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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(9)
口調が幼いので違和感を感じませんが、これをあの姿の白河が云ったりやったりしていると思うと滑稽だな……と自分で書いていて思ったりもします。お前誰だよ。そんなツッコミを繰り返すこと風の如し。そんな第9回です。

書いてて楽しかったんですけど、楽しいからといって筆が進む訳ではないんですね!←

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<記憶の底 ReBirth>

 食後はシュウの願いを聞き入れて、格納庫へと出た。
 三体のユニットが出払った格納庫は、まるで洞《うろ》のようだった。高く開けた天井に、限りなく続いているように映るフロア。最奥にグランゾンが佇んでいるだけとなった格納庫にシュウが来たがったのは、剣技の修行をしたかったかららしい。
 自分の身は自分で守れるようになりたいのだそうだ。
 彼はマサキが剣聖ランドールの名を受け継いでいることをテリウスたちから訊いていたようだ。少しでいいから稽古を付けてくれませんか。そう頼まれれば嫌とも云えない。彼の先の見えない未来を少しでも明るいものとしてやれるのであれば――と、マサキはその願いを聞き入れた。
「って、云っても俺には剣すらないんだがな」
「僕の予備の剣を貸しますよ」
「いや、いい」マサキはシュウから距離を取った。
 10メートル……20メートル……30メートルほど離れた位置で足を止め、シュウに向き直ったマサキは両手をだらりと下げた。
 グランゾンで剣術を扱ってみせるだけあって、シュウ自身の剣技の腕は相当なものだったが、その実力が幼い頃から発揮されていたかというとそういうことでもなさそうだ。それは彼の剣の持ち方を見ればわかった。グリップが甘い。彼の長躯を生かす為の長剣は、9歳のシュウにとっては大きく感じられるのだ。
 剣の長さを持て余している彼は、恐らく実力の5分の1も発揮出来ないだろう。ましてや彼は自身の体躯さえも持て余してしまっている状態だ。距離感を掴ませるだけでも三日は必要になる。マサキは彼の動きを観察して、そう見通しを立てた。
 ならば剣は必要ない。
 先ずは剣に慣れさせるところからスタートだ。初歩も初歩、剣を握ったばかりの初心者相手の稽古から彼の訓練を始めることにしたマサキは、何が起こるのかと身構えているシュウを見て微笑《わら》った。
「手加減しなくていいぞ。全力で打ち込んでこい」
 マサキの余裕ある態度に闘争心を掻き立てられたのだろう。即時にその目論見を見抜いたらしいシュウの顔が険しさを増す。
 それなりに剣の腕に自信を持っているようだ。すう、と息を吸って呼吸を整えた彼は、直ぐにマサキに飛びかかるような真似はせず、ゆっくりと剣を上段に構えてみせた。
 鋼の精神力は幼い頃から健在であったらしい。マサキの挑発に乗ることなく精神統一を果たしてみせたシュウに、合格だ。マサキは心の中で呟いた。
 剣技の習得では、技術よりも精神性の方が重要視される。冷静さを欠いた剣は隙を生み出すし、その結果が命に直結するのは語るまでもない。そういった点で9歳のシュウは充分に及第点に達していた。これなら技術を教え込むだけで済む。
 経験があるにしては型に拙《つたな》さが目立つが、それにしても彼自身が長剣を扱い慣れないものと感じているからである。距離感を掴ませれば直ぐに勘を取り戻すだろう。マサキはシュウの一挙手一投足に神経を集中した。シュウが手にしているのは、刃先を潰した訓練用の剣ではない。あまり余裕を見せ過ぎては、いかにマサキとて怪我を負いかねなかった。
 行きます。次の瞬間、静かに宣言したシュウの足が床を蹴った。
 残像を残しながら、滑るように、シュウの身体がマサキめがけて迫って来る。その距離が数メートルに詰まった刹那、彼の衣装の裾がひらりと羽根を広げた。高く掲げられた剣がマサキに向けて振り下ろされる。
 緩やかに動く世界。マサキはシュウが剣を振った方向とは逆方向に身体を逃がしてその剣先を避けた。シュウもマサキの動きを見越していたのだろう。続けざまにもう一撃、返す刃で水平に剣が振られる。
 マサキはシュウの背後に回り込んだ。
 認識している身体のサイズと現実のシュウの身体のサイズの開きが、彼の動きに隙を生み出している。マサキはそれを見逃さなかった。続く一撃を加えるべくモーションを取る。
 恐らく彼は、長剣のリーチの長さを、動きを大きく取ることで補おうとしたのだ。大振りになりがちな剣。脇が開いてしまった構えでは思うように剣に力が伝わらない。マサキが易々と彼の剣を躱せたのは、そのお陰でもある。
 だからといって、ここで手心を加えてやれるほどマサキはお人好しではないのだ。彼にとって外の世界は命の遣り取りが常となる世界であったし、そうである以上、身を守る術を身に付けるのは急務でもある――マサキはシュウの背中に気《プラーナ》を込めた一撃を当てた。肩甲骨の下、鳩尾に打撃が通り抜ける位置に肘が吸い込まれてゆく。
 声なき呻き声がシュウの口から洩れた。
 衝撃を受けて吹き飛んだ彼の身体から剣が離され、それぞれ異なる方向へと吹き飛んでゆく。鋭い音を立てて床に跳ねる剣。受け身の取り方は知っていたようだ。地に伏せる寸前にダメージを抑える姿勢を取ってみせたシュウに、まあまあだな。云って、マサキは彼から遠く転がった剣を拾い上げた。
「剣のサイズを変えることは出来ないのか。お前、ショートソードの方が使い慣れてるんだろ」
「やっぱり、わかりますよね」のそりと身体を起こしたシュウが、途方に暮れたように言葉を吐く。「長剣を扱うのは初めてのことなので、勝手がわからないんです。リーチの長さも、僕の体感とは全く異なりますし」
「街に出れればなあ」マサキは手にした長剣を軽く振ってみた。
 鋭い光を放つ刀身が、空気を撫でるように滑らかに動く。恐らく彼の身長に合わせて刀身を伸ばしたのだろう。普通のロングソードよりもリーチが長い剣は、オーダーしなければ手に入られないものだ。
 手間暇がかかった剣は、それに違わぬ質の良さをマサキの手に伝えてくる。
 だが、9歳のシュウにとっては手に余る代物でしかない。
 如何に彼がハンディキャップを背負った状態で、マサキに対して二度も剣を振ってみせようとも、その実力を発揮しきれる剣でなければ。マサキはシュウに、ここから一番近い街までどのくらいの時間がかかるかを尋ねた。交通機関がある街道まで徒歩で一時間ほど。そこから三十分ほどで街に着けるようだ。
「明日は街に出てみるか。出るなとは云われてないしな」
「大丈夫でしょうか」
 やはり神経質な面が目立つシュウは、敵の多い環境に出て行くことに不安を感じているようだ。以前のシュウを彷彿とさせる頼もしい口振りに惑わされるが、彼の中身は9歳の子どもである。それを改めて感じ取ったマサキは、出来るだけ彼の不安を払拭させてやれるようにと精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
「俺を誰だと思ってるんだ。お前ひとりを守れるぐらいの腕はあるぞ」
「そう……そう、ですよね。すみません。街に出ること自体に慣れていないものですから」
 マサキははっとなって目を見開いた。ぎこちない笑顔は、王族として生きた記憶しか持っていない9歳のシュウにとって、民草が生きる市井の世界とは未知なるものであるからなのだ。
 かつて足を踏み入れた王宮の光景が、マサキの脳裏に蘇る。
 豪華絢爛に飾り立たてられた建造物に、咲き誇る種々様々な花々。我が世の春と華やぐ世界は、権力の象徴として厚い城門の向こう側にあった。そこに足を踏み入れることが許されるのは一握りの権力者と栄誉に与った者だけだ。
 9歳のシュウの記憶はそこで生きた時間で止まってしまっている。彼はあの門の向こう側でどういった生活を送っていたのだろう? ふと湧き上がった疑問を、けれどもマサキは口に出来なかった。

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