくればいいの?」

 大抵それらが、何がしかの返答を要するものであったからだろう。幾つもの変名を使い分けるシュウが彼らを使ってまで、直接交流を持ちたがる人間は限られていたからこそ、テリウスは即座に非常時だと思い至ったようだった。「それだけ?」

「あと、出来ればセニアにも――」そこでシュウは何事か考えを巡らせ、「止めておきましょう」

「とにかく」と言葉を継ぐ。「急ぐ必要はありません。モニカのことはサフィーネに任せるつもりです」

 サイドテーブルの引き出しから、何枚かのクレジット紙幣を取り出すと、「気分転換に、偶にはひとりで過ごしては頂けませんか」

 僅かに沈黙が流れたけれども、それは長年の付き合いあってこその阿吽の呼吸だっただろう。テリウスは僅かに頷き、「わかったよ、シュウ」それから、

 ――でもその紙幣の量は多過ぎかな。

 そう付け加えて、微笑(わら)った。

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