久々にやりたかっただけです、はい。
このシリーズ特有のオチがない現象が起こっていますが、それでもよければどうぞ。
続きが書けそうな気がしてきましたが、着陸点が見付からないどうしよう(;´Д`)
青い衝撃
その日、日直だったマサキは知らなかった。珍しくも真面目に早めに登校し、教室の鍵を開け、黒板を綺麗にし、日誌を用意して尚余った時間に、勉強よりも身体を動かす方が好きだからこそ、気紛れに軽く室内を掃除してみれば、ちらほらと姿を見せ始めたクラスメイトたちが、それは驚きに目を剥きながら、気まずさからだろう――いそいそと拭きあげられた席に着いては、何事か囁き合っている。
――今日は雪が降るんじゃないか。
失礼な、と思ったものの、続く囁き声にマサキは耳を疑った。
――白河先生もペットを連れてきているし。
今日は確か、校門で生徒指導を行う日の筈――と、マサキが慌てて窓に張り付いて、校門の方角に目を遣れば、今日も今日とて陰湿な黒いスーツに黒いネクタイ姿のシュウが、厳めしい顔付きの体育科の教師と肩を並べて校門脇に立っているのが見える。その肩には何かがいるように見えてならなかったのだけれども、距離の所為だろう。それがどういった類の"物体"であるかは、マサキには窺い知れなかった。
丁度、登校したのだろう。家からの距離をジグザグに描き、通学路を10倍以上に水増ししたミオは、教師の嫌味に持ち前の弁舌で対抗し、見事に自転車での通学の許可を取り付けていた。手押しで校門を潜りながら、シュウの近くに寄ったミオは、肩に留まる"何か"に興味を引かれたらしく、何言か話かけていたが、そこは腐っても教師。適当にあしらわれたのだろう。さして時間を置かずに、自転車置き場へと姿を消した。
気になるのなら、自分も立ち寄ってみせればいいだけなのだ。始業まではまだ20分以上の時間が残されていたし、それだけの猶予があるのなら、話はできなくとも、側に寄って、その"物体"が何であるか確認ぐらいはできるのだから。
生徒の口ぶりでは"ペット"であるらしかった"何か"は、これまでも散々不条理を引き起こしてきた男のこと。よもやただのペットではあるまいと、マサキは腹を括っていた。化学実験室で時として行われている実験の数々は、それは奇妙な物体を生み出すことも多々あったのだから。
しかし、その厳しさで知られる体育教師さえも黙らせるとは、一体どんな手を使ったものなのか――窓辺にもたれながら、仕事に余念がないシュウを眺め続ければ、いつの間にか校内に足を進めていたらしいミオの声が、背後も近くから聴こえてきた。
「なあに、マサキ。まさか昨日も盛んだったの? 随分ご執心じゃない?」
「お前、朝からふざけるなよ――」
振り返ればにひひ、とアヒル口に口唇を歪ませて笑うミオの、あどけなさが残る顔がある。卒業を控えているにも関わらずの幼な顔は、一部の生徒にはやたらとウケが良く、教師までもを巻き込んだ"ミオちゃんファンクラブ"なるものを作らせているほどだったが、卒業後はどうしてゆくつもりなのだろう。ウィザード一本で食べてゆくつもりなのか、マサキはミオと詳しく互いの進路について、話し合ったことはなかった。
「俺だって、毎日、毎日、顔付合わせてるわけじゃねぇ」
「朝からおノロケ? やだなぁ、もう」
何でだ。と訝しく思うマサキを肘で小突いて寄越しながら、「だって、それって一緒にいるのが当たり前ってことでしょ?」
「どういう意味だよ」
「マサキって、本当に鈍感。自分で気付いてないんだもの。以前だったら絶対そんな台詞吐かなかったでしょ。センセの話は聞きたくないとか言ってたじゃない。それが今じゃ当たり憚らずいちゃつくし、全くもう、なんていうの? 学校の外でやって……って、やってるもんね」
自らの額を軽くはたき、「これは失礼しました」とおどけて言ってみせれば、マサキはそうだったな――と、ここ一年の間に怒涛のように襲いかかった出来事を振り返る。
最初は敵だった筈なのだ。月匣《フォートレス》を作ってみせた男は、倒さねばならないエミュレイターでなければならなかった。なのにウィザードの因果を使ってみせる……世界律を無視した存在に、マサキはシュウをどう扱えばいいか、わからなくなっていった。
科学教師として学校に赴任したのもあっただろう。それははた迷惑にも、自分を実験台にして好き勝手してくれたものだ……思い返せば思い返すだけ、自らの痴態もまた思い返される。俯きがちになったマサキに、「何よ、もう。マサキってば、結局センセに大ハマりしてんじゃないの」表情に出ていたのだろうか。ミオに揶揄されて、「うるせぇな」と返せば、
「それよりも、センセのアレ見た?」
「あれ?」
「そ。アレ多分、やっちゃった系だと思うんだよねー……まあ、実害はないと思うんだけれども、いい加減、世界律を無視するのは止めて欲しいっていうか、余計な仕事を増やさないで欲しいっていうか」
「あの野郎、また変な実験しやがったのか!」
これまでその"やらかした物体"で、どれだけの被害を被ってきただろうか。制服は溶かされる、身体は弄《まさぐ》られる、肉体的に興奮状態に陥る効果を付与される――それも快感的な意味で、だ。異世界に続くブラックホールを出現させて見せたこともあった。化学準備室のドアを溶かしてしまったこともあった。けれども、そうしたマサキへの直接的な被害に比べれば、それらの被害はどれほどのものだろう!
そうしたマサキの胸中を、知ってか知らずかミオはあっさりと、
「そうじゃないよ? 見ればわかるけれど、センセがやっちゃったにしては、カワイイものを作ったなー……って、実験の話じゃないからね?」
「俺にそれをどうやって信じろって言うんだよ……」
「見ればわかるんだけれどなあ……って、マサキもしかして、今日センセより早く来たの?」
黒板の日直の欄に書かれている"安藤正樹"の文字を、無言で指し示してみせれば、「早過ぎない?」と言われる。じー……と横目で見て寄越すと、「これはやっぱり昨日センセと――」
「お前、俺にだって早起きする日ぐらいあるんだよ!」
「じゃあ、マサキは見てないのかあ。それじゃあ仕方がないね。見てみればわかると思うんだけど、それは後でのお楽しみってコトにしておいて」
「ふざけるなよ! 世界律が関わってるんだろ!」
世界を世界たらしめる世界律は、その平行世界におけるそれぞれの因果を定める法則に等しい。世界律が乱れれば、世界もまた乱れるものだ。それに関わる問題と言われて、どうしてウィザードたるマサキがこの事態を放っておけようか。
「今ここで言えよ、お前!」
「大丈夫だよ、マサキに害はないから」
「世界に害はあるけど、とか言わねぇだろうな」
「うーん……センセに敵対するウィザードやエミュレイターにとっては、ちょっと厄介かも知れないね。でもホントにそうかはわからないよ? ちょっと近くに寄って見てみただけだし」
本当だろうな――と、マサキが念を押せば、「へーき、へーき」と能天気にも返してくる。いざとなったらミオと共闘だ、とマサキは覚悟して、担任たるシュウが担当するだろうその日の朝礼を待ったのだが――。
「あ、どうも皆さまはじめまして。あたくし、こちらのご主人様たるシュウ様のですね、使い魔チカと申します。使い魔といってもですね、テイマーズソサエティではないですよ? MP供給源の方でして。いざとなったら身を挺して、ご主人様の精神エネルギーとなるこのあたくし! なんと献身的でございましょう! いやあ、生まれたばかりでまだ言葉が拙いですが、今後ともどうぞよしなに」
肩に留まる青い鳥は、そうして朝礼の席で、無謀にも自ら自己紹介をしてみせた。
「お……前ええええええええええええええええええッ!? 世界律どころじゃねえんだよ何違うシステムのゲームの設定持ち込んでるんだよアリアンロッドかそれともソードワールドかそれとも他のゲームか言ってみやがれこの野郎ッ!?」
椅子が倒れる勢いで立ち上がったマサキの怒涛のツッコミに、
「最近、MP不足を感じる機会が多いのですよ」
不整合極まりない事態ばかりを引き起こす男は、しらと言ってのけた。
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