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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

ボタンの行方(1)
リクエストを先に消化すると言ったのですが、
 
すまんあれは嘘だ。
 
違うんです。もっといい話が思い浮かべられるんじゃないかと考え始めたらドツボにハマってしまって、だったら気分転換に宣言していたこの話を先にやろうと思いまして……と、いうことで、私の歪んだ愛情を一身に受けるザッシュの話です。「八月の或る長い一日」「ALL is VANITY」の続きとなります。(リクエストはプロットが完成したら直ぐ取り掛かります)
<ボタンの行方 ~PRVATE LIPS~>
 
 熱波の到来と呼んでも差し支えないほどに熱く蒸した夏が過ぎ、打って変わって空気の澄んだ涼しい日々が続くようになって暫く。秋を謳歌する虫の音が穏やかに響き渡る静かな夕刻に、ふらりとザッシュが詰める警備詰所に姿を現したマサキは、少し前に偶々城下街の酒場でザッシュと顔を合わせた際に、その同席が短い時間で終わってしまった失礼を詫びると、ワインボトルが何本か詰まった紙袋をテーブルに乗せてきた。
「約束していたところにお邪魔をしたのは僕の方なのですから、そこまでマサキさんに気を遣って頂かなくとも」
 そうザッシュは言ってみたものの、マサキはワインを受け取れと言って聞かない。
「大事な話をちゃんと聞けなかったしな。しかも料理まで奢って貰っちまったし」
「あれは頂いたアドバイスへのお礼です。それに対してお礼を頂いてしまったら、僕もまた何かを返さなくてはならなくなってしまうでしょう。それでは際限《きり》がなくなってしまいますよ、マサキさん」
 再三の帰郷を促す実家からの手紙に、返事を出すことすら躊躇っていたザッシュが、一時的な帰郷を決めたのは一ヶ月ほど前のこと。こんな風にふらりと詰所に姿を現したマサキが、テーブルの上に広げられていた手紙に気付いてその内容を訊ねてきたことに端を発する。
 隠してどうなる話でもなしと、ザッシュがその手紙の扱いに困りかねていることを打ち明けると、マサキは「一度、帰ってみればいいんじゃないか。それから今後の付き合いを決めてもいいだろ」と、事もなげに言ってのけたものだった。
「父の事がありますからね。僕が帰ることで、ヴァルハレビア家がそういった家だと、周囲の人たちに思い出させてしまうのではないかと思うと……」
「だからってお前自身の価値までもが変わる訳じゃねえだろ」
「反逆者の息子である事実は覆せませんよ、マサキさん。内乱終結後、暫くは家族も苦労したようです。ようやくそれも落ち着きをみせたと聞いています。今、僕がわざわざ波風を立てに行くこともないでしょう」
 父と息子と。その道が分かたってしまった結果が、永遠の別れになるとはザッシュは思ってもいなかった。考えを改めさせることさえ出来れば、以前のように親子として生きていける。父に逆らう道を選んだザッシュは、心の片隅に甘い考えを抱いていた。
 その息子の甘えを突き放すように、父であるカークスは最期に誇りを見せた。昼行灯と謳われた将軍カークス。君主を喪ったことで荒れたラングランの各地を統治し、領民たちに平穏な日常を取り戻した父は、その意地を通して戦場で死を迎えた。きっと父は軍人として相応しい死に場所を探していたのだと、今のザッシュは思っている。
「ガルナンサはお前自身の価値を認めたから、ガルガードの操者に選んだんだ。その自分を否定するようなことを言うもんじゃねえよ。胸を張って帰れよ、ザッシュ。大丈夫だ。お前たちは正しく親子だって、ヤンロンも言ってたぜ。あの堅物が言うくらいだ。お前の父親は欲に溺れたんじゃない。ただ、やり方を間違えただけだ。それをいつかはお前の周りの人間もわかってくれる日が来るさ」
 ザッシュの中から悩み迷う気持ちの全てが消えた訳ではなかったけれども、そのマサキの言葉はザッシュの気持ちに踏ん切りを付けさせてくれた。長く返事を出さずにいた便りに、たったひとこと「帰ります」とだけ記して、詰所に毎日配達と集荷に訪れる郵便配達人にその手紙を託したのが翌日のこと。実際に帰郷を果たすまでには済ませなければならない雑事もあって、少しの時間が必要だったものの、内乱終結後初となるザッシュの帰郷を家族や友人たちは総出で喜んでくれた。
 その礼をいつかしなければと思いつつ半月。魔装機操者の日常の多忙さは、あっという間に日々を過去のものとしてしまう。先日の酒場での偶然の邂逅がなければ、ザッシュがマサキに礼を述べる機会を得るのは、もっと先のこととなっていただろう。
「いいから受け取れよ。持って帰ると色々と面倒なことになる品なんだ」
 理屈を捏ね回されるのを嫌うマサキは、そう言って紙袋から手を離した。ビールを半パイン。そのぐらいしか酒を窘めないザッシュにとっては余りある量。親しい兵士たちと飲むにしても、同じくビールで陽気に酔うのを常とする連中ばかり。果たして彼らにこのワインの味がわかったものか――……。
 苦笑しきりでその紙袋を覗き込んだザッシュは、そこで既視感を覚えた。夏にもこんなことがあった……自分が堪えきれずにマサキに無礼を働いてしまった時のことだ。何があったのかザッシュには何となく察しが付いていたものの、あの時のマサキは酷く酩酊していて、やりきれなさに酒を重ねている状態に映ったものだった。
「そういえば、以前も貰い物だとか言って、ワインを持ってきたことがありましたけれど、もしかしてあれも厄介な品だったりするんですか。嫌ですよ、マサキさん。僕、犯罪の片棒を担がされるのは」
「安心しろよ。そういった品じゃねえよ」そこでマサキは一瞬、何かを憂いたような表情を見せると、「まあいいか、お前だったら言っても。それはシュウからだよ。気を遣わせた侘びに持って行けって言われたんだ」
 マサキがその名を口にすることを不自然に避けるようになったのは、いつからだっただろう。彼が自分たちと関わることを躊躇わなくなった頃からだったろうか。
 セニア然り、ウェンディ然り。彼は用があれば、普通にザッシュたちのところに赴いて来るようになった。それからだ。操者たちの口に彼の名前が上がると、マサキはさり気なく他の話題へと話をシフトさせるようになったのは。
 それは、きっと――……。
 ザッシュはその続きを考えられない。
 昼間の暑さが過ぎ、夜にもなれば涼やかな風が凪ぐついこの間までの夏。酩酊しているマサキの姿に弱味を晒されていると感じてしまったザッシュは、迂闊にも自分の欲をマサキにぶつけてしまっていた。マサキの気持ちを自分に向けさせたい。マサキはマサキで薄々ザッシュの気持ちを勘付いていたのかも知れない。無理にその腕を振り払うでもなく、暫くの間、その身体を捕らえていたザッシュの腕の中にいた。
 それを彼は知っているのだろうか? ザッシュはマサキが持ってきた紙袋の中身をテーブルに広げて改めながら、いつも皮相的《シニカル》な笑みを浮かべては、余裕ある態度を崩そうとしない人物の顔を思い浮かべた。
 酒場で同席したマサキが待っていた人物。彼と会う為にマサキはあの酒場に足を運び、そして偶々親しい兵士たちと酒席を囲もうとそこを訪れたザッシュと会ってしまった。帰郷を決意させてくれた礼をしたかったザッシュとマサキとの酒の席が短い時間で終わってしまったのは、マサキの待ち人たる彼が、話を始めて少しもしない内に姿を現してしまったからだ。
「きっと高いワインなんでしょうね」
「多分な。それが愉しみみたいな所があるらしいし」
 再び襲い掛かる既視感に胸が騒ぐ。マサキの着ている上着はあの日と同じもの。「直ぐに飲まないなら、ちゃんと貯蔵庫《セラー》に入れておけよ」その温もりが腕に蘇ったような気がして、ザッシュはマサキの言葉に曖昧に微笑んだ。
「どれだったか凄く管理が面倒なのがあって、それは出来れば先に飲んで欲しいって言ってたけど」
 マサキの腕がテーブルに並んだワインのボトルに伸び、ひとつひとつ掴んではラベルを確認する。風の魔装機神という強大な力を操っている割には小さく感じる日に焼けた手。それを眺めめていたザッシュはふと、そこに目が行った。
「ああ、これか。この薄い緑色のラベルのヤツ」
 上着の袖口。ボタンがひとつ欠けている。
 あの日、営舎にマサキが残していったたったひとつの縁《よすが》を、ザッシュは悩みながらもセニアの元で顔を合わせた彼に託すことにした。そうすれば彼を通じてマサキの手に戻る……直接マサキに渡さなかったのは、してしまったことに対する気まずさが顔を合わせ難くしていたのもあったし、上着のボタンが落ちるような何かがあったのだと彼に思わせたかったという悪戯心でもあった。
 そう、それはザッシュのひと欠片の意地の表れだったのだ。
 そのボタンを彼はどうしてしまったのだろう? マサキの上着のボタンであることに気付いていたのは間違いない。だのにマサキ本人が、未だにボタンの欠けに気付いていないとはどういうことなのか。
 わざわざ侘びたるワインの数々を、マサキに託してここまで足を運ばせているのだ。決してふたりが仲違いをしたのではないのだろう。もしかしたら単純にボタンの存在を忘れてしまったのかも知れない。セニアと話し込んでいた彼の姿を思い出す。話に相当熱中していたようだったし、きっとそのことが頭を離れなかったのだろう。そう思ったザッシュはマサキの上着の袖口を指差した。
「マサキさん、袖口のボタンが欠けてますよ」
「ああ、本当だ。内側のボタンだったから気付かなかったんだな」
「予備のボタンはありますか? 服のサイズ表記のタグなんかに付いたりしてますけど」
「いや、ないな。そこそこ気に入ってた上着だったんだが、そろそろ処分のしどきかな」
「だったら総取っ替えですかね」ザッシュは笑った。彼らとの付き合いは、礼だの侘びだのお返しだのと大変だ。「管理が大変なぐらいにいいワインを頂いたんです。お返しにボタンを付け直させて下さい、マサキさん」
 
 
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