ようやくこの話もおしまいです。
ちょっとはお題通りの話になったと思うのですが、どうでしょう?
ちょっとはお題通りの話になったと思うのですが、どうでしょう?
<SexuellesSpiel 2020 revenge.Ver>
マサキは喘いでいた。
洗面台に肘を付いて喘ぐ自分の切なくも緩んだ顔を、鏡越しにマサキは眺めさせられていた。頭の後ろに浮かぶシュウの顔が、微笑みを浮かべてマサキを見下ろしている。あられなく欲望に溺れる自分の姿にマサキが羞恥を感じて顔を伏せれば、「ちゃんと見て」と、シュウの声。
「駄目ですよ、マサキ。自分の姿から目を逸らしては。どう、今の気分は? 欲しかったものを与えられて、嬉しいのでしょう? こんな顔をして」
身体を洗いながらの愛撫に懇願を続けたマサキだったけれども、シュウはそれに応じることなく我慢を強いた。「まだですよ。もう少し我慢して、マサキ」シャワーの湯でマサキの身体を洗い流すと、あっさりと指を抜き取り、浴槽に身体を沈めさせたのだ。そのくせマサキの身体を弄るのを止める気はないらしく、浴槽の中でもそれは続いた。煽りに煽られた欲望に何度も欲しいと頼み込んでは、また我慢を強いられる。その繰り返しにマサキはひたすら耐えた。
「欲しい……頂戴、シュウ。挿れて、お願い……」
浴室を出て、洗面台の前。愛撫の果てにようやくシュウによって与えられた快感に、マサキは一も二もなくその精を吐き出していた。はあ、はあ……肩で息を吐くマサキをシュウが抱き続ける。その声が甘い響きを含むようになるまで、そんなに時間はかからない。それから今まで、待ち望んでいた快楽をマサキは思う存分味わっていた。
「ふふ……悦んでますよね、マサキ? こんなに奥まで咥え込んで、自ら腰を振って」
シュウの愛撫に馴染むのは早かったけれども、挿入に馴染むのにはそれなりの時間が必要だった。力の抜き加減に、快感の感じ方。覚えてしまった今となっては他の方法でシュウを満足させることなど考えられないものの、最初の内は何をどうやっても挿入に到れない申し訳なさから口に頼りきりだった。
「動いて、シュウ……駄目? お願い……」
強請《ねだ》ることを覚えさせられたのは、シュウの男性自身を受け入れられるようになってからだった。腰を振るようになったのはそのあと。もっと奥まで欲しいと思うようになってからだ。
「だったらマサキ、こちらを向いて」
マサキの腰に添えられていた手が離れ、シュウの男性自身が抜き取られる。マサキは洗面台に付いた手で身体を支えながら、シュウと向き合った。その腰を抱えてシュウが洗面台の縁に乗せる。マサキは鏡に背中を付いた。上気した身体には冷たく感じられる無機物の感触。思わず身を竦める。
シュウの上半身が屈み、マサキの膝を抱え上げる。ゆっくりと押し込まれる男性自身に、溜息混じりの喘ぎ声が洩れた。「いいの、マサキ?」何度か頷くと、深く膝を折られて、腰から身体を折り畳まれる。
相当に長い時間を繋がったままで過ごしているからだろう。深く激しくシュウの腰が動く。揺さぶられながらマサキはそろそろと手を伸ばして、シュウの背中に腕を絡めた。そして肩を噛んだ。
「出させて、マサキ。あなたの中に」
シュウの切なそうな吐息が、マサキの髪にかかる。風呂《バス》を済ませたばかりなどといった事情は関係ない。顔を上げてマサキはシュウの耳元に囁いた。「出して……中に、奥に出して」打ち付けられる身体。ぎしぎしと洗面台が音を立てる。
そして、沈黙がふたりの間に訪れた。
厚く切ったベーコンに、薄く切ったタマネギとピーマン。ケチャップに塩と胡椒を加えただけのシンプルなナポリタンと、冷蔵庫の中にあった野菜を集めたグリーンサラダ。そろそろ消費しないと危うい骨付き肉を焼いてテーブルに並べる。
「あまり遅くまで外に出さなかった方がいいんじゃないか?」
まだ宵の口だというのに欠伸が止まらない。マサキは何度も欠伸を噛み殺しながら、夕食を口に運んだ。
「飼い慣らされた愛玩動物《ペット》のようなものとはいえ、あれでも魔法生物ですよ。あまり彼らを見縊った発言をするのはどうかと」
三度の食事をこうして二人きりで摂るのは、もしかしたら長い付き合いの中で、初めての事態かも知れない。朝に昼に夕に賑やかな使い魔たちは、普通の動物たちとはまた違った野生を持っている。そうした習性が彼らを危機に陥らせなければいいのだが。そう思ったマサキだったけれども、シュウの言葉に確かにと頷く。
「しかし流石に眠くなってきましたよ。これは効果が切れるのも時間の問題ですかね」
「どうだか。明日起きたらまた、なんてこともあるんじゃないか」
「三日に渡ってとなると、身体が持つ気がしない」シュウが声を上げて笑う。「まだしたいことがあったのですけれども」
きちんとした生活態度を崩さない男にしては、珍しくも気だるそうに食事を口に運んでいる。疲れの程度が知れる動作に、欠伸が中々途切れないマサキは言った。「またの機会でいいじゃないかよ。俺も眠い」
「あなたは少しであちらに戻ってしまうでしょう、マサキ。そうするとどうなるかわかりますか? したいことばかりが溜まっていって減らなくなる。妄想の中のあなたは大変なことになっているのにね」
「お前の妄想の中の俺は、どんなことになってるんだよ……」
「聞かせてあげましょうか?」
マサキは首を振った。聞いて自分が無事でいられる自信がない。何せ実験室にしている筈の地下室の机の引き出しから、手枷やら鎖やらアイマスクやらが飛び出してくる状態だ。最早、どこに何が隠されていてもおかしくない。しかも、それらはそれ以上の物である可能性の方が高いのだ。
「ふふ……残念ですよ。あなたの反応を見てみたくもあったのですけど」
「偶ににしてくれ。毎回はちょっと、刺激が強過ぎて……」
好きか嫌いかで言われれば、羞恥を煽るその手の言葉にすら感じてしまうマサキは、そうした少し変わった行為《プレイ》も好きな方なのだろう。とはいえ、強い刺激に慣れてしまった結果、普通の性行為に物足りなさを感じるようになってしまっては本末転倒。穏やかなあの時間も好きなマサキとしては、そこに物足りなさを感じるようにはなりたくない。
「偶にのことだったらいいの?」
「偶に、だったら」
こういった日は偶にのことでいいのだ。だからこそ記憶に残る。気恥ずかしく感じながらも、マサキはシュウの言葉に頷いた。
食事を終えたシュウはリビングのソファのひとつに身を横たえるつもりらしかった。寝室に行ってもいいとマサキは言われたけれども、何となく離れ難い。その胸の上に身体を預けてマサキは眠ることにした。それは安らかな眠りだった。何もかもを使い果たしたような、それでいて満足感のある。
シュウはマサキの背中に小型携帯端末を置いてレポートの作成に忙しなかったようだが、それを終えて眠りに就いたようだった。そのままふたりでソファで眠りこけていると、夜更けも近くなって、そろそろと頃合を窺って帰宅したのだろう。リビングに自分たちの寝床を求める三匹の使い魔たちに揃って起こされる。
「……帰って来たのですね、チカ」
「ええ、ええ。お邪魔虫のご帰宅ですとも! わかっちゃいるけど言わずにいられない! ご主人様、明日はちゃんとマサキさんに首が隠れる服を着させてくださいよ! あたしたちが目の遣り場に困るんですからね! マサキさんも遠慮せずに着ちゃってください! っつうか何でもかんでも受け入れない! わかるでしょ! ご主人様はそういう相手にはチョーシぶっこくタイプなんです!」
「わかった、わかった」欠伸をしながらマサキはシュウの身体の上から起き上がる。
流石にもう眠気を堪え切れる自信がなかった。沼の中にいるように身体が重い。シュウも決して元気があるとは言えない状態だ。ソファの上に身体を起こしたはいいが、額を押さえて座りこけている。それをどうにか避《よ》けると、入れ替わりにマサキの二匹の使い魔たちが、ソファの上に乗り上がって行った。そして、それぞれ所定の位置に身体を収める。「で、マサキとシュウも寝るのかニャ?」欠伸をしながらシロが言った。
「そりゃ野暮ってもんじゃないでしょうかねえ」
「覚悟が必要ニャんだニャ。どんな声が聴こえてきても驚かニャい覚悟ニャ」
「その覚悟は大事ニャのね」クロも欠伸をしながら言う。
「思った以上の強心臓! あたくしそんな恐ろしいこと聞けませんよ!」
宙を舞ったチカが天井の梁に身を休める。「大丈夫ですよ、今日はもう寝ますよ」言ったシュウがリビングの明かりを落とす。その言葉に少しの寂しさを感じながら、「おやすみ」マサキはシュウとともにリビングを出て寝室に入る。
「寝るのか?」
服を着替えるのも難儀そうなシュウにマサキは訊ねた。「寝ますよ」マサキを振り返って苦笑しつつ、先にシュウがベッドに入る。
「昨日もそうでしたが、反動が凄いのですよ。最中はそうでもないのですけれどもね。後にどっと疲れがくる。この点を改善しないと薬としては使えなさそうですね。副作用みたいなものですし――……」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、シュウが寝息を立て始める。これで効果が切れるのだろうか? それとも明日もまた続くのだろうか? マサキはそんなシュウの隣に倒れ込むように身体を沈めて、自身もまたひたすらな眠りに就いた。
シュウを欲望に駆り立てていた結晶体の効果は収まったようだ。目を覚ますと昼近く。マサキは枕元に出されている服を着て、リビングへと向かった。首周りを緩く覆い隠してくれる服は、シュウが用意したものに違いない。着慣れないシュウの服。昨晩、煩くがなり立てていたチカの様子を思い出しながら、マサキはリビングへと足を踏み入れた。
「だーかーらー、あたくし申し上げましたでしょう、ご主人様! 何度も同じことを言わせないでくださいませ! 証拠だって見ましたでしょう? 結晶体にマサキさんのあの身体! ってことは、そのレポートに記録されていることが真実ってことなんじゃありませんか!?」
頭に響くチカの声。マサキは頭を押さえながら、その光景を見守った。膝に置いた携帯型小型端末機に目を落としているシュウの肩で、チカが姦しく騒いでいる。「しかし、ないものはないのですから仕方がない」携帯型小型端末機を操作しているシュウの表情は険しい。
「何だ、何があったんだ」
身体の節々がやたらとぎくしゃくする。筋肉痛までとはいかなくとも、相当の疲労を感じているのは間違いない。マサキはシュウの隣に腰を落とし、その肩に頭を乗せた。
「聞いてくださいよ、マサキさん! 昨日、あれだけのことをしておいて、この腐れ外dじゃないご主人様、記憶がないとかぬかしやがるんですよ! しかもご自身で書いたレポートの中身が信じられないとかで、現実逃避モードに入っていやがる! その服だってあたくしが煩く言って用意させたぐらい!」
「はあ?」聞き捨てならない話にマサキの目が覚める。
「ほーらほらほら! 怒っていいですよ、マサキさん! あたくしたちには怒る権利があります!」
「お前、昨日の記憶がないとか巫山戯たことを言い出すつもりなのか?」
「正確には一昨日の昼過ぎから今朝方までの記憶がですよ、マサキ」
ということは、例の結晶体を舐めてから、その効果が切れるまでの記憶を丸々失ってしまったということになる。マサキはソファの背もたれに肩を預けて仰け反った。太陽の光が直接顔に掛かる。その眩しさに目を細めながらマサキは呻いた。こんなに報われない結果もそうない。
「ほらね、ご主人様。マサキさんだって怒りますって。いい加減、そのレポートの内容が真実だってことぐらいはお認めくださいよ!」
チカの話を聞くに、シュウが昨日纏めていたレポートは、ただ自分の生体的な情報を纏めただけのものではないようだ。まさか研究の記録に自分との情事の内容を事細かに記しもしまい。そう思いつつも、不安は拭えない。マサキはシュウにレポートの内容を訊ねることにした。
「そのレポートとやらには、昨日お前が俺にしたことが記録されてるのか?」
「研究記録ですからね。結晶体の効果によるものでしたら、記録しておかなければ意味がない。まあ、あなたの様子から察するに、恐らくは真実なのでしょうね。だとしたら、私は何が何でも記憶を取り戻さなければ」
「お、ちょっとやる気を出しましたね。ご主人様」
「とても素晴らしい記憶に違いないでしょう、チカ。それを手放したままなんて耐えられない」
困惑を続けるマサキを横目に声を殺してシュウが嗤う。結晶体の効果の副作用であったとしたら、いかにシュウであったとしても、その記憶を戻すのは困難なのではないだろうか。何せ成分不明の結晶体が相手のことなのだ。それとも疲労が重なった結果の健忘なのだろうか。軍で稀に聞くその手の話をマサキは思い出していた。三日三晩寝ずの哨戒を繰り返した結果、その三日間の記憶を失ってしまった兵士の話など……だとしたら、そういった性質を持つ記憶を蘇らせるのは正しいのか。マサキにはわからない。
「ねえ、マサキ。どうでしたか、昨日の私は」
「それはお前の記憶に聞けよ」
「つれないですね。私の記憶がないことが面白くない?」
その手がマサキの腰を引き寄せる。面白くないような、安心したような、半々の気持ちがマサキの中にある。いずれにせよ、シュウの記憶がこのままであったとしても、マサキとしては何ひとつ困らない。とはいっても、なければないで、いずれシュウは同じことを繰り返しそうな気がする……何よりこの報われなさ! マサキはその手に自分の手を重ね、頭を鎖骨に預けた。
「……それよりも、そのレポート、表には絶対に出すなよ」
自分の愉しみの為だけに、そうしたことに手を出しかねない男。マサキが釘を刺すと、「そんなを勿体ないことを誰がするものですか」シュウはそう言って、開け放たれた窓の風を受けながら、これ以上とないくらい涼やかに笑ってみせた。
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