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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(2)
本日はここまでになります。
まだまだプロローグが終わってませんが、のんびり進めて行こうと思います。

だってほら、この話のテーマは過去と成就ですからね!←


<記憶の底 ReBirth>

「何だって?」
 マサキは目の前のテリウスをまじまじと見詰めた。半目がちな瞳。惚けた顔立ちをしているが、眼差しは真剣そのものだ。
 担がれているのではないか? マサキは浮かんだ疑念を即座に振り払った。そもそもテリウスは、遠く離れた土地からわざわざここまで足を運び、プレシアにマサキを起こさせた上で話をしているのだ。幾らテリウスが人を食った性格をしていようとも、そこまでの手間をかけてまでマサキを担ぎもしまい。
 けれどもその用件が、あの男の世話となると。
 マサキは腕を組んで宙を睨んだ。のっぴきならない事情であるのは間違いない。大体、あの男の傍には世話焼きなふたりの女性が控えているのだ。サフィーネとモニカ。ふたりで充分に足りる用をマサキに頼んでくるからには、それなりの理由がある筈だ。
「……駄目かな?」
「駄目とかいいとかそういう話じゃなくてだな――」マサキはつい大きくなりがちな自らの声を潜めた。「プレシアだっているんだぞ。無理に決まってるだろ、そんなの」
 テリウスに向かって身を屈めて小声で囁けば、大丈夫だよ。彼もまたマサキの方へと身体を乗り出してくる。
「流石にここでなんて云わないよ。君がこっちに来てシュウの世話をする。それなら出来るだろ? 期間は――そうだね……一週間から十日ぐらいでどうだろう?」
 どうだろうも何もマサキには彼らの事情が全くわからないのだ。今のところわかっていることは、あの男が世話が必要な状態にあるらしいということと、その世話がサフィーネとモニカでは足らないらしいということだけである。
 前者はさておき、後者であれば、マサキでなければならないということもないだろう。確かにマサキはあの男と浅からぬ因縁関係にあったが、決して仲間というほど近しい距離にある訳ではない。それに、マサキの知らない所でそれなりの人間関係を構築している彼のことだ。その人脈を駆使すれば、喜んで世話をしてくれる人間のひとりやふたりぐらい簡単に見付かるだろうに。
「一体、どういうことなんだ。サフィーネとモニカはどうした。ただ世話するだけってなら、あいつらで足りるだろ。それが無理でもお前がいるじゃねえか。俺にわざわざ頼むってことは、それなりの理由があるってことだとは思うが、その理由とやらを聞かせてもらえないことには」
 マサキの言葉に、瞬間、テリウスは酷く困った表情をしてみせた。
 どうやら彼は、それをマサキに話してもいいのか迷っているようだ。暫しの沈黙。マサキに顔を向けたまま幾度か目を瞬かせた彼は、ややあって決意を固めた様子で、「わかった。でも事情を話すのはここじゃ駄目だ。先ずは僕に付いて来てくれないか。シュウの様子を見せるよ」

 ※ ※ ※

 北方に調査に赴いた際に流行り病に罹ったのだそうだ。
 それなりに致死率のあるウィルス性の感染症。ワクチンを打たずに現地に入ったのが災いしたようだ。数日と経たずに病の餌食となったシュウは、意識も判然としないまま、十日ほど高熱にうなされ続けることとなった。
 テリウスたちが三人で代わる代わる看病に当たること十一日。ようやく小康状態と呼べるまでに容態を落ち着かせたシュウは、ほっと胸を撫で下ろしたテリウスたちを前に意識を取り戻すと、盛大に眉を顰めてみせたのだという――……。
「よくよく記憶を失うヤツだな」
 テリウスが操縦するガディフォールへの同乗を求められたマサキは、サイバスターを置いてゆくことに不安を感じつつも、送り迎えは僕がするからという彼の言葉を信じてコントロールルームへと乗り込んだ。
「そうだね。でも、今回はそう簡単に済む話じゃなさそうだよ」
「脳がやられちまった可能性があるって。厄介だなか」
「かなりの高熱だったからね。医者もあの状態から良く意識を取り戻したって驚いていたぐらいでさ」
 コンパウンドアイを通じてモニターに映し出される外の景色。似たような平原が続いていることもあって、方向音痴のマサキはとうに自分が何処を進んでいるのかわからなくなっていた。
「シュウに敵対する組織が多いのは知ってるだろ」
「まあ、あれだけ派手に動き回ってりゃな……」
「半分以上は本人が望んでのことじゃないけどね。だけど、だからって買った恨みが消えるもんじゃない。今のシュウの状態を出来れば他の人間に知られたくないっていうのは、そういうこと」
 成程――マサキはテリウスの説明に、彼があの場で口を開きたがらなかった理由を覚った。四六時中命を狙われている彼らにとって、安全な場所は限られている。どうかすると、日常生活よりも戦場の方が安全だと云い切れるぐらいだ。
 大体が人気の多い場所に姿を現わすのに、変化の術を必要とするぐらいに方々に顔が知られてしまっている男であるのだ。人目を忍ぶように生活をしている彼が、記憶を失った結果、自らの身を護る術までも失ってしまっていたとしたら……思った以上に深刻な状況に、マサキの表情は自然と引き締まる。
「それで俺にボディガードを兼ねた世話役を務めろって?」
「そこまでしてくれるって云うなら、僕たちとしては願ったりだけど――」
 眼下に姿を見せた広大な湖。そよ風を受けてさざ波を立てている湖面を滑ったガディフォールが、その中央で動きを止めた。ちょっと待ってて。聞き慣れない咒文が彼の口から流れ出る。
 次の瞬間、まるでモーゼの十戒のように湖面が二つに割れた。湖底に口を広げている格納庫の入り口が見える。尻尾を掴ませることなく動き回っている彼ら一団に、マサキは常々疑問を抱いていたが、それはこうしたカラクリであったらしい。
「そりゃ、お前らを見付けるのが難しい筈だ」
「自力で作ったもんじゃないよ。科学文明時代の遺跡を借りてるんだ。システムはシュウが作り替えたみたいだけどね」
 格納庫の入り口を潜り抜けたガディフォールが、更に奥へと突き進んでゆく。背後で響き渡った轟音は、巨大なハッチが閉ざされた音であるのだろう。にびりびりと機体を震わせながら先に進み、ややあって開けた空間に出たガディフォールは、今度こそ本当に動きを止めるとマサキとテリウスを地面へと転送させた。
「世界大戦に備えて作られた地下指令室だったんだってさ」
「ラ・ギアス世界に眠っているのは只の遺跡だけじゃないってことか……」
「そう。この更に下の地層には、巨人族の文明が眠っているって噂だよ」
 辺りを見渡しながらそうマサキに説明したテリウスが、細い口を開いている通路に向かって足を進めて行く。
 薄暗い格納庫に響くふたつの靴音。マサキは背後を振り返った。ガディフォールの隣にウィーゾル、その更に隣にノルスが並んでいる。
 最奥にて不気味な光を放っているのは、シュウのグランゾンであるようだ。マサキは首を捻った。巨大なユニットを四体収納しても尚余るだけの余裕ある格納庫。これだけの施設の存在が周知とならずにいるのであれば、シュウを守る為に自分が出る必要はないのではないだろうか?
「で、ここでシュウのお守りをしろってか? これだけの施設があるんだったら、特にボディガードが必要な状況にも思えないが」
「彼に記憶を失われたままじゃ困るんだよ」
 凛と言葉を継いだテリウスの、底知れない迫力にマサキは気圧される。シュウの許で自分を磨き続けた青年は、順調に自分に自信を深めて行っているようだ。以前とは比べ物にならないぐらいに落ち着き払った態度。そして、確固たる意志を秘めた眼差し。その視線は真っ直ぐに、通路の奥へと注がれている。
「そりゃそうだが……だからって、俺を呼んでも役に立つことなんてないだろ」
「あるかも知れないし、ないかも知れない」
 カツン……カツン……静まり返った通路に靴音が響く。人がふたり並んで擦れ違えるほどの幅がある金属製の通路は、壁面に何某かのシステムが動いていることを窺わせる光が浮かんでいる。線形に走る光に、幾何学的な模様を描き出している光。それらはそれぞれに色を変えて、不規則に明滅しながらマサキが行く先へと道を示していた。

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