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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

【LUV 4 U】被虐の白日(終)
これにてマサキ視点は終わりです。
とはいえ、シュウとマサキの物語はまだ続きます。

次回は恐らくサフィーネ視点になると思います。引き続きよろしくお願いします。



<被虐の白日>

 意識は緩やかに醒めた。
 肉欲を満たした後に襲ってくるのは、限りない虚しさだった。この関係は何も生み出さない。改めて自分たちの関係に先がないことを意識したマサキは、ようやく操縦席から身体を起こし、のろのろと床に散らばった衣類を拾って身に着けながらシュウに尋ねた。
「お前はさ、サフィーネとモニカをどうするつもりなんだ」
「珍しいですね。あなたがそのようなことを私に尋ねてくるなど」
 マサキが理性を取り戻すのを待っていたようだ。隔壁《ハッチ》に凭れてマサキの様子を窺っていたシュウが言葉を継ぐ。
「いいから応えろよ。まさかあいつらをそのままにしておく、なんてことないんだろ」
「良き頃合いを見計らって、神が天啓を授けてくれると思っていますよ」
「何だそれ。答えになってねえ」
 ジャケットを羽織り、前襟のベルトを留める。ブーツを履き終えたマサキは、グローブを片手にシュウに向き直った。
「明瞭《はっき》り云えよ」
「私とて人間だということですよ」
「もっと意味がわからねえ」
 十指に渡る博士号を有するシュウの言葉回しは時に難解だ。思考体系が常人とは異なるのだろう。会話の何手か先を読んだ返答をするなど、飛躍した論理を紡ぎ出すことも珍しくない。それが他人の癇に障ると、彼自身わかっていながらだ。
 マサキは溜息を吐いた。
 どういった考えでシュウが神などという大層な存在を持ち出したのかはさておき、サフィーネとモニカというふたりの女性を、彼が今直ぐにどうこうしようとは考えていないのは理解出来た。それは即ち、彼もまたマサキ同様に自らに懸想する女性の扱いに悩ましさを抱えているということだ。
「何にせよ、お前もまだまだ俺と同じような立場だってことか」
「他人を類型化するのはあなたの良くない癖ですね、マサキ」
「だったらあいつらときちんと向き合えよ」苦笑し切りでマサキは隔壁《ハッチ》を操作するレバーに手を掛ける。「ブラックボックスは手に入らなかったんだろ。どうするんだ、今回のこれ」
「教団の技術レベルが把握出来ただけでも良しとしますよ」
「技術レベルねえ」マサキは先の戦いを振り返った。
 正体不明機の攻撃威力に関しては、元のジンオウよりグレードダウンしていたようにも思えるが、なにぶん使用された武器の種類がミサイルだけときている。まだ開発途中の機体であるのか、それとも隠された奥の手があるのか不明だが、あの程度で終わる機体でもないだろう。もしかすると、かつてのナグツァートのように、ヴォルクルスとの融合を果たす可能性もある。
「部品を分析し終えたら、俺にもその情報を寄越せよ。元々あいつは俺に攻撃してきたんだし」
 油断出来ない状況に、マサキはシュウに依頼をせずにいられなかった。
 今日は撃破に成功したが、教団の資金は潤沢だ。どこから調達してきているのかは不明だが、人型戦闘機を揃えるだけの資金力がある。必ず彼らはまた、何某かの機体を制作するだろう。それがあの正体不明機になるかは不明だが、そう予測が出来る以上はデータを持っておいて損はない。
「あなたが教団に深く関わる必要性はないとは思いますが、まあ、いいでしょう。分析が終わったら連絡しますよ」
 かつて所属していた組織だけに、自分が邪神教団との決着をつけるべきだと思っているのだろう。シュウは不服を露わとしたが、以前ほど強い拘りはないようだ。予想よりはあっさりとマサキの依頼を了承してみせると、隔壁《ハッチ》から背中を浮かせる。
 マサキは正面モニターに目を遣った。荒野を照らす太陽の陽射しが弱まり始めている。
 じきに夕暮れを迎えることだろう。
 流石にここから骨休みとはいかない。自分もまた帰途に就かねば。マサキは隔壁《ハッチ》を開くべくレバーを下げた。開いた隔壁《ハッチ》に足を向けたシュウが、ふと思い立ったように振り返る。
「しかしあなたもおかしな方ですね、マサキ。用が終わったとばかりに私を追い出すような真似をする」
「何だよ、お前。いつもは自分からさっさと去るような真似をしてるクセに」
「利用されるだけの関係は気に入らないのでね」
「俺がいつ、お前を利用したって?」
「先程のあなたがそう見えたという話ですよ。何か悩みでも?」
 悩んでいないと云えば嘘になる。だが、それはふとした瞬間に湧き上がってくる不安にも似た思考だ。リューネとウェンディ、彼女らを自分はいつ、どういった形で、どうすべきなのか。その答えをシュウに求めるのは筋違いだ。そのぐらいの道理はマサキも弁えている。
 ただ、そうただ、ひとつだけ気掛かりなことがあるのは事実。
 自分を裏切る形で始まったシュウとの関係が、いつ、どういった形で終わりを迎えるのか。リューネとウェンディに対して責任を取ると決めている以上避けられない問題は、けれどもマサキひとりでどうこうできる話でもない。
 マサキはそれをシュウに尋ねるべきか悩んだ。
 利己的な男は、用事を済ませればそれきりということも珍しくなく、今を逃せば、次にいつこういった機会が巡ってくるかがわからない。だったら訊いておくべきなのだろう。マサキは努めて自然に聞こえるように言葉を紡いだ。
「俺、お前といつまでこうした関係を続けていくんだろうな」
 瞬間、沈黙がふたりの間に降り積もった。
 シュウの硬質的な顔立ちがいっそうその度合いを強める。それは警戒心の表れでもあるようにも映ったし、同時に拒否感の表れでもあるようにも映った。それほどまでに、シュウにとっては禁忌な話題であるのだろうか? 沈黙に耐え兼ねたマサキはシュウから視線を逸らした。
「……一生ですよ」
 重苦しくシュウが言葉を吐いたのは、それから更に数秒後のことだった。
「一生、だと?」マサキは表情を失くしているシュウに視線を戻した。
 どこか悲哀を含んだ表情。憂いを帯びていた瞳に、直後、鋭さが舞い戻る。
 そう、一生。と、言葉を継いだシュウに、吹き込んでくる荒野の風。彼の足元にうっすらと積もった砂が、ふたりの間に訪れた沈黙の長さを表している。

「私の憎しみを昇華するのには、それだけの時間があっても足りないということです」

 マサキは我が耳を疑った。目を瞠ってシュウの顔を凝視するも、それ以上語るつもりはないようだ。翻るシュウのコートの裾に別れを覚ったマサキは、先程の言葉を胸の内で反芻した。そして思った。私の憎しみとはどういう意味だ。
 ――ただの肉欲だけで自分を抱いていたのではなかったのか?
 目の前にはぽっかりと口を開けている隔壁《ハッチ》があるばかりだ。
 彼の思いがけない真実に触れたマサキは、胸が騒ぐのを止められずにいた。




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