番組の途中ですが、気分転換に他の物語を。
短気なマサキに軽作業をやらせるとどうなるか、という話をして思い付いた物語です。
なんかただマサキがセニアに弄られるだけの話になった気がしなくもないですが、気にしない!
と、いうことで本文へどうぞ!
短気なマサキに軽作業をやらせるとどうなるか、という話をして思い付いた物語です。
なんかただマサキがセニアに弄られるだけの話になった気がしなくもないですが、気にしない!
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<君に捧げる贈り物>
誰にしもに年に一度、必ず訪れるその日を、祝われて嫌がる人間はそうはいない。
誰にしもに年に一度、必ず訪れるその日を、祝われて嫌がる人間はそうはいない。
口では「またひとつ歳を取ったわ」などと云っては、露骨に溜息を吐いてみせるテュッティとて、実際にマサキたちがパーティを企画してみせれば、不穏な心持ちもどこにやら。途端に機嫌を直したかと思うと、誰彼構わず愛想を振りまいてみせたものだ。
「面倒くさいったらありゃしない」
だからマサキは思った。どうせ口でそう云ったところで、セニアとて同様。祝われることには悪い気はしていないに違いない。彼女らが誕生日を嫌がるのは、歳をひとつ取ったという現実に直面しなければならないからだというだけ。
そんなマサキの物云いたげな視線に、当の本人たるセニアは直ぐに気付いたようだ。「本当に面倒くさいのよ」そう云って、盛大な溜息を洩らした。
「女の誕生日を嫌がる気持ちってのはアレだろ。歳を取るのが嫌なだけであって、誕生日を祝われること自体は満更じゃねえんだろ。わかってんだよ、こっちは……」
「無くなればいいのよ、誕生日にお祝いをするのが当たり前な風潮なんて」
情報局の執務室。いかにも座り心地の良さそうな革張りのデスクチェアーに、どこぞの山師かという勢いで乱暴に腰を下ろしたセニアは、再び盛大に溜息を洩らした。そして、執務机の上に山となっている紙と封筒の束を眺めて――、
ふと、何かに気付いたようにマサキを見た。
扉の前で立ちっ放しのマサキに椅子を勧めることもせず。マサキが部屋に現れるなり、誕生日について愚痴りだしたセニアは、暫くマサキを眺めながら何事か考えているようだった。
「そう云えば、あなたから誕生日のお祝い貰ってないわよね」
ややあって、おもむろに口を開いたセニアは、そう云って典雅に微笑んでみせたものだ。これで嫌な予感がしなかったら、余程のお人好しだ――。マサキは扉に向けて後じさりしながら、セニアの誕生日を自分が祝わなかった理由を述べた。
「お前が『贈ってきやがったらただじゃ済まさない』って、云ったんだろうが。だったらパーティでもって云ったら、『そんなことをしやがったら、何が起こるかわかってるわよね』って。お前、自分で云ったことをもう忘れたのかよ」
「シャラップ! 女のそういった言葉を額面通りに受け取っちゃ駄目なのよ、マサキ。ほら、あなたの国でも云うでしょう? 女心と秋の空ってね。変わり易く移ろい易いのが女心なの」
「何でお前がそんな言葉を知っているのかについてはさておき、知ってるか。江戸時代まではそれ、男心だったんだぜ」
「でも、今は女心なんでしょ」セニアはマサキのささやかな抵抗をものともせず、「だから、ねえマサキ。手伝ってよ」
席を立ったセニアが、今にもしなを作りそうな勢いでマサキに迫る。「冗談じゃねえ! お前の頼み事なんて、どうせ碌でもないことに決まって」
「大丈夫よ。リストと付き合わせながら、封筒にお礼状を封入するだけの作業だから。それとも、マサキ。あなた出来ることは魔装機の操縦だけ? このぐらいの簡単な作業すら出来なかったりする?」
「馬鹿云え! そのぐらい俺だって出来るに決まって」
「じゃあ、決まりね」
そう云われてから、嵌められたことに気付いても後の祭り。セニアはマサキの肩を叩いて、にっこりと微笑むと、手近な事務机に座るように促してきた。そして、自らの執務机に山と積まれた紙と封筒の束、何十枚にも渡るリストを持って来る。
「何だかんだで、今年も千件以上あるのよ」
「千件っ!? 何のお礼状なんだよ、これ」
「誕生日のプレゼントを贈って来た人たちのリストに決まってるじゃないの。本当、もう面倒くさいったらありゃしない。大体が有力者たちでしょ。お礼状の文面は一緒でも、それぞれちゃんと宛名を記名しなきゃいけなくてね。それを封筒の宛名と付き合わせながら封入していくんだけど、毎年、なんだかんだで三日ぐらいかかっちゃってて」
「……お前の部下たちにやらせろよ、そのぐらい」
情報局の局員たちは、この大いに性格に難のある女傑に殊の外心酔しているようで、彼女の命令とあらば、靴の裏側ですら舐めそうな勢いで従ってみせたものだ。その部下たちを、今使わずにいつ使う。そうマサキが思ってしまうのも無理ならぬこと。
それに対して、セニアはとてつもなく面白くなさそうな顔をしてみせた。
「ご尤もなんだけどね、マサキ。あの人たち、情報局絡みのことだったら、お茶の用意だろうがコピー取りだろうが何でもあたしの云うことを聞いてくれる癖に、あたしの個人的なことになると別でね。全く云うことを聞いてくれなくなるのよ。これだって、『あなたへの贈り物なのですから、御礼状ぐらいご自分でご用意なさってください』ですって」
陰に日向に、セニアに付き従う情報局の局員たち。その中でも顔見知りの何人かの局員の顔が、マサキの脳裏に浮かぶ。いつも厳めしい顔付きをして、デスクワークに励んでいる連中だ。
成程、とマサキは頷きかけて、それでもやはりおかしいものはおかしいのだと考えを改める。
「だからって、封入までお前がやることは」
「まあ、封入ぐらいはね、侍女たちにやらせても良かったんだけど。折角ここに人手があるんだし。立ってるものはマサキでも使えだし、猫の手よりもマサキの手よね」
「巫山戯ろよ! だったら侍女たちにやらせろよ! 何で俺がこんな面倒くさいこと」
「これを王宮に持ち帰るの面倒なのよ。あっちだけでやってると、いつまで経っても署名が終わらないから、こっちに持って来たんだけど、紙ってほら、かなりの重量になるじゃない。あの人たちにその都度持たせるのも申し訳ないし」
「お前……、絶対に面白いことになると思って、俺にやらせようとしてるだろ……」
「あら、察しが良くなったわね!」
ただお礼状を封筒に封入するだけならまだしも、名前付きだ。いちいち名前の確認をしながらこの量を捌かせようなど、どう考えても短気なマサキにやらせていい作業ではない。
きっとセニアは退屈してしまったのだ。千通以上のお礼状に署名を入れ続けるという作業を、ひとりでこなしているのだ。単純な作業は目的を見失い易い。だからマサキを側に置いておきたいのだろう。
もしそうならば、付き合ってやりたくもある。それに……セニアに嵌められたとはいえ、マサキはやると云ってしまったのだ。
「くっそう……セニア、お前。後で覚えておけよ……」
女心が秋の空であるのならば、男には二言なし。
――今更、後には退けない。
仕方なしにマサキは腕を捲った。どのくらい時間がかかるかはわからないが、さっさと始めないことには、いつまでも経ってもここを出られそうにない。
ほら、とセニアがマサキに指サックを渡してくる。それをマサキが指に嵌めるのを確認してから、セニアはリストの一番上の名前を指差した。
「大丈夫よ、マサキ。このリストの順番でお礼状と封筒が重なってる筈だから。もし、順番がおかしかったらあたしに云ってね。並びの確認はあたしがやるわよ。大事なお礼状だしね」
そして、「まだ署名しなきゃいけない封筒が三百はあるのよ」そう呟きながら、自らの執務机に戻る。それを見届けることなく、マサキはお礼状の最初の一通を取り上げた。
――来年は絶対に、嫌がっても誕生日のプレゼントを贈ってやる……。
本人が嫌がっているものを、無理にやらせるのは良くないのだ。
癇癪を起してはもう止めると騒ぐマサキを宥めすかしては作業を続けさせたセニアが、ようやく全ての封筒に封緘を終えたのは、なんと丸一日後のことだったとか。
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