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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(10)
シュウマサはスルメである。
噛めば噛むほど味わい深く、そして奥が深い。

っていうのを思い知ってるんですけど、皆様的にはどうですか? 書けば書いただけこの配置の妙……! と唸らずにいられません。
シュウマサってきっとお互いがお互いに似たようなイメージを持ってるんですよ。でも自分と相手は正反対の性格をしてると思ってるんですよ。いや、そうであって欲しいという願望なんですけど!

といったところで本日はお開きです。
明日も頑張ります!では本文へどうぞ!


<記憶の底 ReBirth>

「しかしこうも軽くいなされると凹みますね。流石は剣聖と頭ではわかっていても、口惜しさを感じます」
 マサキから剣を受け取ったシュウが、扱い難さを感じさせる手付きで剣を鞘に納めた。
 彼もマサキという強者を目の前にして、無理をしてまで稽古を続けようとは思わなかったようだ。今日はこれまでにしておきます。素直にそう口にした彼に、ああ。と、マサキは頷いて、格納庫の奥で今の稽古を見守っていたグランゾンに目を遣った。
「乗ってみたのか?」
 仄かな光を放ちながら佇む青銅の騎士は、記憶を失ってしまった自らの主人をどう感じているのだろうか。
 マサキは自分たちに顔を向けているグランゾンの顔を見詰めた。赤く明滅する瞳は、ない筈の瞼を瞬かせているように見える。まるで涙を堪えているようだ。自意識を持たない筈のグランゾンが、マサキには寂しさを訴えているように感じられた。
「グランゾンにですか。ここに戻って来るのに少しだけ。ただ、今の僕では扱い切れる気がしませんね。だから反応速度を上げる為にも、剣技の腕を磨こうと思ったのですが」
「身体は成長してるし、経験もある。動かせそうなものだがな」
「僕の頭が付いていけないんですよ」シュウが頭を振る。「僕の身体が未来の僕の記憶を持っているのはわかります。偶に自分が知らない動きをしていることがありますから。ただ、僕自身がその状況に混乱してしまうというか……」
 そうか。と、マサキはシュウの言葉に短く答えるに留めた。
 きっと、彼が感じている途惑いは、マサキが記憶を失った自分が起こした行動の数々に対して抱いている感情と同じものであるのだ。
「戻りましょう。明日、街に出るのであれば、今日ここで出来ることはもうありませんし」
「そうだな」マサキはシュウの後に続いて格納庫を出た。
 居住区のエリアに戻るまでの長い道のりを、彼の他愛ないお喋りを聞きながら歩くこととなったマサキは、記憶を失ってしまった自分が起こしてしまった行動の数々を振り返った。
 決して人懐こい性質ではないマサキは、何故ああも自分が容易くシュウに気を許してしまったのかがわからないままだ。まるで他人の意思がマサキを動かしていたかのような感覚。あの時期のマサキの記憶は、マサキにとってそこだけが切り取られてしまったかのように自意識から隔離されてしまっている。
 記憶は連続しているが、意識が連続しない。
 自分のことながら、自分が何を考えてあそこまでシュウに心を預けてしまったのか。肉欲を満たしたいといった単純な欲望でなかったのは間違いない。あの時のマサキは、シュウを世界の全てとして、彼に頼り切ってしまっていたのだから。
 もしかすると、マサキは心の奥底では、あれこそが本来の自分であると認めているのかも知れなかった。
 両親を喪ってひとりで生きていかなければならなくなったマサキは、環境の変化によって全てを諦めるようにして生きることを余儀なくされたが、だからといって希望や願いを抱かずに生きられるほど、世の中に絶望しきってしまった訳ではなかった。腹も減れば眠くもなる。本能が働く程度には自我を保てていたマサキは、だからこそ荒涼とした世界の中で過酷な生を生きることに疲れては、誰かに頼りたいという願望を抱くことがあったのだ。
 けれどもそれは叶ってはならない望みでもあった。
 個人にとっての世界とは狭くも小さいものだ。関わりのある人間で構成される半径何キロの世界を日常として動くもの。幼かったマサキはその世界で自ら生きてはいなかったのだと、両親の死を経験したことで思い知ることになる。
 マサキは彼らの庇護によって生かされていたのだ。
 喪ったことで露わとなった現実をマサキは真摯に受け止めたからこそ、こう思うしかなくなった。彼らに並ぶ存在などあってはならない。安らかに眠れる家、温かな食事、着るものに不自由しない生活……そして愛情。自分に全てを与えてくれた両親という存在の偉大さを、マサキは彼らを喪ったことで知ったのだ。
 だからマサキは自らの願望を弱さと受け止めた。そしてだからこそ、自身が抱いた希《ねが》いの数々を心の奥底に深く封じ込めることにした――……。
「さっきはああ云いましたけど、明日を僕は楽しみにしていますよ。街に出る――と、いうより、外に出るのは久しぶりです」
 居住エリアに戻ってきたシュウは、暫くは読書に専念するつもりであるようだ。夕食の時間までマサキに自由にしていいと告げてくると、自室に続く扉を潜る前に、そう自身の気持ちを打ち明けてきた。
「彼らの能力を信用していないという訳ではありませんが、僕からすれば彼らは未だ信用が置ける人間ではありません。自分の命を彼らに預けることには躊躇いがあります。でも、あなたでしたらそういった不安を感じずに済みそうです。感謝していますよ、マサキ。ここまで足を運んでくれて」
「俺をあまり信用するなよ。味方じゃないんだ。かといって敵でもないが」
「それは未来の僕とあなたが必要以上の干渉をしない関係であったということでしょうか」
「どうなのかな。お前は好き勝手にしたいことをしているように、俺の目には映ったけどな」
 使命のない日々におけるマサキは、他人の目には自由に振舞っているように映るようだ。
 勝手気ままに西へ、東へ。サイバスターを駆って方々へと出歩いて行けば、気兼ねなく過ごせる仲間たちと遊行に耽ることもある。マサキ自身も自由を満喫している自覚はあったが、そうした日々が終わりなく続くものではないということにも自覚がある。
 ――世界の存亡の危機においては、全てを捨てて戦え。
 魔装機操縦者の唯一無二の義務に縛られているマサキはその気高き拘束に背くつもりはなかったが、それでも時折酷い閉塞感に見舞われることがあった。心安らかに過ごしている日々が、いつまた乱されるとも限らない。平穏な日常の中で、ふと思い出す自身の使命。それはマサキに強烈な緊張感と猛烈なプレッシャーを与えてきた。
 次こそ命を落とすのは自分の番かも知れない。
 それと比べればシュウの日常は優雅なものだ。誰に縛られることなく西へ東へ。思い立ったことを即座に実行に移せるフットワークの軽さは、様々なしがらみに縛られている筈の彼を、何故か自由に生きているように感じさせる。
「これだけ恨みを買って生きているのに?」
 けれども突如として現状に放り込まれることとなった9歳のシュウにとっては、過酷な現実は窮屈に感じられるものであるようだ。現在のシュウと比べて保持している能力に劣る彼としては、生き延びることだけでも精一杯なのだろう。微かに瞠目してみせた彼に、それもそうだな。マサキは頷いた。
「何かに縛られているのは、俺もお前も一緒だったな。悪いことを云った。忘れてくれ」
 それでもマサキは時折、彼の生き方を羨ましいと感じてしまうのだ。
 マサキたちに与えられた使命は戦いの場で生きることを余儀なくするものだ。それは同時にそれ以上の干渉を許さないものでもある。戦争で疲弊した国内の建て直し……生活を壊された一般市民の補助……逐一それらにまで手を出してしまっていては際限がなくなるとはいえ、ただ戦って終わりとなる自らの立場にマサキが何も思わない筈がない。
 そうしたしがらみを持たぬあの男が羨ましい。
 何に関わり、何を守り、何を晴らすか。その全てを自身の選択のみで成せる立場にいるシュウ。彼は自らの心のままに生きている。
「……未来の僕は、こういった何重もの檻に囲われたような生活をしていることをどう感じているのでしょうね。僕は自由が欲しいと望んでいましたけど、それは大それた望みだったのかも知れません」
 ぽつりと言葉を吐いた9歳のシュウが、それを最後に扉の奥へと姿を消す。ひとり通路に残されたマサキは、改めて彼の置かれている境遇を不憫に感じながら、ふたつ隣にある自分に与えられた部屋へと向かった。




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