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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

習作(1-5)

 今回はここまで。
 これ以上やるには、何も考えてなかった事実に気付きました(笑)
 ただこのシーンを書きたかっただけだというね。
 
 PDF版(全話一括)

「そんな話が俺の耳に届く頃には、とうに城下でニュースになってるだろうよ」

 チカを通じて呼び立てられたマサキは、応接室でシュウと対面し、それは仏頂面で言ってのけたものだ。事情を知らないとはいえ、酷な対応だと、チカは思いはしたものの、こうしたときには黙っておくべきことぐらいはわかっている。黙って出窓のひさしの上、伝え洩れ聴こえる言葉や、掠め見て取れる表情を窺いながら、時折、通りを往く城下町の人々のいつもと変わらない様子を眺めていた。

「決まり事ならさておき、ただ縁談だけが寄せられたとしたら?」

「そりゃああのお調子者のやることだろう。モテて仕方がないわ、ぐらいは言うんじゃないか?」

「成程。確かに言いそうですね」

「他の連中にはどうか知らねぇけどな、俺に対してはそう出そうなんだよ、あいつは」

 セニアのことである。

 シュウはどうやら、王族に近しい神官であるイヴンが複数の縁談の処理を進めていないか疑っているようだった。モニカとテリウスが出奔したことによって、正当たるアルザールの血統は失われた。新王が誕生した今、それを有力者に担ぎ出されては、厄介ごとが増えるだけ――その処理を進めんとしている輩が、シュウが自らの目的の為に利用している内通者の中にもしかしたらいるのやも知れない。

けれどもそれは杞憂に過ぎるのではないか。マサキの楽観的な物言いは、チカをしてもそう思わせてならなかったからこそ。

何せあの権勢である。ラングランの王者たるアルザールが血を引くセニアが飛び込んだ政治の世界は、彼女をその覇者たる立場へと押し上げた。新王誕生後においても、城下のゴシップと云えば、セニアにまつわるものが大半を占めるほどに、彼女の人気は根強い。

「何かあったのかよ」

「恐らくはですが、モニカに縁談が舞い込んだようです」

「いいんじゃねぇの? 厄介払いが出来るなら、それに越したことはないだろうよ。いつまでも誰に決めない、なんてこと――」言いかけて、どうやら自分にも当てはまる話だと気付いたようだ。マサキは言葉を詰まらせると、ただ頭を掻いた。「面倒臭ぇ」

「あなたに説教されるほど、考えていない訳ではないのですがね」

「聞かせて欲しいもんだ」

「気になりますか?」

「面倒なんだよ、女なんてのは。寄ってたかっちゃあ、きゃいきゃい言うだけで、一体俺のどこを見ているのかわかりゃしない」

 そこでシュウは何か物思ったのだろう。手前に立つマサキ手荒にを引き寄せると、出窓越しに見えない可能性がないにも関わらず、その口唇に口付けた。

「……上手く処理できるなら、俺だって処理してる」

「でしょうね」背中を向けるシュウの表情は計り知れない。

「何が言いたい」

 これが昨夜、モニカを跳ね除けた男のすることなのだ。普段のチカであったなら「お盛んですこと!」ぐらいの嫌味も飛び出そうものだったけれども、今回は違う。

  

 ――私とて、王家の女です。はしたない行為とはいえ、嗜みはございます。

  

それは、古傷を舐め合うのであれば、同性たるマサキよりも、同じ過去を共有できるモニカこそ相応しいとチカとて思いはしたけれども、物言いが物言いだ。ただ素直に自らの恋慕を吐露してみせれば、また違った展開になっていたに違いないだろう。「嗜み」と言ったモニカの台詞は、言葉の刃と化して、確実にシュウの古傷を抉ったのだ。

「ただ恋情を騒ぎ立てるだけの女性を相手にするくらいなら」

 そしてシュウはマサキを引き寄せて、その胸に自らの顔を埋めると、

「あなたで充分です」

 何がそこまで、シュウを執着させるのか、チカにはわからない。当事者たるマサキにだってわかっていないのだろう。気紛れな逢瀬は、いつだって突然に、間を開けては行われるのが常だったからこそ。それでいて、互いの女性関係にまで口を挟んでみせる。

狡い、とはチカでなくとも思うだろう。

女性のそうした恋愛感情ですら利用してみせる主人の思惑は、一歩間違えれば破滅を招きかねないのだ。自らの態度だけで対処できる事態はとうに超えた。でなければ、モニカをして、どうしてああいった行動に駆り立てるだろう。なのに、それでも尚、シュウはマサキを、マサキだけをそうした対象として手元に留めておきたがるのだ。そちらとて事情は同じようなものであるにも関わらず。

心変りがないとは、どうして思えるだろう。

マサキはシュウと同じぐらいに気まぐれであったけれども、趣味には乏しい。ひとりでいることを好む性質であったけれども、それは人間関係のややこさしから逃れたいといったシュウの煩わしさからくる逃避とは異なり、元々が一匹狼ゆえの癖のようなもんなのだろう。帰るべき家を――それは想像以上に賑やかな居所を持っている。情に厚く、正義感に強い彼が、彼女ら相手に、その情に流されない保証はないだろうに。

 けれども、シュウは明瞭には言葉を吐かないのだ。「あなたいい」不遜な言葉遣いは、王室育ちだからこその習わしなのだろうか。本当に求めているのであれば、もっと違った言いようがあるに違いないだろうに――ゴシップ好きのチカだったけれども、主人のこうした遠回しな物言いや、頓着しない言葉遣いには馴染めない部分が多々あった。

それに気付いたのだろうか。身じろぎひとつせず、ただ黙ってその胸元にシュウを抱えていたマサキにシュウは、「違いますね」苦笑交じりに言い直した。

  

――あなたがいい。

  

 けれども、マサキは気付かないのだ。そのささやかな言葉の違いが持つ、意味の深さの違いを。
 

 出窓を開き放しに、ソファの上で行われる情事を、つぶさに見ていられるほど、チカとて恥を知らない生き物ではない。今日は見なければならないものが多々あるのだ。神殿でのテリウスとイヴン神官の遣り取りしかり、サフィーネとモニカの女ならではの遣り取りしかり。そうして知らなければならないのだ。主人が持つ、蟠りの意味を。モニカに対して、我を忘れるほどに恐れを感じた意味を。

 何も語らない主人に生み出されたとはいえ、仕えているチカは語られないそれらを知らねば、言葉少なな主人の命を務められないのだから。

 翼を携えているからこその気軽さで、長くなるだろう情事を尻目に、チカは城下の空へと飛び立った。
 
 

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