そろそろリハビリも終わりに近付いて参りました。
この週末は頑張ろうと思っています。
今回のまとめは、
・未来《あす》への翼
・愛の言葉
の二本でお送りします。
この週末は頑張ろうと思っています。
今回のまとめは、
・未来《あす》への翼
・愛の言葉
の二本でお送りします。
<未来《あす》への翼>
空を飛ぶ夢を見た。
長く閉じ込められていたアーチ状の籠の扉を開いて、遮るもののない世界へと飛び出し、唯一の光にむけてひたすらに翼をはためかせた。視界には一面の青。雲一つない空を見上げながら、どこまでもどこまでも太陽を追いかけ続けた。
やがて次第に背中に痛みを感じるようになった。深みを増してゆく空の青さに宇宙が近いのだと感じながら、目の前に迫り来る太陽目指して、それでも翼で空気を掻いた。目的の地に辿り着いて何をするつもりだったかは、もう思い出せなくなってしまっていた。
瞬間、一陣の風が舞った。いつしか羽根の大半が抜け落ちていた翼が、ぽきりと音を立てて根元から折れた。見る間に滑降してゆく身体。ふと下界を見下ろしてみれば、凄まじいスピードで迫り来る大地がある。飛ばなくては。そうは思うものの、折れた翼は最早ぴくりとも動くことはなかった。
――ここで、死ぬのだ。
それならば確りとその瞬間の景色を目に焼き付けておこうと、世界を見渡した。空の果てに|聳《そび》える山々。地平の果てに広がる海原。大地を隆々と埋め尽くす木々。その合間に点々と湖が水を湛えている。凪ぐ風に波打つ平原のなんと滑らかなさま。そのどれもが自分が愛した世界、籠の中から見ていた自由なる世界だった。
自分は籠の中で大人しく世界を見守り続けるべきだったのだろうか? 今更に後悔を感じながらも、時間は巻き戻らない。最後に眩く世界を照らし出す光に顔を向けて、手を伸ばしてみた。その手が届くことはないのだとわかっていながら――……。
そこで目が覚めた。
しっとりと濡れている肌。額に髪が貼り付いている。シュウはベッドの上、上半身を起こした。決して心地良い眠りではなかったようだ。今しがた見終えたばかりの夢の内容を反芻しながら、夢見の悪い――そう呟きつつ、薄く明りを通しているカーテンの向こう側に影を落としている木々に目を遣った。
さわさわと吹き付ける風に撫でられては、緩やかに枝を揺らしている。
そうして、暫く。ゆったりと過ぎてゆく時間に身を任せた。まるで|未来《あす》をも知れない生活を送っている自分の現状を表しているかのような夢だった……ひととき羽根を休めては、西へ東へ。流されるように戦場へと足を踏み入れてゆく。目指しているものは明確でありながら、何を成したいのかが見付からない。シュウは目先の問題に飛び付いては、それを処理してゆくだけの自らの人生に、疑問を持つようになってしまっていた。
世界の幸福=個人の幸福になるとは限らない。咎人たるシュウにとって、残りの人生は限りなく続く贖罪の旅なのだ。他人が満ち足りた人生を送ることを幸福と称するのであれば、シュウにとっての幸福とは赦されることであるのだろう。決して自ら望んではならない願いではあったものの、湧き上がる感情を抑えきれる筈もない。それは確かな欲として、常にシュウの心の片隅に巣食っている。
誰に、ではなく、世界に赦されたい。この豊かなる世界に牙を剥いてしまった己の弱さを。
それはもっと強靭な精神をシュウが有していれば、避けられたやも知れない事態だった。サーヴァ=ヴォルクルス。憑依を繰り返す精神体は、その強大な力で|以《もっ》て、シュウを自らの|傀儡《くぐつ》に仕立て上げだ。より原始的で混沌とした世界、無たる世界を創り上げようと……。
シュウは深く息を吐き出した。戦い続ければ、己が目的とする復権は果たされるのだろうか? それとも咎人は咎人として、歴史にその名を刻むことになるのだろうか? 幾度となく繰り返してきた問いを、今また答える者のない自らの胸の内に投げかける。
そこに、ううんと呻くような声が響いた。シュウははっとなって、隣に眠っている人物に目を落とした。すっかり思考の外に追いやってしまっていた|同衾《どうきん》者。いつも気紛れにシュウの許を訪れては、気が済むまで家に滞在してゆく彼は、眩しそうに目を細めながらシュウの方を向いて、「今、何時だ……」と、気だるげにも尋ねてくる。
さらさらと額に落ちてゆく前髪を掻き上げてやりながら、もうじき昼になると告げると、明け方近くまでシュウに付き合わされ続けていた彼は億劫そうに身体に起こして、飯の支度をしなきゃな、と呟くと、ベッドから抜け出そうとする。その腕をシュウは、咄嗟に掴んでいた。
「何だよ。もう、付き合わねえぞ」
愚痴めいた言葉には答えず、黙ってその身体を抱き寄せる。あなたがいて良かった。太陽と草と風の香りがする神に顔を埋めてそう呟くと、そうっと。様子がおかしいと感じたのだろう。シュウを案じるように背中に腕が回された。
「夢を見たのですよ。空から落ちてゆく夢を」
「その程度の夢を怖がる年齢でもないだろ」
「自由を得られると思って、開いた籠の中から、空へと羽ばたいて行ったのですよ。けれども、それは束の間の解放でしかなかった」
返事はない。
言葉を探しあぐねている彼の身体をいっそう強く掻き抱いて、シュウはその耳元で囁きかけた。あなたは私を赦してくれますか、マサキ。たったひとことの救済の言葉を求めるシュウに、けれども彼はその愚かさをあざ笑うかのように、こう言葉を吐くのだ。
「赦す、赦さないの問題じゃねえだろ。やっちまったことは取り返せねえ。時間は巻き戻せないんだ。それともお前は、俺に赦して欲しいのか」
「そうですよ。私は誰かに赦して欲しい。私の罪を、もういいと」
シュウの返答に、彼は虚を突かれたようだった。ぴくりと身体を硬くすると、次の瞬間には長く息を衝く。そうして訪れた沈黙。それをシュウは自らが求めるものを拒否する意思と受け止めた。
彼は安易に嘘を吐けない性分だ。それでもシュウの胸中を慮ったに違いない。さりとて喪われた命の数々を無かったことには出来ない。だからこその、沈黙。答えを曖昧に濁して遣り過ごそうとしている……シュウは途方に暮れたような表情をしている彼の顔を、自分に向けて仰がせた。嘘ですよ。きっと今の自分は寂し気な表情で笑っているに違いない。そう思いながら、全てを無かったことにする言葉を吐く。
そうじゃねえよ。彼は怒ったような、拗ねたような調子でそう吐き出した。
「自分を赦せるのは、自分だけだ」
そんなことはわかっている。けれども犯した罪の重さが、時にシュウを酷く悩ませるのだ。決して自身が引き起こしたいと願った事態ではない。だからこそ、裁かれることから逃げた。逃げて、逃げて、償いを求めるように戦場を駆け抜けて、彼らに自らの罪を贖わせるかのように武力で挑み、けれども残ったものは己の罪状だけ。
如何にすれば、シュウは自らが望む救済を得られたものかわからない。
「俺にはお前が何処に行き着くのか、見届けることしか出来ない。答えを出すのだとしたら、その後だ。近い未来に区切りを作っちまって、それにお前が甘んじてしまうようなことがあったら……俺は誰に何を詫びればいいのかわからなくなっちまう」
わかっていますよ。シュウは彼の言葉に頷いた。世界の守護神たれと生み出された魔装機神の操者である彼に、どうして容易くその言葉が吐けたものだろう。彼はシュウを赦したくとも赦せない立場に在る。
けれども、と、シュウは胸の内で言葉を継ぐ。
終わりのない戦い。今日も、明日も、明後日も。その、先の知れない生活が、着地点を見出せないシュウにとっては、無限に続くように思えて仕方がないのだ。何処かに区切りを求めなければ、折れてしまいそうになるまでに。
倦んでいる。そう、シュウは繰り返されるだけとなった不穏な日々に、嫌気が差してしまっている――……
挫けるつもりもなければ、諦めてしまうつもりもない。シュウが生きていくと決めた場所は、ささやかな幸福の獲得を目指して生き抜く市井の人々の、生命の息吹か息衝いている世界だ。平凡ながらも広く、限りもなく、未知なる可能性に満ちた輝ける世界。たったひとりの白河愁として生きていける世界で、思うがままに与えられた生命を謳歌してゆく為にも、シュウは自らを陥れた者たちを許す訳にはいかなかった。そう、彼らにこそ自身に被された罪を償わせるに相応しい……
そうでなければシュウは報われない。人生の大半を、ヴォルクルスの支配下に置かれて生きるしかなかったシュウは、奪われたものを再び獲得する為に足掻いている。
それを彼に悟られたくない。
愚かなまでに浅ましい欲。過ぎてしまった時間は取り戻せないのだ。当たり前の、けれども不変の|理《ことわり》。だからこそ、シュウは赦しを求め続ける。彼にこうして支えられるようにして生きながら。
そうしていつの日にか、宙に拳を突き上げて、こう快哉を上げるのだ。
私は自身の運命に打ち勝った――と。
その日が明日になるのか、それとも死後のことになるのか、シュウには予見出来ない。先のことを見通す瞳など、神でないこの身には獲得し得ないものだ。シュウは、マサキ、とその名を呼んだ。そうして彼の身体を今一度、縋るように強く抱き締めながら、シュウはこう言葉を紡いだ。
「赦さなくていい。ですからどうか、その最期の瞬間まで私から目を離さないで」
大丈夫だ。彼の言葉が力強く、肌を伝わってくる。本当に? シュウは声に出せない言葉の数々を胸の内に押し込んだ。戦いの場で生きることしか出来ない彼と自分。先に戦場の露と消えるのはどちらになることか。
その答えを、シュウは。
本当は知っていた。
(了)
(了)
@kyoさんには「空を飛ぶ夢を見た」で始まり、「本当は知っていた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば2ツイート(280字)以内でお願いします。
https://shindanmaker.com/801664
<愛の言葉>
<愛の言葉>
他愛ない会話を繰り返す関係となった。
それは探り合うように近況を尋ね合ったり、些細な愚痴を吐き出し合ったり、過去の出来事を振り返り合ったり、逆に未来について問い合ったりの、本当にささやかなものだったけれども、それを切っ掛けとして続く話は、果てしない広がりに満ちていた。
繰り広げられる言葉の応酬。限りなく連なっていく会話の数々。共に命を削り合い、共に死線を潜り抜けた仲だからこその絶妙な距離感がそこにはあった。だからこそ、そこから生み出される得も云われぬ空気感を、シュウは心地良いものと捉えていた。しかしそう感じながらもシュウは、同時に物足りなさや一抹の寂しさを感じてしまうことがあった。
もっと近く、もっと側に。
浅ましい望みだと頭では理解していた。赤の他人から敵同士へと、そして時に共闘する間柄となり、今となっては普通に会話を重ねる仲となった。これ以上など望むべくもない。それでも欲しくて堪らなくなる瞬間がある。
激しく生命を燃やしては、終わりなど存在しないのだとばかりに、全身全霊で今を生き抜いてゆく魂。彼はどれだけ世の理や社会の不条理を知っても、初心を忘るることがない。だからこそ、それはどうしようもなく純粋で、どうしようもなく眩いものとしてシュウの目に映った。
手に入れたい。まるで子どもが目新しい玩具を目にした時の衝動のように、瞬間的にそう|希《ねが》ってしまう存在。断続的な衝動は、いつしか連続的な執着心と化した。マサキ=アンドー、或いは安藤正樹。彼は決して高潔な精神の持ち主ではなかった。どちらかと云えば、世俗から一歩退いた場所で世界を眺めているような斜に構えた言動が目立ったものだったし、他人の力を当てにしない一匹狼的な気質が顔を覗かせることもままあった。けれども、すべき時にすべきことをこなすことにかけては一流の戦士であった。
時に的確に世の中の真理を突いてみせる彼は、信念の人間でもある。魔装機神の操者としての誇りと矜持を失うことなく、一度こうと決めたことは、どういった障害に阻まれようとも必ず成し遂げてみせる……万難を排してからことに臨もうとするシュウとは対極に位置する彼。シュウは当初、だからこそ彼の鼻に付くまでに幼い思想に反発を覚えたものだったし、だからこそ彼の障害たることでその鼻をへし折ってやりたいと思ったものだった。
けれども時は過ぎ、月日は巡る。
それはシュウが歳を重ねたからだけではなかった。挫折を覚えようとも前に進み続けるマサキの姿は、シュウに一種の感銘を与えた。心を揺り動かす回顧の念。失ったと思っていた心の炎が、彼と触れる度に蘇ってゆく。シュウはマサキに対する評価を変えた。揺るぎない信念で自らの心を蘇らせた少年を、シュウは積極的且つ好意的に評価するようになった。
いつしか彼を頼りにすることも増えたシュウは、けれどもそうやって彼を評価する度に、胸を疼かせることが増えて行った。
ふとした瞬間に、彼ならどうするだろうと考えずにいられない。その自らの有り様をシュウは様々に名付けようとした。劣等感だろうか? それとも傾倒だろうか? それとも依存だろうか? それとも……自問自答を繰り返した後にはたと至った答えは、シンプルながらも希望と絶望に彩られた感情――好意を逸脱した占有欲だった。
よもや自らが今更子供じみた感情の虜になろうとは。シュウはそう思いながらも、自らの心から他人に対する情熱が失われていなかったことに、甘やかな高揚感を覚えずにいられなかった。とうに無くしてしまったと思っていた他人に対する執着心。失いたくなかったものを失ってしまった日から、シュウは他人に期待することを止めてしまっていた。
来る者は拒まず、去る者は追わず。そういった生き方で良かった。また、そうだからこそシュウは生きていけた。
過剰に密接した距離感をシュウは厭った。他人は自分の思い通りにはならない。当たり前のことが、けれども酷く堪えることがあった。シュウが心を寄せれば寄せただけ、相手はシュウの気持ちなどお構いなしに、先んじて潰えていってしまう……それは彼らがシュウの感情では、現世に繋ぎ留められない存在であることを意味していた。
シュウは当たり前のことを当たり前と納得出来る人間だ。人の心は十人十色。何を優先し、何を置き捨てるのかはその人間の価値観でしかない。それをシュウは、わかり過ぎるほどにわかっていた。だからこその悲劇。シュウは他人に期待することを止めた。信ずるべきは己自身のみ。そうすることでしか自らの心を守れなかったシュウは、そうした自らの臆病さに気付くことがないままに、自己の中で世界を完結させてゆくようになっていった。
元々厭世的な面のあるシュウにとって、世界とは積極的に係わるものではなかった。ただ過ぎゆくがままに過ごし、ただ過ぎゆくがままに生きる。けれども脅かされる平穏を、シュウは盾で防ぐのではなく、矢でもって打ち払うことを選んだ。
似ているようで似ていない在り方に、共鳴しなかったと云えば嘘になる。恋は盲目とも云ったものだったし、|痘痕《あばた》も|靨《えくぼ》とも云ったものだ。きっと己の目は彼が放つ光によって曇らされているのだ。シュウは幾度もそう自らの疚しさを払拭しようとしたが、それで自らの感情に蓋をしてしまえれば、この世に蔓延る人類の全てから悩みは消え去っていたに違いない。
「そうは云っても、私はあなたを好ましく感じていますよ」
自らの心のままに吐いてしまった言葉は、そういったシュウの悩ましさの発露でもあった。
何度目の邂逅。どういった話の経路を辿ってのことだったかはもう思い出せない。そのぐらいに会話を重ねた後に、マサキがふと口にした魔装機周りの女性陣への愚痴が切っ掛けだった。女ってのは何でああかね――。続いた言葉は彼がようやく他人の感情に機微を発揮するようになったのだと感じさせるに充分だった。
――好きだの嫌いだの愛だの恋だの、そういった話にばっか飛び付きやがる。
きっとそうした話に自分が入っていけないからこそ拗ねているのだ。マサキ=アンドーという人間は、激高し易い性格の割には情熱に欠けるきらいがある。例えば戦闘時であってもそうだ。感情を高揚させているように見えて、周囲の動きに目を配ることを欠かさない。指揮官としても一流であるマサキは、やはりはどこか冷めた目で世界を捉えているのだ。そうした性質もあってだろうか。他人の感情に愚鈍なマサキは、リューネがどれだけ直接的な言葉を吐こうとも、一向に本気と受け止める気配がない。
軽くいなしてはなかったことにしてしまう……彼に好ましい感情を抱いている女性としては堪ったものではない。けれどもそこは流石はビアン=ゾルダークの娘である。挫けることのないリューネの不毛なマサキへのアタックは、今も続いていると聞く。
「お前……また、そうやって他人の誤解を受けそうなことを……」
シュウはマサキに期待してしまっていた。そういった性格の彼であるからこそ、自分が本心を打ち明けたとしても、鈍感にも軽く流してくれるに違いないと。だのに彼はいつもそうだ。何故かシュウの言葉には過敏に反応してみせる。
魔装機の女性陣に揶揄われ過ぎているからにせよ、あまりにも意識が強い。そんなに自分を毛嫌いせずともいいものを……シュウはマサキに好かれているとは思っていない。人付き合いに消極的なマサキにとって、他人と過ごす時間は負担になっていることだろう。無理をさせてしまっているという負い目がシュウにはあった。だからこそ、思わず吐いて出てしまった溜息。それを悟られないように言葉を被せていく。
「誤解をしたい人間にはさせておけばいいでしょうに。それともあなたは私に嫌われていたいとでも?」
「そういうことは云ってねえよ」
困惑したような表情。自分の感情をどう言葉にすればわからずにいる。気持ちを言葉にすることが上手くないマサキは、ほんの少しでもシュウが理屈めいたことを口にしただけで、言葉に詰まってしまう。それは彼が直感を優先する感覚的な人間であるからなのだろう。
しかし曖昧な返答もあったものだ。まるでシュウの気持ちはどちらでもいいとでも感じているような受け答えをするマサキに、心に亀裂が走った。好意のあるなしに頓着しないのが実に彼らしいとはいえ、こうしてふたりきりで会話を重ねるようになって随分経つ。
少しはそういった話題から離れて、自身の感情を口にしてくれてもいいものを。
けれどもシュウは、そうした自身の感情の揺れを、例えマサキが相手であろうとも悟られたくない人間であるのだ。
「なら、このぐらいはいいでしょう。そもそも、あなたを好ましく感じていなければ、こうして話をしたりもしませんよ。わかっていたことを口にしたところで、何か問題があるとは思えませんがね」
「それはそうなんだけどよ……」
無理に言葉を重ねても、欲しいリアクションが得られるとは限らない。ましてや鈍感が服を着ているようなマサキが相手であるのだ。それでも微かな期待をしてしまっていたからこそ、シュウはマサキのあやふやな返答に口を閉ざした。
心の亀裂が疼く。
わからせたい。そうして彼が自分の好意を知って、どう感じるのかを知りたい。
湧き上がる欲望をシュウは抑えきれなかった。途方に暮れた様子のマサキの瞳は、やけに薄らぼんやりと世界を捉えているように映る。目の前の景色を眺めているようで、眺めていないような……今なら聞き逃してもらえるやも知れない。シュウはそうっと言葉を風に乗せた。好きですよ。その瞬間、マサキははっと目を見開くと、弾かれるようにシュウの顔を仰ぎ見た。
「この話の流れで、そういうことを云うんじゃねえよ。冗談なんだか本気なんだかわかりゃしねえ」
シュウは|微笑《わら》った。
マサキにとってシュウ=シラカワという人間は、不謹慎にも常に人を煙に巻く存在として映っているらしい。
決してわかり難く言葉を吐いているつもりのないシュウからすれば、どうしてそういった受け止め方になるのか、不思議で仕方がなかったものだったが、よもやこれだけストレートに吐いた言葉すらもまともに受け止められないとは。
悲劇なのか喜劇なのか。シュウには今自身が置かれている状況が、他人の目にどう映ったものか悩む。けれども、自身にとってそれは悲劇と表現するに足る出来事であった。
思い切って口にした言葉さえも、マサキには通じることがない。人間性の欠落――感情表現の豊かな彼は、けれども好意を告げられたその瞬間に、全ての感情を切り離してしまうのだろう。でなければどうして、ここまで鈍感でいられたものか!
「本気で云っているのですがね」
風の吹き抜ける胸。物悲しさに打ちひしがれながら、滑稽だ。シュウは自らを|嘲笑《あざわら》わずにいられなかった。
自身より年若い、まだ少年と呼んでも差し支えない年頃の青年。そんなマサキの言葉や態度ひとつに振り回されずにいられない。シュウは瞼を伏せた。空っぽの心は、けれども涙に変わることはない。
――こんな感情、知りたくなかった。
だからこそシュウはそう言葉を吐いた。
決してマサキに届くことのない愛の言葉を。そうして再会の約束を口にすることなく、マサキに背中を向けると、人が溢れる世界へと自身の姿を紛れ込ませて行った。
(了)
(了)
『I love you』をシュウ風に訳すと「こんな感情知りたくなかった」になりました。
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