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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

闇に抱かれし魂(中)
次回で終わるかわかりませんし、未だマサキが出てこないのかよ!というツッコミもご尤もですが、書かないことにはそこに至れないので……

<用語の説明>
テオーシスとは「人間神化」とも訳されていますが、要は神との一体感を得るということです。


<闇に抱かれし魂>
※ ※ ※

 人間の脳は酸素が行き渡らなければ、次第に機能を失ってゆくものだ。外法たる蘇生術もその法則からは逃れらなかったのだろう。不十分な記憶。流れるように過ぎてゆく日々の僅かな谷間に、シュウは自身の記憶を探った。
 特に死に際の記憶が曖昧だ。
 やるべきことが何かをシュウは十二分に把握してはいたが、だからといって欠けた記憶の全てが不要と断じられるものでもない。シュウ=シラカワ、或いはクリストフ=マクソードという人間を構成する大事な要素。それを欠いたままこの先の人生を生きて行ったとして、果たしてそれは連続する自分というひとつの個のままであるのだろうか?

 ――何か……大切なものを……忘れたままな気がする……

 過去へと思いを馳せた瞬間、膨大な記憶の欠落に行き当たる度、何故か酷くシュウの胸は騒いだものだ。
 王室時代の記憶は比較的|明瞭《はっき》りとしている。幼少期の記憶などは、既に残されている記憶の数を少なくしているからか。欠けた記憶の量は然程でもないように感じられた。叔父アルザール……従兄フェイルロード……双子の姉妹であるセニアにモニカ……庶子テリウス……彼らの名前と顔立ち、そして王室内での立場や自分との関係性も正しく思い出せていたし、母に付けられし忌まわしい胸の傷に纏わる記憶も、その瞬間の光景は思い出せないものの、認識としては確かに存在している。
 むしろ問題は、邪神教団での活動を活発にしてからの記憶だ。断片的な光景ばかりが続く記憶は、連続したひとつの歴史《ヒストリー》となることがない。ラングラン各地を巡るサーヴァ=ヴォルクルス再顕現の旅は、稀にシュウにラングラン正規軍などと顔を合わせさせたものだったが、彼らの反応を窺うに、シュウ=シラカワという人間は悪逆の限りを尽くした反逆者と認識されているようだ。

 ――私は……常に……逃れたがっていた筈だった……

 欠けた記憶のひとつには、サーヴァ=ヴォルクルスとの契約の記憶も含まれていた。
 かつての自分、悪逆の限りを尽くしただろうシュウの脳にかかっていた靄《もや》。サーヴァ=ヴォルクルスという神よりの邪悪なる|贈り物《ギフト》は、シュウ=シラカワというの人間の核《コア》たる精神性を包み隠してしまった。
 表層的な意識と深層的な意識の分断。シュウの自意識は深層意識に隔離され、藻が沈む水底から水面を見上げるような精神世界に棲むことを余儀なくされてしまった。抵抗さえもままならず、サーヴァ=ヴォルクルスの意のままに動いてしまう自らを、精神世界の底から眺めるしかなかったシュウは、けれども自意識を手放すことだけはしなかった。

 ――いつか好機が訪れると信じながら……その機会を待ち続けていた……

 王族であることと邪神教団の司祭であること。二重生活を長く続けたシュウは、サーヴァ=ヴォルクルスをも利用せんと考えていた時期があった。
 元来、シュウは自身の存在に疑問を抱き易い性質ではあったのだ。人は何故生まれ、何処に向かうのか。人が人であるが故に抱かずにいられない根源的な命題にシュウが行き着いたのは、胸の傷が付く前。あらゆる学問を自在に修めるようになった七つの頃だった。
 恵まれた才能の数々に与っているシュウを、緋のカーテンの向こう側に生きる人々は様々に褒めそやした。千年にひとりの逸材……次世代の覇王……けれどもシュウが求めていたものは、王室という籠の中で珍重されて生涯を終えるような生き方ではなかった。

 ――自らの足で大地を踏みしめて立ち、そこに生きる人々とともに世界を構成する……

 極地から現世を見下ろしているような王室という天上の世界は、だからこそシュウをその世界から遠ざけていった。
 きらびやかな世界にはそれだけの贅が尽くされている。衣装にしても、調度品にしても、建造物にしても、祭祀にしてもそうだ。国内から集められた最上級品が一般的な消費物として乱れ飛び、それこそが雅《みやび》であると信じて疑わない。
 品位や品格とは、そのものが持つ絶対的な価値観だ。王宮に生きる人々とその権威に群がる亡者たちは、それを金銭的価値に置き換えてしまった。飽くることなく消費を続ける王が絶対的規範として君臨する世界、王宮。そこで生涯を終えることに、シュウが疑問を抱かずにいられなかったのも無理はない。

 ――私を解放したのは誰だ?

 死を迎える直前の記憶と思しき光景。サーヴァ=ヴォルクルスが齎した終わりのない永劫の地獄の只中で、精神の監獄に閉じ込められていたシュウを救い出した光があった。けれどもそれが何であるのか。そもそもそのテオーシスは、果たして如何なる神との一体化であったのか。シュウにはわからなかった。幻覚、と云われればそうかも知れないと思ってしまうまでに儚い記憶。けれども、シュウはその瞬間に確かに真実なる救済を得たのだ。
 だというのに、そこに至る記憶の全てが抜け落ちてしまっている。
 王室からの解放。サーヴァ=ヴォルクルスからの解放。権威主義からの解放。あの瞬間にシュウが得た自由に限りはない。今、こうしてシュウがサーヴァ=ヴォルクルスと決着を付けるべく活動していられるのも、あの光がシュウを捕らえていた鎖の全てを断ち切ってくれたからだ。

 ――私を支える大事な記憶である筈なのだ。

 だのに思い出せない記憶。シュウは新たなる自由の獲得の為に前進を続けながらも、待ち受ける未来にささやかな絶望を抱かずにいられなかった。

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