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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

理性と感情と本能の狭間で
先に募集したリクエストを頂いたものになります。「第3次のラグナロク後のhttp://mr-blade.sakura.ne.jp/3rd_T-ED.html報告書かなにかを読んだ蘇生後のシラカワ」何か色々と詰め込み過ぎた気がしなくもないですが、宜しければお納めくださいませ。

では本文へどうぞ!
<理性と感情と本能の狭間で>

 頭ではわかっていたつもりのことを、いざ事実として目の前に突き付けられると、さしものシュウも心が揺らいだものだった。
 自らの機体の整備を行っていたシュウは、手付かずのままになっていたブラックボックスのシステム内部に、自らが組んだ覚えのない不審なプログラムを発見した。ただのプログラム的な記号列にしか見えない助長なコードは、一見ではそれとわからないように暗号化を施されていて、余程の熟達したプログラマーでなければ見逃してしまう程度の違和感しか発していなかった。
 巧妙に偽装されたプログラム。解析を続ける内に、どうやらそのシステムこそが数々の動乱を引き起こしている大元であるらしいと気付いたシュウは、そのシステムが動かしている機関を処理する為の情報を得るのに、再び地上に出ることを決心した。そして、その下準備として、先ず地上における自らの情報を収集することにした。何故なら、その扱いによって、地上での自らの身の処し方に差が生じてくるからだ。
 ――使える人脈に限りが出ると予想はしていたものの、ここまでとは。
 これは相当に厳しい旅路になりそうだ。そうシュウが感じてしまったほどに、自らの所業を悪辣に書き立てる記事の数々。無慈悲な殺人鬼と同様に扱われる自らの情報に触れる度、かつての自分の姿をそこに映し込んでみては、全くその通りであると頷く半面、それは自らの意思ではなかったのだと遣り切れなさを覚えたものだ。
 確かにシュウは俗物根性《スノビズム》の強い性格であったし、虚栄心や見栄と無縁の人間ではなかったけれども、そうした自らの浅ましさを通り越した残忍性ばかりを取り上げた評価は、シュウ自身が先ず血の通った人間であるという事実を世間が忘れ去ってしまっているように感じられて仕方がなかった。
 とはいえ、全てを見通せる視点を世の中の全ての人間が持ち得ている筈もない。ある側面から見える正義は、ある側面から見れば悪行でもある。人間の視点というものは、得てして一元的なものであるのだ。誰しもがシュウのように多面的に物事を捉えられる世の中であったならば、争いはその数を圧倒的に減らしていただろう。
 自らの目に映らない世界に想像力を働かせられる人間は、世界に蔓延る人間の中でも一握りの存在でしかない。だからこそ、かつてのシュウが胸に抱き、実現に動いてしまった正義は、世の大多数の人間にとっては世界に対する脅威の出現でしかなかった――……。
「そんなに難しい顔をして。何をご覧になっていらっしゃるのですか、ご主人様」
 机の上に散乱した資料の数々。主に地上のメディアの記録のコピーに埋もれていたシュウは、いつの間にか自らの肩に止まっている|使い魔《チカ》の存在にさえも気付かぬほど、その行為に没頭していたようだ。軽く息を吐き出すと、これも契機と首を長くして資料を覗き込んでいるチカの様子を窺う。
 彼は少しもしない内に、それが自らを残して不在を貫いた主人のその間の行いについての情報だということに気付いたのだろう。はあ、と長い溜息を洩らすと机の上に舞い降りて、ばさばさと羽根で資料の数々を叩き始めた。
「くだらないものに目を通されますね、ご主人様。やっちまったことは取り返しが付かないというのに、過去を振り返るなどらしくない。それともこういった資料の中に、世紀の大発見でも隠されていると仰るつもりですか?」
「地上でどのルートが使えるかの指標にしようと思っていたのですよ」
「どうせダーティな生き様なんですから、今更聖人ぶろうなどと思わなければいいものを! そもそもご主人様の考えを理解出来る人間が世の中にどれだけいるかっつう話ですよ。これはその結果にすぎないものです。まさかご主人様、記憶を失ったついでにご自分が普通の人間でないことまでお忘れになってしまったとか?」
「わかってはいるのですがね、チカ」シュウは散乱している資料を指先で叩いた。「今の私は独りで行動している訳ではないのですよ。彼女らに対して責任を負わなければならない立場にいる」
「まあ、殊勝なことを! 好きに付いて来ることを選択した方々にまで、責任を感じる必要などどこにもないと思いますけどねえ。まあ、いいですよ。でもこれはお仕舞いになった方がいいんじゃないですかねえ。いつあの方々の目に触れないとも限りませんし」
 そうですね、とシュウは資料を纏めた。自らが話の通じる人間は限られたものだ。ましてや邪神の影響下にあった頃の話。ビアンに傾倒していたあの頃の自分を恥じようとまでは思いもしなかったものの、彼を制止することも出来ず流されるがまま過ごしてしまった日々は、苦い思い出としてシュウの胸の中にある。
 鍵の掛かる引き出しに資料の束を仕舞ったシュウは、椅子に深く背を凭れた。
 シュウが取るべき手段を間違えてしまったのは、ビアン=ゾルダークという人間が、シュウ=シラカワという人間に理解を示してくれたからだった。知能の高さ故に、他人の理解を得難いシュウにとって、理解を示してくれる存在は稀だ。いつでも他人への理解を及ぼすのは自分ばかり。自分に理解を及ぼしてくれる人間に出会えなかったシュウは、いつしか鬱屈した感情を胸の奥に抱えるまでに寂しさを募らせてしまっていた。だからこそようやく出会えた理解者を、シュウは手放したくなかったのだ。
 それは傾倒であり、依存であり、崇拝であった。
 ヴォルクルスという神と信者が作り上げたコミュニティに依存していたシュウは、地上世界での依存先にビアンとその崇拝者たちが作り上げたコミュニティを選んだ。人間は自らの価値を相対化しなければ、その生に意味を見出せなくなる生き物だ。それがシュウをして、ビアンという指導者《カリスマ》に自らの在り方を委ねてしまった理由だった。
 とはいえ、シュウはその道が遠からず破綻するだろうと予見していた。それでもビアンの傍らに在り続けることを選んだのは、自らの才能に慢心していたシュウの落ち度でしかない。
 自分が居れば、必ず成せる。それは主観に頼った世界観でしかなかった。的確に状況を分析し、適切な行動を導き出す。それには俯瞰した視点が必要不可欠だ。世界という巨大なコミュニティに比べれば、破壊神信仰やDCといった巨大な組織であっても小さなコミュニティでしかない――狭い世界で持ち上げられることに慣れてしまったシュウは、だからこそ道を誤ってしまった。
 今の自分であったならば、別の遣り方を模索する道を選ぶだろう。
 いずれにせよ、最早過ぎた話。チカが口にした通り、今更とやかく考えたところで覆せる過去でもない。シュウはゆっくりと目を開いた。大事なのはこれからの自らの振る舞いと行いだ。
 ――ならば私は普通の人間のように、正道を行ってみせよう。
 一般的な人間はわかり易く見え易い善行を求める生き物だ。それを体現してみせよう。誰にともなくそう誓ったシュウは、自らの復権を得る為の長い道のりに思いを馳せた。かつてのシュウであったならば決して通ろうとは思わなかった道のりは、果てしなく長く。いつ終わることもなく、これからのシュウの人生に絡み続けることだろう。その不自由を強いられる道のりを面倒だと感じることはもうない。
 むしろ楽しみにすら感じているシュウは、戦場の最中に感じる高揚感としか形容し難い気分の高まりに身を委ねた。そしてこう考えた。――地に落ちた名声であるのならば、取り戻せばいいだけ。そう考えられるようになったのは、自らに正しい意味で影響を及ぼせる人間と出会えたからだとシュウは思っている。
 左道よりも正道、外道よりも覇道。
 自らの復権を正道で以って目指すことをシュウが選択出来たのは、その人物のお陰でもあるのだ。粗野で粗暴で直情的で、諦めの悪いあの男。これまでのシュウであったならば、決して歯牙にもかけない存在であった彼はその諦めの悪さで自らの目的を達してみせた。
 ――私は彼のように意地汚くも足掻いてみせよう。
 そう、シュウの性質に影響を与えた人間がもしひとりだけいるのであれば、それはビアンではなく――。


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