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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

小人さんの大冒険(前)
どこに置けばいいか悩んだので、没ネタに放り込むことにします。
個人的にはSFチックで好きなネタです。笑


昔のサイトのびびえすに投下したこの絵から生まれたお話でした。
では、本文へどうぞ!

<小人さんの大冒険>

(1)小人さんは頑張りやさん

「仕事を下さい、です」
 その声に、長く主が不在の家にて、惰眠を貪っていたチカは目を開いた。
 |興味の範疇《実験と研究》以外にはとんとずぼらになる主人が相手では、滅多に身を休められない床の上。気を抜けばすぐに埃だらけになる毛足の長い絨毯が綺麗な時に、その柔らかな感触に包まれて眠るのがチカのささやかな贅沢だった。
 見慣れた景色が続く殺風景な梁の上で眠るより、稀にだからこそ心地いい。しかも窓から差し込むうららかな陽射しを、直接浴びることができる。柔らかく降り注ぐその光は、チカに眠りに最適な温もりを与えてくれる。それは至福の時。まどろみが延々と続く安らかな時間……。
 その安穏としたひとときを唐突に遮ったのがその声だった。
「仕事を下さいです」
 聞き覚えのあるようなないような声は、やけに肩肘張ったような堅苦しさを感じさせる調子で、チカの傍近くから聴こえてきたのだ。
「あー……えーと……」
 そしてその声の主は、紛れもなくチカの目の前に今「いる」わけで。
「なんですかこの、小さいご主人さまみたいな生物は」
 そ《・》れ《・》は、小型鳥類であるローシェンを模したチカよりも、半分以上は小さかった。わかりやすく例えるのであれば、背中に乗せて空を飛べるぐらいには小さかった。
 しかしそれだけだったなら、チカは困惑しなかっただろう。日頃、王立軍相手に単機で戦闘を挑む自分の主人や主人の連れ合いたちを、口先三寸でからかってみせる強心臓の持ち主だ。今更小人の出現程度で驚きはしない。練金学が発達した地底世界ラ・ギアスでは、どんな事象でも起こり得るものなのだ。
 チカを困惑させたのは、その顔立ちだった。
 吊り上がった目はまんまると顔半分を占める大きさなれど、またその頭身が頭1、体2であろうとも、赤い上下と揃いのとんがり帽子を頭に被っていようとも、ふんわりとカーブを描いた髪や小生意気そうな面構えは、チカの主人たるシュウによく――似ている。
 尻尾程度の大きさだろうか。ミニチュア版シュウ、と言うには仕草だの言葉遣いだのが丁寧過ぎるものの、そうとしか呼びようのない見目をした物体は、ちょこちょこと近付いてくると、チカの嘴を両手で挟むようにして顔を寄せ、
「仕事を下さい、です!」もう一度、力強く言った。
「何か面妖な実験でもして、それをそのまま放置したのでしょうかねぇ? あたくしのご主人様も奇特な方ですし、大体今までの実験とやらもまともなものより珍妙なものが多かったわけで」
「仕事を下さ」
「というかあたくしを置いてどこぞへ行かれるぐらいなら、こういうのはきちんと管理して頂かないと! って、あたくしのご主人さま本当にどちらに行かれてしまったのでしょう? かれこれ十日はこちらを空けていらっしゃるのですよねえ。先日、サフィーネさんが掃除をしに来られなかったら、ここも蜘蛛の巣だらけになるところでしたよ。全く、他のねぐらに行かれたのでしたら、でしたで連絡ぐらいお寄越しになられてもよろしいものを」
「仕事を」
「お体がご無事なのはわかりますけどね、それ以外のことは、使い魔たるあたくしにはわかりようがないのですから。そもそもあたくしを置いてグランゾンの操縦とか本当にもう使い魔の存在意義ってなんなのでしょう。ありえないでしょう! こんなの!」
 ひとしきり自分の存在意義について愚痴を口にするチカは、目の前の物体の存在を忘れ去ってしまったか。これが口煩い|使い魔《ローシェン》の日常だと知る由もない小人は、その態度が面白くなかったのだろう。彼はやおら、その頭によじ登り羽根を掻き分け、その耳に直接口を押し付けると、
「仕事を下さい、ですううううううううっ!」
「あひゃっはひゃっひゃっひゃっひゃあああああっ!?」
 ものの見事に、チカは引っくり返った。

「えーと」
 そしてチカがどうにか意識を取り戻すと、目の前には「まだ」小人がいた。どうやらこの物体は、律儀にもチカの目覚めを待っていたらしい。
 背筋を伸ばして正座をしている小人の姿に、――あーでもご主人様はこんなに行儀良くありませんですよねえ、などとチカは思いつつ、その処遇を考えあぐね、
「仕事と申しましても、ここにはあたくししかおりませんで、お願いするようなものは特にな……いと申しますかね」
 説得を試みてみるのだが、言った途端、それはしおらしいまでに失望の色を露わにするものだから、僅かばかりの良心が痛まなくもなく。見た目が主人《シュウ》に似ているのが、使い魔の習性たる服従心をくすぐるのだろう。何故か邪険に扱えない自らの性に困惑しつつ、チカは宙を仰いで妙案を求めてみるものの、浮かんでくるのは箸にも棒にも引っ掛からないような考えばかり。
「こんな話ありましたっけね。グリム童話でしたっけ、あれ。夜中に小人さんが、こっそり仕事を片付けてくれるっていう話。でもあれ、こんな風に家主の元にまでは押しかけてきませんよね、確か」
 |子供に読み聞かせる類の本《絵本》に載っていた物語では、複数の小人が終わらなかった仕事を夜中のうちに片付けていた筈だ。それも当事者には知れぬよう、こっそりと。いや最初は一人の小人だっただろうか? それが徐々に数を増やしていったのだとしたら、これは大事である。ここでチカが迂闊に仕事を頼もうものなら、明日には二人になって現れるかも知れない。三日目には三人、四日目には四人、一年が経てばなんと三百六十五人の小人が、このこじんまりとした家にひしめき合う事態になる。
「そんな馬鹿な」
 ないない――。チカは自分の妄想を打ち消した。いくら自分の主人が非常識に輪をかけた性格だったとしても、そこまで常軌を逸したものを、ひとつならず複数も創造したりはしないだろう。そもそもこんな厄介な生物が間違って野に放たれでもしたら、一目で誰の仕業か知れてしまう。何せこの生物はシュウのものと思しき顔を持っているのだ。
 もし、間違って創造したのだとしたら、自分の作業を手伝わせるのに呪術か何かで創り出したに違いない。違いないのだ。違いないったらない。いや、違いないと――思いたいだけなのだが。
 ただ……別の何かを創ろうとしていて、そのはずみで出来てしまう可能性までは否定出来ない。何せシュウには、過去にも幾度かそうして理解不能なモノを創り出した実績がある。
「その"まさか"だったらどうしましょうかね」
 途方に暮れたチカの向かいで小人が顔を上げる。上げるなり、彼は言った。「仕事、ないですか?」
「まだ諦めてなかったんですか!」
「仕事しないと帰れない、です」
 口を開けば仕事、仕事と、判で押したような言葉を繰り返す小人に、「ないものはないんですよ」溜息交じりに言いかけて、チカはそれに気付く。
「待って下さい。何故、仕事をしないと帰れないんです?」
 これは重要な情報だ。
 チカの脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、召喚魔法を用いてこの小人を呼び出し、「仕事をしないと帰れない」という契約を結んだという推測だ。しかしその場合、使役者であるところのシュウの不在が不可解になる。十日も不在にしていた主人が、隠れてこの家に戻って来れるものなのだろうか。と考えてみたところで、四部屋もないこのこじんまりとしたあばら屋で、居間に居座るチカに気付かれずに小人を召喚した上で、またも姿を隠すことに何の意味があるのだろう。ましてや、以前に召喚したものの、させる仕事がなくなったが為に放置するなど――。チカは首を捻《ひね》る。シュウ本人だったらこう切り捨てるだろう。愚かしいにも限度がある、と。
 これが実験の合間に偶然に出来た産物であったなら、「面白そうだから」という理由で手元に残すこともあるだろう。あるだろう、どころか大いに在り得る。シュウは時折、その合理主義的な性格からは想像も付かない寛容さを見せるのだ。
 その場合、「仕事をしないと帰れない」というこの小人の言葉の意味は、ない。ないったらない。そういう風に創られてしまったのだろうから、考えるだけ無駄である。
 かといって――結局ここに話は戻ってきてしまうのだが――、ではこの小人の存在が召喚魔法によるものだとして、絶えず使用出来るものを、しかもこの程度の生物の召喚ならば手間もさしたるものではないものを、シュウが戻しもせずあえて放置する理由は何だろう? そもそもそういった理由は存在し得るのだろうか?
 ――ない、と言い切れないのが嫌なんですよ、うちのご主人さまは。
 時に発露する気紛れな行動の数々を思い返して、チカは暗澹たる気分になる。
 ――気紛れだけならいいんですけどねぇ。何かの利用方法を思いついたりしちゃったりしてたら、あたくし迂闊に手を出せないじゃないですか。後が怖いったらありゃしない。
 そうしてジレンマに陥ったチカは、目の前の物体の答えを耳にした。

「仕事しないと、お金が貰えないです」

「お金えええええええええっ!? お金取るんですか! いやそりゃ仕事ですからね、お金が欲しいのはわかりますけれども、人の昼寝を邪魔してまで仕事を寄越せって、どんな親切に見せかけた商売ですかっ!? こんな押し売りあたくし生まれて初めて見ましたよ!」
「お金は大事です!」ぐっ、と膝の上に載せた手を握り締めて、それは力強く言う。
「その意見には大いに賛同しますけどね! あたくしに仕事を求めたところでお金貰えると思いますっ!? どう見ても鳥ですよ、鳥! 鳥類! 右から見ても左から見ても前から後ろから見てもあたくし立派なローシェンでしょう!?」
「持ってないですか? お金」それは困惑の表情で目を瞬かせる小人に、
「いや持ってるとか持ってないとかの問題ではなくもういいです。実はあたくしの知らない世界の通貨だったりしたら話がややこしくなる一方ですし」
「1クレジットでリンゴが一個買えますです!」
「共通通貨じゃないですか!」
 どうやら小人の言うお金とは、チカが認識しているこの世界の金銭と同じものであるらしい。小人世界の専用通貨でなかったのは幸いだが、貰ったところでこの大きさである。通貨より僅かばかり大きい身の丈で、まともに買い物ができるとは思えない――のだが、
「お金を貰ってどうするんですか?」
「乗り物に乗りますです!」
「……えー?」
 チカは激しく首を捩《よじ》らせる。言っている意味はわかるのだが、この身の丈で乗れる乗り物は、チカの知っている範囲では無かった筈で。
「乗り物ってあれですか? ここらだと乗り合い馬車とか、都市部だとエアバスとか」
「そうです」
「小人専用なんてあったかしら?」
「小人専用なんてあるですか?」
「ないですよねー?」耳聡い小人である。
 しかしこうなると、この小人が乗ろうとしているのは、人間が日常使用している乗り物に他ならない訳で、その事実はチカを大いに困惑させた。
「お金払わなくても気付かれないと思うんですけどねぇ」
「そんなことはしてはいけないのです!」
「うわあご主人さまに爪の垢を煎じて飲ませたいこの発言!」
 似ていないのは言葉遣いだけではないらしい。
 シュウは何かれに付け理屈を捏ね回し、常識に平手打ちを喰らわせる勢いでそれを破ってみせる。この小人と同じ立場に置かれようものなら、彼は躊躇わずに無賃乗車をするだろう。そもそも子供料金なたぬ小人料金を設定している乗合馬車や、エアバスなど聞いたことはない。金銭を持つのですら難しい、小人化してしまった以上、最早料金など無駄に等しい――そう考えそうだ。
「まあヴォルちゃんの所為もありますですけど、良心があってもなくても変わらない気がするのは気の所為じゃあないと思いますですよ。元からご主人さまには倫理観ってものが欠如してたんじゃあないでしょうかねぇ。自分を正当化するのには長けているというか、性根が小狡いっていうか、こすっからいっていうか、なんであんな小悪党に育っちゃったんでしょう?」
 自分のことは棚に上げてチカはごちる。
 小金に対するがめつさではチカの方が遥かに勝っているのであるが、それが無意識の具現化たる使い魔故の奔放さであるのか――チカはそれをシュウに問い質してみる勇気を持ち得ない。練金術で生み出された生命にも、己の存在を惜しむ気持ちはあるものだ。
「何の話ですか?」小人はそれを、きょとんとした様子で見上げている。
「いえいえあたくしの独り言ですよ。で、乗り物に乗ってどちらに」
「乗って王都に行くです」
「王都、ですか。恩返しにでも行くおつもりで?」
 王都――チカは城下の繁栄ぶりを思い浮かべて、これはいよいよ件の物語の靴屋の小人かと身構える。よもや王都に一旗揚げにいくという一寸法師並みの巫山戯た話ではないだろう。夢物語にも限度がある。
 しかしこの小人は、どこまでもチカの想像の斜め上をゆくのだ。

「マサキのところに帰る、です!」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!? じゃあ何!? これってご主人様の仕業じゃなくてマサキさんの仕業ッ!?」
 びっくり仰天のチカの傍らで、当社比二倍の声量に耳を塞ぐ小人の姿が――ぽつねんと。


(2)小人さんの災難(もしくはマサキ――或いはシュウの受難)

「知る訳ねぇだろ、そんな物体」
 マサキは今まさに世界が滅亡するのを目の当たりにしたような、絶望的な表情で吐き捨てた。
「ですよねー?」
 その凶悪無比な表情たるや、ヴォルクルスに憑依されたシュウに負けず劣らずの迫力で、チカは窓辺にいるのも忘れあとじさってしまい、窓枠から足を滑らせかけた。「あたったったった!」辛うじて翼でバランスを取り、どうにか元の場所に戻りはしたが――さて、何を話したものかと思案するも、言葉は続かない。
 ――マサキのところに帰る、です!
 ――えええええええええええええええええっ!?
 衝撃的な告白に超級怒涛の勢いで驚愕したチカだったが、考えてみればこれ以上の厄介払いもない。面倒から解放されるとなれば勢い増し、チカは早速、小人を背中に乗せて王都へと羽ばたいた。
 羽ばたいたのだが。
 道中、思いがけない突風に煽られ、バランスを取るのも難しい気流に流されるまま右に左にスラローム。どうにかこうにか風の流れに乗って飛行体勢を立て直したものの、その時には背中に小人の姿はなく。すわ一大事とチカは辺り一帯の捜索に乗り出したが、大きさが大きさだからか、それとも風に飛ばされてどこぞ遥かに不時着でもしてしまったか、影も形もないどころか、手掛かりになりそうな布切れ一枚さえも発見できぬまま。
 普段ならば厄介事からの解放に、そのまま踵を返すところだが、
 ――あの顔である。
 放置していい物体では――ないだろう。
 かくて事情だけでも把握しようと、チカはこうしてマサキの元を訪れたのだが、結果はご覧の通り。けんもほろろの扱いに対応しようにも、そもそもの宛てが外れてしまっているものだからどうしようもない。
「どうせあの野郎がまた何か下らないことを思い付いたんだろうよ」
「ですかねえ?」
 途方に暮れているチカを見かねたかのような助け舟に、チカは自らの主人のマサキに対する評価を思い出す――マサキは根が善良に出来ている。そうでなければ魔装機の操者などやっていけないのだろうが、だからといって生来の性格だけが理由とは限らないものだ。当人であるシュウにはわからないだろう。シュウの気紛れな行動に迷惑を被っているのは、チカだけではない。どのくらいの範囲に迷惑をかけているのかは定かではないが、恐らく一番に迷惑を被っているのはマサキだろう。だからこそ、マサキはその使い魔たるチカをおざなりにしないのだ。
「その小人ってのは」不機嫌に輪をかけた仏頂面さながら、言葉を継ぐ。「文字通り小さいんだろう? お前の背中に乗れるくらいなんだから」
「そりゃもう小さいですよ。ちんまりとしてて、そのくせ顔はしっかりご主人さまというか、あの顔を幼くしてちんくしゃにした風な按配で」
「冗談にしか聞こえないよなあ」
「冗談だったらどれだけ喜ばしいことでしょう!」
 チカは窓辺から飛び立ち、机に肘付くマサキの目の前に陣取り、
「何が怖いって何かわからないのが怖いんですよ! マサキさんは知らないときている! ご主人様の仕業だったら、あれがただの小人である筈がないじゃないですか! もしかしたら明日には2倍になっているかも知れないんですよ!? よしんばですよ、ご主人様の仕業じゃなかったとして、じゃああれは一体どこからきたんです!? ご主人さまと同じ顔のあれは? ほら、考えたらものすごく怖くないですか、この話!」
「あいつの仕業じゃなきゃ万々歳じゃねぇか。余計な苦労がひとつ減る」
「まあそうなんですけどね」机に降り立ち羽を休めながら、
「もしあれが精製物じゃなくて、実際に存在している種族だとしたら、マサキさんどうします? あたくしは困りませんよ。ご主人様は面白がると思いますし。でもマサキさんは困るでしょう? だってあれ、ここに来るのが目的なんですよ?」
 言えばマサキは事態を理解したとみえて、比類ない絶望感を露わに、肩を落とした。
「一匹、二匹、三匹、四匹、いやこの単位で正しいのかわかりませんけど、種族単位でここに向かってるとしたら――」言いかけてチカははたと気付いた。「あらやだ! 凄く面白い光景じゃないの!」
「使い魔が死ぬか試してみたかったんだよな、俺」
 台詞は軽薄な調子だが、チカの目の前に置かれているマサキの手は微かに震えているように見えた。のみならず、徐々に色を失っているようにも。
 ――これは本気だ。本気で怒りつつある。
 実のところ、チカはシュウの気紛れを面白がっていたりもする。場合によっては盛大に唆したりけしかけたりもしているのだから、マサキが受けている被害の半分ぐらいはチカの所為と言えなくもない。しかしそれは、自分に被害が及ばない範囲での話であって、いくら復活可能な使い魔とはいえ、羽根を毟られたり拳で打ち据えられたりするのは本意ではない。いくら身近にそれを喜ぶ|マゾヒスト《サフィーネ》が存在していようとも、チカ自身には、その手の趣味はないのだから。
「ご、ごごごご冗談を! あたくし命は惜しいです! あれがご主人様のやっちゃったものだったりしたら、それこそサンドバック! 右も左も恐ろしや! 行きも怖いが帰りも怖い!」
「あの野郎がやったことならそれこそお前を締め上げるぜ」
「どんな八つ当たりッ!? あたくしだって被害者だというのに!」
 よく言うぜ――マサキは吐き捨て、チカの額を指で弾いた。
 先刻の台詞がどうやら何かを思い出させてしまったらしい。痛みにもんどりかえりながら、あの時か、それともあの時かとチカは振り返るが、思い当たる節が多過ぎて見当が付かず、
「とにかくだな」マサキの言葉に、「はい!」と姿勢を正してみたりする。
「小人なんだろ、それは」
「先程も言いましたが、見事な小人ですよ」
「なら、何もない平原の真っ只中に放り出されたら一巻の終わりじゃねぇか?」
「何気なく酷いことを仰いますね、マサキさん」
 それはシュウの非常識に感覚が麻痺してしまったからなのだろう。マサキは、その事実をチカに指摘されて気付いた様子で、「うるせえよ」盛大に顔を顰める。
 そしてやおら思い付いたように顔を上げると、
「自然界の掟は弱肉強食。生き残れなきゃそれまでなんだよ」
 どちらかといえば、それはチカに言い聞かせているというより、自分を納得させる為に言っているように取れるのだが、
「そういうところ、ご主人様と似てますですよねぇ」
「冗談じゃねぇ」マサキは片手で顔を覆った。そして尽きない溜息を洩らし、「お前、俺に何をどうして欲しいんだよ。そんなちっこい物体を探せって?」
「だって、ですよ。あれがご主人様の気紛れの産物だったら、それを放流してしまったのみならず、こうしてマサキさんに種明かししてしまったあたくしの天命は尽きたも同然! ご主人様は自分の楽しみを奪われることを大層嫌われるんです!」
「楽しみとか言うな」
 そっけなく切り返して、それにだな、とマサキは言葉を継ぐ。
「だったら尚更力尽きてくれた方が有難い話じゃねぇか、俺からすれば。普通に考えてみろよ。野生の生物が多いこのラングランで、そんな小さい生物が――しかも人間みたいなもんだろ。人間ってのは知恵がなきゃ一番弱い生物なんだぜ。それが生き残れると思うか? 俺は思わない、けどな」
「願望を過分に含んでません、それ?」
「それもあるけどなあ、常識的に考えてみればそりゃお前」
「ですかねえ?」チカは首を捻る。
「そうじゃねえかよ。生物の基礎だし、自然の摂理ってやつだろうよ」
「ご高説は尤もなんですけどね」チカはマサキの腕を伝い肩に乗り上がった。
 言われても納得出来ないものがあの小人にはあるのだ。
「――だってあれ、どう考えても常識の範囲外の生物でしょ」
 胸に蟠る不安を口にすると、マサキは一度ならず二度までも世界の滅亡に立ち会ったかのような凶悪さが増した表情になる。
 さてその頃、話題の主たるシュウはといえば、こちらはこちらで逼迫した状況に直面していた。
「これも駄目……と」
 手元のリストに印を付けて、彼にしては奇跡的な困惑の表情――微かに柳眉を顰めただけだが、如何なる苦境も平然と遣り過ごす彼からすれば、それは決して当たり前でない感情の発露だった――で見下ろす先には、ぎゃんぎゃんと小煩く声を上げて泣くマサキの姿があった。
 ただのマサキではない。
 掌《てのひら》に乗せて尚余る大きさのマサキだ。
 しかもそれは一体のみならず、群れをなして、床に描かれた魔方陣の上にひしめき合っている。まるでイナゴの大群よろしくみっしりと、隙間なく身を寄せ合うその数およそ五十匹。シュウは思う。このサイズにこの数ときたら、それを人間扱いするのは、人間である自分に対して失礼だと。
 五十匹を魔法陣の上に集めるのも大変に労力を必要としたが、五十匹相手に術を放つのは更なる労力がいったものだ。それが徒労に終わっても、平然としていられるのは、日頃の節制の賜物か。涼やかな表情をしながらも、内心は忸怩《じくじ》たる想いに違いないシュウを襲った厄災は、今日生じたばかりのものだった。

     * * * * *

 異変を感じたのは昼日中だった。遡ること一週間ほど前、チカは怠惰に日々を送る主人に愛想を尽かしてか、それとも何事もない日々に退屈が極まったのか、散歩をすると告げて外に飛び出して行ったきり。独り変わらぬ日常を送っていたシュウに、それは微かに、けれどもリアルな感覚で襲いかかった。
 呪術の発動。
 広範囲を覆う。
 力は一点に集中させた方が威力を増す。それほどに強まった魔力なら語るまでもない。一般人ですら異変に気付くだろう。それはなまじっかな人間では感じ取れないない魔力だった。広範囲に拡散されたからこその弱さで辺り一帯を覆い尽くした司祭クラスでもどうかというその魔力をシュウが感じ取ったのは、より強く、より濃く、魔力という強大な力を遺すが為に効率的な婚姻を繰り返してきた王家の血の成せる業だった。
 傑出した才能を持つモニカには及ばないにしても、シュウとて魔力テストに合格した元王族。自らの持つ魔力の才能には自信を持っている。その血が囁くのだ。何かを起こす魔力が襲いかかったと。
 でなければ、長い逃亡生活をどうして送れよう?
 魔力と練金術と科学という二つの世界を跨ぐ三つの理《ことわり》を手中に収めているシュウは、一極のみに特化した人間よりも膨大な知識と経験を持っている。理論を知る者は、それを解体することもできるのだ。解体した先にあるのは無効化、或いは対抗策《カウンター・プランニング》の構築。一見、古びたあばら家でしかないこの根城に、どれだけの防護策が仕込まれているのか、見抜ける者はアカデミーにも数人といないだろう。
 その防護策を突き抜けて干渉した魔力が気にならない筈がない。
 否、明瞭《はっき》り言えば気に入らない。
 手っ取り早く原因を突き止めるためには、アカデミーに繋ぎ、その膨大なデータを参照することだったが、流石に防衛の要たる頭脳集団《シンクタンク》が幾つも集う場所は堅牢に出来ている。ネットワークを通じて侵入する為のパスの割り出しだけでも三日。繋いだ先に確実で安全なルートを構築するのにまた三日はかかるだろう。広域を覆ったこの魔力がどういった類の呪術を用いたものかは不明だったが、例えそれが原因で逃亡者たる自らの所在が掴まれるようなことになっていたとしても、継続して降ってこない以上は、こちらの所在を追尾するのは不可能だろう。チカは話さえしなければ、ありふれたローシェンの一匹で済む。逃走は自分よりも容易い――そう決め付けて、シュウはチカを残して根城を後にし、情報を掴み易い王都近くのこの場所にやって来たのだが。
「さて、どうしたものでしょうかね」
 五十匹のマサキを目の前に、シュウは呟いた。
 少し油断すれば服を伝って肩に頭に乗りあがるこの生物が出現したのは、シュウが手狭なこの家に到着して、長く使われていないが故に家具や床に積もった埃を、仮住まいに足りる程度に払い終えた直後だった。

 ――世の中には、自分以上に奇矯な人間がいるのか。

 自分以外に、誰がこうした生物を創ろうと思い立つのだろう。魔装機神に関わるごく一部の考えかねない女性陣ですら、もっと自制心があるだろう――。最初の一匹を目にしたときのシュウの感想は、己の奇矯さを自覚しているに他ならないものだった。その事実を、さして離れていない場所で、今まさに喧喧囂囂《けんけんがくがく》と遣り取りを繰り返しているチカとマサキが知ったなら、目を剥いて驚いたに違いない。
 けれどもそれはシュウの預かり知らぬ事態。
 とにかく、一匹が二匹になり、二匹が三匹になり、三匹が四匹と、家のあちらこちらから湧いて出て、今や五十匹となったマサキに囲まれているシュウには、他の場所で事象の異なる変事が発生しているなどとは考えも及ばない。
「おなかすいた」
 一匹のマサキが靴の先まで近付いてくるなり、遥か彼方のシュウの顔を見上げて言う。
「おなかすいた」「おなかすいた」「おなかすいた」
 それを契機《きっかけ》に、残りのマサキも一斉に声を上げる。
 打てる手は殆ど打った。事態の収拾を図るべく、考えられる全ての原因をリストアップした手元の紙はその大半に斜線が引かれている。どれもこれも、対応策を試した結果だ。
「おなかすいた」「おなかすいた」「おなかすいた」
 一度の食事が僅かな木の実程度の量で賄えるのは幸いなのか。どこに行こうとも後をついて回るマサキの大群に視線を戻して……シュウは紙束で口元を覆うと、
 短く溜息を、ひとつ。

「つーことでだな、先のことはその小人とやらがここに辿り着いてから考えようぜ。生死どころか存在も危うい物体を、姿を現すより先に心配しても仕方がねぇ。そもそも小人云々よりあの野郎が行方不明な方が遥かに問題じゃねぇか」
 延々マサキと堂々めぐりの議論を重ねていたチカは、くたびれ果てて机の上に伏せていた。
 その議論の最中、マサキはチカの話からシュウの不在に思い至ったらしい。訊ねてそれが真実だと知るや否や途端に顔色を変え、「馬鹿かお前は!」半ば詰るように言い放った。
 その身を案じているのか、それとも新たな騒動の種になるやも知れぬと危機感を募らせたのか――どちらの意味でシュウの動向を気にしているのか、チカにはわからない。些細な嫌がらせで済むなら、世は平穏無事に過ぎる。だが、マサキに魔装機操者としての目的と使命があるように、シュウにはシュウの目的と使命がある。その為に、結果としてラングラン全土に様々な災厄を招くことになったのだと、そしてそれは遠くない過去であったのだと、マサキは身を持って知っている。シュウと長く共に行動してきたチカより詳しくはなかろうが、それを抜きにすれば誰よりも知っているだろうに。
 けれども、もしかすると――うっすらと青褪めている面差しは、その感情を量らせてはくれなかったけれども、チカは主人の身を案じているからこその心配はないかと思う。
「そうなんですけどね、あたくしご主人様の使い魔ですから生死ぐらいはわかっちゃうわけで」
 思うからこそ口にする。自らの主人がどちらに転ぼうが、実のところチカからすれば思いっきりどうでもいい話であったりするのだが、使い魔とて心ある生き物。稀には情に絆されてしまうこともある。自分の主人を損得関係なしに気遣ってくれるのはマサキしかいない。情で縛られている女たちと比べれば、それはどれだけの"良心"に映るだろう。下心が垣間見える情けや思い遣りであるなら、シュウの側に居続けるチカは幾らでも見てきた。サフィーネしかり、モニカしかり……或いは、テリウスもそうであっただろう。
 シュウが仲間といえども容易に自らの本心を明かさないのは、彼もまたその事実に気付いているからなのだ。
「生きているんですから、大丈夫だと思うんですけどねえ」
 しかしマサキからすればどうでもいい話では済まされないに違いない。気休めになればとチカが言えば、間髪入れずに、「生きてりゃいいってもんじゃねぇだろうよ」と言葉が返る。
「どこかで拿捕されたりすれば、こっちに連絡のひとつもくるだろうけれどな、ないってことはそれ以外の理由ってことだろうし、それが気紛れな放浪で片付きゃいいけど、片付かないかも知れないのがあいつだろ」
 個人的な因縁だろうと周囲を巻き込むのがシュウなのだと、短くない付き合いだけあって、マサキはよくわかっている。だが、それはマサキの立場上の問題であって、シュウの使い魔たるチカからすれば守備範囲外。何があろうとチカはただ、シュウに付き従っていくだけだ。
「その時こそマサキさんの出番ですよねー?」
 なれば口調も軽くなる。
 それに対して、マサキは盛大に"面白くなさそうな"顔をした。
「そんな事態はもう沢山なんだよ。だからこうして言ってるんじゃねぇか」
「あれあれ? 殊勝な口をおききで。随分丸くなられましたよねえ、ホントに」
「戦わずに済むならそれに越したことはねぇからな」
「本当ですか?」歪んだ眉の下で細められた瞳を覗きこむ。何を考えているのかはわかならなかったが、「何だかんだ言ってもあれやこれやされた人は気になるものですよねえ。マサキさんも類に洩れ」からかってみせれば、降ってくる拳。
 それを間一髪で避け、チカは宙を舞ってみせた。
 使い魔とはいえ鳥は鳥。いかに魔装機操者として鍛え抜かれた身体能力を持っていようとも、野生の反応速度に敵うわけがない。余裕綽々でふわりとその鼻先に舞い降りチカが目だけで笑ってみせると、マサキはどうしようもなく破滅的な表情になった。
「最近、俺一人で被害が済むならそれでいんじゃねぇかって思い始めてるんだ」
「うわあ、それってすっごい捨て鉢思考!」
「やっぱりそう思うか」言った端から頭を抱えるマサキは続けて、
「だからこそ水際で食い止めたいんだけどなあ」
 その深刻さが滑稽でもある。
 だからこそチカは今更に気付いた"ある事実"を口にしてよいものか迷った。マサキは思い詰めれば何をしでかすかわからない。このまま放置しておけば魔装機を駆り出して、シュウの探索ぐらいはするだろう。それはそれで面白い。面白いのだが、更に事態を悪化させない保障がない。
 何せ原因が小人である。自らの主人の顔をした。
 しかも目的はここ、ゼオルートの館にいるマサキに会いに来ることなのだ。
 発見されていい物体ではない――自分の楽しみと苦境の狭間に立たされたチカは暫し考え込んだ結果、「それは困る」という安直な結論に至った。もしあの小人がここに辿り着いてしまったとして、その際にマサキが長期の不在にあたっとしたら、一体、誰がその世話をすることになるというのか。何だと言いつつも、マサキはシュウの気紛れという名の悪ふざけを許容してくれている。被害が周囲に及ぼうとも、その因果関係を胸ひとつに納めておいてくれる程には。
 これがもし、他の魔装機の操者――分けてもサフィーネですら閉口させるあの|堅物堅牢意思強固な中華体育教師《ヤンロン》辺りに知れた日には、ただでは済むまい。可愛さだけなら、本人より遥かに優っているとはいえ、悪ふざけの本人を探し出しては、ひと説教、ふた説教と、何日にも渡っての地獄を繰り広げるのだろう。
 厄介さの度合いは浅ければ浅い程、それも悪ふざけの範疇なら尚更、いいに決まっている。「あのー……」チカは、思い切ってその事実を口にすることに決めた。
「今の今まで小人《あっち》に気を取られてて気付かなかったんですがね、マサキさん」
 それは果たしでどちらの理由であったのだろう。主人が自らの魔力を放出した理由は。
 ただ単純な気紛れでなされたものなら、マサキにとっても吉報なのだが。
「ご主人様、恐らくこの周辺にいますですよ」 


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