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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

心のままに(中)

続きです。
話がでかくなっておりますが、ここから次回エロに着地する予定です。(台無し)
 
ぱちぱち有難うございます(*´∀`*)頑張ります!


<心のままに>
 
(少しここでのんびりしたら町に行くか。今日は確かサタリカル・ワークの発売日だったな。そういや、町に行くならファッション雑誌を買って来てくれって、テュッティに頼まれてたっけ。何てタイトルだったかな……バランスじゃなくて、フランスでもなくて……ブランシェだったか? まあいいや。本屋に行けばわかるだろ)
 ラ・ギアスには日本のような豊かな漫画文化がないからか、マサキは暇潰しの読書にコミカルなタッチで描かれる風刺漫画を求めることが多かった。性格的にブラックジョークのきついものや政治色の強いものは苦手なようで、タブロイド紙の風刺画などには顔を顰めることも多い。一般社会でのモラルや常識に欠けた行動を皮肉ってみせるサタリカル・ワークは、そういったマサキの性に合っているようだ。
 テュッティが頼んだらしいファッション誌はシュウも目にしたことがあった。モニカが好んで読むファッション誌だったからだ。中身がどういった系統のファッションを扱っている雑誌であるのかまではシュウにはわからなかったものの、タイトルは覚えている。ブランシェで合っていますよ、とシュウは胸の内でマサキに語りかけてみた。
(昼飯はバーガーショップで済ませるとして、後はどうするか。ああ、新しい靴が必要だったんだ。このブーツも底が薄くなってきてるしな……二、三足もありゃ、暫くは大丈夫だろ。しかしなんで服だの靴だのは消耗しちまうかな)
 雑多な思考の群れが淀みなく流れてゆく。そこにファッション誌の存在はもうない。どうやらこの状態でのシュウの言葉はマサキの意識には届かないようだ。
 もう少し奥に潜ってみるべきか……。
 いつまでも見慣れた景色を見ているだけでは、折角効果を発揮した術が勿体ない。マサキの許可なく彼の精神の奥底に踏み込むことにシュウは抵抗を感じはしたが、所詮は知の徒。好奇心には勝てない。シュウはマサキの精神のより深い場所へと自分の精神体を潜り込ませてみることにした。
 精神を統一する。自らの精神世界を覗き込むように、意識をマサキの精神の中に這わせる。ぐにゃりと歪む視界。瞬時にして世界が形と色を失ったかと思うと、マサキの心の声が大きさを増した。
(っていうか、シロとクロはどこまで走っていったんだ? あいつらちょっと目を離すと直ぐこれだ。俺の使い魔だってこと忘れてるんじゃないか。あんまり遠くに行くと迷うから気を付けろって云ってんのに。この間も派手にはぐれたし――……)
 シュウはマサキの精神の底へと降りてゆく。
 静かに、ゆっくりと。マサキに気取られないように。
 やがて雲ひとつない青空の中に出た。大地もなければ、太陽もない。天地もなければ、重力もない。色味を微かに変えつつ、行きつ戻り。果てしなく続く青。どうやらこれがマサキの心象風景のようだ。
 ――おい、お前ら。早く戻って来ないと置いてくぞ。
 天からマサキの心の声が降ってくる。ああ、とシュウは思った。青い世界にはシュウが求めた希いが詰まっていた。自由、希望、安らぎ……まるで揺り篭のようだ。全能なる何かに護られているような多幸感がある。
 ――なんだろうな。今日のサイバスターは調子がいいな。
 芳醇な大地。天高く太陽に続く空。そして彼方より近付いてくる文明。世界が目に映らなくとも、その言葉ひとつでマサキが今見ている世界が思い浮かべられるようではないか! 永遠の青に包まれながらシュウは嘆息した。マサキの世界に限りはない。輝ける日常に生きている少年の心はこんなにも広かったのだ。
(雑誌も買ったし、次は靴か。面倒臭えなあ。かと云って、他人に任せていい買い物じゃねえしな。その辺の靴じゃ操縦席で踏ん張ってるだけで駄目になっちまう。しかし、あの店のハンバーガーは相変わらず美味かったな。ジャンクフードなんてとんでもねえ)
 サイバスターを使い魔に任せ、町に出たマサキは、バーガーショップで少し遅めの昼食を取ると、目的の雑誌を無事に購入し終え、今度は靴を見に行くつもりのようだ。シュウは迷った。更にマサキの精神の奥を覗いてみるか、それともここに留まって、彼とのコミュニケーションを試みてみるか……暫く悩んだ結果、シュウは少しだけ、マサキの精神の最深部を覗いてみることにした。
 マサキにとっても未知なる世界。その秘密を手にしたい。
 シュウは欲張りなのだ。自分のいないマサキの日常生活を覗き見るだけでは飽き足らず、更なる欲に手を出してしまう。例えその結果、マサキの精神世界に囚われる結果となったとしても、求めるものを手に入れたいという終わりのない欲望が満たされるのだ。それ以上の幸福がどこに存在していようものか。
 水面に沈むようにひそやかに、青い世界からシュウはその底へと降りてゆく。
 様々な映像《ビジョン》が浮かび上がっては消えた。両親と思しき男女の姿や、友人と思しき少年少女たちに、ラ・ギアスのものではない風景。どれもまるで古ぼけたフィルムのようにノイズにまみれている。
 流石に精神の深い場所ともなると、その声は届かなくなるようだ。シュウはしん、と静まり返った空間を降り続けた。尽きぬマサキの記憶を映像として眺めながら、ひたすらに。
 それは恐らくマサキの地上での思い出であったのだ。
 シュウの知らない時代のマサキの記憶は、もしかするともう色褪せてしまっているのやも知れなかった。無理もない。地底世界に来てからのマサキの生活は動乱と例えるに相応しい。日常に胡座を掻いていた日々のことなど、とうに過去であってもおかしくないほどに、新しい世界での膨大な命のやり取りの記憶の数々が積み重なってしまっている。それは鮮烈にマサキの精神に刻まれていることだろう――……。
 そうして、降り続けた果て。どうやらシュウは目的地に辿り着いたようだった。
 マサキの精神の深い淵にそれはあった。八方を埋め尽くす巨大な曼荼羅に、足元を埋め尽くす太極図。これは何だ? シュウは驚嘆した。まるで世界の理を示すかのような世界が、いかに風の魔装機神に選ばれているとはいえ、等身大の少年の中に存在している。
 
 ――生物とはひとつで完成した存在である。これはその真理。
 
 姿なき声が周囲からシュウに迫ってくる。
 
 ――賢《さか》しい連中にとってはDNAであったり、アカシックレコードであったり、タブラ・ラサであったりもするようだがな。
 
 重々しい女性の声は、抗いがたい威厳に満ちて、シュウに言葉を挟むことを控えさせた。
 
 ――これは誰しもが抱える世界である。この少年の中にもあれば、お前の中にもあるもの。何を求めてここに来た。
 
 シュウには答えられない。ただの好奇心で目にしていい筈のない世界にいる自覚がある。マサキの知らないマサキを知りたい。その浅はかな感情を恥じられるくらいには、シュウは己を知るようになったのだ。
 だからこそシュウは、あなたは、と問うた。
 マサキの精神に潜んでいる存在。目の前の曼荼羅や足元の太極図よりも、その方が重要に感じられてならなかった。そんなシュウの愚かさが滑稽に映ったとみえる。空気が震えた。耳が張り裂けんばかりの哄笑が辺りに木霊する。耳を塞ぐことも叶わない。シュウはただ嵐が過ぎ去るのを待った。
 ――我が名は、アンティラス。
 ひとしきり笑った彼女がそう云った瞬間、シュウの精神はマサキの精神の奥底から放り出されていた。
 
 
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