リベンジ+後日談。元ネタの方はちょっと悲しい終わり方をしたような気がするので、今回はベタ甘にしました。ただのデートだって噂は真実です。そういう話です。
何回クリスマスネタをやるんだって話なんですけど、私が大好きなんですクリスマス。それだけです。笑
何回クリスマスネタをやるんだって話なんですけど、私が大好きなんですクリスマス。それだけです。笑
<Kissin' Christmas 2020>
その日、マサキは|風の魔装機神《サイバスター》を駆って地上へ向かい、二匹の使い魔にその管理を任せて、日本の繁栄の象徴である百万都市のひとつに降り立った。
地上の時刻は既に夕暮れを数え、天はそろそろその闇を色濃くしていた。その空の下。待ち合わせの駅にある幾何学的なモニュメントの前には、今日をマサキと同じように過ごすと思しき人々がひしめき合っている。
そこに頭ひとつ抜け出る長い影。百万都市の光り輝く電飾《イルミネーション》を背中に立つシュウは、小型の電子書籍リーダーの画面に目を落としながらマサキの到着を待っていた。
「何を読んでるんだ、シュウ?」
「学会のデータベースにある公開待ちの論文ですよ。査読《ピア・レビュー》が溜まってしまっていて、こうした時間を使わないと終わりそうにないものですから」
挨拶ついでにマサキが訊けば、シュウはそう答えてその機器をコートの内ポケットに仕舞う。
いかに国際指名手配犯であっても、そこは世界に名だたるギフテッド。十指に及ぶ博士号を持つ男の地上での人脈は特に研究機関に及び、陰ながらもその活躍の場は広い。
「査読って何だ?」
「論文の検証ですよ、マサキ。そのデータが正しく引用されているかといった、間違い探しのようなものですね」
言葉を吐くだけで空に上がる白い息。本格的な冬の到来にはまだ遠い十二月の日本を、今年は記録的な大寒波が襲っているのだという。イブの今日は晴天に恵まれたものの、クリスマス当日は一転して雪の予報。マサキはかじかんだ手を口に翳して息を吹きかけた。
「ところで、マサキ。手袋は?」
「こんなに寒いと思わなかったんだよ。コートとマフラーだけで充分かなって思ったら大寒波だって? 温暖化はどこに行ったんだ。しかも明日はホワイト・クリスマスの予報が出てるらしいじゃないか」
長く地底世界で暮らしていると、地上の情報に疎くなる。コートに、セーター。インナーにヒートテックのシャツ。そしてマフラー。マサキが記憶の中の十二月の陽気を頼りに選んだ服の数々は、大寒波のお陰であまり意味を成さないものとなってしまっていた。
「ほら、マサキ。これを左手に着けて」
自らがしている革手袋の片方を外して、シュウがマサキに渡してくる。寒さに耐え兼ねてマサキはそれを直ぐに左手に嵌めた。人肌の温もりが残る革手袋が、じんわりとかじかんだ肌を温めてくれる。
「右手はどうするんだ?」
「こうするのですよ」
マサキの右手を左手で取ったシュウは、自らのコートのポケットにその指を絡めながら収めた。ふたりきりのとき以外でこうした行動にシュウが出るのは珍しい。気恥ずかしさにマサキは顔を伏せる。
「こういうのは嫌?」
ポケットの中で、繋いだ指に力を込める。マサキは小さく横に首を振った。
「行きましょうか、マサキ」穏やかな微笑みでシュウがマサキを見下ろしている。「先ずは食事ですね」
マサキが小さな一歩を踏み出したあの日から、色々なことが変わった。会う回数もそのひとつ。お互いの立場がある以上、普通の恋人同士のように頻繁にという訳にはいかなかったけれども、それでもそれまでと比べれば格段に回数が増えた。それも偶然に頼らない逢瀬が。
それだけでもマサキには充分な変化だったけれども、会う回数が増えたことで、自然とシュウの日常生活に触れる機会が増えた。今日の論文の査読にしてもそう。シュウはシュウなりにマサキと同じように多忙な日常生活を送っているのが伝わってくる。
「今日は何にしようか」
「あなたの好きなものでいいですよ、マサキ」
「この間も俺が選んだじゃないかよ。偶にはお前も選べって」
あてもなく歩き続けるのも、とデパートの前でシュウが足を止める。クリスマス商戦真っ只中のショーウィンドウは、緑、赤、白とクリスマスカラーも鮮やかなディスプレイで彩られていた。それを並んで眺めながら、何を食べるか話し合う。
多種多様な人種が数多くコミュニティを形成している百万都市にないものは、空虚さぐらいではないだろうか。いついかなるときでも人に溢れた世界には、ありとあらゆる娯楽が詰まっている。マサキはその選択肢の多さに迷いはしたものの、数ヶ月ぶりの地上。日本の味が恋しいな、と言った。
「懐石料理、寿司、定食屋に居酒屋。小料理屋もありますよ。この寒さだとうどんや蕎麦、鍋もいいですね。つまみ程度でよければ日本酒を揃えた店もありますけれど、あなたはあまり飲みたい気分ではない?」
「あんまり敷居の高い店もなあ。ちょいちょいおかずをつまみたい気分っていうか。身体が温まる程度には飲みたい気分だけど、酔い潰れちゃ意味がない。っていうか、お前は飲みたいのか?」
少し、とシュウは笑って、「なら小料理屋にしましょう」と、コートの中。マサキの手を引いて歩き始める。
多様性が謳い文句の街はいい。どれだけの名だたる存在も雑踏に紛れることができる。どういった趣味嗜好も受け入れる寛容な街では、手を繋ぐ男のふたり組だって目を引くこともない。他人に無関心を装う街は、どこよりも優しくマサキたちを受け入れてくれた。
そんな街角でクリスマスに浮かれ騒ぐ人波を抜けて、大通りの奥へ。ひっそりと看板を掲げている小料理屋ののれんを潜る。
L字型のカウンター席しかない狭い店内。クリスマス・イブとはいえ、夕食どきにはまだ少し早い時間だけあって、マサキたち以外の客はひと組だけ。夫婦と思しき男女のふたり組。カウンターの最奥にいる彼らから少し離れた位置に陣取って、マサキは壁に掛けられた木製のメニューを眺めながら、お浸し、煮物、焼き物と順繰りに注文してゆく。
何はなくとも先ずは酒とばかりに冷酒を注文したシュウは、マサキが頼んだメニューをつまみにするつもりらしかった。小皿に取り分けては、少しづつ口に運びながら、酒をまた口に運ぶ。
「ここの鯖寿司が美味しいらしいですよ」
「へえ。どんな感じなんだろうな」
言われてマサキがメニューを見上げてみれば、一日限定十食の文字。ふた切れにしてはいい値段をしている。ちらとカウンターの奥に目を遣れば、夫婦のテーブルにその鯖寿司と思しき料理が置かれていた。マサキの知る鯖寿司とは肌の光り具合が明らかに違う。
「まだありますけれど、どうされます?」
年の頃、四十ぐらいか。カウンターの向こう側で艶然と微笑む女将に声を掛けられたシュウは、二人前の鯖寿司と冷酒のおかわりを注文すると、「知り合いの教授に食い道楽な方がいるのですよ」
「その教授の紹介か、この店は」
「大学が近いこともあって、この辺りは庭みたいなものだと豪語される方ですからね。何軒か店を紹介してくれと頼んだら、数十件に及ぶリストが送られてきて。そんなにあっては、私ではひとつを選べない」
「本人は良かれと思ってやってるんだよな、そういうの」
こうしたふとした瞬間に、シュウの私的《プライベート》な話を聞けることも増えた。それがどどれだけささやかな日常生活の話でも、マサキにとっては知りたかったことばかり。マサキは笑いながらシュウの話を聞く。これを楽しく聞けなかったら、どんな話もつまらなく感じるに決まっている。
「悪意でそんなリストを送り付けらようものなら、どういった仕返しをしたものでしょうね」
「悪意だったらこんなに美味い料理は出ないだろ。舌が確かな教授でよかったな。食い道楽って言っても、悪食な奴もいるだろ。変わった料理ばかり口にしたがるっていうかさ……」
ありがとうございます、どうぞ。と目の前に置かれた鯖寿司を、マサキはひと切れ抓んて口の中に放り込んだ。ほろほろとほどける米粒に舌先に溶けてゆきそうな鯖の味。マサキは決して舌が豊かではないけれども、この鯖寿司が今まで食べてきたどの鯖寿司よりも美味しいことだけはわかった。
「そういや、セニアにもそういったところがあるよな。サービス過剰っていうか、やり過ぎるっていうか。悪い奴じゃないんだけど、加減を知らないところがあるからなあ」
「あれは彼女なりに気を遣っているつもりなのですよ、マサキ。子供の頃から王室内で微妙な立場に立たされてきた女《ひと》ですからね。尊大に映ることも多いとは思いますが、実際のところ繊細な心の持ち主なのですよ、彼女は」
追加で一品、また一品と料理を頼み、それをゆっくり味わいながら、ぽつりぽつりと会話を交わす。
話題は多岐に及んだ。共通の知り合いの噂話に、お互いのプライベート。地上や地底世界の社会情勢について話をしたかと思えば、エンターティメント的な情報についての話にもなった。そうかと思えば、日常生活で面白いと感じたことや、疑問に感じたことなど……他愛ない会話に色気はなかったけれども、そうした会話を何気なく続けられることが、どれだけの幸福であるかマサキは知っている。
「またおふたりでいらしてくださいませ」
会計を済ませたシュウに差し出された手をマサキは取る。コートの中にその手を忍ばせて、女将に見送られながら店の外へ。ひっそりとした通りにも人気《ひとけ》が出てきた。会社帰りの会社員たちが、その憩いの場を求めて街に繰り出す時間になったのだ。
車通りも増えた大通りへ。ほら、マサキ。デパートの入口近くで足を止めたシュウが、マサキの視線を促す。
道端の街路樹を眩いばかりの電飾《イルミネーション》が照らしている。その果てには窓も煌くビルの群れ。その更に奥に天高くそびえる巨大なタワーの影。うっすらと明かりを灯すだけだったタワーは、デパートのからくり時計が十九時の時の鐘を鳴らすと同時に、色鮮やかな巨大ツリーへと姿を変えた。
わあ、と歩道の人いきれから、声が上がる。
ああ、夢のようだ。マサキは思った。地上のクリスマス。光の洪水の中で、いっそう輝く巨大なクリスマスツリー。それをこうして隣にシュウを置いて、自分は今見ているのだ。何度目の地底世界での年越しの前に、こんなに大きな贈り物を目にすることができるなんて。
メリー・クリスマス。そんな声が方々から聴こえてくる。どこかでクラッカーを鳴らす音。そして、クリスマスソングを歌う若者たち。百万都市のクリスマスは雑多な賑わいに満ちている。
「そろそろ行きましょうか、マサキ。先ずはあなたの手袋を探しましょう。帰りに手が冷えてしまっては大事ですよ」
その中を縫うようにして道を往き、大通りに並ぶ店の一軒へ。そこでシュウに中地がボアの革手袋を買ってもらったマサキは、そのまま近くの映画館《シネマ》で最新の映画《ムービー》を見た。
実話を元にした英雄の物語。長い地底世界での生活は、マサキを地上のエンターティメントに大分疎くしてしまっていたけれども、役を演じる役者が誰であるかわからなくとも物語の内容は理解できる。
お人好しの少年だった主人公が、数多の戦場での経験を経て、国を背負う英雄へと成長してゆく物語。英雄という立場からくる孤独と戦う主人公を表現したラストシーンは、マサキの胸に迫るものを残してくれたものの、|恋人たちの夜《クリスマス・イブ》に見るのには不釣り合いな内容な気がしなくもない。映画館を出たマサキがその理由をシュウに訊ねところ、単純に評判と興行収入が良かったからとの答えが返ってきた。
「アカデミー最多候補の呼び名も高いらしいので期待していたのですが、評判が先走った感がありますね。映像と音楽は流石と感じさせられるものでしたが、肝心の物語が。きっと、あとで完全版が出るのでしょうね」
「そうか? 俺は面白かったけどな。長くもなく短くもない尺で、飽きずに見られたし。ドラマならそれでもいいけど、映画はだらだら長くなってもな」
そうですね。シュウは微笑んで、「あなたが楽しめたのなら良かった」と、手袋を嵌めたマサキの手を引いて歩き始めた。
「そろそろ人気も減り始めたな。もう二十二時だから、当たり前っちゃ当たり前だけど」
「今年のイブは平日ですしね。家で楽しむ人も多いようですよ」
「家でのんびり過ごすのもいいけど、折角のイベントだし、俺は外に出たい派だなあ。一生に経験できるイベントの数は限られてるんんだし、どうせだったらいつもと違う景色を見たい」
「お祭り好きの日本人ですね。血が騒いだりするのですか、マサキ」
五分もかからずに到着したのは、クリスマス・イブの公演が終わった劇場《ホール》前の噴水広場。明かりの消えたホール前にはまばらに人が残る程度。色とりどりにライトアップされる噴水が、宵闇の中、ぽっかりと浮かび上がって見える。
「血が騒ぐってほどじゃないけど、浮付く気持ちはわかるぜ。家にいても落ち着かないんだよ、何となく。しかし、やっぱり大都市は違うな。そこかしこにイルミネーションがあって、クリスマスだって感じがする。地方だとこうはいかないもんな」
マサキはシュウの手を引いて、噴水に近付いた。赤、青、緑、紫に黄色……飛沫を上げて吹き上がる水のカーテンの前に立って、その鮮やかな光の変化を間近に見詰める。
「ねえ、マサキ」
マサキの後ろに立つシュウが、そっとその手を放すと、肩から手を回して抱き締めてくる。その右手には三桁の番号が印字されたカード。それをマサキの目の前に翳してみせながら、シュウが言う。
「これが何かわかる?」
「何かのカードみたいだけど……」
ホテルのキーですよ。不意に耳元で囁かれたマサキは身を竦めた。クリスマス・イブ。ただ地上に来て、食べて、見て帰るだけとは思ってはいなかったけれども、こういった形で誘われるとは思ってもみなかった。
「面白い情報を手に入れたのですよ、マサキ」
「面白い情報……?」
「そう。それについてあなたとゆっくり話がしたくてね」
折角のイブにキナ臭い話もないだろう。さりとて、シュウが面白いと感じる情報には限りがある。マサキがその意図を測りかねていると、ふふ……と、悪戯めいた笑い声。次の瞬間、マサキの耳元近くでひっそりと、シュウがそれを告げてくる。
「あなたがブライトに恋の相談をしたという情報ですよ、マサキ」
「何でお前がそれを知ってるんだよ!」
「彼らから得られる情報は有益なものが多いからですよ、マサキ。付き合いを保っておいて、損をすることはないでしょう? とはいえ、これ以上に有益な情報は、この先も出ないでしょうが」
言うなり耳朶を喰んでくるシュウに、マサキは更に身を竦ませた。
嫌な予感はしていたのだ。それでも、どれだけ情報が回りに回ったとしても、地底世界に住む者たちの耳にまでは届くまいとマサキは高を括っていた。彼らはマサキと違って、頻繁に地上に出るような真似はしないからだ。
そう、この男を除いては。
とはいえ、専門分野以外での人付き合いの薄い男のこと。流石にそれだけはないとマサキは思っていた。それなのに。
マサキは羞恥に消え入りそうになる心を抱えて立ち尽くす。世の中に絶対や確実にというものは存在しないのだ。それを思い知る。しかも、シュウのマサキに対するこの扱いは、口で言う以上にその内容を知っている可能性が高い。
「ねえ、マサキ。私にその話をするのは、嫌?」
「やだ……だって、お前、絶対に知ってて言って」
「あなたの口から聞きたいのですよ、マサキ」
シュウの腕の中で身体を返されたマサキは、そのまま顔を仰がされると、抗議の言葉を封じるように口唇を塞がれた。
そのまま、何度も。終わらない口付けに途方に暮れながらも、きっと自分は最終的にシュウに話をすることを選ぶのだ。甘い口付けに身を委ねながら、百万都市のクリスマス・イブの星空の下、マサキはそう思った。
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