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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(17)
ただ街に出るだけでこんなに文字数を使うとは思いませんでしたー!(土下座)

どうせならデート回をと思って街に出すことにしたんですけど、一向にデートに辿り着けないこのモヤモヤ感!なんかLottaLoveをやってから、じっくり書くということの醍醐味を知ってしまった気がします。読んでる皆様にとっては大迷惑ですが!!!

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もうこれがなかったら挫けてるというぐらいに今回は難産です。では、本文へどうぞ!


<記憶の底 ReBirth>

 バスを待つ人の列に並んで、到着までの間を他愛ない話に費やす。
 朝食の席でもそれとわかるぐらいに上機嫌だった彼は、外に出たことで一層その傾向を強くしていた。溌溂とした笑顔でマサキの方向音痴を話の種にあれこれと軽口を叩く彼は、すっかりマサキに気を許しているように映る。聞けば、記憶を失ってからというもの、外に出ることを控えさせられてきたのだという。
 自分の身を自分で守れるかすらも危うい状態であるシュウを、彼らが外に出したくないと思うのは仕方がないことにせよ、どれだけ巨大な地下施設であろうとも、壁が押し寄せてくるような錯覚に囚われるあの世界にシュウを閉じ込めておくのはやり過ぎな気もしなくない。
 勿論、敵の多い彼のことだ。記憶を失っていると知れれば、ここぞとばかりに命を狙われかねなかった。
 執念深い彼らの相手をするのは、マサキであっても骨が折れる。何せ、捨て身の攻撃も厭わないような連中だ。そうである以上、マサキとしては、敵をおびき寄せるような結果になるのだけは避けたかった。マサキはシュウに街での注意事項を伝えた。物珍しいからといって周囲を眺め過ぎないこと。危険を察知しても慌てずにマサキの行動に合わせること……わかりました。と、真顔で頷いたシュウは、改めて自分が置かれている立場を自覚したようだった。
「僕はかなり浮かれていましたね。もし何かが起こったとして、その対処をするのはあなたなのに」
「そこは気にしなくていい。俺がやると決めたことだからな。それに、今は珍しいことも、いずれは珍しくなくなるんだ。それまで迂闊な真似は控えておけって、それだけの話だ。お前が気に病むようなことじゃない」
 それに対して、はい。と頷いたシュウは、けれども緊張感が走った表情を戻すつもりはないようだ。
「外出するのにも用心が必要なこういった生活を、未来の僕はどう捉えていたのでしょうね。自分の自由に時間を使えるという意味では気軽ではありますが、外に出るのにも心構えが必要という意味では、王宮に居た頃とそこまで変わりがない気もします」
 笑い顔もぎこちなく、ぽつりぽつりと語りかけてくるシュウにマサキは答えた。
「その答えはお前が自分で見付けるんだ」
 望んで手に入れた訳ではない生活を、彼がどう感じているのかなど、マサキが現在のシュウから聞けた筈もない。けれども傍目にしている分には、シュウは制限のあるこの生活を謳歌しているようだった。
 気紛れに方々に姿を現わし、自らが望み願うままに振る舞う。
 人間関係のしがらみや、かつての立場に対するしがらみと、様々な思惑が絡み合う中で生きている彼は、それらに雁字搦めに縛られているように見えることもあったが、だからといって自ら行動範囲を狭めていったりはしなかった。むしろそういった環境に反発するかのように、自身の行動範囲を広げてゆく。マサキの目にシュウが自身よりも自由に生きているように映るのは、そうした彼の奔放な性格が彼自身の行動に影響を与えているからなのだろう。
「自分で……ですか。まるで僕の記憶が戻らないようなことを云う」
 ぽつりと呟いたシュウに、記憶を取り戻したくないのか。マサキは尋ねた。わかりません。そう答えたシュウは悩んでいるらしかった。
 自身の記憶を「知らなければならない」と、云い切ってみせた割には歯切れが悪い。やっぱりな。マサキは視線を足元に落とした。乾いた砂がそよぐ風に撫でられて、砂埃を上げている。
 ふと未来に放り出されてみれば、自身の悪行が広まり切ってしまっている。それはどれだけの衝撃を9歳のシュウに与えたことだろう。それどころか、それが原因で絶えず命を狙われる事態に陥っていてしまっている。彼にとって昨日と今日では、世界そのものが大きく姿を変えてしまっているのだ。その現実を受け止め切れていない9歳のシュウは、だからこそ記憶を取り戻したくないと望んでいるのかも知れない――と、マサキは考えていた。
 そうすれば、現実を直面しないで済む。
 未来の自分が犯した罪を償わなければならないと考えている彼にとって、現実は過酷で不条理なものだ。どうしてそれを素直に受け入れられたものだろう。強靭な精神力で自我を保ってはいるが、彼の中身は9歳の少年であるのだ。大人びたことばかりを口にしているとはいえ、年相応な面がないなどとどうして云えたものか。マサキはシュウを見上げた。悩まし気な表情を晒している彼は、自身の失われた記憶の内容を識《し》りたいと望みながらも、取り戻したいとまでは望んでいないのかも知れない。
 だから、「わからない」なのだ。
 記憶があった方が幸福なのか。それともないままの方が幸福なのか。彼の境遇を深く知らないマサキには、その答えは見付けてやれそうにはない。だが、現在のシュウが失われてしまっていることに、心の一部が欠けてしまったような寂しさを、マサキ自身が感じているのは事実だ。
 取り戻せないのではないかと思いつつも、取り戻したい。そう思ってしまうのは、だからだ。
「まあ、どちらにせよ、戻る時には呆気なく戻っちまうもんだ。あんまり深く考えるな。もしかすると記憶を取り戻したお前は、それまでの自分の行動や考えを“どうかしてた”と思うかも知れないぞ」
 その言葉を意外と受け止めたのか。マサキを見下ろしているシュウの瞳が、微かに開く。
「あなたはそう思ったのですか、マサキ?」
「俺か。俺はな……」
 続きを口にしようとした矢先、響いてくるクラクションの音。顔をそちらに向ければ、土煙を上げながらバスが走って来るのが見えた。
「この話はまた今度な」
 あまり多くを語りたい話でもない。記憶のなかったマサキが何をしたのか。そして、その記憶を使って何をしているのか。それだけは9歳のシュウに知られてはならないのだ。マサキはバスが来たのを契機に、話を切り上げることにした。
「混んでそうだな」
「座るのは難しそうですね」
 フロントガラスの奥に、まばらに立つ乗客の姿。ややあって停車したバスにシュウとともに乗り込んだマサキは、座れる場所を探して周囲を窺った。けれどもどの席も既に埋まってしまっているようだ。マサキは即座に座るのを諦めて、少しでも楽に立てそうな位置に向かうことにした。
 最後尾の座席の前、進行方向から左手を向いて手摺りに掴まる。がたごとと音を立てながら、畦道のような街道を往くバスに身体が左右に揺すられた。しっかり手摺りに掴まっていなければ倒れてしまいそうだ。
「あんまり乗り心地は良くないな。ラングラン国民はこんな交通事情の中で生活してるのか。足が痛くなりそうだ」
「道が整備されればまた違うのでしょうけど、その辺りは各州の議会の管轄なので……」
「どこの世界も、インフラ整備の状況は一緒ってか」
 故郷では恒例の風景。道路工事ばかりが目立つようになる年の暮れをマサキは思い出した。


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