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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

簒奪者
「優しいのはあなたです」で始まり、「もう上手に生きられます」で終わる物語を書いて欲しいです。」のお題を消化したもの。未履修でこんな話を書くのもなんですが、ノルス・グラニアが出来上がった時のお話。おかしいところは全て平行世界のお話だと思ってください。

べったーに上げた作品に加筆をしてあります。結構な文章量になっていますので、もしよければあちらをお読みになられた方もどうぞ。
<簒奪者>

「優しいのはシュウ様の方こそですわ。わたくしの為にこのような機体を用意してくださるなんて」
 心よりの笑顔を浮かべてそう感謝を口にしたモニカは、優雅にして高貴なフォルムを持つ己の機体を見上げた。
 肉感的な女性らしさに満ちているサフィーネのウィーゾル改と比べると、ノルスは概念的な女性らしさに満ちた機体だ。脚部を長く覆うスカート。後光とも羽根とも取れる背中の装飾。禁欲的に映るノルスの外観は、触れることすら躊躇わせる高貴さを、女性という性を用いることで表現したかのようだった。
 この機体のデザイナーは、機動性を犠牲にしてでも表現したいものがあったに違いない。かねてからそう感じていたシュウは、その意図を汲んだ改修をノルスに施した。
 開かれたスカート。頭上には光輪、背中には四枚の翼。機動性と装飾性の上がった機体の名はノルス・グラニア――不敬にも王族を意味するセカンドネームを冠することとなった機体は、モニカの心を充分に掴んだようだった。
「あまり私のすることを信用しない方がいいですよ、モニカ」
「またそのようなことを仰いますのね、シュウ様。そんなことはありませんわ。シュウ様は戦いをともにしたいというわたくしの望みを叶えてくださったのでしょう。それが善意でなければ、悪意とはどういったものになるのでしょう。ですからどうか、ご自身を卑下なさるのはお止めくださいましね」
 そうではないのだ。シュウは真っ直ぐに自分に向けられる汚れのない瞳に、どうにもならない程のいたたまれなさを感じずにはいられなかった。純粋であるということは、時として自らを取り巻く環境に対して目を曇らせる。ノルス・グラニア。シュウは自ら命名したその機体の名前が、どういった波乱を巻き起こすかを予見していた。
 ――ただ、失ってしまったものを取り戻させてやりたかった。
 ほぼ全面改修に近い作業を経て、生まれ変わったノルス。その有り様に相応しい名前を授けてやりたい。グラニアの名を与えようと思ったのは、それが自らに付き従うことを選択したモニカが失ってしまった地位であったからだ。
 先王アルザールが第三子。かつて王位継承権第二位を有していたモニカは、本来であったなら、今頃は王位の座に就いていたことであろう。魔力量に乏しかったフェイルロードの代わりにと、豊かな魔力を有する彼女に期待する支持者も多かった。そういった支持者の数はフェイルロードに比類するほどですらあったのだ。
 フェイルロード亡き後、行方不明の彼女の戴冠を望んだ者は多かったと聞く。しかし、その地位を目前としながら、無欲にも彼女はシュウに付き従う道を選んだ。
 彼女が犯した罪はそれだけだった。
 ラングランという巨大国家は、王族の反乱を許せぬものであるらしい。無理もない。生まれながらにして職業が定められる一族、王族。職業選択の自由が保障されているラングランにおける唯一の例外である彼らは、国家に捧げられる贄である。
 調和の結界の維持に、国内の平定。国の繁栄と安寧を祈る魔術祭祀に、政治的省庁の監督をすることもある。優雅に見えて多忙な日常。権利には義務がつきものだ。ラングランの国民階層の最上位に位置する地位と権力を生まれながらに得ているからこその重責は、彼らが保たねばならない品位の証左でもある。だからこそ、それらを放り出してシュウの許へと出奔したモニカは、テリウスとともにシュウと同様の国家反逆罪に問われることとなったのだ。
 指名手配犯となった彼女とテリウスから、元老院は容赦なく王位継承権を剥奪した。シュウのようにラングランを戦禍に見舞わせた訳でもない彼女らの進退に関しては、もっと秘密裏にことを済ませる方策もあっただろうに。それなのに。
 それは、そう、まるで見せしめにするかの如く……緋のカーテンの向こう側に生きている高貴なる従者たちは、容易くもモニカやテリウスを見限ってみせたのだ。それをどうしてシュウが赦せたものか。
 ――私に罪があろうとも、モニカには罪はない。
 けれども、そういった自らの感情が慮られることはないのだろう。今にもノルス・グラニアに飛びつかんとする勢いで、自らの新たなる機体を間近に眺めているモニカを視界の片隅に、シュウは彼女に気取られないようにひっそりと溜息を吐いた。この新たなるノルスの名を知った彼らは恐らくこう感じるに違いない。クリストフは王位に色気を持っていると。
 王家は既に新たな後継者を迎えて久しい。今、王宮を刺激してシュウの得になることは何もないのだ。わかっていても、シュウはその名を授けずにいられなかった。例え再び汚名を被ることとなったとしても、譲れない願い。彼女に失ってしまった名前を取り戻させてやりたい。モニカの気持ちに応じられないシュウとしては、それだけが彼女に与えられる心よりの贈り物であったのだ。

「簒奪――って、どういう意味だ?」
 自らの許に足を運んだマサキを目の前に、セニアは各所に忍ばせている草《諜報員》より届けられた報告書に目を通していた。
 周囲に展開させたホログラフィック・ディスプレイ。手を滑らせては次、また次と、彼らによって事細かに報告される各地の情勢を瞬時に脳内に叩き込みながら、セニアは機械的に己の職務を処理してゆく。高度な技能《スキル》を要求される情報処理も、セニアにとっては高価な玩具を操るに等しかった。
 その手を休めることなく、「マサキには難しい言葉だったかしらね」と返せば、毎度々々己の教養のなさをちくちくと責められることに辟易していたのだろう。マサキは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、
「聞きなれねえ言葉の意味を知らないと聞けることは恥じゃねえよ。それを知っている振りをして聞かない方が恥だって、お前、前に俺に云っただろ」
「その通りではあるのだけどね」セニアはディスプレイを撫でていた手の動きを止めた。「あなたもこちらに来て大分経つのだから、そろそろ自分に関係のある世界の常識的なフレーズぐらいは覚えてくれないと」
「どこまでが常識なのかねえ」
 ジーンズのポケットに両手を突っ込んだ姿。次の瞬間には面倒臭えと吐き出している。
 そんなマサキの飾り気のない態度が時としてセニアには面白くなく感じられることもあるのだと、マサキ自身は知っているのかいないのか。片足を投げ出すようにして立っているマサキに、流石に見苦しさも限界とセニアは椅子を勧めることにした。
「簒奪っていうのはね、王位を奪うってことよ」
「……それは穏やかな話じゃねえな」
 手近な椅子を引き寄せて逆《さか》向きに腰を落ち着けたマサキは、気だるそうに背もたれの上。乗せた両腕に頬を倒して、暫くセニアの作業を眺めていた。それがセニアの説明を耳にするなり、背筋が伸びたものだ。
 ラングランに召喚されてからそれなりの年月が過ぎたマサキは、いつの間にか有事と平時の区別をはっきりと付けられるようになっていた。それがセニアには喜ばしく感じられるものの、同時に無邪気さを失ってゆく彼の姿に申し訳なさを感じもしたものだ。
 ――彼らにばかり責を負わせてしまっている。
 それでも魔力を持たない王族であるセニアにとっては、他に頼れるべき縁《よすが》はない。新王が即位して大分経つ。新たなる王はアルザールの血統であるセニアを充分に遇してくれていたけれども、それでもセニアが心を許せる相手は大分減ってしまっていた。
 所詮は王位の血統であるか否か。セニアに群がった支持者たちの本心はそういったものであったのだろう。王位争いに絡まなかったセニアは、それでも自らの機嫌を窺い続けた彼らの目論見をようやく知ったのだ。
「誰が王位の簒奪を企んでいるって」
 マサキの言葉に我に返る。ぼんやりと捲ったディスプレイの電子情報のページの情報が、脳の中からごっそり抜け落ちている。くだらない物思いに時間を使ってしまった……セニアは電子情報のページを巻き戻しながら、マサキに言葉を返した。
「確たる情報ではないのよ。そういった動きを警戒しなければならない、程度の話」
「陛下に何かあってからじゃ遅いだろ」
「そうは云ってもねえ……」
 父たるアルザールが栄華を誇った日々。鮮やかに彩られたかつての繁栄の記憶がセニアを苦しめる。あの華やかなりし時代がセニアの手に取り戻されることは、もうないのだ。そう思い込んでいたセニアにとっては吉報とも云える情報が転がり込んできた。
 問題は、セニアの立場上、その企みに加担が許されないことだ。
「ふんわりとした情報なのよ。本当にそういった企みが行われているのかすら不明な」
「それを詳しく調べてくるのが、お前んとこの子飼いの連中の仕事だろうよ」
「それだけ情報が掴み難い組織を相手にしているとは思ってくれないのね」
 シュウ=シラカワ。彼を筆頭とするたった四人の集団は、どんな組織よりも情報統制が行き届いている。
 手練れた草ですら難儀する鉄壁の要塞。流石は高知能を誇る従兄だけはある。彼が構築した電子的な情報網《ネットワーク》に潜り込むのは、セニアが有している高難度な技術《スキル》で以ってしても、かなりの回数の試行が必要になったものだ。
 その気の遠くなる作業の末に手に入れた情報によると、セニアの鼻持ちならない従兄は、どうやら妹たるモニカの機体に新たな改修を施したようだった。それに伴って機体の名前も新たにしたのだろう。とはいえ、その名が妹の嗜好によって付けられたものであったのならば、セニアもここまで心を乱されたりはしない。
 ノルス・グラニア――決して妹の趣味で付けられたのではないと即座に知れる新たなノルスの名は、悪趣味な従兄の嗜好が存分に発揮されているようにセニアには思えてならなかった。

「簒奪、ですか」
 きょとんと、まるで自分に関係ない世界の話のように目を丸くしているモニカは、シュウの説明に耳を傾け終えるとその単語を口にした。
「……わたくしにはそのような気持ちはありませんけれども」
「あなたにその気持ちがなくとも、この機体の名前にグラニアを冠している以上は、そう感じる方々が出るのも時間の問題でしょう。それは、あなたとセニアの間に深い亀裂を残す結果になるやも知れないのですよ、モニカ。あなたはそれでいいのですか」
「良いも悪いもシュウ様が付けてくださった名前なのですわ」
 モニカはそう云って、ノルス・グラニアの足の上に腰を下ろすと、愛おしそうにそのパーツを撫でた。
「それに、シュウ様のグランゾンにもセカンドネームが使われているではありませんか」
 自らの愛機に秘めた名前の意味を指摘されたシュウは、それとは意味が異なるのだと、既に汚点となって久しい過去に思いを馳せながら、その命名の経緯を振り返った。
 未だ王族に籍を置いていたシュウは、地上で自らが開発した機体に、躊躇うことなくグランのセカンドネームを与えることにした。自由を求める自分がやがて失うことになるだろう階級。それを惜しむ気持ちがシュウの中からはとうになくなっていたにも関わらず、その名をグランゾンに冠させようと決めずにいられなかったのは、王族という階級に群がる人々に、彼ら自身が犯した罪の重さを思い知らせる為でしかなかった。
 世界に災厄を振り撒くことを目的としてシュウが造り上げた機体は、稼働の暁にはその目的を如何なく発揮することだろう。その時にグランゾンの名を聞いた彼らは何を思うだろうか。男性の王族を示すミドルネームを有する機体の所有者は、彼らが禁忌の子と謗ったクリストフであるのだ。その事実は、彼らにグランゾンに込められたメッセージ性を深く読み取らせることだろう。
 シュウはその名に積年の怒りを込めたのだ。地底人と地上人との間に生まれたシュウを、その出自だけで理不尽に弾こうとした王宮という階級社会。王弟の息子として生まれたこともあり、決して盤石な地位とはいかなかったシュウは、彼らの自分への接し方にどこれだけの不満を抱いていたことか。気を抜けば廃嫡を迫られ、しかしどれだけ努力を続けようとも、直系よりも一段低く扱われ続ける。それとわからぬような嫌がらせは日常茶飯事であったし、地位に影響を及ぼしかねない謀略も数多く行われたものだ。そうした彼らの振る舞いを、王族であれば自らの力で処理しきれると放置を続けたアルザール。シュウ自身に落ち度がないにも関わらず、彼らがそうした振る舞いを改められなかったのは、彼らがシュウを地上人の血を引く穢れとして一段低く見ていたからだろうに。
 だからこそシュウは、自らの機体の名にグランの名を冠した。クリストフ=グラン=マクソード。王位継承権を有するその名の持つ意味が彼らに通じないのであれば、より強大な力を宿して彼らに思い知らせるまで――……
「私とあなたの機体では、命名に至るまでのプロセスが異なるのですよ、モニカ」
 グランゾンの存在で以って、彼らを断罪しようとしていたシュウ。今となっては愛着の湧く名でもあったけれども、それはシュウが王族であったかつての自分と現在の自分を切り分けて考えられるようになったからでもある。自分は最早、この名に思うことは何もない。そう思えるようになったシュウは、だからこそグランゾンの名を改名することなく今に至っている。
 王族という立場に在りながら、グランという名を冠した機体を手に入れたシュウ。そして王族という立場を失ってからグラニアという名を冠する機体を手に入れたモニカ。それぞれ異なるメッセージ性を持っている機体、その意味に彼らは必ず考えを及ぼすだろう。それがモニカに降りかかる火の粉とならないことを、シュウとしては祈るしかない。
「それでも構いませんわ、シュウ様。だってお揃いではありませんか。グランとグラニアという揃いの名前を持つ機体の一方に乗れるなんて、こんなに名誉なことはありませんのよ」
 愚かなほどに盲目なモニカの姿に、もしかするとこの名には自らの潜在的な気持ちが込められているのではないかと、ふと脳裏に過ぎった考えにシュウは己の気持ちを浚わずにはいられなかった。皮相的《シニカル》に世界を眺めるのが常だったかつての自分。その感情が何処かに残っていないと、どうしてシュウに云い切れたものであろう。
 ――自分はもしかしたら、ノルスにグラニアの名を冠することで、彼女が王家に縛られることを望んでしまっているのやも知れない。
 言葉とは言霊である。グラニアに込めた自らの願い。失ったものを取り戻させてやりたいとは、そういった未来を彼女に与えることでもある。私は一体、モニカをどうしたいのか……邪神の生贄に捧げられようとも挫けることなく、シュウの為にと命を捧げる決意をしてみせたモニカ。籠の中の鳥であることを捨てた彼女を、シュウはまた籠の中へと戻そうとしている。
 これ以上に皮肉な命名もない。シュウがその意味に気付いた刹那、シュウ様とモニカが呼ぶ声がした。
 たおやかにノルス・グラニアの足に座している彼女は、慎ましやかな笑みを口元に湛えてシュウを見詰めてる。それこそが|高貴なる笑み《アルカイックスマイル》。きっと彼女はその時が来たとしても、生贄に捧げられたあの時のように、シュウの望みであるのならと現実を受け入れるに違いない。
「どうぞご自分のお気持ちを大事になさってくださいませ。シュウ様がノルス・グラニアの名をそう決めたのは、理由あってこそのことなのでしょう」
 そうして彼女は、ノルス・グラニアの脚部に手を付いて、その高貴なる姿を見上げながら云い切った。
「わたくしはもう上手に生きられます、シュウ様」


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