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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

本心
「脆い心に触れたかった」で始まり、「そっと立ち止まる」がどこかに入って、「何度だって伝えるよ」で終わる物語を書いて欲しいです。」あなただけにの続きで、機嫌をそこねた白河に付いて歩くマサキです。

と、いうことでこのシリーズの最後の締めはマサキ視点で。正直、マサキは直感的な子だと思っているので、理屈っぽい私の文章とは合わない気がしているのですが、でも時々凄く真理を突く発言をする子でもありますし、きっと色々私が思っているより彼にも考えていることがあるのだろうなと思いながら書きました。
いつもは白河とマサキでは文体や使う単語の幅を変えているのですが、今回は文体の調子を変えた程度で使用する単語の幅は変えないようにしました。これで長い戦いを経て成長したマサキが表現出来ていればいいのですが。

ぱちぱち有難うございます。このシリーズは終わりますが、リクエストを頂きましたので、お祭り番外編はもう少しだけ続きます。まだリクは受け付けておりますので、宜しければ軽い気持ちで送って頂けると幸いです。では本文へどうそ。
<本心>

 脆い心に触れたかった。
 鏡写しのように異なる世界で生きてきたことが、もしもお互いの性格に影響を与えているのだとしたら、シュウが抱えてしまっているその過去ごと、マサキは白河愁という人間を受け止めてやりたかった。気難しくも繊細な男に対するたったそれだけのマサキの欲は、けれどもようやく想いが叶ったばかりの時期にあっては尚早に過ぎたのだろう。口付けをひとつ。マサキの口唇に落としたシュウは、その記憶が軽々しく踏み込んではならない領域にあったからこそ、口唇の温もりに安堵を得ていたマサキを冷ややかに断罪してみせた。
 ――あなたは何もわかっていないのですね、マサキ。
 何処に向かうつもりなのか。その言葉を残したきり、シュウが言葉を発することはなく。黙ってマサキに背を向けたまま、霧深いラングランの城下町を往くシュウの後を付いて歩きながら、マサキは冷えた口付けの温もりが残る口唇に遣り切れない思いを抱え続ていた。
 尊大で、皮肉屋で、知識や教養をひけらかしてばかりの|気取り屋《スノッブ》たるシュウ。敵味方の関係が終わったのちも根本的な性格を変えるつもりがないらしい彼を、マサキが気に入らないと感じ続けてしまったのは当然の成り行きだった。
 兎に角、一般社会に迎合しようとしない。シュウが超が付くほどの一流の科学者であるのはマサキも認める所であったが、もう少しばかり他人にわかり易く言葉を吐いてみせるだけでも大分印象は変わって見えたものだろうに、その口からはそうした言葉を知らないかの如く、次々と難解な理屈や理論が飛び出してきたものだ。これで単純明快を常とするマサキが辟易しない方がどうかしている。
 とはいえ、どれだけ鈍感な性質であるマサキだったとしても、ふたりの間に積み重なる年月が少しずつその関係を変えていっていることぐらいは自覚していた。敵から協力者へ。協力者から味方へ。味方から両雄へと――。夢物語の為に足掻くよりも現実的な解決策を模索してみせるシュウに、そこまでの成果を残させるほどの決意を生じさせたのが何か。マサキは知りようもなかったけれども、ともに並び立った戦いの中でわかったことがひとつだけある。
 シュウ=シラカワという人間は、マサキ=アンドーという人間に対して含むところがあるらしい。
 どういった理由からかは察せなかったものの、白河愁という巨大な集積回路のような人間は、安藤正樹という原始的な感情で動いている人間に並々ならぬ関心を寄せているようだった。それが証拠に、彼は他者に関しては保ちがちな距離を、マサキに対してだけは、自ら積極的に詰めようとする態度をみせたものだ。
 それでは周囲の人間が誤解をしようというもの。彼らは機会あるごとにマサキを囃し立てた。その中には口にするのも憚られる表現もあったものだが、どういった言葉がふたりの関係を表現するのに的確であるのかわからなかったマサキは、それらの言葉を反射的に否定することしか出来ぬまま。けれども口で云うほどにシュウを厭ってはいなかったマサキは、シュウとの距離を離そうとも思うこともなく。
 ゆっくりと降り積もる雪のように、シュウとの間に重なってゆく時間。いつしかその会話に限りが無くなるまでに、シュウと過ごす時間に気安さを覚えるようになっていたマサキは、その理由を己なりに考えてみたものだった。
 ――慣れた筈の孤独に、今の自分は寂しさを感じてしまっている。
 世界を救った英雄という立場を分かち合える相手のいないマサキにとって、その道をともにしたシュウは充分にその資格に足る人間だ。比類なき頭脳に異端の出自。仲間に囲まれて賑やかに過ごしているように見えても、その空気に馴染みきれていない雰囲気がある……これでどうしてマサキが彼に馴染まないものか!
 仲間では身近過ぎる。けれども赤の他人には口にし難い。マサキは仲間には出来ない役割をシュウに求めたのだ。何者も得難い立場にあるからこその孤独。それ故に感じずにいられない寂しさを分かち合いたいと。
 ――そう思えるようなったのは、お前の努力の結果なんだよ。
 広い背中に胸の内で語りかけながら往く人気のまばらな霧の道。まるでマサキの存在を忘却してしまったかのように歩を進め続けるシュウの姿に、いたたまれなさがいや増すマサキは、だからと云ってこのまま別離《わか》れてしまえるような状況にもないふたりの関係に臍を噛む。
 それでも怜悧に自らを見下すシュウの視線に晒された瞬間と比べれば、マサキが心に受けたダメージは大分回復した方だった。胸に穴が開いてしまったとしか表現出来ない絶望的な喪失感。何を失ったのかわからなくなるほどのショックがこの世には存在している。そうマサキに思い知らせた出来事が起こったのは、うっそうと木々が生い茂る町外れの緑道の上でだった――……。
 木陰に隠れるようにして与えられた口付け。あれからどれだけ歩いただろう。方向感覚に乏しいマサキにとっては、長く馴染んだ筈の城下町であっても迷路に等しい道ばかり。ましてやこの霧。まるでマサキとシュウの行く末を暗示しているかのような天候なだけに、マサキはあたらいらぬ不安を駆り立てられずにいられない。
 ――あんな思いを二度としない為にも、今度はもっと些細な所からシュウの理解を始めよう……。
 そうマサキが思い直した瞬間だった。ひっそりとした足音を立てて目の前を歩いていたシュウがそっと立ち止まる。霧の露を含んでしっとりと濡れている革靴。それだけ長い距離を沈黙を貫いて歩き続けたシュウは、自らのその態度に思うところでもあったのだろうか。そこでようやくマサキを振り返ると、入りますか? と鬱屈とした感情が抜けきらない表情のまま、ひとことだけ口にした。
 マサキは辺りを窺った。
 直ぐ右手側にいつかふたりで来た喫茶店がある。所狭しとレコードが並べられた店内。丸っこい顔に髭をたくわえた店主が人の良さそうな表情を浮かべながら珈琲豆を挽き、まばらに席を埋めている客がレコード盤から流れ出る音楽を物静かに聴き入っている……一瞬にして蘇る在りし日の店内の情景。マサキひとりでは滅多に訪れない雰囲気の喫茶店は、落ち着ける場所ではあったものの、込み入った話をするのには向かない店だった。
 きっとシュウは未だ、マサキと口を利けるまでに機嫌が回復していないのだ。会話を拒否するような静けさに満ちた店内の様子を思い浮かべたマサキは、シュウの機嫌をそう解釈すると、それでも今彼と別れてしまうのだけは避けなければならないとその誘いに応じることにした。
「……髪がすっかり濡れてしまいましたね」
 深く頷いてみせたマサキの濡れた髪をひとつまみすると、指先で弄ぶように撚る。ぽたりと地面に雫が垂れた。歩いた距離が距離だけに、相当に露を含んでしまったようだ。やがてゆっくりとその毛先から手を離したシュウが、店に入るべくオーク製の扉に手を掛ける。
「その前に、少しだけいいか」
「どうかしましたか」
 最早いつもと何ら変わりのない様子にしか見えないシュウの態度や表情は、きっと店内でふたりで向かい合わせになってテーブルに着く頃には、普段通りのシュウに戻っていることだろうとマサキは期待させるものだった。
 けれども、拭えない不安がマサキの胸の内には渦巻いている。
 時としてシュウはにわかには信じ難いほどに臆病な心を晒してみせたものだ。先ほどの諍いにしてもそうだったし、初めての口付けを交わした時だってそうだ。小心者だと自分を嘲ってみせることもあるシュウは、どうかすると全てをなかったことにしてしまいたくなるらしい。何せマサキとのキスを過ぎたことと切り捨てようとしてみせた男なのだ。今ここできちんと解決しておかなければ、どちらの心にもしこりが残るままとなってしまうだろう。
「さっきは本当に悪かった。焦り過ぎたんだ、俺」
 純度の高い硝子玉のように硬質的瞳を真正面から見据えて、マサキが素直な思いの丈を伝えると、それがシュウには意外な行動だったのだろう。焦り過ぎた――と、鸚鵡返しに尋ねてくる。
 どうやら彼はマサキの言葉の意味を掴みかねているようだ。ああ、もう。マサキはもどかしさでどうにかなりそうだった。誰の感情にも機微を発揮してみせる男は、マサキが言葉足らずだからなのだろうか。何故かマサキの感情にだけはその察しの良さを発揮できないでいる。
「お前のことを知りたいんだよ、俺」
 だったら言葉を尽くすしかない。腹を決めたマサキは、自分でも何を話しているかわからなくなるまで、ひたすらに言葉を重ねた。マサキ=アンドーという人間を理解して欲しいこと、それと同じくらいマサキもシュウ=シラカワという人間を理解したいと思っていること……ここに来る道すがら考えていたことを全て吐き出し終えたマサキは、呆気に取られた表情でいるシュウに、そうしてとどめのひとこととばかりにこう伝えた。
「お前が信用出来ないっていうなら、何度だって伝えるよ。俺はお前を知りたいんだ、シュウ」


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