キスの日の最終章です。
何かもう手癖で書いてしまった感が拭えませんが、どうにか完結するところまで行きました。タイトルを中身が盛大に裏切っている気がしますが、それはそれで! では、本文へどうぞ!
何かもう手癖で書いてしまった感が拭えませんが、どうにか完結するところまで行きました。タイトルを中身が盛大に裏切っている気がしますが、それはそれで! では、本文へどうぞ!
<My heart is always with you.>
城下から少し離れた平原で、サフィーネらの機体に手にしていた荷下げ袋を積み終えたマサキは、荷物持ちから解放される頃合いを見計らったかのように肩に止まった|青い鳥《チカ》にせっつかれるがまま。城下へと取って返すと、シュウがひとりの時間を過ごすのに使っている隠れ家のひとつへと向かった。
アパートメントが建ち並ぶ一角。くすんだ白い壁が建てられてからの月日を物語っている四階建ての建物の二階にあるその家には、水回りの他に15平米ほどの広さの部屋があるのみ。ソファと書棚しかないその部屋に足を踏み入れたマサキは、他に身の置き場もない。シュウに勧められるがままにソファに腰を下ろした。
「……いたなら普通に声をかけりゃいいだろ」
居心地の悪さを押し隠しながら、今日の戦利品と思しき書物を書棚に収めているシュウに視線を合わせる。
取り立てて変化のない表情。淡々と作業を終えて振り返ったシュウが、マサキ、と口にしながらソファへと近付いて来る。自らが抱いている気まずさの理由がわかっているマサキは、他にどんな理由でこの男が自分を呼び付けたものかと思うからこそ気が気ではない。
サフィーネにモニカ、テリウスと城下でばったり顔を合わせてしまった昼下がり。シュウがそこに居ないことを不審に思いはしたものの、彼らが城下に現れた理由がバーゲンにあると聞けば納得が行ったもの。そのまま、テリウス一人では男手が足りないとばかりに引っ立てられたマサキは、こういった店でもバーゲンが行われるのだと思うほどに華美に飾り立てられた店内に連れ込まれると、ふたりの女性がきゃいのきゃいのと服を選ぶのをただただ茫然と眺めるだけとなった。
値引きされても桁が一桁違う服を、庶民向けの商店で買い物をするような気軽さで次々と持てと手渡してくるサフィーネとモニカに、マサキは完全に圧倒されてしまっていた。金銭感覚が違う連中だとは思っていたものの、ここまでとは。会計時の支払い金額など、口にするのも憚られるぐらいだ。
結局、10袋ほどになった荷下げ袋をテリウスとふたりで分け合うこととなったマサキは、恐らくその道筋でシュウに姿を見られたのだろう。そこで声を掛けてこずにチカを寄越してマサキを呼び付けたということは、シュウ自身、自らの仲間の行いには納得が行っているということである。これでマサキが気まずさを感じない方がおかしい。
――ああ、面倒臭え。
そもそも嫉妬深い性格ではあるのだ。但し例外もあって、マサキの仲間である魔装機の操者たちや、リューネやセニア、ウエンディといった周りの人間たちに関しては、口を挟みだしたら際限《きり》がないとシュウもわかっているようで、わざわざ何かを云ってくることはなかった。
問題はそれ以外の人間関係だ。例えば顔馴染みの兵士たちであったり、物好きな貴族たちであったり、セニアの子飼いの情報局の局員たちであったり……彼らから広がった人間関係にしてもそう。どうやらシュウは、そうしたマサキの個人的な付き合いを逐一把握していないと気が済まない性格であるらしく、誰と何処に行ったかを報告せずに済ませていると、いつの間にかそうした情報を何処からか入手してきては、遠回しにマサキを責め立ててみせたものだ。
そうした性質であるところのシュウが、マサキの報告を待たずに呼び出しを掛けてきたとあっては、相当に胸中穏やかならずに違いない。わかってしまうだけに、マサキは身動きが取れぬまま。
「どうしてサフィーネたちに付いていったのです」
目の前に立ったシュウを見上げながら、マサキは絶望的な思いでいた。
「……別にいいじゃねえかよ。お前の知らねえヤツに付いて行ったって話じゃねえんだし」
「……別にいいじゃねえかよ。お前の知らねえヤツに付いて行ったって話じゃねえんだし」
自らの問いに対してようやく言葉を吐いたマサキにシュウは思った。きっとマサキはシュウの行動に対して理不尽だと感じていることだろう。シュウが知らぬ交遊関係であるのならばまだしも、仲間たちのしでかしたことである。戦場ならいざ知らず、日常の出来事。女性は守って然るべきと考えるマサキに、サフィーネたちの我儘を嗜めろというのは不可能に等しい。そんなことはシュウとてわかっているのだ。
「それともお前、自分の仲間は自分の物だと思ったりしてるのか」
「そういう話をしているのではありませんよ、マサキ。何故、付いていったのかと訊いているのです」
膝を付いてマサキの前に屈み込んだシュウは、その頬を両手で挟みながら繰り返し訊ねた。
「あいつらが煩く騒ぎ立てるからだろうよ。他に理由なんてあるもんか」
「その程度の騒ぎ、無視をすればいいだけでしょう」
「何だよ、お前。自分が除け者にされたのが面白くないと思ってやがるのかよ」
「私が面白くないと感じていることがあるのだとしたら、あなたがそこにいたことだけですね」
ままならない感情がシュウを煽り立てる。マサキの膝を割るように足を滑り込ませたシュウは、マサキの顔を力任せに引き寄せるとその口唇に自らの口唇を重ねていた。
果てしなく広がってゆくマサキの世界。それと比べれてシュウの世界はどうだ。シュウは己を取り巻く環境に思いを馳せた。サフィーネは教団時代からの知り合いであったし、モニカとテリウスは王宮時代からの知り合いであった。それ以外の私的な知り合いにしても、昔からの付き合いである人間が圧倒的な割合を占める。そこからどうやれば、新たな人間関係が広がったものだろう。
過去の柵が無くなることのないシュウの人間関係。その世界の狭さにシュウは辟易することがある。
籠の中の鳥は、籠の外に出ても自由に空は羽ばたけない。人間に飼われることに慣れた籠の中の鳥、弱肉強食の世界での生き方を知らない愛玩動物は、外の世界では捕食されるだけの存在だ。だからこそ籠の中から出た鳥は、籠の中の世界での柵で自らを守るしかなくなる……。
シュウはマサキを妬ましく感じているのだ。
自らと異なり、未知なる広い世界へと羽ばたいていける地上人たち。彼らは強く、しぶとく、そして逞しい。地上世界の柵を捨て去った彼らは、一から新たな人間関係を構築し、このラ・ギアスという世界に根を張って生きている。それはどれだけ行い難い偉業であったことだろう!
気の赴くままにマサキの口唇を貪ることを許されているにも関わらず、シュウの心の片隅には満たされない飢えがある。魔装機神の操者として光り輝ける存在であるマサキを、雁字搦めに自らに縛り付けてしまいたい。
けれども、それを達成してしまった瞬間から、シュウの心を捉えて離さないマサキ=アンドーという人間は、その輝きを失ってしまうのだろう。
「ちょっと、待て……シュウ……」
激しさばかりが際立った口付けの後とあっては、マサキの息も荒く。その抗議の言葉を捻じ伏せるように、ソファにその身体を引き倒したシュウはマサキの下半身から衣服を剥ぎ取った。
奪いたいけれども、奪い切れない。その屈折した感情は、シュウがマサキの側に居続ける限り、決して消えることなく心を蝕んでゆくことだろう。だからこそシュウは、肌の露わになったマサキの腿に口唇を落とすと、その苦悶に歪む表情を見上げながら支配の痕を刻み付けた。
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