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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

また巡る(前)
前回、また書くと宣言した「三十路シュウマサ」の話になります。
今回はじっくり書こうと思ったので少し長めです。

私、良く書いている割に、実は料理シーン書くの苦手なんですよね。でもつい書いちゃう。だって見たいんですもの!白河が料理してるところ!そんなお話です。


<また巡る>

 窓の外で囀る鳥の鳴き声で目が覚めた。
 隣で寝ているマサキを窺えば、軽い鼾を立てている。まだ深い眠りの中にいるのだろう。薄く光を通しているカーテンから察するに、今日のラングランも穏やかな陽気であるようだ。そうっとベッドを抜け出したシュウは、マサキを起こさぬように気を遣いながら着替えを済ませ、寝室を出た。
 どちらが先に起きるのかは半々といったところだった。
 眠くなった時が寝どきだと思っているシュウは、計画的にベッドに入りはするものの、その瞬間が訪れるまでは読書に耽るのが日常だった。対するマサキは寝ることがきちんと習慣付いているようだ。ベッドに入ったかと思えば数分もしない内に眠りに落ちてゆく。
 きっと活動量の差が眠りに就く時間の差として現れているのだろう。
 昨晩、マサキとの性行為を終えてから、さして時間もかからずに眠り落ちたシュウは、彼と自分の日常的な活動量の違いに思いを馳せながらリビングに入った。賑やかな仲間に囲まれて生活しているマサキと、ひとりで静かに過ごすのが性に合っているシュウでは、活動量の違いなど比べるべくもない。マサキが訪れるとシュウの寝付きが良くなるのは、だからでもある……。
「おはようございます、ご主人様」
 背の高い書棚の上で眠りに就いていたチカが、シュウの気配を感じて起きてくる。朝の挨拶とともにふわりと舞い降りてきた彼は、シュウの肩に居場所を定めると、散らかったままのリビングの惨状に気付いたようだ。
「あたくし途中で寝てしまいましたけど、この惨状ってことは、片付けもそこそこに寝室に篭ったってことですね。ホントご主人様は我慢って言葉を知らない! 料理乾いちゃってるじゃないですか! 勿体ない!」
 テーブルの上に並ぶ食べかけの料理。シャンパンをひと口飲ませたところで酔い潰れたチカが、があがあと耳元でがなり立ててくる。けたたましいこと他ない。シュウはチカの小言から逃れるようにリビングの隅に目を遣った。同じくシャンパンを飲ませたマサキの二匹の使い魔たちはまだ夢の中にいるようだ。
「チカ、静かに。彼らが起きてしまいますよ」
「あらあらこれはこれはお優しいことで。あたくしにもそのぐらいの優しさを向けていただきたいものですよ」
 愚痴りながらも黙るつもりではいるようだ。何のと云っても遊び仲間。気遣ってやれるぐらいの心の余裕はあるのだろう。再び宙を舞ったチカが書棚の上へと戻ってゆく。
「ちゃんと片付けてくださいね、ご主人様。ご自分が用意した料理なんですから」
 最後にしっかりと釘を刺してから顔を引っ込めた彼に苦笑しつつ、シュウはテーブルの上に目を落とした。飲みかけのグラス、切り口の変色したサラダ、ふやけたポテト……むにゃむにゃと声を上げて丸くなり直しているシロとクロを起こさぬよう、なるべく静かに動き回りながら、昨日のささやかなパーティの後片付けに取り掛かる。くたくたになるまで煮込まれた豆、乾いたローストビーフ、鍋ごと出したロールキャベツ……まだ食べられそうな料理とそうでない料理を分けたシュウは、食べられそうにない料理を容赦なくキッチンのダストボックスに放り込んだ。
 勿体ないことをしている自覚はあったが、マサキとのパーティに金をかけない選択肢はない。年に数度のことなのだからと自分に云い訳をして、山と出た洗い物を食洗器にセットする。そして残った僅かな料理を冷蔵庫に収めたシュウは、続けて朝食の支度とシャツの袖を捲った。
 卵に牛乳、チーズにハム。そして、サラダ用の野菜。スープはインスタントで済ませることにして、先ずはサラダの準備とレタスを千切り始める。その矢先に起きてきたようだ。どこか不機嫌な表情のマサキが、着替えを済ませた状態でキッチンに姿を現わす。
「お前さあ……」
 朝の挨拶より先に云いたいことがあるようだ。肩を並べてきたマサキは、テーブルの上に置かれている食材を目にして、シュウが何を作ろうとしているかを察したようだった。ボウルを取り出してくると、卵をその中に割り入れながら話の続きを口にする。
「見えるところに痕を付けるなって云っただろ」
 どうやら昨晩の情交の痕が首元に残っているのが気に入らないようだ。どこかむくれたような表情でぶっきらぼうに言葉を吐いたマサキは、そのやりきれなさをぶつけるかのように卵を掻き混ぜ始めた。
「嫌なの?」
「あいつらに揶揄われるのが嫌なんだよ」
「隠せばいいでしょうに」シュウはマサキの首元に残る紅斑に目を遣った。
 出来ればずうっと彼を傍に置いておきたい。それはシュウの密やかな欲望だった。けれどもマサキが背負っている立場と使命は、シュウとふたりきりで過ごす時間に限りを与えた。魔装機神操者。シュウは彼のその立場を、自らのことのように誇っている。
 他の誰にも付けることの出来ない傷痕を、シュウが毎回マサキに残してしまうのは、だからだ。
 内腿、肘裏、肩口、そして首筋……襟の高い服を嫌がるマサキは、向こうでその痕を晒して生活することになる。それは子どもじみた独占欲の発露だった。マサキを仲間の許に返さなければならないシュウは、彼をひととき所有した証をその身体に残すことで、彼が自分のものだと彼らに知らしめていた。
「絶対、嫌だ。首回りのきつい服は落ち着かねえ」
 だから――と、抗議を続けるマサキを微笑みでいなして、シュウはレタスから手を離した。
 黄身と白身が混ざった卵に少量の牛乳を注ぎ、少しばかり掻き混ぜる。そのボウルを片手にコンロの前に立ったマサキがフライパンに火を入れた。使ってもいいんだよな。チーズを指差して口にした彼に、どうぞとシュウは答えながら包丁を手に持った。
 マサキが卵を焼く傍らで、サラダに必要な野菜を切り分ける。
 どちらが食事の支度をするかは、それぞれの気分次第だった。それでも長くこうした関係を続けていると、自然とルールらしきものが出来ていくようだ。朝は先に起きた方。昼はその逆。夜はふたりで。どちらも食事の支度に手を付けたくない気分の時には、外食やケータリングで済ませる。大雑把にも限度があったが、このぐらい緩いルールの方がシュウとマサキには合っているのだろう。お互いに不満を口にしたことは一度もない。
「ハムの厚さはどれくらいがいい?」
 チーズ入りのオムレツを焼き上げたマサキに訊ねられたシュウは、5ミリほどと答えた。
 食べる量が多いのは圧倒的に活動量の多いマサキの方だ。シュウの言葉通りにハムを切った彼は、自分の分をその倍の厚みで切り出した。彼曰く、シュウの食事量に付き合っていると食べた気がしなくなるのだそうだ。
 30歳を迎えて尚のこと旺盛な彼の食欲に、シュウは微笑ましさを隠せなかった。相変わらず良く食べる。笑いながら云えば、マサキ自身は揶揄われたと受け止めたようだ。ちゃんとその分動くさ。肩を竦めながら言葉を返してくる。
 代謝量が落ちて肉が付いたのか。それとも意欲的に取り組むようになったトレーニングのお陰で筋肉が付いたのか。少し重みを増した彼の身体。昨晩ベッドの中で気付いたその原因が、どちらにあるのかはわからない。
 いずれにせよ、その程度のことで今更揺らぐ愛情でもない。好きなだけ食べればいいのですよ。シュウが大らかに言葉吐けば、マサキはそうしたシュウの態度にこそ危機感を覚えずにいられないようだった。絶対に戻す。と、語気荒く体重を戻すことを宣言してきた。




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