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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

きっと、云えない
本当は両想いのふたりが自分の気持ちに素直になれないって話になる予定だったんですが、出来上がったら大幅になんか違う話に……。
私、自分の書くシュウはある程度コントロール出来るんですけど(元々公式でも彼は狂言回し的な役割ですので、非常に動かし易い)、マサキが全然予想通りに動いてくれないことが多々ありまして!

その結果がどうなったのかは、本文でどうぞ。
<きっと、云えない>

 テーブルの上に置きっ放しになっている電子ブックを発見したマサキは、迷わず手を伸ばした。誰かが片付け忘れたに違いない艦の備品。娯楽の少ない戦艦暮らしでは、貴重なエンターテイメントだ。
 貴重なだけに、普段はかなり待たなければ手にすることができない。
 三日ぶりの電子ブックにマサキの気持ちは沸き立った。この間読んだ漫画の続きは配信されているだろうか。主人公がピンチに陥るところで終わってしまっていた漫画を思い返しながら、マサキは電子ブックを掴もうとした。瞬間、別の方角から伸びてきた手と指先がぶつかった。
「あ、悪い」
 顔を上げてその手の持ち主の顔を見たマサキは、はっとなって手を引っ込めた。テーブルを挟んだ向かい側に立っているのは、かつてマサキが追っていた男。慇懃無礼が服を着て歩いていると云っても過言ではない男は、どうぞと平坦な声でマサキに電子ブックを勧めると、自分は脇に抱えている本を読むつもりなのだろう。少し離れたテーブルに腰を落ち着けた。
 シュウ=シラカワ。地上と地底のどちらにおいても指名手配犯たる男は、そうやすやすと獄に繋がれる気はないようだ。それでも、他人に利用されるのは嫌とみえる。姿を衆目の下に晒すリスクを負ってでも、自分を利用しようとした人間に対する禍根を晴らしたいらしいシュウは、気紛れにもロンド・ベルに与《くみ》してみせたものだ。
 ――何を考えてやがるんだろうな……。
 マサキはその様子を窺いながら、電子ブックを手に取るとテーブルに着いた。いつも難解な題名の本を読んでいる男だ。きっと今読み始めた本の内容もそういったものに違いない。真剣な面持ちで本に目を落としているシュウに、だから息抜きをしたかったのだろう。マサキはそう思って、電子ブックを譲れば良かったと後悔した。
 生活をともにしてみて、初めてわかることがある。
 以前の大戦の時のシュウは、ヴォルクルスの呪縛があったからか不穏な態度が目立ったものだが、今のシュウは違って見えた。鼻持ちならなく感じる高慢さは相変わらずではあったものの、言葉尻が穏やかになったように感じられたものだ。それは、かつてのシュウを追い続けた日々のことを、マサキがふと忘れてしまいそうになるほどですらあった。
 今だってそうだ。シュウはマサキに電子ブックを譲ってみせた。
 以前のシュウだったら、そもそもそういったコミュニケーションを他人と取ることすら否定してみせただろう。
 思えば敵だ敵だと騒いでいたあの頃から、シュウは一歩引いた態度で他人と接してみせることが多かった。それを以前のマサキは相手にすらされていないと感じたものだった。しかし、こうして艦での日常生活に身を置いているシュウを見ていると、その考えを改めるべきなのではないかとも思える。
 誰が相手であろうとも、シュウは自分に深入りをさせない態度を取る。
 マサキに限ったことではないのだ。
 自分に好意を寄せる女性たちに対してもそうだ。側に居ることを許しながらも、自分の内側には入り込ませまいと、つれなさを通り越した冷淡とも云える態度で牽制したものだ。そう考えると、声を掛ければ返事があるだけ、むしろ自分は許されている方なのだろうとマサキは思う。
 指先で弄ぶ電子ブックの画面。そこまで考えて、その画面に映るタイトルが一個たりとも頭に入ってきていないことに気付いたマサキは、はあ、と溜息を洩らした。シュウの指先に触れてしまった自らの指先を眺める。思ったより温かかった男の指先の感触に、彼とて生身の人間であると当たり前の感想を抱いたマサキは、その当たり前の現実の生々しさに身体を震わせた。
 ――人間なのだ。
 どこかでマサキは自分と立場を異にする相手を、理解の及ばなさ故に、未知の生き物として認識している部分があった。それは彼らが操る戦闘用人型汎用機《ロボット》のサイズも相俟って、まるで怪物《モンスター》のように、彼らを巨大な異形の生物に見せたものだった。だからこそ、彼らの展開する理屈に迎合できなかったマサキは、その人間性から自然と目を背けてしまっていたのだ。
 彼らが何を考え、何を背負って、そう行動せざるを得ないのかといった根本的な部分。人間性を創る大事な部分にマサキは思いを馳せてはこなかった。
 戦場とは日常世界の理屈が通じない世界でもある。昨日の敵は今日の友。今日の友は明日の敵。利害関係で立場が変わる世界は、感情だけで良し悪しを測れる場所ではなかった。マサキはそれをロンド・ベルでの生活で学び、そして思い知った。
 味方となって行動を共にしているからといって、必ずしも同じ理念を抱いているとは限らない――と。

 ぼんやりと手元に開いた本の頁に目を落としながら、シュウは物思いに沈んでいた。
 ――いっそ立ち去ってしまった方が良かったのだろうか。
 電子書籍に触れた手。思いがけない接触が判断力を鈍らせた。シュウはマサキに気まずさを感じさせない為に、露骨に距離を取るのを避けた。その結果が、これだ。人知れず溜息を洩らして、シュウは目の前に並ぶ文字を読もうとしたが、一文字たりとも頭の中に入ってこない。
 病膏肓《やまいこうこう》に入るとはこのことだ。
 幾度、絶望に打ちひしがれようとももげることのなかった翼。マサキ=アンドー、彼は自らが操る|風の魔装機神《サイバスター》同様に、その背に大きな翼を持っているとシュウは思ったものだった。
 先の大戦で訪れた|終末の日《ラグナロク》に、破壊神サーヴァ=ヴォルクルスの精神に身も心も侵されたシュウは、暗い世界の中で自分を攫う一陣の風を感じた。それは風の精霊サイフィスの聖なる風であったし、そのサイフィスに愛される少年マサキが巻き起こした風でもあった。
 どれだけ叩き潰しても、それはまるで水辺に群生する葦のようにしなやかに。
 心を蘇らせては自分を止めるべく後を追って来た少年。
 風に攫われた瞬間、シュウは光の中に彼を見た。その中央に燦然と輝ける風の魔装機神と、それを操る少年の姿を。精霊信仰とともに生きるシュウは地上の神の世界を信じたいとは思わなかったし、そこまで感傷的《センチメンタル》になるつもりもなかったけれども、古代の画家たちが遺した宗教画に描かれている天使という神の使いは、きっとああいったものであるのだろうと思いはしたものだ。
 恐らくは、彼のことだ。ただシュウが齎《もたら》そうとしていた世界の破滅を止めるのに必死だっただけなのだろう。けれども、シュウはその絶対的な平和を叶えようとする執念に救われた。今、こうして自らの本来の心を得て、その心のままに行動することができているのも、彼から与えられた死という救済があったからこそ。
 感謝してもしきれたものではない。
 とはいえ、シュウにも年長者の意地がある。そのつまらない自尊心《プライド》は、シュウにひと思いにマサキ=アンドーという人間に傾倒をさせてはくれなかった。いっそその方が楽だっただろうに、とシュウ自身思っていながらも、つまらない意地を彼に対して張ってしまうのは、だからでもある。
 ――それに……。
 彼を見ると胸が騒ぐのは、恐らく最初から。自由の象徴でもある風の魔装機神に愛された少年は、目の前にしているだけでシュウの中にある情熱的な何かを揺るがしたものだ。心の中で牙を研ぎ、シュウの自制心と理性を暴虐に食い荒らすのを待っている何か――……サーヴァ=ヴォルクルスとは全く異なる性質の意識を、シュウは何であるか気付いていながらも、それを認め難く感じている。
 未練、そうそれは、彼に対する認め難い未練。
 マサキと離れることに名残惜しさを感じてしまう。電子ブックという目的を果たせなかったシュウが、今以てここに留まっているのはその未練以外の何者でもない。シュウはやりきれなさに薄く笑った。自分の中に未練を生じさせる感情の厄介さが、まるで世間知らずな子どもが怯えているように思えて仕方がない。
 マサキ=アンドー。若しくは、安藤正樹。
 地上ではきっとありふれた名前であることだろう。けれどもシュウにとっては代わりの効かない大切なもの。
 シュウがその名を心の中に刻む時、どれだけの愛おしさを感じているのか、マサキは知らない。

 マサキは立ち上がった。
 指先をいくら電子ブックの画面に滑らせてみたところで、その内容が微塵も頭に入ってこないのならば時間の無駄。だったらこのまま艦の備品を占有し続けるよりも、潔くシュウに譲ってしまった方がいい。彼とてそれを望んでいるからこそ、きっとさして離れていない場所にああして居るのだ。
「よう、マサキ」聞き慣れた声に名前を呼ばれたのは、その瞬間。
 背後からマサキの肩を叩いてきたのは兜甲児。黒鉄《くろがね》の戦闘用人型汎用機《ロボット》マジンガーZの操縦者《パイロット》は、興味津々とマサキの手元を覗き込んで、
「何だ、お前電子ブック持ってんのか?」
「ああ、うん。けど、これは……」
 そこに居る男に渡したいのだ、とはマサキは云えなかった。敵だ敵だと騒ぎ続けた相手。マサキとシュウの因縁が深いことは、戦艦の乗組員《クルー》ですら知らぬ者が居ない程だ。幾らそれが順当であろうとも、自分が手にしている電子ブックを人目のあるところで気軽に渡せる相手ではない。
「もう読まないんだったら俺に貸してくれよ、マサキ。俺、続きが読みてえ漫画があってさ……」
 その会話が聞こえているに違いない。マサキの視界の隅でシュウが席を立つ。あ、とマサキが思った時には時既に遅し。何も知らない甲児は、マサキの手から電子ブックを取り上げていた。


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