五回目になりました。
モニカも情報収集をやっているという描写が出てはいるものの、それを私にやらせると、毎回危険な目に合っているような気がします。趣味と実益を兼ねているサフィーネの方が楽をしているなんて変な話だなあ、と、書いている本人が思ったりもするのですが、それはきっと、今回書いたような彼女の性質があるからこそなのでしょうね。と、いうことで本文へどうぞ!
モニカも情報収集をやっているという描写が出てはいるものの、それを私にやらせると、毎回危険な目に合っているような気がします。趣味と実益を兼ねているサフィーネの方が楽をしているなんて変な話だなあ、と、書いている本人が思ったりもするのですが、それはきっと、今回書いたような彼女の性質があるからこそなのでしょうね。と、いうことで本文へどうぞ!
<Night End>
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それから三十分ほど。商品への着替えの配給と彼らが脱いだ洗濯物の回収を終えたマサキは、男の指示に従って、モニカの部屋に入ることになった。
「俺にやらせていいのかね」
「そんなに嫌か」男は豪快に口を開いて笑った。
「笑こっちゃねえだろ。王女様だぜ。俺みたいな人間と話して面白いもんか……」
ガチャ、と通路に響き渡る開錠の音。重苦しい音を立てて、例の頑丈な鉄扉が開けられた。行って来い、と男に背中を押されたマサキは、そのまま。陰気な空気が支配する地下において、唯一明るさが感じられるモニカの部屋に足を踏み入れた。
高級商品だけあって、見た目を整えるのにかけられている金額が違う。サテンでもナイロンでもない真新しい衣装。耳に挟んだところによると、驚いたことに絹製品らしい。
沐浴は毎日行われ、亜麻色の髪から艶が奪われることもない。それなりに手間をかけられているからだろう。ただロッキングチェアーに座っているだけでも、そこは元王族。平伏《ひれふ》したくなるような気品に満ちている。
「待たせたな、えーと……」
「モニカ、で結構ですわ。新しい番人さん」
しかし、とんだ茶番だ。そう思いながら、「マサキだ」短く名乗りを上げる。
「今日はあなたがお相手をしてくださるのかしら?」
「ああ……まあ、そうだな……」
そんなマサキの必要以上に言葉を吐こうとしない様子が、男には心底嫌がっているようにも映るのだろう。笑いを堪えきれないといった様子で扉に手を掛けると、「三十分もしたら扉を開けてやる。それまで頑張るんだな」
「おい、鍵も閉めるのかよ」
「念の為だ。我慢しろ」云うなり、男は扉を閉めにかかる。
再び重苦しい音を立てて鉄扉が閉められる。鍵が掛けられるのを待たずに、マサキはモニカに向き直ると、やれやれと肩をそびやかしてみせた。とはいえ、そこから先の言葉が続かない。
早くもモニカと話をする機会に恵まれはしたものの、マサキはどう振舞えばいいかわからずにいた。モニカのかよわい声ですら通す鉄の扉は、ふたりの会話を男に素通しにしてしまうだろう。しかもモニカの部屋には書き物が出来る娯楽用品がない。筆談も出来ないとあっては、意思の疎通を図るのは難しい。
問いたいことは山ほどあれど、聞けないもどかしさ。どうすべきかと、マサキが次の手を考えあぐねて沈黙を続けていると、
「ああやって、いつも新入りを試すのですわ」モニカが先に口を開いた。
「試す?」
どうやらモニカは男に不審を抱かせぬ形で、マサキにここでの立ち回り方を教えようとしているようだ。
「前の番人さんの話は聞きまして?」
「いや」
「随分とわたくしに優しくしてくださる方でしたのよ。それが災いしてしまったのですわ。私を逃がそうとして……恐らくは……」
モニカは何度か目を瞬かせた。うっすらと滲む涙。それが彼女の本心からのものであるのか、或いはあの男を油断させる為の演技であるのか。マサキにはどちらであるのかの判断は付かない。
けれども、ひとつだけ今の話で明瞭《はっき》りしたことがある。マサキがすんなりと面接を通り、ここに雇われるに至ったのには、情報局のバックアップだけでなく、そういった事情が絡んでいたからでもあったのだ。
――腹芸は得意じゃねえが、やりきらねえとな。ここで働いている連中の数は、相手に出来ないほどの人数じゃねえが、騒ぎを起こさないに越したことはない。
それが商品たち、ひいてはモニカを守る手段でもあるのだ。そうマサキが思っていると、ややあって、モニカの涙は引いたようだ。ですから、とマサキを真っ直ぐに見詰めて言葉を次ぐ。
「マサキ、あなたはどうかそういったことに手を染めないでくださいませ。ここは娯楽に乏しい場所ですけれども、”話し相手“には事欠きません。望めばこうして話をしてくれる方がいるのですもの。それだけで、わたくしの心の慰めには充分に足りているのですから」
引っ掛かる物言いだった。その感覚にマサキはモニカの真意を量ろうとするも、昨日の今日で知り得ている情報程度ではどうにも量りきれそうにはない。かといって、このまま沈黙を続けるのも良くないだろう。あの男からの印象も大事だ。あまりにも会話に不熱心だと思われても、それはそれで都合の悪い事態になりかねない。
モニカと接触出来る機会はあるに越したことはないのだ。
「わかりまして?」重ねて問われたマサキは、仕方なしに「売られる商品の割には達観してやがる」と応じた。
ふふ、と小さく声を上げてモニカが笑う。それは、王宮という籠を飛び出したことで身に付いたしたたかさの発露でもあっただろう。
頼りなさの抜けた、意思のみなぎる瞳。王宮時代の儚かった少女はもういない。実に侵し難い品格に満ちた笑顔を浮かべて、彼女は自分自身に言い聞かせるというよりも、マサキに言い聞かせるように云ってのけたものだ。
「そこから先のことはまた先のこと。今はこの環境でどう生き延びるべきか考えるべきでしょう。違いますか、マサキ」
「さあな。俺には正解はわからねえよ」マサキは口の端を吊り上げて笑った。「あんたは商品で、俺はその番人だ。でも、どんな環境でも適応してみせようとするその意気には敬服するぜ」
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