甲児が何故マサキの噂について口にしなかったのかというと、自分のことでいっぱいいっぱい過ぎて忘れていたからです。笑 困った時の破嵐財閥編。そしてマサキの羞恥プレーの旅の始まり。笑
<その後の操縦者たち ~万丈とマサキ~>
結局、マサキは甲児と気まずい雰囲気のまま、別れることになってしまった。甲児が何を考えているのかわかってやりたいとはマサキは思ったものの、本人が自分の気持ちをよくわかっていない状態では、その気持ちを推測するのにも限度がある。
例の娘を好きなのかと聞いてみれば、「可愛いとは思う」。付き合う気があるのかと聞いてみれば、「そこがよくわからない」。友達付き合いならいいのかと聞いてみれば、「そのぐらいなら」。なら、何で声をかけたんだと聞けば、「可愛かったから」。
だったら見た目と中身のギャップに困惑しているのかと思いきや、「見た目通りの可愛い性格だぜ」との答え。これが例の娘からのアプローチで実現した話だったら、そういうこともあるだろう、で済むものの、声をかけたのは甲児なのだ。意味がわからない。
「そりゃ、マサキ。あてつけなんじゃないの?」
マサキの話を一通り聞いた破嵐万丈は言った。
甲児と別れたその足で、マサキは万丈のところに向かった。例の娘との関係が今後どうなるにしろ、付き合いが続く以上は、念の為に調べてもらっておいて損はないと思ったからだった。
再び突然の来訪となったマサキを、万丈は笑顔で自宅に迎え入れてくれた。
巨大な破嵐財閥の情報網を何度も私用で使うことに躊躇いはあったけれども、いかに人々の日常生活を守る為にとはいえ、世界にとって驚異たる力を振るっている操縦者たちは、だからこそ陰謀や謀略に巻き込まれやすい。警戒しておくに越したことはない。
「さやかさんに対しての、だろ。それはわかってるけどよ」
「僕としては、そういった出会いがあってもいいとは思うけどね。恋人同士ならまだしも、そうじゃない。だったら、ずっとさやかとべったりという訳にもいかないだろ。甲児だって年頃の男だよ。彼の付き合いの幅が広がるのは、僕としては賛成だ」
「そういうもんかねえ。でも、どちらとも付き合いを続けるっていうのは、今の状態じゃ無理なんじゃないかって俺は思っちまう」
「それはさやかが決めることなんじゃない? あ、でもそうか。甲児としては、さやかに機嫌を直して欲しいのか。それはちょっと我儘かも知れないな」
「だろ? 自分でやったことの結果じゃねえかよ」
あれもこれも自分の思い通りにしたい、などというのは子供の我儘だ。マサキは目の前に出されているお茶を飲む。まろやかな中に仄かな苦味。そうでなくとも渋い顔が更に渋くなる。
こういった味は慣れない。
マサキの無茶な頼みを万丈は二つ返事で聞き入れてくれた。有能な執事のギャリソンは、「それでしたら数時間もあれば結果を出せましょう」と、早速、破嵐家を後にした。今頃はどこかで例の娘の調査に励んでいる筈だ。
数時間だったら家でくつろいでいくといい、と万丈に勧められたマサキはその言葉に甘えて、椅子に腰を落ち着け、そのついでとこれまでの経緯を話すことにした。そして今に至る。
「そこは諦めるしかないだろうね。さやかが自分の気持ちに整理を付けないことにはどうにもならない。しかし、いやはや。世の中はどう転ぶかわからないもんだね、マサキ。あの甲児にもついに春がやって来たかあ」
マサキからすれば軟派に映る甲児の行動は、万丈にとっては好意的なものに映っているらしい。人によって様々な受け止め方があるものだ。そう表現されると、マサキも甲児の春の到来については、素直に祝福しようと思えてくる。
「可愛い子だったぜ、今どきの」
「益々、いい話じゃないの。いやいや、これはパーティを開くべきかな」
「あんまり大事にしてやんなよ。いや、した方がいいのか? 祝福して欲しそうだったし」
「ふむ。じゃあちょっと計画を立ててみようか。苦節ウン年、苦労が実った兜甲児のお祝いパーティ。賑やかにしたいもんだね。ロンド・ベルの皆を集めて同窓会と行こうじゃない」
そう言われると、凄くいいことが起こっているような気がしてくるのだから不思議なものだ。マサキは万丈の提案に、悪くないアイデアだと思った。ロンド・ベルのかつての仲間たちが素直に甲児を祝福するかどうかはさておき、そこまでしてもらえれば、さやかやマサキの態度のつれなさに不満を感じていた甲児も機嫌を直してくれるだろう。
気まずい空気のまま甲児と別れてしまったことに心残りを感じていたからこそ、尚更にそう思う。さやかだって、そこまでの騒ぎになれば、何かアクションを起こすだろう。
「その場合、君にはどうやって連絡を取ったらいいのかな。マサキ」
「甲ちゃんに言ってくれれば。甲ちゃんだけは、俺に連絡が付くようにしてあるからよ」
「わかった。それまでに彼がフラれないことを祈っておいてくれ」
平坦な日常生活に飽きが来ているのかも知れない。決して戦いを肯定する訳ではなかったが、激動の日々に身体が慣れてしまうと、平穏な日常に物足りなさを覚える瞬間が出る。だからだろう。万丈はその日が楽しみで仕方がないといった様子で、場所はどこにして、料理は……などと、いくつもの計画《プラン》をマサキに語って聞かせてくる。
あまり大掛かりなものも、内容が内容だけにどうかとマサキは思うが、大所帯のロンド・ベル。同窓会も兼ねるとなると、確かにこじんまりといった規模では済まない。マサキが手にしたお茶が空になってもその話は続き、気付けば三十分が経過。万丈は万丈で色々と溜まっているものがありそうだ。
とはいえ、ビューティとレイカがギャリソンの不在に気付いて、新しいお茶とお菓子を用意してくれたのを契機に、万丈は自分が話し過ぎたことに気付いたらしい。おもむろに話題を変えた。
「そういや、大事な話を忘れていたよ、マサキ」
「大事な話?」熱いお茶を少し啜る。やはりほろ苦い。
「そう。君がブライトに恋の相談をしたらしいという話」
そうだった。マサキははたと気付く。シュウと過ごしたクリスマスが終わり、なんとなく過ぎた話だと思っていたけれども、三ヶ月が過ぎてシュウの耳にまで届いたぐらいなのだ。かつての仲間たちの間では、マサキの恋は現在進行形のホットな噂話に違いない。
今のこの状態で、甲児のお祝いパーティを兼ねた同窓会なぞを開催されようものなら――その騒ぎを想像して、マサキはどうしたものか途方に暮れてしまった。それだったらまだイブの夜の出来事の方が、恥ずかしさの度合いでいえば少なく済んだだろう。
「どこまでその話は広まってるんだよ。俺、ブライトを信用してたんだけどなあ」
「おや、否定はしないんだ? 君のことだから、シラを切るんじゃないかと思ってたけど」
「否定したらしたで、あんたらは話を大きくするんだろ。だったら、認めちまった方がいいかなって」
「へえ、ってことは上手くいってるってことだ。まあ、上手くいってなきゃ、他人の心配なんてしてられないか。ふふふ……いいことじゃないの、マサキ」
「いや、まあ、うん……」
惚気けたい気持ちがあったりもする反面、やはりそんなに口にしていい話でもないのだと自戒する気持ちもある。地上世界と地底世界でリアルタイムに連絡を取り合えるのが、自分と甲児だけだとしても、どこからどう話が広まるかなんて誰にもわからない。あまり多くを語らない方が賢明なのだろう。マサキは言葉を濁す。
「これは君と甲児のお祝いパーティにするべきかな」
「冗談じゃねえよ。俺は別に祝われなくて結構。ひっそりとしてたいんだよ、ひっそりと」
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