「「君に会えない日には」で始まって、「この道を信じている」で終わる物語を書いて欲しいです。曖昧な話だと嬉しいです。」のお題を消化したもの。とある喫茶店にマサキを連れて行った白河のお話。
何度でも繰り返しますがリクはまだ受け付けております。白河視点で書けるお話でしたら何でも結構です。私が未履修の部分は調べて書きます。←
ぱちぱち、コメ、有難うございます! 今週は小忙しくてログ置き場の補完ぐらいしか出来そうにないのですが、その分土日に頑張りますのでお許しを。では本文へどうぞ!
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<月と太陽>
「あなたに会えない日々には、あなたのことを考えたりもしますよ」
マサキのことを考えることもあれど、それはひとときのこと。そうシュウが口にすると、
「そういったことを聞いたんじゃねえよ」
目の前でオレンジジュースを啜っていたマサキは咽《むせ》そうになったのだろう。一瞬、言葉を詰まらせると、口の中に残っているジュースを飲み下してから、面食らった表情で吐き出すように言葉を口にした。
「お前のその発言が誤解を招くんだよ。俺が聞きたかったのは、お前があいつらとどういった日常生活を送ってるかって話だ」
「あなたとそう変わりはない気がしますがね、マサキ」
「本当かよ。お前が誰かとわいわいがやがややっている所なんて想像付かないんだがな」
城下の裏通りにひっそりと門を開いている喫茶店は、珈琲の味に定評のある店だった。
店主が長い年月をかけて集めたレコードのジャケットが所狭しと並べられた店内。クラッシック、ジャズ、フュージョン……EDMにクラブミュージックまでも網羅している棚は、整理整頓が行き届いているとは言い難く、民族音楽の隣に讃美歌が並んでいたりもしていたものだったが、その雑多な有様こそが店主の人柄を表しているように感じられて、シュウとしてはいたく気に入っていた。
ジャンルの垣根を超えて集められたレコードの数は五千枚を下らないらしく、通が目にしようものなら即座に売買の交渉を持ちかけられるほどに垂涎物のコレクションであるらしい。いつ来ても物静かに店内に流れる曲に耳を傾けている客ばかりな店内。珈琲の味を求めるというよりも、その豊富なコレクションから流れ出る音楽を求めているような客層に、確かに音楽好きにとってこのコレクションは目や耳にするに値するとシュウは思ったものだった。
それが証拠に、今となっては貴重品となったレコードを片っ端から集めていたらこんなことになってしまったのだと、いつかシュウがその来歴を尋ねた時に、丸っこい顔に豊かな髭を蓄えた店主は、人好きのする笑顔を浮かべながらも気恥ずかしそうにそう答えたものだ。
何度目かの来店。暇を見付けてはレコードジャケットに目を通し続けたシュウは、全てのジャンルに精通していた訳ではなかったけれども、何枚かの貴重な価値を持つレコードを発見していたからこそ、店主のその言葉の重みを感じ入らずにいられなかった。
どんな芸術にも良し悪しの幅は存在している。そうした良し悪しの垣根を飛び越えて、ジャンルそのものを愛せる者の手元にこそ、価値あるものは集まるものなのだ。シュウは試したことはなかったが、その多岐に渡るコレクションから選んだ一枚を店主に渡せば、カウンターの脇で存在感を放っている古びた手回しの蓄音機で聴かせて貰えるのだと聞く。
価値あるものを他者に披露することを躊躇わない気さくな店主の人柄。シュウは恐らく自分で思っている以上に、店主を気に入っていたのだろう。決して静かに珈琲を楽しむとは行かないとわかっていても、マサキを連れて来ずにいられなかったのは、これから先も長く利用することになる喫茶店の店主に、自分たちが共にそこに在った姿を覚えていて欲しかったからだった。
――初めてですね、あなたがこの店に誰かを伴って訪れてくれたのは。
城下に住まいを構える者たちぐらいしか通ることのない裏通り。散策好きのシュウが見付けたその店は、客に余計な詮索をすることもなければ、客を不寛容に排除することもない。初めて店に足を踏み入れたシュウに対してもそうだった。どうぞお好きな席に。人好きな笑顔が特徴的な店主は、その笑顔で以ってシュウの存在を認めてくれたものだった。
マサキを伴って訪れた今日もそうだ。控えめながらも歓待の意を伝えてくれた店主は、それ以上の詮索をすることもなく、カウンターの奥で皿を磨きながら、スピーカーから流れ出る音楽に耳を傾けている。
そんな店主の姿を横目に、シュウは彼が淹れてくれた珈琲を口に運んだ。豆の配合に拘り抜いただけあって、程良い苦みが喉に染み渡るマイルドな味わい。香り立つ珈琲の匂い。その空気を深く吸い込みながら一杯目の珈琲を飲み終えたシュウは、続く二杯目を店主に注文《オーダー》し終えると、マサキの疑問にこう答えた。
「彼女らとの生活は賑やかではありますが、賑やか過ぎる気はしますね」
「お前には丁度いいんじゃないか。どうせひとりで居ても、押し黙って過ごしてるだけなんだろ。あいつらぐらいに放っておいても騒ぐ存在がなきゃ、何処かに行くこともそうなさぞうだ」
それはある意味で正しい指摘だった。
そうでなくとも出不精なシュウは、研究開発に没頭し出すと尚の事、外出を避けるようになったものだった。それどころか不摂生な生活を送ることさえ苦ではなくなったものだ。何かに熱中し出すと何日も徹夜を惜しまないどころか食事をすることさえも億劫がるシュウには、マサキが云うように、彼女らのような力強く引っ張ってくれる存在が必要なのだろう。
まめまめしく自分の世話を焼いてくれる彼女らには、頭が上がらないと感じているシュウだったけれども、けれどもその感謝の意を伝えたいとはどうしても思えずにいた。シュウに忠実たる彼女らの欠点は、シュウに対して抱いている特異な感情にある。そう考えるシュウは、彼女らを上手くコントロールする必要性を感じていたからこそ、迂闊に好ましい感情を口にせぬまま、奇妙な共同生活を続けてしまっている。
シュウはシュウで気を遣いながら生活しているのだ。
それが鈍感なマサキにこの程度の言葉で伝わったものか。シュウは言葉足らずな己を悩ましく感じながらも、どうせ誤解されるのであれば、それは自身が選んだ相手したいものだと、「何事も過ぎたるは良くないものでしょう。尤もあなたにはもう少しばかり過ぎた存在であって欲しいものですけれども」そう言葉を吐く。
「お前はまたそういうことを……」
レコードが奏でる曲の数々が響くだけの静かな店内に合わせて声を抑えているものの、響いてしまうマサキの声。そんな闖入者たるマサキの存在を、顔馴染みの客たちは厄介とは感じていない様子だ。
めいめに読書や思索に励む彼らは、シュウもまたこの店の常連客のひとりと認識しているのだろうか。それとも裏通りに面しているとはいえ、こういった客が訪れるのは日常茶飯事的なことであるのだろうか。いずれにしても、シュウとマサキの声は雑音《ノイズ》というより、流れ出る音楽を彩る重点《アクセント》として捉えられているようだ。
彼らの口元に一様に浮かぶ笑みは、きっとそうした意味合いのものであるのだろう……顔を合わせれば会釈ぐらいはするものの、口を利くまでには至らない常連客たちとの付き合いを振り返りながら、寡黙な性質である彼らが騒々しいマサキの存在を受け入れてくれていることに、シュウは感謝を捧げずにいられない。
「これ以上、何を望むって云うんだ。今日だってここまで付き合ってやっただろ。まさかお前、昔みたいに俺にお前を追いかけ回せとか云うつもりなんじゃないだろうな」
だのに憮然とした表情。その有難味がわからないのやも知れないマサキは、近頃のシュウの態度に思うところがある様子だ。自身の感情を優先するように、そう吐き出してくる。
「それはそれで面白そうな話ではありますが、遠慮しますよ。今更あなたに敵として執着されるのもね」
「何だよ、もう……」マサキは何を云うのも無駄といった表情で長い溜息を吐くと、「わざとやってるのかわからねえ言葉ばかり吐き出しやがる」
「何が、です」
「味方だったら執着していいって話じゃねえだろ」
どうやらシュウの言葉をあらぬ方向に誤解しているらしい。真ん中を強く結んだ口元。苦々しいという表現はこういった表情の為にあるに違いない。そんなマサキは相当にシュウに対して云いたいことを溜め込んでいるのではなかろうか。一向に減る気配を見せない彼の手元のオレンジジュースに目を遣って、シュウは密やかに溜息を洩らした。
確かに多少はそうした意味を込めて口にした言葉もあったけれども、そればかりではなかったシュウとしては、マサキの態度に遣り切れなさを感じてしまうのも仕方のないこと。噛み合わない――マサキにジュースを飲むように勧めながら、シュウは次の言葉を探す。
そもそも、発言の全てを逐一ほじくり返すように裏を読まれては、まともに進む会話もまともには進まなくなるものだ。城下でマサキと偶然に顔を合わせるのが何度目のことかシュウは思い出せなかったものの、大通りに面した店では彼の仲間と顔を合わせかねないと思ったからこそ選んだ喫茶店でもある。マサキとの時間をゆっくり過ごしたいシュウとしては、余計な諍いを生じかねさせない火種は早めに消してしまいところだった。
「別に執着して欲しいとは口にしていませんがね。それともあなたは、私に執着して欲しいのですか、マサキ」
「お前に執着されるなんて冗談じゃねえ」
「そういうことですよ、マサキ。私も無駄にあなたに執着されるのは御免です」
「お前が俺をどう思ってるのかがさっぱりわからねえ。この間にしたってそうだ。お前何であんな突然に――」
そこで流石に自分のいる場所に気付いたようだった。ボリュームを増しつつあった声を潜めたマサキは、身を乗り出すようにしてシュウの顔に自らの顔を近づけてくると、
「その話をしようと思ってたのに、こんなところに連れてきやがって」
「あまり深掘りされたい話でもありませんしね」
「お前……この……そういうところばっかり知恵が回りやがって……」
聞きたくないのだ、シュウは。自らがしてしまったことをマサキがどう感じているのかを。
決してひとつの意味で選んだ訳ではなかった喫茶店だった。静かで落ち着いた雰囲気に満ちている店内の居心地の良さに、レコード好きな感じの良い性格の店主。邪魔者が乱入してくることもなければ、詮索好きな客もいない。シュウの誘いに気軽に応じてみせたマサキに、きっとこうした内容に話を及ばせたいからだろうと予想したシュウは、だからこそ容易にそうした内容を口にし難いこの店を選んだ。
それでもマサキが話をしたいと望んでしまったら、その時は仕方がない。いずれは向き合わなければならない問題だ。とはいえ、その結果、マサキと二度と顔を合わせられなくなる可能性があることは否めない。マサキとの関係を終わりにしたくないと望むシュウとしては、少しでもその時間を先延ばしにしたくあった。
「……どういうつもりだったんだよ」
しかしマサキはその程度の障害で、自らが話したいことを諦めるつもりはないようだった。しぶとい性格は普段の会話でも存分に発揮されるらしい。二杯目の珈琲を飲み終えたシュウがカップを置くのを待ってから、そう言葉を口にしたマサキは、次いで上目遣いにシュウの顔を睨んでくる。
「過ぎたことをあれこれ話すのは止めにしませんか、マサキ」
「お前にとって、あれは過ぎたことなのかよ」
「その方がお互い幸せだと思いますがね」
そこで話を切り上げるように、シュウは三杯目の珈琲とマサキの空になったオレンジジュースの代わりの飲み物を注文《オーダー》した。暫しの沈黙。少し時間が経ってから、店長手ずからテーブルに飲み物が届けられる。そろそろさっぱりとした飲み物が欲しいだろうと頼んだアイスティーに、文句を云うこともなくストローを差したマサキは、直ぐには口を付けたいとは思えない様子で、氷をカラカラ云わせながらグラスの中身を掻き混ぜている。
「……過ぎたことにしたいなんて、思ってねえよ」
やがてそう呟いたマサキが、何事もなかったかのような様子でストローに口を付けた。我が耳を疑う発言にシュウはその意図を尋ねたい衝動に駆られたが、「ところで最近さ……」マサキはそれ以上、この話を続けるつもりはないようだ。話題を日常的なものに切り替えると、そのまま。喫茶店を出てシュウと別れるまで、気安い会話を止めることはなかった。
離れ難い思いを感じながらもマサキと別れたシュウの目の前には、ただの日常生活しか広がっていなかった。
離れ難い思いを感じながらもマサキと別れたシュウの目の前には、ただの日常生活しか広がっていなかった。
色褪せて見えるほどではないにせよ、何も変わり映えのしない世界。帰路をひとり往ったシュウを迎えれてくれたサフィーネやモニカ、そしてテリウスに会っても、シュウが抱いてしまったその感想は変わることなく。マサキとのささやかな非日常を終えたシュウは、賑やかな仲間たちに囲まれながらも、起伏に乏しい日常生活を送るしかない己の未来に一抹の寂しさを覚えたものだった。
だからこそ、日常のふとした瞬間に、シュウは何過ぎ去ったマサキとの時間に何度も思いを馳せた。
掴んだ腕……触れた口唇……沈黙の後に吐かれた言葉……マサキはいつだってそうだ。シュウのように過ちを犯したからといって、その場に留まるような真似はしない。それが例え傷付くだけの結果にしかならなくとも、全力で前に進むことを選んでみせる。
限りなく純粋な心を持つマサキは、どれだけの苦難に合ってもその心を失わなかった。それがシュウには誇らしくも愛おしくも感じられるのだ。
空に輝ける太陽のようにシュウにとっては眩しい存在であるマサキ。きっとシュウは思った以上にマサキに助けられているのだろう。そう、その光無くして輝けない月のように、シュウが自らの存在を輝けるものとしていられるのは、マサキという強い光があってこそ。教団という暗がりでひっそりと息を詰めるようにして生きていたシュウは、マサキと出会ったことで輝ける未来と生を手に入れられるようになったのだ。
――……過ぎたことにしたいなんて、思ってねえよ。
やがて慌ただしさを増して行った日常に忙殺されながらも、シュウの心からマサキの存在が消えることはないままに。むしろその心に刻まれた非日常の数々は、色鮮やかに脳裏に蘇っては、まるで身近に寄り添うようにシュウの孤独を慰め続けてくれた。
いずれまたシュウとマサキの道は交わる日が来る。その時には、喫茶店での話の続きをするところから始めよう。そうして、今度こそあの時の口付けの意味を伝えよう。いずれ訪れる未来に自分を恥じない為にも、シュウはマサキに対して臆病な自分を変えようと決心して、目の前に伸びた果てのない一本道にこう思った。
自らが往くことを決めたこの道を信じている、と。
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