人生は起伏に富んでいる。幸せなときもあればそうでないときもある。
人生の底にいるなと感じたとき、私は自分の中にある怒りを確認する。
怒ると疲れてぐったりしてしまってそれを表すところまでいかない私は、喜怒哀楽の怒の表現が下手だ。
極限まで我慢してしまうからだと思う。それを伝えようとすると言葉が上手く出て来ない。
それが嫌で、結局、怒ることを諦めてしまう。
だから自分の中に怒りがあると安心する。
まだ自分が怒れるのだと安心する。
諦めていない。私は怒ることを諦めていない。そう思う。
生活に満たされてしまうと、ふっと「ああ、もうやりたいことがない」と思ってしまう瞬間がある。
そう思って、「今なら何も未練を残さずに死んで行けるな」と思ってしまう。
自ら命を絶つような真似はしないけれども、生きることに「どうあっても生きてやる」といった執着心を持たなくなってしまう。
だから生きることを諦めていないのだと確認するために、自分の中にある怒りを確認する。
それがある限りは生きていける――そう思う。
そう思うからこそ力が漲ってくる。この怒りを昇華するまでは死んでなるものかと。
執念深い性格なのかも知れない。
でも私にとって生きるということはそういうことなのだ。
怒っている、私は。
静かに怒り続けている。
その怒りが愛おしい。
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