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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底 ReBirth(4)
ということで第四回です。やっと舞台が整いました。

なんか今回とてつもなく難産で、思うように話が展開出来ないのみならず、文章も思ったように書けなくて、「今回、一番回っているのは私なのでは?」という思いが拭えません。ひぃ。


<記憶の底 ReBirth>

 その後に続くサフィーネとモニカの話を纏めるに、意識を取り戻したシュウは、見知らぬ男女三人に囲まれている状況に、強い警戒心を抱いたようだ。
 ――それで、あなたたちは何者なのです。侍従というには品格に欠ける格好をしている方がいるようですが。
 おもむろに口を開いた彼の言葉にサフィーネたちは疑念を抱いた。現在の記憶を失っているのは確かなようだが、全ての記憶を失ってしなってしまった訳でもなさそうだ。本当にわたくしどものことを憶えてらっしゃらないのですか。サフィーネの言葉に、彼はただ眉を顰めてみせただけだった。
 果たしてその記憶はどこまで残されているのだろうか? サフィーネが、モニカが、そしてテリウスが交互にその確認を続ける中で、彼は自身が奇異な状況に置かれていることを受け入れたようだ。筋道を立てて話をしてくれませんか。静かにそう乞うたシュウは、彼らからここに至るまでの経緯を訊くと、鏡を――と、先ずは現在の自身の姿を検めることにしたのだそうだ。
 成長しきった己の特徴ある顔立ちを鏡で見た彼は、特に感慨らしきものを持つことはなかったようで、あっさりと自身がとうに青年と呼ばれる年齢になっていることを受け入れたようだ。こんな風に成長したのですね。そう云って口元を歪めてみせると、自身の記憶が9歳の或る日を境に失われてしまっていることを打ち明けてきたのだという。
 十年以上もの長きに渡る記憶の欠落をすんなりと受け入れてみせる辺り、合理的主義者である彼らしい。特殊な環境に放り込まれても、心を乱すことなく対応してみせる。だが、その後に自身が辿ることとなった人生について彼らから聞かされることとなったシュウは、それらを素直には受け入れ難いものとして認識したようだ。
 特に邪神教団との関りはシュウを懐疑的にさせた。
 彼は珍しくも強い口調で話の根拠となる具体的な品の提示を彼らに迫ると、モニカが差し出した装飾品に少なからぬ衝撃を受けたようだ。
 直系血族だけが持つことを許されるラングラン王家の紋章が刻まれたブレスレット。それは彼の記憶の中では幼い子どもであるモニカが、確かに目の前の女性であることを表していた。ひとりで考えたい。過酷な現実を向き合わなければならなくなったシュウは、北方からこの地へと戻ってくると、そう云っては自宅に篭る日々が続いているのだという。
「そういった状況なら、俺があいつの世話をするのは却って逆効果なんじゃないか。見ず知らずの他人だぞ」
 話を聞き終えたマサキは宙を仰がずにいられなかった。
 彼が現実に拒否感を示すなど思ってもみなかった事態だ。いつでも冷静に、理知的に物事を処理してみせる彼は、自身の過去に於いてもそうした傾向を顕著とした。そもそもそうした過去を事実として受け入れ、したたかに戦いを続けていけるのがマサキの知るシュウ=シラカワという人間なのだ。彼のそういった不撓不屈な精神性に一目置いているマサキとしては、特徴的な性質を失ってしまった彼と向き合うのは流石に心細さが勝る。
「それでも僕たちに頼れるのは君しかいない」
「お願いします、マサキ。わたくしたちは北方で調査の続きをしなければならないのです。それがシュウ様が記憶を失う前に手掛けていたこと。この機会を失えば、次に調査の機会が巡ってくるのはいつになるかわかりません」
「一ヶ月も二ヶ月もって訳じゃないのよ。ボーヤにだってしなければならないことがあるでしょ。私たちが戻ってくるまでの間でいいのよ。それで記憶が戻らないようであるのなら、また他の方法を考えるわ」
 口々に頼み込んでくる彼らに、わかったよ。マサキは視線を戻した。
 押し切られる形となってしまったことに不安は残るが、このままそれは無理だと跳ね除けてしまうのも後味が悪い。何より彼の精神年齢が9歳であることがマサキの背中を強く押した。それなら間違いが起こることはない筈だ。
 問題はどう彼と接していくかだが、こればかりは彼の出方を見ないことには決められそうにない。いずれにせよ、記憶を戻すなどといった大袈裟なことは考えずに、ボディガードのつもりでいればいいだろう。そのぐらいの心構えでいた方が、深刻になり過ぎずに済む。
「だったらシュウの許に案内するよ」
 安堵の表情を浮かべたテリウスは、早速とシュウの許へと案内をするつもりなようだ。部屋の奥にて閉じている扉を開いた彼に続いてその場を去ることにしたマサキは、部屋に残ったままのサフィーネとモニカにちらと視線を送った。
「わたしたちは直ぐに北方に向かいます。なるべく早く戻ってきますので、それまでどうかシュウ様を宜しくお願いしますね」

 ※ ※ ※

 仄暗い通路を往く間、テリウスはぽつりぽつりと言葉を選びながら、マサキにシュウの状態を語って聞かせてきた。
 届けられた食事を口にする以外は、殆ど部屋に篭りきりなこと。偶に部屋から出てくることはあるが、それはテリウスたちとの交流が目的なのではなく、この巨大施設の構造やシステムに強く興味を惹かれてのことであること。部屋の中で何をしているかはわからないが、様々な文献を漁っているらしい様子が窺えること……人は記憶を失った程度では、その中核となる特性までもを失ったりはしないのだろう。幼くともシュウらしさを感じさせる行動の数々に、そうか。と、マサキは頷くに留めた。
「この辺りは施設を運用するスタッフの居住区だったみたいだよ」
 ややあって、複数の扉が並ぶエリアに出たテリウスは、そうマサキに告げると、その中のひとつの扉の前で足を止めた。この部屋だよ。ブザーを鳴らしたテリウスが、返事を待って扉を開く。
 マサキはテリウスの後に続いた。
 キッチンにリビング、そして寝室と三部屋で構成されている居住スペース。ざっと見た限りでは必要な調度品はすべて揃っているようだ。ちょっとしたホテルといった様相を呈している室内で、シュウは読書に励んでいたのだろう。ソファに収まっていた身体が、テリウスを向く。
「そちらがマサキですか」
 既に話を通してあったようだ。短くも鋭い視線をマサキに向けてきたシュウは、「もう結構ですよ、テリウス。どうぞ僕に構わず北方へ向かってください」そうテリウスに告げると、手元の書物へと視線を戻した。
「マサキに使う部屋を教えなければならないんだ」テリウスは自身を拒絶するようなシュウの態度に構わず言葉を続けた。「君からの挨拶はそれだけかい、シュウ。これから暫くの間、君の世話をすることになる相手だけど」
「なら、それが終わってからこちらに来てもうことにしますよ。守って欲しいルールを伝えなければならないですし」
 それに頷いたテリウスとともに部屋を出たマサキは、続けてここに居る間に自分が使うこととなる部屋に向かった。
 シュウの部屋のふたつ隣の部屋は、間取りを同じくしている上に、衣類や食料も含めて、必要なものが全て揃っている状態だった。恐らくこうなることを見越した上で準備を進めていたのだろう。荷物を持たずにここまで来てしまったマサキとしては有難いこと他ない。
「このままで充分生活が出来るな」
「僕たちの我儘を聞いてもらうんだ。このぐらいはね」
「お前たちは直ぐに出るのか? モニカの口振りだとそんな感じだったが」
「うん。だから君をこうして呼んだ訳だしね」
 北方での調査は一刻を争う状態であるようだ。部屋の中を検め終えたマサキに、後のことはシュウに訊くようにと云い残してテリウスが去って行く。ひとり残される形となったマサキは、途惑いを覚えながらも、シュウの言葉に従って彼の部屋を訪ねることとした。


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