これでご満足いただけるかわかりませんし、ちょっと筆が足りない部分もありますが、個人的には好きな部類の話だなあと思っています。シュウは拗らせ度が高い人なので、書いていて難しく、それがまた書ききった時の満足感に繋がり易いのですよね。楽しかったです。
色々な場面の白河を書けて楽しかったなあ、と、残すところ自身が上げた物語二話となった現在思うことしきりです。
リクエストをくださった皆様、有難うございました。
色々な場面の白河を書けて楽しかったなあ、と、残すところ自身が上げた物語二話となった現在思うことしきりです。
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<未来《あす》を夢見る籠の中の鳥>
それは本当に小さな小さな模型であった。
約200分の1スケール、全高20センチ余り。ガラスケースに詰められた模型は、ウエンディが持参したのではなく、練金学士協会《アカデミー》からの使者の手を通してシュウの許に届けられた。模型といっても、バランスや駆動域をチェックする為のものである。体躯《ボディ》に使用される合金の開発がこれからということもあって、素材こそチタンではあったものの、細部まで精巧に作り上げられた模型は溜息が出るほどに美しかった。
ガラスケースの中に雄々しく立つ大鳳。
それまで目にしてきたデザイン図とはコンセプトからして異なっているのが、ひと目見ただけでわかる。空へと羽ばたこうとしている鳥をモチーフとし、曲面を多用したデザインは、それまでの硬質的、且つ機械らしさを前面に押し出した魔装機からすれば異質ですらあった。
けれどもその模型からは、ウエンディの確固たる意志が感じ取れた。
彼女は平和の守り人となる魔装機を、ただの機械の塊で終わらせたくはなかったのだ。それまでの魔装機のデザインに対する|答え《アンサー》、そして魔装機計画の根幹を成す主義主著を、彼女は自分なりのアレンジを加えて提出した。より自由に、より高貴に、そしてより繊細に。シュウは彼女のデザインから発されるメッセージをそう受け止めた。
正直なところ、シュウはそこまで新型魔装機のデザインに期待はしていなかった。
工業用魔装機の数々は出力に比例して無骨な形状になるのが定石《セオリー》だった。それに反旗を翻してか、戦闘用魔装機のデザイン画は繊細さを感じさせるものが多い。その概念を大きく覆してみせた新型魔装機。空を舞う鳥が持つしなやかさはそのままに、けれども人間が持つ意思の強さをも表しきっている。これこそ神聖ラングラン帝国の筆頭騎士が乗るべき機体である。シュウはそれを大事に自室のキャビネットの中に仕舞い込んだ。
多くの子どもがするように、模型を実際に動かすということをしないシュウに、後日様子を窺いにきたウエンディは少なからず驚きを感じた様子であったが、それがシュウなりの敬意の表し方であることに気付いたのだろう。大事に扱ってくれて嬉しいわ。キャビネットの中を覗き込みながら、彼女はたおやかに微笑んでみせた。
その大事なサイバスターの模型をいつ失ってしまったのかシュウは覚えていない。
その大事なサイバスターの模型をいつ失ってしまったのかシュウは覚えていない。
決して押し込められて生きていた訳ではなかったけれども、窮屈さを感じていた王室時代。シュウの周囲を取り巻く人間たちは、素のままのシュウ=シラカワ、或いはクリストフ=マクソードに注視することはなかった。王弟の嫡子、或いは地上人との合いの子。彼らにとってはシュウが有している属性の方こそが重んじられるべき要素であり、その本質は注目に値しないものであったのだ。
緋のカーテンの奥に広がる王宮という世界は、華やかな見た目とは裏腹に、権力を求める者たちが跳梁跋扈するディストピアだ。擁した王族の能力が自身の権力の幅を広げてくれる彼らにとって、王族という存在は、敬うべき為政者というよりも自分の理想を叶える為の駒という意味合いが強い。だからこそ、彼らは理想とする王族らしさに足る振る舞いをシュウに求め続けてきたし、自身の置かれている立場が微妙なものであると気付いていたシュウは、彼らの期待と要望に応え続けるしかなかった。
自分らしさとは何処に存在するものであるのだろう? 彼らの期待と要望に応え続けたシュウは、ひとり模型を眺める時間に、その機体を自分が手に入れた後の日々を夢想するようになった。
空を舞い、地を駆け、海を滑る。広大なラングランの大地を友とする生活は、それが戦いに明け暮れる生活であろうとも、王宮との生活とは比べ物にならない充実感と充足感をシュウに齎してくれることだろう。魔装機という力は、その使い手に自由裁量権を与えるものである。歳月が過ぎるに連れて方向性をより明確とした魔装機計画に、シュウは自身が所有している模型の実機に強い憧れを抱くようになっていた。
自由。そう、ほんの少しばかりの自由と、手足に馴染むような居場所。シュウはウエンディが与えてくれた模型によって、自分が求めているものの正体を知った。この機体の使い手となりたい。雄々しき大鳳を相棒《パートナー》として見渡す世界は、どれだけの輝きに溢れていることだろうか。シュウはそれが見たかった。だからこそ、シュウは投げ出したくなるような倦怠感に苛まれながらも、繰り返される日常にしがみ続けた。あらゆる能力に恵まれていたシュウは、それだけの資質が自身には備わっていると信じていたからこそ。
※ ※ ※
※ ※ ※
「気にすることはないのよ、シュウ。あなたがあの模型を大事にしてくれていたのを、私は知っているのだから」
練金学士協会《アカデミー》の研究室に不意に姿を現わしたシュウに、ウエンディは正面から自分を尋ねてくるとは思ってもいなかったのだろう。大丈夫なの? 驚いた様子でシュウに椅子を勧めてくると、その来訪の理由を訊いて二度驚いたらしかった。まあ、と声を上げた彼女はややあってから、表情を和らげるとそう言葉を吐いた。
手元に残ることのなかったサイバスターの模型。
きっと王都が壊滅した際に失われてしまったに違いない。いつしか眺めることのなくなった模型のことをふと思い出したシュウは、その経緯を振り返って、心優しい練金学士にひと言謝罪をすべきだと考えた。それならば身体が空いている内に済ませてしまった方がいい。いつまた過酷な戦いに身を投じかねないシュウは、そうした己の性格を熟知していたからこそ、早々にウエンディの許を訪れたのだったが、やはりというべきか既に実機の完成をみてからかなりの歳月が過ぎているからだろう。彼女にとっては、今更、最初に作り上げた模型の行く末を詫びられても――と、いった様子であった。
「あなたには感謝をしていますよ、ウエンディ。こうして変わらずに私に接してくれる」
「らしくないことを云うのね。明日は雪かしら?」
茶目っ気たっぷりに言葉を吐いた彼女は、ふふふと続けて声を上げて笑った。冗談よ。そうして、小首を傾げながら、シュウの代わり映えしない表情を窺ってくる。
「申し訳ないと思う気持ちは私にもあるのですよ」
「あまり、いい失くし方をしたのではなかったのね」
立ち上がったウエンディが、湯が沸いたことを告げるポットの前に立った。ふわりと薫ってくる茶葉の香り。場所が場所だけに、用件を済ませたら直ぐにでも辞去するつもりであったシュウは、要りませんよ。そう言葉を放つも、彼女はそうしたシュウの性格を見抜いているのだろう。
「聞かせて、なんて云わないわ。ただ、いい茶葉が手に入ったのよ。それだけ」
そう云った彼女は、シュウが模型を失うに至った経緯に見当が付いているようでもあった。そういうことでしたら。シュウは彼女から紅茶が注がれたティーカップを受け取りながら、今尚、地底世界最強の戦闘用魔装機として君臨している白亜の大鳳を思った。
風の魔装機神サイバスター。乗れると信じて重ねたシュウの努力は呆気なくふいになった。
シュウがウエンディから模型を譲り受けてからかなりの歳月が経った頃、ようやくサイバスターは開発を終了した。模型の段階でも美しかった機体は、開発を続ける中で更に先鋭化が進んだようだった。シャープさを増した機体は、元々持っていた高貴さを磨き上げられたようだ。言葉にならないほどに美しい。完成披露の席に顔を並べたシュウの胸は、期待と感動に高鳴った。
けれどもその機体の発する声をシュウが聞くことはなかった。実際に搭乗してみても、動力系に火が入る気配もない。それどころか、計器が明かりを灯す気配すらない。自身の正気を支えていた拠り所をひとつ失ったシュウは、砕かれた自信を取り去るように、帰宅した自居のキャビネットから模型を撤去した。
見なければ考えることもない。
それでも風の魔装機神の存在は、抜けない棘となってシュウの胸に残り続けた。忘れるように努め、現に模型の存在をシュウが忘れてしまっても、輝ける白亜の大鳳の存在までもは失われる訳ではない。そこに確かに存在を続けるサイバスター。シュウは激しい執着心に囚われながらも、それを表に出すことが出来ずにいた。
あれが欲しい。
その欲望は暴虐な嵐となってシュウの胸の内で吹き荒んだ。
いつしか失われていた模型。それは例え模型であったとしても、風の精霊サイフィスが所持を認めないと訴えているようでもあった。確かに、あの力はシュウのような人間に与えられていいものではない。自意識が高く、己の都合が優先される。あの頃のシュウは思い上がっていたのだ。自らの恵まれた能力の数々に。
今のシュウには理解が及ぶことが、あの頃のシュウにはわからなかった。それは教団と接触を持ってしまったこととも無関係ではなかっただろう。教団の支配と、サーヴァ=ヴォルクルスの支配。ふたつの支配に身体と精神を拘束されたシュウの世界は、王宮に居た頃よりも歪んだ人間関係を構築するようになっていた。
どれだけ抵抗を続けようとも飲み込まれてゆく意識。曇った目で世界を眺め続けたシュウは、自身の意識に蓋をされることが増えた。そして、そうして……鎖から解き放たれたシュウは、自身がいつの間にか欲しいものを手に入れていたことに気付いたのだ。
自由。
ラ・ギアス最大国家であるラングランの大地が果てしなく続くように、シュウの世界にも限りなく続く道が現れるようになっていた。どこを選ぶも自身の自由。その現実はシュウの心を浮き立たせた。望んでいた未来に自分が辿り着いている。けれどもそれは、大きな責任を伴う選択の連続であった。自由とは心の中にこそある。限りない世界に立つことでこそ見えるその真実の意味を知ったシュウは、サイバスターに対する拘りを捨てた。
「どう? あなたのお眼鏡に適うといいのだけと」
「とてもいい茶葉ですね。口の中に広がる風味も結構なものです。舌に馴染むような柔らかさがある」
「ふふ。そう云ってもらえると嬉しいわ」
上質な紅茶をゆっくり味わいながら、昔馴染みの練金学士と他愛ない会話を繰り広げる。偶にはこういった穏やかな時間を過ごすのもいいものだ。そうシュウが感慨深く感じた矢先だった。げ。と、研究室の入り口から響いてきた聞き知った声に、シュウは視線を向けずにいられなかった。
「あら、マサキ」
「な、ななななんでお前がここに」
マサキ=アンドー。風の精霊サイフィスがその魂を宿し機体に乗せることを選んだ少年は、よもやこういったところにまでシュウが足を踏み入れているとは思ってもいなかったのだろう。丘に上がった魚のように口をぱくつかせながら、暫くその場に留まっていた。
「私がここにいることで、あなたに何か不都合でも」
「あるだろ。お前、自分の立場ってもんを――」
身体を乗り出しながら威勢よく言葉を吐き始めるマサキを片手で制しながら、シュウはカップに残っている僅かな量の紅茶を飲み干した。「お暇しますよ、ウエンディ。お邪魔虫にはなりたくないですしね」
名残り惜しく感じる気持ちもあったが、決して彼に好かれているとは思っていないシュウは、彼がここを訪れた目的を阻むつもりもない。早々に退散すべきだと、椅子から腰を上げた。
「何だよ。素直じゃねえか」
「私の用事はもう済んでいますからね。どうぞ、後は気兼ねなく」
彼の自身に対する好意の有無はさておき、シュウ自身はマサキに好意を抱いている。
執念深くシュウを追いかけ続けた彼は、サーヴァ=ヴォルクルスからの終わりなき支配からシュウを解き放ってみせた。それは彼からすれば、自身に与えられた最大にして唯一の任務――世界に対する脅威の排除の遂行でしかなかっただろう。だが、シュウにとっては人生最大の救済にして恩義でもある。
「あの、シュウ……いいのよ、そんな、気を遣ってくれなくとも……」
「? どういうことだよ、ウエンディ」
「い、いいのよ、マサキ。あなたは気にしなくて、いいの」
もしかすると風の精霊サイフィスはこうなる未来を予見していたのやも知れない。ほんのりと頬を紅色に染めているウエンディと、彼女の歯切れの悪い態度を訝しく感じているらしいマサキを眺めながら、シュウは当たり前に存在している平穏な日常に、ただその有難みを噛み締めた。
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