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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

されど、物語は続く(3)
何となくなんですけど、地上に戻って来てもマサキは戦場でしか生きられない気がするんですが、ヤンロンやテュッティ、ミオなんかは他の場所でも生きて行けそうな気がするんですよねえ。だから、きっとこの話の彼らはマサキを放っておけなくて着いてきたんじゃないかなあ、とそんなことを思ったり。

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では、本文へどうぞ!
<されど、物語は続く>

 かつてロンドベルに所属して戦った自分たちと、新兵たちでは立場が異なる。華々しい活躍を求めて軍に入隊した新兵たちからすれば、テレビで華々しく報じられることも多く、実際に大きな戦果を上げているロンドベルの戦い方こそが、軍におけるオーソドックスなのだろう。それが証拠に模擬訓練では隊列を無視した動きをする新兵が複数人出たものだ。
 ロンドベルの戦い方は、外様である自分たちを抱え込んだ遊撃部隊として、ある程度の裁量権を与えられているからこそのものでもあるのだ。
 与えられた役割をきちんとこなしてみせることを期待される正規部隊。そこに配属されるだろう一兵卒が取っていい動きではない。彼らが思っているほどの自由は、彼らにはないのだ。それをわからせなければならない……。
 はあ、とマサキは溜息を洩らした。こんなことばかり考えていれば、目覚ましを止めてしまうほどの疲労感が残ってしまうのも已む無き。|風の魔装機神《サイバスター》を駆って、西へ東へ。気紛れに日々を過ごしていた日々が懐かしい。それでも、マサキが生きられそうな世界はここにしかないのだ。
 憂鬱な気分を抱えながら、マサキが再び壁掛け時計を見上げようとしたその瞬間。
 キン……ッ、と頭の片隅に弾けるような感覚が走った。
 地上に戻って来てからずっとこうだ。水面の底から語りかけられているようなくぐもった音が、日常生活のふとした瞬間に聞こえてくる。――何《・》|か《・》|が《・》自分を呼んでいる。その答えをマサキは知っていた。
 ――お前は俺を探しているんだな、サイバスター。
 次元の壁の向こう側から、長い旅をともにしたパートナーを呼び戻そうとする声。はっきりと耳に届くことがなくとも、その哀惜の感情が伝わってくる。マサキの手足となって、戦場で多大な戦果を上げた風の魔装機神。雄々しき鳳は、封印されて尚、自らの役目に忠実に操者を求めているのだ。
 ――でもな、俺はもうそっちには戻れないんだ……。
 ヤンロンやテュッティ、ミオも同じような気持ちを味わっているのだろうか。その答えを知るのが怖かったマサキが、彼らにそれを問い質したことはない。知ったところでマサキにしてやれることは何もないのだ。ましてや自分たち地上人を弾いた地底世界のこと。彼らにとっても、あまり触れられたい話題ではないだろう。
 そうっとしておいてやるのも優しさの表し方である。
 地底世界での生活は、傍若無人だったマサキを繊細な性質へと変えたのだ。
 哀惜のみならず、希求をも感じさせる声。まるで引き裂かれた恋人との再会を思い願う乙女のようだ。いたたまれなさや申し訳なさを感じるマサキの耳の奥。暫く、脳に直接話しかけるように続く声。それは何を伝えたいのかが明瞭になることもないままに、突然にその音を消した。
 次元を超えて重なり合うふたつの世界は、付いて離れてを繰り返しているのだろう。そして、次元が重なり合う瞬間に、その声を届けているに違いない。
 マサキは壁掛け時計を見上げた。時刻は八時十分。時間に正確な教務部の部隊長がそろそろ姿を現す頃だ。マサキは緩めていた軍服の襟元を正した。そして姿勢を正し、何事もなかった様子を装って、部隊長の到着を待つことにした。

「馬鹿野郎! 十七番、何度云えばわかるんだ!」
 才気走った若者は、己の力を過大評価し易い。マサキは編隊を乱して、ひとり明後日の方向で敵機と対峙しようとしている新兵に声を荒げた。
 各々シミュレーターに乗り込んでの模擬戦。二十人の部隊を小隊に分け、小隊長を中心に編隊を組むように伝えた。そして正面、或いは側面からの敵機の行動にどう動くかを見る。訓練が始まって二ヶ月。そろそろ向き不向きが露わになり始める頃だ。
「五番に付けと云っただろう! お前の仕事は五番が切り込んだ敵機を、十一番とともに落とすことだ!」
「はい! 教官!」
「側面に迫ってくる敵機に慌てて突っ込む必要はない。こっちに射程があるように、敵機にも射程がある。戦果を焦って死ぬのはお前だ。冷静に周囲を見ろ。本番だったら、今の動きで三回は死んでるぞ!」
「はい! 教官!」
 返事だけは一人前になったものの、動きはまだまだ未熟なひよっこばかり。放っておけば集団戦闘の定石《セオリー》を片っ端から破ってしまう新兵たちに、気の抜けない時間が続く。何せ、目の前の敵に固執しがちなところもあれば、即時に脅威と成り得ない敵機を警戒し過ぎるきらいもある新兵たちだ。マサキはその都度声を張り上げて彼らを指導した。
 この調子で、連日のように四コマを指導し続けていれば、最終的にはどうなったものか。家に帰り着く頃には掠れた声しか出なくなっていることもままあったが、それでもマサキは自らの指導方法を変えるつもりはなかった。
 判断ミスが生命に直結する戦場。
 彼らがしているのは学校の勉強ではない。そこに送り込まれる為の訓練なのだ。
「五番小隊、お前らもだ! 三番小隊のフォローに回れと云っただろう! 目の前の敵を落とすのに固執するな! いいか、お前らがやっているのは部隊戦だ。遊撃戦とは違う。隊列を乱したら死ぬぞ! 固まって動け!」
「はい、教官!」
 果たしてこの中の何人が、戦場から生きて帰って来るだろう。
 配属が決まるより先に落ち零れて軍を去る者は幸福だ。死が日常となる戦場の過酷さを知るより先に、日常世界を安穏と生きる権利を得られる。問題は残ってしまった者たちだ。過酷な訓練を耐え抜いた彼らは、その自負で身を滅ぼしてしまうことがままある。
 戦場で死ぬ兵士の何割かは、戦場の厳しさを知らない新兵たちだ。
 先のことは知らないと無視を決め込めればいいが、有情《ウェット》だと自覚しているマサキは、それが無理な願望であることぐらいわかっている。そうでなくとも短くない日々を指導に当たるのだ。どうして彼らに情が湧かないと云えるだろう。だったら、自分が出来る精一杯を彼らに与えてやるしかない。それならば、彼らの死に対する自責の念も少しは薄れようというもの。
 だからこそ、馬鹿野郎、と何度も檄を飛ばしながら二時間。マサキはがむしゃらに、まだまだ至らない新兵たちの訓練に当たり続けた。その甲斐あってか、彼らの動きは少しばかり良くなったように見受けられる。
「今日の模擬訓練はこれまで!」
「有難うございました!」
 手応えを感じられた一コマ目の訓練が終わり、ニ十分の休憩を挟んでの二コマ目。マサキは同様に声を張り上げた。こちらの組は最悪だ。隊列を組んで戦場に出る優位性がまるでわかっていない。「てめえらいい加減にしろ! 座学で何を学んできやがった!」マサキは一コマ目よりも声を荒げて、素直に云うことを聞こうとしない暴れ馬のような新兵たちの指導に当たった。


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