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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

三十七度五分
取り立てて何事もなく進む話です。

テュッティの出身国を確認していたら、彼女がなんと車のA級ライセンスの持ち主だって知っちゃったんですよ。しかもF1ドライバーにスカウトされたこともあるらしいですよ。

あの華奢な体でA級って!

わたくし、一時期狂ったようにF1にハマっていた時期があったので(今や懐かしいサイバーフォーミュラーの時代ですね笑)思ってしまうのですが、F1ドライバーになったらあの細い首が太くなっちゃう!!!そんなの私が好きな可憐なテュッティじゃない!!!笑

あ、いつもぱちぱち有難うございます!
毎回云うとしつこいかなーと思って控えているのですが、本当に有難く感じております。残りも少なくなって参りましたこのシリーズとこれからが本番のバレンタイン。どちらも宜しくお願いいたします。

そんな感じで本文へどうぞ!
<三十七度五分>

 マサキがゼオルートの養子になってから、大分経った。初めは赤の他人と居住空間をともにする生活に慣れず、眠れない夜を過ごしたこともあったマサキだったが、最近では日々繰り返される剣術の稽古のお陰もあってか、すんなりと眠りに就けるようになってきた。
 それだけ穏やかな養父とお節介な義妹との生活を、マサキは新たな自分の日常として受け入れられるようになったのだろう。
 大樹が根を張るように、地底生活に根を張りつつある自分。そんな自分の新たな生活に不足を感じていないマサキは、地上世界での生活を振り返ることなく、これまでの地底世界での日々を過ごしてきたものだったけれども、何故だろう。最近、やけに地上での生活が思い出されて仕方がない。
 日々の生活に充実感を感じているのに変わりはなかったけれども、なんとはなしに精神《メンタル》が安定しない。ホームシックにでもなったのだろうか? マサキは自分の精神の変調の理由を、自分自身のことでありながらも理解が及ばぬまま。その日もいつものように目を覚まし、いつものように身支度を整え、いつものようにリビングへ向かい、いつものように朝食を摂ろうとして――、
「体調に変わりはありませんか?」
 いつもとは異なるゼオルートの自分を気遣う台詞に、マサキはおやと首を傾げた。
 自分の子どもたちを溺愛しているように見えるゼオルートは、だからといって自分の子どもたちの自主性を損なうような真似はしなかった。必要以上に構ってくることがないのも、だからだ。元々独立心が強く、他人に依存することを厭う性格であるマサキにとっては、その方がやり易く感じられたものだったが、だからこそ、ある面では突き放されているようにも感じることがあった。
 マサキはそれを寂しいと感じる性格ではなかったけれども、違和感を覚えるぐらいには、ゼオルートという人間を観察していたのだろう。自己管理もその一環。起床の時刻から就寝の時間まで、細かく云ってくることはない。それはそれらに口煩いプレシアと均衡《バランス》を取ろうとしているかのように。
 兎に角、自主性を重んじるゼオルートは、これまで体調管理も自己研鑽の一部とばかりに、マサキに対して余計な口を挟んでくるようなことはなかったのだが。
「体調? 何だ、あんたがそんなことを聞くなんて珍しい」
「息子の体調を気遣うのは親の務めですからね。それで、マサキ。体調は大丈夫ですか?」
「いや……特に、何もないけど」
「そろそろだと思うんですけどねえ。まあ、いいでしょう。体調がおかしいと感じたら、直ぐに云うんですよ。それによって稽古の内容も変えないとなりませんし」
「ああ、そういうことか。わかった。おかしいと感じたら云うよ」
 もしかしたら精神《メンタル》の不調が顔に出ていたのかも知れないと、後になってからマサキは思いもしたものだったが、この時はそこまで深く考えることもなく。それだったらむしろ、身体を動かした方が気も紛れるだろうと思い、暫くの間、マサキにしては珍しくも真面目に剣の稽古に励みもしたものだ。
 だから、だったのだろう。それは突然に来た。
 ゼオルートがマサキの体調を気遣ってから、数日後のことだった。いつものように目を覚ましたマサキは、身体が火照っている感覚におやと思った。しかもなんだか身体の節々が痛んでいる。昨日の稽古を頑張り過ぎたか――、そんなことを思いながら、ぎくしゃくする身体を引き摺るようにベッドから出る。
 服を着替えている間も、なんとはなしな違和感が続く。
 まるでここに来た当初。付けられた稽古にへばった時のようだ。けれども、一点だけ、決定的に異なっている点がある。それが身体の火照り。全身に熱を感じて仕方がないなどということは、あの頃にはなかった。
「それは発熱ですよ。ほら、マサキ。熱を測ってください」
 朝食を終えても晴れない気分と身体の不調に、マサキが仕方なしにゼオルートに訴え出れば、彼はやっぱりねと呟いて体温計を差し出してきた。
「地上では夜には太陽は沈むものなのでしょう? ラ・ギアスでは太陽が沈むことがありませんからね。皆、ここでの生活に慣れてきた頃に体調を崩すんですよ」
「それでか。あんたが俺の体調を気遣うなんておかしいと思ったよ」
 健康優良児だったマサキは、滅多なことでは風邪を引くこともなかった。だからなのだろう。これだけの異常を身体が訴えていても、ゼオルートに云われていなければ、それが体調不良だとは認められなかったのだ。
 体温計を脇に差して、少しの間。取り出してみれば、体温は三十七度五分を刻んでいる。
「久しぶりだな、こんな風に熱を出すのは」
「暫くゆっくり休んでいれば治りますよ。身体が新たな環境に慣れようとしている反応ですからね」
 今日はもうベッドで休んでいなさいと自分の部屋に戻されたマサキは、そのままベッドへ。
 念の為とゼオルートが呼んだ医者に診て貰ったところ、風邪ではないとのこと。やはり環境の変化による体調の変化であったらしい。精神的な不調もそこから来ているとわかれば、話は早い。これで余計な物煩いもせずに済むと、マサキは何も考えずに身体を休めることにした。
 翌日も熱が下がることはなかった。
 マサキの変調を聞いて気になったらしい。午後にはファングが見舞いに訪れた。
 彼はマサキの顔を見るなり「鬼の霍乱だな」とひとこと。万能なるラ・ギアスの言語翻訳機能は意訳も行えるらしい。まさかそんな言葉がファングの口から聞けると思っていなかったマサキは、それが妙におかしく感じられて少しだけ笑った。
「お前のような頑丈さが取り柄の人間が、体調を崩すなんて事態だ。笑い事ではない気もするんだがな」
「こっちに来た地上人は皆、こうなるって話だぜ。なら、じたばたしても仕方ないだろ。俺に出来ることは大人しく休んでいることだけだ」
「体調不良の割には良く回る口だ。けれど、思ったより元気そうで安心した」
 どうやら多忙な中、わざわざ足を運んでくれたようだ。十分もすると騎士団に戻ると云い出したファングは、することもなく暇を持て余しているマサキが引き留めたのが意外だったようだ。彼にしては珍しくも眇眼《すがめ》を大きく開いてみせると、
「余程、退屈を持て余してると見える」
「そりゃそうだろ。じっとしてるのは性じゃない。それを寝てなきゃいけないんだぞ」
「まあ、ちゃんと師匠の云うことを聞いて、大人しく休んでるんだな」
 笑うと存外子供っぽい表情になる男は、そう云って無邪気に映る笑顔を浮かべると、「元気になったら、相手をしてやるさ」慌ただしくもゼオルートの館を後にして行った。
 ようやく熱が収まりをみせた三日目。ゼオルートからベッドを出る許可を得たマサキは、その日はリビングで一日を過ごすことにした。
 いつまでも変わり映えのしない自分の部屋を眺めているのも気が詰まる。
 リビングに居ればテレビやラジオもあったし、プレシアやゼオルートと話すことも出来る。来客の多い館は賑やかだ。そういった客人の中には魔装機の操者も多い。よもや今更、マサキも人恋しさを感じることになるとは思ってもいなかったが、彼らと過ごす賑やかな時間は、これまで感じていた物寂しさを存分に癒してくれた。
「しかし、マサキ。あなたも人の子だったんですねえ。けろっとしているから、あなただけは例外なのかと思ってましたよ」
 久しぶりにプレシアと三人揃った夕食の席。「これなら明日からは外に出ても大丈夫ですよ」とゼオルートに太鼓判を押されたマサキは、明日からの生活に思いを馳せて、これまでとは違った感情を胸に抱くようになっていた。
 身体が自分の思い通りに動かせるということは、有難いことであるのだ。
 健康が当たり前になってしまうと、そんな当たり前の幸せも忘れてしまう。これもまた天啓であったのだろう。稽古も含め、あまり真剣に物事に取り組もうとすることのないマサキだったけれども、少しは真面目にそれらに取り組む意欲が出たものだ。
「他の連中はどうだったんだ? ヤンロンが苦しんでるところとか想像出来ないんだけどな」
「皆、大なり小なり苦しみましたよ。テュッティなんかは、症状が出るのが早かったですね。最初から身体が慣れないとぼやいていたぐらいで」
「まあ、テュッティはな……繊細そうだもんな」
「彼女の出身国では日照時間が短いらしいですね。四六時中見上げると太陽がある生活は相当なストレスだったようです。それでも、彼女はここに残ることを選んでくれた。有難いことですよ」
 そしてゼオルートは、「あなたもね、マサキ」と微笑んだ。
「世界が違えど平和を望んでここに残ってくれている。そういったあなた方の気持ちを無駄にしないように、私たちは自分たちでも平和を維持する努力を続けなければなりません。
 あなた方は最後の砦、戦争に対する抑止力でいい。そうである以上、あなた方の出番はないに越したことはないでしょう。私の教えた剣技をあなたが使わずに済むことを、私は願っていますよ――……」
 思いがけず真面目なゼオルートの気持ちを聞けたマサキは、嘘のように自分の気持ちが晴れやかになっているのに気付いた。
 地上世界が恋しく感じられて仕方なかったのは、身体の変調が影響していただけでなく、彼との生活にどこかでマサキが窮屈さを感じていたからでもあったのだろう。
 赤の他人だと思っていた剣技の師匠。物事の習得が早い自分に、彼のような存在は必要ないのだと思った時期もあった。けれども、こうした考えを聞くと、自分の幼い考えを改めなければと思う。
 やはり彼は人の上に立つに相応しい人間であるのだ。
 水が染み出すように、ラ・ギアスでの生活に少しずつ慣れて行ったマサキは、もしかするとようやく本当の意味でここでの生活に慣れたのかも知れない。そうだな、とマサキはゼオルートの言葉に頷いた。これが俺の地底世界での家族。そう心の中で呟きながら。 


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