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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

喧嘩の後で
昨日の夢に白河が出てきたので、忘れない内にそれで一本書こうと思いました。夢の中の白河はどこをうろついていたのかわかりませんが、随分と長く身体を動かしていたようで、ほんのりと汗の香りがしました。(いかにも男の人の体臭という感じで面白かったです)
 
そんな話です。ぱちぱちいつもありがとうございます。(*´∀`*)
<喧嘩の後で>
 
 来る日を勘違いしていたのだ。
「わかりました、マサキ。今回は私が悪い」
「わかってくれればいいけどよ……」
 家主たるシュウに不機嫌な声をぶつけられたマサキが応酬する形で始まった喧嘩は、話の噛み合わなさからその事実に気付いたシュウが折れる形で終わりを告げた。
「俺は今回は何ひとつ悪くないよな」
「ええ、マサキさんは何も悪くないですよ! 悪いのはうちのご主人様です! ご自分の記憶力に自信があるからってメモひとつ取らずにいたご主人様が悪い。半年ぶり、通算六回目ですよ。半年に一度は絶対にやらかすんですから、いい加減にきちんとご自分のスケジュールぐらい、ご自分で管理すべきです」
「何、こいつまだ、スケジュール管理を金魚のフンどもに任せてるのか」
「そうなんですよ、マサキさん! だからご自分の勘違いを認めるのに時間がかかる。マサキさんに言われた時点でちゃんとメモを取っておけばいいだけの話なのに、後になってから記憶を頼りにスケジュールの調整を付けて貰うもんだから、こういうことになるんですよ」
 家に来るなりの喧嘩。しかもシュウの勘違いに端を発したとあっては、いかにシュウが自分の非を認めようとも、マサキの機嫌が簡単に直る筈がない。「いい加減、自分のことは自分でやるクセを付けろってあれほど……」日頃の鬱憤もあるのだろう。チカ相手に愚痴を吐き続けるマサキと、ここぞとばかりに煽りに入るチカの遣り取りを聞くに耐えなくなったシュウは、「頭を冷やしてきます」と家を出た。
 家を出てどうしようかと思いながら、取り敢えず街に向かった。
 家から続く細い道を抜けて街道へ。そこから二十分も歩けば街の入口に付く。街の入口近くにはマーケットがあり、今日も多くの人で賑わいを見せている。そこから少し奥に入ると飲食店が軒を並べ、街の住人や訪れる人にひとときの憩いの場を提供している。その奥には商店街。その更に奥には住宅街。区画ごとに機能が明瞭りと分かれているこの街をシュウは気に入っている。
 気に入っているからこそ、居所を点々とするシュウにしては、珍しくも今の家には長く落ち着いているのだ。
 そろそろ場所の替え時だろうか。ふとそんな考えが脳裏を過ぎった。
 長く居続けていると嫌が応にも思い出が増えてゆく。
 六回の勘違い。その二回は今の家に移り住んでからだ。ここに来てから八回。マサキと喧嘩をした回数を数えながら、その内の二回もが自分の勘違いに端を発した喧嘩だったことにシュウは驚く。
 街にも思い出が増えた。
 交互に買い出しに訪れたマーケット。五回に一回はふたりで一緒に訪れたものだ。買い出しのあとには必ず飲食店に寄って、いつもより少し豪華なランチを取る。シュウの気が向いたり、マサキが興味を持ったりすれば、他の店で追加のテイクアウトを頼むこともあった。
「おや、珍しい。あんたをこの時間に見掛けるなんて」
「散歩のついでに寄ってみたのですよ」
「売れ残りのルッコラがあるんだが、タダでいいから持っていかないかね。そろそろ店じまいをしたいんだが、思った以上に残っちまってねえ」
「折角ですが、遠慮しますよ。ひとり住まいですから。あまり家に多く食材があっても」
 顔馴染みの増えた街。マーケットを少しだけ歩いてみようと思っただけでもこれだ。彼らからするとひとり住まいのシュウは放っておけない存在なのだそうだ。「お兄さん、折角だしちょっと寄っていきなよ」「お菓子があるんだけど持っていかないかい?」煩わしい。そう感じながらも、シュウは適当に彼らに応えつつマーケットを抜ける。
 長く居続けてしまった今の家。思い出が家に染み付かない内に新しい場所に移り住まなければ……。
 そう思いながら飲食店が軒を連ねる区画へ向かう。キッチンカーも多い区画。何か土産を買って帰るべきなのだろうか? マサキが興味を示したドーナッツショップがいきなりに目に入ったものだから、シュウはそう考えずにいられない。そしてそんな風に考えてしまうようになってしまった自分が可笑しくて、ひとり笑った。
 
 シュウが家を出てから、六時間ほど。「また喧嘩をしたいのかね、あいつは」マサキは夕食の準備を済ませ、その帰宅を待っていた。
 昼下がりも大分経ってから出て行っただけあって、既に時刻は宵の口を数えるまでになっている。どこで何をしているのやら……マサキは何度目の溜息を洩らした。何かに巻き込まれていないとも限らない。シュウの置かれている複雑な立場を思う。
「流石に云い過ぎましたかねえ。あのご主人様がへこむなんてこと考え難いんですが、ご自身の記憶違いが原因ですしね。自分の記憶力に自信を持っていらっしゃるだけにショックが強かったとか」
「まあ、あいつも人間だしなあ。偶にはそういうこともあるかも知れないが……」
 そこに玄関扉の鍵が開く音。遅い。云いながらマサキが玄関に出迎えに出てみれば、シュウは雪崩込むようにマサキの上から覆い被さってきた。「何だよ、お前。疲れてるのか」少し酒臭い息に汗ばむ身体。それが僅かな間マサキを抱き締めていたかと思うと、無言のまま剥がれる。
 表情にこそ出ていないものの、酔っているのは間違いない。
 けれどもそこをつつけばまた喧嘩になるのだろう。「食事の支度出来てるけど、食べるのか?」マサキが聞くと、「食べますよ。わざわざあなたが用意してくれたものを、食べずに済ませる筈がない」
 そのまま、何事もなかったかのようにシュウは食事を済ませてシャワーを浴びると、これもまたそれが当然とばかりに寝室に入ってしまった。会話はあったものの、どこかぎこちない。しかも、まだ夜も更けきっていない内に眠りに就こうなど、一日を生き急ぐように満遍なく時間を使って過ごす男にしてはらしくない。
 まだ怒っているのだろうか? それともそれだけ自らの記憶違いがショックだったのだろうか? 釈然としないまま、それでも心配の尽きないマサキは、シュウを追うようにして自分もシャワーを浴びて寝室に入った。
 ふたりでベッドに枕を並べるときの定位置。左側に横になっているシュウは、すっかり寝入ってしまっているようだ。その隣に身体を潜り込ませながら、マサキはふう、と溜息を吐いた。することもないままに寝室に来てしまったものの、自分はまだ眠くない。
 明日の夕方には戻らないといけないというのに、自分は何をしにここに来たのか……喧嘩の次は放置。いつもだったらある筈のコミュニケーションの不在がマサキを心細くさせる。今回の喧嘩については自分は何も悪くないにも関わらず。
 暫くまんじりともしない気分で天井を眺めながら考え込んでいたマサキは、そのやりきれなさにシュウに背中を向けた。理不尽な扱いに爆発しそうな感情を発散させるべく、股間に手を伸ばす。シュウの手。その指先、その口唇、その舌……その愛撫を思い返しながら、そのまま息を潜めて、自慰に耽る。
「……何をしているの、マサキ」
 声を殺していても空気が伝わるものなのか。不意に身体をマサキに向けたシュウが、マサキの背後から問い掛けてくる。既に股間は充分過ぎるほどに昂ぶっている。今更、と思いながらマサキは「オナニー」とあてつけがましく口にした。
「触ってもいい?」
 マサキの手の上に手を重ねながらシュウが囁いてくる。「……好きにすればいいだろ」耳元を舐り始めた舌に息が上がる。マサキはそっと自分の手を股間から離した。入れ替わりにシュウの手がその男性自身に触れてくる。マサキの腰を引き寄せながら動き始める手に、マサキの口元から声が洩れた。
 甘ったるい自分の喘ぎ声で空気が澱む。「出して、マサキ」言われるがまま、シュウの手に嬲られてマサキは達《い》った。
「……お前は?」
「疲れてますしね、今日は別に。あなたが自分で動くのならいいですが、どうします?」
 達しはしたものの、それだけでは物足りない。する、と答えて、マサキは仰向けになったシュウの股間に顔を埋めた。硬くなり始めているシュウの男性自身に舌を這わせて、少しの間。そろそろ口に咥えようかとマサキが口を開きかけたタイミングでシュウが話を始める。
「そろそろこの家を出ようかと思っているのですよ」
「お前……こういうときにそういう話をするなってあれほど」
「あなたは好きにしてくださって結構ですよ。私の話を聞くも聞かないも自由です」
 だったら黙らせてやる。そう思いながら、マサキはシュウの男性自身を口に含む。
 あのどこでもお喋りな使い魔の主人だけあって、シュウはこうして場違いにも行為の最中に、寝物語に聞かせてくれればいい話を始めることが珍しくなかった。行為に集中しているマサキが聞いても覚えていられることなど大してありはしないにも関わらず、それは日常会話の延長のような気軽さで語って聞かせてくる。
「顔見知りも随分と増えてしまいましたしね。彼らに迷惑を掛けない為にも、そろそろ出るべきかと」
 シュウにとってマサキの羞恥を煽る言葉と、こうした日常の延長にある言葉は、行為の最中であっても同列に扱われるものなのだ。「それで……? 今度はどこに行くって?」マサキはシュウの男性自身から口を離す。髪を撫でていたシュウの手が、そろそろとばかりにマサキの頭を引き剥がしにかかったからだ。
「どこにするか悩んでいたところで、あなたと行くつもりだった店の前を通りかかってしまった」
「店の前? 俺、どこか行きたいって云ったっけ……」
 云いながらマサキはシュウの腰を跨いだ。シュウの男性自身を掴んで、自らの足の間にあてがって、ゆっくりと腰を落として身体の中に埋めてゆく。そして、その手に導かれるがまま、腰を振って、それから……。
 切れ切れの記憶を振り返るに、ある日、街で食事を取ったシュウは、割といいワインを扱っているレストランを見付けたのだという。そこに気紛れにもマサキを連れて行こうと思い立ったらしい。そこで、約束の日を勘違いしたままその店に予約を入れていたシュウは、その店の前を通りがかったついでにと、予約を無駄にしてしまった詫びを兼ねて酒を飲んで来たのだとか。
 その話の続きがないところを見ると、どうやら流石にそこまで話をしたところで、世間話を口にしている余裕がなくなったようだ。後はひたすら、疲れているとは口ばかりにマサキを責め立てて、「もう、無理……」と言わせるまで思うがまま。
「昨日の話の続きだけど。お前、それでどこに引っ越すつもりだって」
 翌日の朝。遅れること少しして起きたマサキが、味気のない朝食を作っているシュウに訊ねてみると、「引っ越すんですか? そりゃ初耳で!」キッチンテーブルの上で、一足先に朝食を取っていたチカが驚きの声を上げた。
「昨日、思い立ったばかりですからね。それで丁度いい場所はないかと、レストランの主人と話をしていたら遅くなってしまったのですよ。今度は東の方に住もうかとは考えているのですが、ラングランの土地は広大です。ただ漠然と東というだけではね」
「どうでもいいけど、引っ越し先が決まったらちゃんと連絡を寄越せよ。ここに来た時みたいに、ある日、前の家を訪れたらもぬけの殻だったなんてのは俺は御免だからな」
「あたくしが頑張りますよ、マサキさん。きちんとお伝えに上がります」
「どうだか。お前だってこいつの使い魔なんだぜ」
「随分と信用を無くしてしまったようですね、私は」
 トーストにスクランブルエッグ。そして、ベーコン入りの野菜スープをそれぞれ器に盛って、シュウがキッチンテーブルに並べてゆく。ベーコンが入っている辺り、マサキに気を遣っているようだ。それでも物足りなく感じるのは、マサキがまだ育ち盛りにあるからなのだろう。
「無くすだろ。まさか六時間もどこに住むかなんて話をしてた訳じゃあるまいし」
 そう云って、マサキは追加でもう一品と冷蔵庫を開く。バナナとリンゴとヨーグルト。このぐらいの量なら、シュウも食べるに違いないと持ち出してキッチンに立つ。
「耳が痛い」シュウは笑って、マサキの手元を覗き込みながら、「ちょっとのつもりがワイン談義に花が咲いてしまって、あれもこれもと持ち出して来られたものですから。それに付き合っていたらあっという間に三時間ほど」
「残りの三時間は何をしてたんだよ」
「街まで往復で四十分ほど。マーケットの顔見知りの店主たちに捕まって三十分ほど。本屋で一時間ほど時間を使って、残りは散歩ですよ」
「計算は合うな」
 はあ、と盛大に溜息を洩らしながら、マサキはカットしたフルーツとヨーグルトを和え、器に盛る。チカとふたりで責め立てるような真似をしたのが良くなかったのかなどと、シュウの帰宅の遅れを心配をした結果が、マサキが折れる形でのなしくずしの性行為だったりするのだから、その理由を聞いて脱力感を覚えない筈がなく。
 喧嘩をしてもやることだけはきっちり。その癖、他に何をするでもなく日を過ごす。それはそれで贅沢な時間の使い方ではあったけれども、喧嘩の度に毎回それでは、マサキとて物を思うところが出る。
「ところで、マサキ。今日の昼食なのですけど、そのレストランに行きませんか」
「何だよ、ご機嫌伺いか」
「それもありますけれども、ここを離れる前に、あのレストランにあなたと一緒に行っておきたいのですよ。ワインも料理もそこそこ美味しかったですし、雰囲気もよかった。何より、店主が思っていたような人柄だったものですから」
「ワインの良し悪しを俺に求められてもな」
 それぞれキッチンテーブルに着いて、めいめいに朝食に手を付ける。いつもの喧嘩のあとに比べれば、自分の非を認めているからだろう。シュウにしては上出来の誘い文句を嬉しく感じながらも、その嗜好品が絡む話なだけに不安を覚えてマサキが云えば、
「いいものは一箇所に集めておきたくなるものでしょう? だからそこは気にしなくとも結構ですよ」
 まるで宝箱に宝を詰め込む子供のように無邪気な台詞を口にして、シュウは静かにその返事を待つようにマサキに向かって微笑んでみせた。
 
 思い出の詰まった街。行きたかった場所には全て行った。
 そのどれにもマサキの姿を置いたシュウは、レストランで食事を済ませると、忙しなく帰路に着いたマサキを見送って、早速と荷造りに手を付け始めた。住む場所を決めるのはこれからだけれども、長く居座り続けた分、物が増えた家。あまり使わない物は早めに処分するなり、荷造りを済ませてしまうに限る。
「お早い荷造りですこと、ご主人様」
「そろそろ新しい思い出も欲しいですしね」
 籠の中の鳥だった自分が今は世界に身を置いている。だったらこの広い世界を見ずして、何を見たものか。
 街に生きる人の姿。その賑わい。表と裏。清濁併せ呑むその世界を、シュウは感じて生きていきたいのだ。だからこそ、シュウが目にしなければならないものは、まだまだこの世の中に溢れているに違いない。ひとところに留まっていては、その全てを目にはしきれないだろう。
「今度はどなたに家探しを頼みましょうかねえ」
「東に伝手を持っているとなると、ローウェンかベルモンドか……」
 マサキの次の来訪までには新しい家に移り住もう。シュウの決心は付いていた。
 新しい家で、新しい思い出を、また一から積み重ねていくのだ。
 変わってゆく人と街。その中で変わらないたったひとつの存在を軸にして、シュウはこれからの人生の記憶を積み重ねてゆくと決めていた。それを叶え続けられるこの生活を手放す気はない。
「じゃあ、サフィーネさんに頼んで、ちょちょいと決めちゃってもらいましょう。割とこの家の天井の梁は気に入ってたんですけど、ご主人様が決めたこと。出来れば次の家の天井の梁も、あたくしにとって居心地のいい場所であることを願ってますよ」
「そうですね、チカ。この家に来て、住み心地も大事だということが、ようやくわかったような気がしますよ」
「最初は酷かったですからねえ。教団の連中はマゾの集まりですし。苦労してなんぼみたいなあの考え方。与えられた家の使い勝手の悪いこと、悪いこと。それと比べればどこも天国かも知れないですね、ご主人様」
 新しい家ではきちんとメモを取る癖を付けよう。シュウは持ってはいるものの、あまり活用されていない手帳の存在を思い出す。それをマサキとの思い出を綴る記録帳にするのも悪くない。
 何にせよ、新しい家に移ってまで、同じ過ちで喧嘩を繰り返すのだけは避けたいものだ。
「全くですよ、チカ――……」
 シュウは荷造りの手を止めると、上着の内ポケットに仕舞い放しになっている手帳にマサキの次回の来訪を書き付けるべく、その懐に手を差し入れた。
 
 
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