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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(12)
やっと少しだけ書きたいことが書けました。
次回辺り、書きたい部分に突入出来そうなので頑張ります。

明日はなんと運動しに会社に行くのですよ。なんか事前に聞いていた話によると「@kyoさんはウォーキングだから」ってことで安心しきっていたのですが……いざ割り振りが出たら走るところに組み込まれてたらしくてですね、私50前やぞ!?走れると思うのか!?そんな気分です。

日曜日は筋肉痛で死んでるかも知れません。


<記憶の底 ReBirth>

「明日は街に出るが」マサキはシュウに釘を刺しておくことにした。「もし何かが起こったとしても、お前は相手にせず逃げることに専念しろ。その身体に慣れるまでは無理をしない方がいい。慣れればお前のことだ。俺以上に上手く立ち回れるようになる」
 昼間の稽古で自分が置かれている現状とマサキとの実力差を思い知ったのだろう。はい。と真顔で返事をしたシュウに、今更ながら現在のシュウとは別人のようだ――と、マサキは思わずにいられなかった。
 学術に魔術、剣術と、人並み以上の才能に恵まれているシュウは、大半の物事を自分自身で処理してしまえるからか、他人の助力を厭う傾向が強かった。自信家で皮肉屋。尊大な物云いも日常茶飯事な彼は、いざ助けられたとしても他人に素直に礼を述べることすらしない。窮地に陥ろうともそうした態度を崩さない彼に、マサキとしては思うところが大いにあったが、さりとて彼がしおらしく負けを認めるところなど想像も付かないのが現状だ。
「なんか、あれだな。お前が素直だと不安になる」
「僕はそこまで厄介な人間でしたか」
「厄介というか」マサキは鼻の頭を掻いた。「何でも出来る能力を持ってるからだろ。そりゃあ、あれだけの能力があれば、自分に全幅の信頼も寄せたくなるっていうかな……」
 本人を目の前にして、明瞭《はっき》りと物を云うのも躊躇われる。言葉を濁したマサキに、けれども9歳のシュウは何を云いたいかを悟ったようだった。表情に険を強めてみせると、
「自らの能力に対する慢心と過信は、得てして自らの足元を掬うものですよ」
 まるで未来の自分ですらも他人とばかりに切って捨ててみせるシュウに、マサキは首を傾げるばかりだ。
 子どもにしては聡過ぎるのが気掛かりであるにせよ、9歳のシュウの言葉からは、真っ直ぐで素直な性格であることが窺える。自らの将来を信じて疑っていなかったこの少年に、果たして何が起こったのか。マサキは陰性を強めた現在の彼を思った。物事を一歩引いた場所から眺めているような態度の男は、けれども思いの外、執着心が強い。
 過酷な運命に己の力で立ち向かってみせる彼は、自身を襲った不条理な運命さえも、目の前にひれ伏させようとしている。それは、彼が自由に対して並々ならぬ執着心を抱いているからではないか。だから彼は、例え運命が相手であろうとも、それに屈服するのを良しとは出来ないのだ。
「お前に何があったんだ」マサキはシュウに訊ねた。「俺の良く知るお前は、そんな素直な性格じゃない」
「僕にもわからないのです」
 顔を伏せたシュウが、手にしたティーカップの中身に視線を注ぐ。悩まし気な表情。9歳のシュウにとっても、自身の未来に何が起こったのかは大きな謎であるようだ。
「彼らにそれを訊ねても、言葉を濁すばかりで……」
 滑らかに光を映す琥珀色の液体が微かに揺れた。はたと気付いたマサキは彼の手に目を遣った。ティーカップを包んでいる両手が小刻みに震えている。愁いを帯びた瞳。彼は明かされない謎に穏やかならざる感情を抱いているようだ。
「僕がどうしたらあんな外道な、宗教とも呼べない組織に自ら属せたものか」
 絞り出すようにそう吐き出したシュウに、マサキはどう声を掛けてやればいいかわからなかった。
 過去のシュウと現在のシュウ。その人生の狭間には、彼の性格を大きく変えてしまうほどの大きな何かがあった。しかもそれはあの|奔放な女狐《サフィーネ》をして、口を閉ざさせるものであるようだ。マサキは俯いたままのシュウを凝視《みつ》め続けた。長躯をすっきりとソファに収めている彼は、現在の精神年齢そのままに稚く見える。
 自尊心《プライド》が高く、高慢で、執着心に勝る。
 そこにはマサキが知るシュウ=シラカワの姿はなかった。そう、彼はクリストフ=グラン=マクソードなのだ。マサキは自分が抱いていた違和感の理由に思い当たったような気分になった。
 誇り高きラングラン王家の一員として、栄華を極めた王宮世界で輝ける未来が待つ生を彼は謳歌していた……それがマサキには寂しく感じられるのだ。今のシュウはマサキの知らない時代に生きている。何が絆だ。マサキは口の端を吊り上げた。ああだこうだと仲間にまで囃し立てられるような仲でありながら、マサキを目の前にしても彼の記憶は一向に蘇る気配を見せないではないか!
 彼にとって大切な記憶とは、マサキと過ごした日々よりも、クリストフであった日々にあるのだ――。
 サーヴァ=ヴォルクルスの支配をも跳ね除けてみせた男が、たかだか熱病如きでその記憶の大半を失ってしまったなど、三文芝居の劇作家ですら書き得ない結末だ。けれども、だからこそ、事実は小説より奇なりであるのだろう。恣意的に失われた訳ではない記憶は、けれどもある種の指向性を持っている。彼にとって苦痛の大きい出来事。苦難に満ちた道を歩み続けている現在のシュウを振り返ったマサキはそう思わずにいられなかった。
 マサキ=アンドー。やがて、沈黙を続けていたシュウがそうマサキの名を呼びながら顔を上げた。
「それがどれだけ僕を絶望に叩きのめす出来事であっても、僕は知りたいのですよ。未来の自分がその過去の先に立っているのであれば、それは僕にも乗り越えられる壁である筈です」
 決意に満ちた眼差し。きっぱりと云い切ってみせたシュウに、けれどもマサキとしては無茶なことを云うなと制することしか出来ない。
「無理はするな。お前は自分の身体にも慣れなければならないんだ。先ずはきちんとその身体で動けるようになることが先だ。あれもこれもと一度に欲張って、背負いきれなくなっちまったんじゃ本末転倒だぞ」
「僕は怖いんですよ、マサキ」シュウが頭を振る。「僕はどれだけの人間を無意味に殺してしまったんです? 叔父に剣聖、王宮の兵士たち……。その他の人々にしてもそうですよ。罪も咎もない一般市民なんて、命を奪ってはならない最たるものでしょう。彼らはただ恙なく過ぎてゆく日々を精一杯生きていただけだったのに」
「お前がやったことじゃない。それこそがサーヴァ=ヴォルクルスの能力だ」
「違いますね」ぴしゃりとマサキの言葉を跳ね除けた彼は、一気呵成と言葉を継ぐ。「僕はこの手で死ななくていい人間を沢山殺してしまった。その罪と責を負うべきは、他でもない僕自身です。他人にとっては目に見えない世界よりも、目に見える世界が全てですからね。だから僕は方々で恨みを買ってしまっているのでしょう。だったら僕はその現実と向き合わなければなりません。邪神教団の司祭となるまでに至った僕に何が起こったのか。先ずはそこを知ることから始めなければ」
  どうも9歳の彼は潔癖が過ぎるようだ。事情もわからぬうちから全てを自分の所為だと思い込むなど、他人に寛容である彼らしくない。そもそも記憶がない彼に、未来の自分が置かれている苦境が真実の意味でわかったものか。マサキの様子も目に入らぬ様子で言葉を紡ぎ続ける彼に、とにかく黙らせなければ――と、マサキは彼を一喝することにした。
「一度にやるなと云っただろう!」
 はっと目を開いた彼が、すみません……と、肩を落として謝罪の言葉を口にする。
「全く――」マサキは腕を組んだ。
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