番組の途中ですが、消化も進めたいので、短く済む話をば。
白河に限らずですけど、きっと王族の嗜みとして、皆、それぞれ芸術系の特技を持ってるんじゃないかと思うんですよね。モニカはピアノやハープが似合いそうだし、なんだかんだでセニアはフルートが似合いそう。テリウスはコントラバスですかねえ。で、皆で演奏をするとか萌えません!?
と、いうことで本文へどうぞ。
白河に限らずですけど、きっと王族の嗜みとして、皆、それぞれ芸術系の特技を持ってるんじゃないかと思うんですよね。モニカはピアノやハープが似合いそうだし、なんだかんだでセニアはフルートが似合いそう。テリウスはコントラバスですかねえ。で、皆で演奏をするとか萌えません!?
と、いうことで本文へどうぞ。
<嵐の夜に>
彼は嵐の日になると、ひとり書斎に籠り、バイオリンを弾き鳴らしたものだった。
彼は嵐の日になると、ひとり書斎に籠り、バイオリンを弾き鳴らしたものだった。
荒々しい中にも物悲しさを感じさせる音色。音感が良くないマサキには、その演奏の良し悪しなどわかりようもなかったけれども、日常生活でふと彼が奏でていた音色が思い出されてしまう程度には耳に残ったものだった。
きっとそれなりの腕ではあるのだろう。
爆弾低気圧がラングランを襲ったこの日もそうだった。顔を見せたのは、約束を果たす為に足を運んだマサキを迎え出ただけ。直ぐに愛用のバイオリンを片手に部屋に籠ってしまった彼は、まるでマサキの存在など忘れ去ってしまったかのように、バイオリンの音を響かせている。
長い付き合いだ。今更ともなって、常に自分の側に居て自分だけを見ていろ――とは、流石にマサキも云わなかったけれども、延々あの調子では不満も口を吐いて出ようというもの。
「嵐の度にこれっていうのもな」
マサキがぼそりと呟いた言葉に、返事はない。天候が天候だからだろう。今日の外出はもうないとわかっているらしい二匹の使い魔たちは、勝手知ったる他人の家とリビングですっかり寛いでしまっていた。
こくりこくりと頭を垂れているクロに、鼻提灯を出しながら寝こけているシロ。どいつもこいつも――とマサキが盛大に溜息を吐いてみせれば、見かねたのだろう。彼の使い魔たる|青い鳥《チカ》が、天井の梁からふわりと舞い降りて来た。
「変なところで子どもなんですよ、うちのご主人様は」
「何だ、チカ。お前、あいつのこの行動の理由を知ってるって云うのか?」
「詳しく聞いた訳じゃないですけど、胸が騒ぐらしいですよ」
「胸が騒ぐ? 何か嫌な思い出でもあるのか」チカの言葉を聞いたマサキが問い返してみれば、「さあ、そこまでは……」と、チカは首を捻る。
使い魔という生き物は、自らの主人のプライバシーを極力尊重する生き物らしかった。主人が自ら話さない限り、プライバシーに関わる部分には余計な口を挟んでこない。ましてや根掘り葉掘り聞き出そうとするなど以ての外。
海だ山だ川だと喧しいマサキの二匹の使い魔ですら、マサキのプライバシーには立ち入って来ないのであるのだから当然のことであるとはいえ、野次馬根性の強いチカのことだ。もしかすると、とは思っていたのだが、そこはやはり彼の使い魔だけはある。最低限の礼儀は躾けられているようだ。
「ただ、こんなことは云ってましたよ。『人は天気が良ければ清々しい気分になり、天気が悪ければ陰鬱とした気分になる。それと同じことですよ』とね」
それだけでああも延々とバイオリンを弾き鳴らせたものだろうか?
マサキは腑に落ちない。
ここにマサキがいる間のシュウは、常にマサキを視界に捉えられる位置にいた。そして思い出したかのように触れては離れを繰り返す。それはまるで萎れた花に水を与えるが如く、マサキの疲弊した活力を蘇らせてくれたものだった。
マサキが何だと云いつつ自らこうして彼の元に足を運んでしまうのは、彼が自分を必要としてくれているという実感が得られているからだ。
それがどうだ。ただ嵐が来た、それだけで、彼がこうもマサキを必要としなくなるとは。
その理由が気分だけでいい筈がない。
かといってあの有様。このまま、彼は就寝時間まで、ああしてバイオリンを弾き続けるのだろう。嵐が過ぎ去るまではいつもそうだ。寝室と書斎の往復しかしなくなる彼は、食事を摂るのですら他人任せになる。そのくせ嵐が去るとすぐさま機嫌を持ち直すのか、あとは何事もなかったかのように振舞ってみせるのだから性質が悪い。
マサキは再び溜息を洩らした。
迂闊に手を出していい状態にないのは明らかなシュウの異変。これまで何度も目の当たりにしてきて、その都度見て見ぬ振りをしてきたものの、そろそろ我慢も限界だ。今日という今日こそは問い質してやる――。マサキはそう決心して、彼が書斎から出て来るのを待った。
彼が書斎から出て来たのは、待つことに疲れたマサキがベッドに入ってからだった。
彼が書斎から出て来たのは、待つことに疲れたマサキがベッドに入ってからだった。
詳しい話を聞くのを嵐が去ってからに持ち越そうと決めて、入ったベッド。うつらうつらとした微睡みの中。彼がシャワーを浴びている音を聞いてマサキは目を開いた。
そのまま、まんじりともせず、マサキは彼が寝室に入って来るのを待った。
あれだけ暴力的に吹き荒れていた風は、いつの間にか弱まりつつあった。窓を叩く雨の音も大分落ち着いてきたようだ。しん、と静まり返った室内にぽつぽつと響く。
思えば、あのバイオリンの音があったからこそ、暴虐な音を立てる嵐もさして気にせずに過ごせたのだ。そう考えてみると、彼のバイオリンは、嵐を不快に感じさせない程度には役に立っている。ならば、無理に止めさせる必要もないのかも知れない……ただ、姿は見せて欲しいと、そのくらいの要望は伝えてもいいだろうと、マサキが思った直後。彼は静かに寝室に入って来た。
きっと、マサキが先に眠っていると思っているのだろう。
音を立てぬようにベッドに滑り込んで来る彼に、起きてるよ、とマサキは声を発した。瞬間、彼の動きが止まる。そして、「待っていなくとも良かったものを」苦笑しながらも、節ばった手でマサキの髪を撫でてくる。
「顔を合わせないまま、今日が終わるのも嫌だろ」
「それは悪いことをしました。弾ききりたい曲があったものですから」
ほら、とベッドに潜り込んだ彼が、マサキの身体を抱き寄せる。いつもなら当然のようにあったスキンシップがなかった日。物寂しさを感じていたマサキは、一も二もなく彼にしがみ付いた。
「あなたには寂しい一日を過ごさせてしまいましたね」
彼の胸に顔を埋めて、その鼓動を聴く。
静かに、規則的に刻まれる呼吸。温もりが心地良い。欲しかったものをようやく与えられたような充足感が、そこにはあった。
暫くその心地良さに身を委ねていたマサキだったけれども、だからといって、彼の変調を放置してはおけない。ややあって、おもむろに顔を上げて彼の顔を見詰めると、彼が書斎から出てきたら訊ねようと決めていたことを口にした。
「お前、何で嵐の日はいつもこうなんだ」
「胸が騒ぐからですよ」
「それはチカに聞いた。天気で気持ちが左右するのと一緒だって云ったんだろ」
「それでは不満?」
「一日、放っておかれてるんだぞ。不満じゃない訳がないだろ」
そう云って、マサキは彼を睨み付けた。
いつ急な呼び出しで戻らなければならなくなるかも知れない身。せめてここにいる間ぐらいは、彼の側に居たい。その姿を目にして、その温もりを感じて、その声を聴いて……そして同じ時間をともにしたい。それは決して我儘な望みではない筈だ。
「今日のような嵐の日でしたよ」間を空けて彼は語り始めた。
「私は五歳でした。きっと、声を上げられても嵐がかき消してくれると思ったのでしょう。誘拐されたことがありましてね」
え、とマサキは言葉を詰まらせた。
確かに、一日書斎に籠りきるぐらいなのだ。それなりの事情であろうとは思っていたものの、まさかここまでの大事とは。マサキは王族時代のそれらしい彼の姿を殆ど目にしたことがなかったからこそ、その発言に思い知ってしまった。やはり、彼は高貴な生まれであるのだと。
その現実に、ショックを受けている自分が、マサキには自分のことながら意外に感じられたものだ。
生まれも育ちも大きく異なる彼が、こうして自分の側にいる現実、当たり前の現実が、まるで空虚な作りごとのように思われもする。彼が誘拐された時と同じ年齢の自分は何をしていただろう。そう、何も考えずに、楽しいことだけを追い求めて日々を過ごしていた。
「悪い……聞いちゃいけないことだったな」
「別に構いませんよ」その表情は穏やかだ。「既に遠い過去のことですしね。それに……」
「でも、現にお前、嵐の日になると毎回こうじゃないかよ」
そうですね、そう云って笑いながらシュウは、不安を口にしたマサキの口唇を撫でた。
「私としては自らの命の危機というよりは、非日常的な冒険の舞台でもあったのですよ。既に剣の修行は始まっていましたし、それなりの数の剣技も習得済みでした。そこそこの魔術も使えるようになっていました。ですから、腕力ぐらいしか取り柄の無いような、悪意に満ちた者たちを追い払うぐらいは造作なかったのですよ。ただ、私はどうしようもなく好奇心の強い子どもでしたからね。ふと思ってしまったのです。
このまま、彼らに捕えられたらどうなるのだろう? と。
悪魔の囁きというのはああいうものを云うのでしょうね。一度はそういった経験をしておいてもいいのではないだろうか。彼らの手口を知ることが何かの役に立つこともあるかも知れない、と幼い私は考えてしまった」
「はあ? じゃあお前、自ら捕まりに行ったっていうのか」
「そうなりますね。ただ、思ったよりも面白くなかったので、三日目ぐらいに縄を抜けて帰りましたが」
まるでテーマ―パークにでも出かけたような気軽さ! 誘拐と行楽を同列で語れるのは、世界広しと云えども、流石にこの男ぐらいではないだろうか! 男の奇特な性格を熟知していた筈のマサキであったものの、これには開いた口が塞がらない。
「その後が大変でしたよ。父はさておき、叔父はああいう人でしたから、私の考えを見抜いていたようでして。詰問はしてこないものの、こう、うっかりと口を滑らすように仕向けてくるのですよ。父にばれようものなら大目玉を食らうのはわかっていましたから、必死になって誤魔化しましたけれども」
「……まさか、本当に気分で書斎に籠っているとか、云わないよな」
「だから云ったでしょう。天気で変わる気分と同じことだと。私の嵐の日の思い出など、その程度。あの頃の冒険を厭わなかった自分が懐かしく感じられて仕方がなくなるから、その気持ちを鎮める為にバイオリンを弾くのだなど、恥ずかしくてとても」
その瞬間の、マサキの脱力感といったら。今までその都度、どう接すればいいのか悩んでいたのが馬鹿らしくなるような秘密の開示。そういった思い出はマサキにもあるにはあるが、嵐の間中書斎に籠り続けるほどには至らない。それとも、日頃からその時代を恋しく感じているのだろうか。
しかし――、マサキは思う。
冷静に前だけを見て生きているような彼にも、過去が懐かしく感じられて仕方が無くなる時があるのだ。
生まれの違いに遠く感じられた彼が、途端に身近な存在に変わる。あのさ、とマサキは口を開いた。「今日は俺が腕枕をするっていうのはどうだろう」それに対して彼は、いいですねと云った。
抱き締められるよりも、抱き締めたい。彼の過去を知る都度、マサキはどうにも抑え難い強い衝動を感じるのだ。
きっと人はそれこそが愛情だと云うのだろう。
「明日はあなたに付き合いますよ、マサキ。今日の分もね。だから、今日はもう寝ましょう」
マサキはそうっと、彼の頭《こうべ》を腕《かいな》に抱いた。ゆるくウェーブを描いている髪に指を埋めて、何度か梳く。彼はそうされている内に、眠気を堪えきれなくなったのだだろう。静かに目を伏せて、柔らかな眠りへと落ちていった。
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