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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

愁い雨
眠くて気分がダウナーなので、そういう話を書きたいと思いました。笑
 
最近の私は「マサキはフェイルのことをどう感じていたのだろう?」ということに興味津々です。それだけあの殿下呼びの乱発が衝撃だったのですよ。あのマサキが敬称を使うなんて……!
ぱちぱち&メッセ有難うございます。心の支えとさせていただいております(*´∀`*)
<愁い雨>
 
 窓を小さく叩く雨がまとわりつくような湿気を運んでくる或る雨の日だった。毎年この時期になると気分が沈みがちになるマサキが、物憂げな表情でソファの上。黙って雨にけぶる町を眺めているのを、シュウもまた黙ったまま眺めていた。
 フェイルロードの命日だ。
 ゼオルートの命日が近付くと、自らの未熟さが招いた事態でもあったからか、やはり物思うことが増えるとみえて、マサキはふらりとその姿を消してしまったものだが、フェイルロードの命日たるこの日は違う。まるで故人との縁《よすが》を求めるようにシュウの元を訪ね、ただ静かに過ごして去ったものだ。
 何故、他の縁者ではなくシュウの元なのか。シュウがマサキにその理由を訊ねてみたところ、どうやらマサキは当初フェイルロードの妹たるセニアを求めて情報局に足を運んでいたようだ。ところが、この日を迎えると矢鱈と陰気になるマサキの態度が、セニアの癇に障ってしまったらしい。そんな表情を見せに来るだけならこの日に顔を出すな、と云われてしまったのだという。
 セニアの強行な態度も無理なきことだった。
 魔力がないばかりに一段低く扱われていたセニアにとって、父王アルザールやその一番の継承者と目されていた兄フェイルロードは、彼女の立場を強力なものとする後ろ盾であった。それを喪ったセニアの辛酸いかばかりか。それでもその遺志を継ぎ、魔装機操者たちの監督にあたっているのだ。前に進むことを選択したセニアからすれば、いつまでも振り切れない思いを抱えているマサキは、さぞや無礼な存在に映ったことだろう。
 それを顔を見せるなで済ませたのだから、むしろ寛大な処置であった。
 セニアは地上人たちに甘い顔をするのを厭わないのだ。彼女は地上人たちとはまた違った視点で、地底世界ラ・ギアスにおける地上人の存在を憂いている。
 それは王宮が抱えてしまったジレンマの表れだった。苦い後悔が重苦しく支配する王宮。専制君主制下の神聖ラングラン帝国最後の王アルザールが弟カイオンの娶りし妃の名はミサキ。シュウの生母でもあった彼女は純粋な地上人だ。
 よもや王宮を揺り篭に育ったセニアがその現実を知らない筈もなかろう。シュウはそうした事情を察していたからこそ、マサキに対するセニアの在り方に特に口を挟むこともせず、ただ彼女のなずがままに任せることにしたのだ。
 かくてマサキは、今年もシュウの元でこの日を過ごしている。
 止まない雨はないとわかっていても、温暖な気候が常たるラングランにおいて、雨というものはそれだけで人を陰気にさせるものだ。そうでなくともマサキの陰気さが増す時期。これから先、何年続くかわからないマサキの物思いを、いつまでも引き摺らせておいていいものか……シュウはマサキの気晴らしになりそうなことを考えてみるも、どれも充分な効果を発揮するとは思えない。
 そもそもマサキがそうした気遣いを求めてここに足を運んでいるのではないのは明らかだった。求めているのであれば、とうにマサキの側から何かしらのアクションを起こしている。そう、マサキは本当にただフェイルロードの縁者たるシュウを側に置いておきたいだけなのだ。膝の上に広げた書物に目を落としながら、シュウは今年もマサキの好きにさせるだけで終わりそうな一日に、彼に気取られないように溜息を吐いた。
「……頑固なことだ」
 思いがけず口を吐いて出てしまった言葉に驚いたのは、シュウ自身だった。
 地底世界に召還されて数年。少年期の終わりを迎えて尚、|世間知らず《ナイーブ》な一面があるマサキに――ましてやこの時期に、迂闊に聞かせていい言葉ではないことぐらいは、慇懃無礼が服を着て歩いているとも評されるシュウであっても理解できている。だのに口にしてしまった言葉。それだけ気配を殺してひっそりとマサキの側に居続けなければならないこの日に、シュウは鬱憤を感じていたのだろう。
 人の生に意味などない。
 いつだったかマサキがぽつりと洩らしたことがある。フェイルロードの生まれてきた意味を考えてしまうのだと。成したいことの為に王族であることに拘り続けたフェイルロード。運命は彼を容易く裏切った。その命の限りでもって。それがマサキにはどうしようもなく辛いことに感じられるのだそうだ。
 愚かなこと、と一笑に付すのは簡単なことであったけれども、シュウは繊細《センシティブ》なマサキの胸中を慮って、敢えてそれを口にすることを避けた。
 もし、人に生きた意味があったのであれば、それは遺された者たちが付与するものでしかない。或いは、生きている内に当人が見出すものだ。シュウのそういった考えを、マサキが受け入れられるようになるには今暫くの時間が必要なのだろう。少年期の終わりを迎えたばかりのマサキは未だ精神的に幼いところが目立つ。それは着実に成長を積み重ねさせなければ、どこかで歪みを生じかねさせないまでに。
「……わかってるよ」
 返ってくると思っていなかったマサキの言葉に、シュウは微かに瞠目した。「考えても無駄なことぐらいわかってる」そう続けて、再び窓の外。マサキは濡れそぼる町を眺めている。
「本当に? ならば何故、ここにあなたは足を運ぶのでしょうね」
「さあな……忘れたくないからじゃないか? 俺にもよくわからない。ただ記憶や気持ちが薄れていくのが怖いんだ。俺は自分が奪った命を軽く考えるようになっているんじゃないかって」
「自分が奪った命の全てを背負っていては、いずれ押し潰される日が来るでしょうに。時間は流れているのですよ、マサキ。あなたはもう充分に考えた。その分、心が軽くなるのは当然のこと」
「見てきたように云いやがる」自嘲めいた笑みを浮かべてマサキが云った。
「あなたは私が何も考えずに戦いに身を投じたと考えているのですか。だとしたら、あなたは相当に私を見縊っている」
「そういうつもりじゃねえよ。俺の気持ちを見透かされてるって思ったんだ……それだけだ……」
 一瞬、晴れやかになったかに見えたマサキの表情が、またも物思うものへと変じてゆくのを、シュウは眺めていることしかできなかった。
 結局こうだ。シュウはまたも静かに溜息を洩らした。マサキが何を考えているのかがわかったところで、自分の言葉ではその気持ちを軽くしてやることなどできないのだ。わかっていたことを思い知るだけの結果になってしまったことが、シュウにはどうにもやるせない。
 止まない雨……陰鬱なマサキの横顔……フェイルロードの命日……全てが煩わしい。
 シュウとて人間なのだ。
「あなたは私が死んでもそんな風になりはしないのでしょうね、マサキ」
 胸の内に渦巻くやるせなさに任せてシュウが言葉を吐けば、陰鬱なマサキの表情が険を帯びた。振り返った顔が、睨むようにシュウを見据える。どうやらあからさまな嫌味に腹を立てたようだ。
 そのマサキの視線をシュウは苦笑いで迎えた。これできっとマサキはセニアの元から離れて行ったように、シュウの元からも離れて行くのだろう。逃げて、逃げて、自分の心の安寧が得られる場所まで……。ゼオルートの命日と同じだ。マサキは求めて欲しいときに、シュウの言葉を求めない。
「……泣いたよ」
 膝の上で手を組んだマサキが俯いて吐き出した言葉の意味を、シュウは最初の内に理解できなかった。
「お前が死んだ時、俺は泣いた。死んじまってたお前は知らないだろうけど」
「何故? あなたにとって私は敵だったでしょうに」
「わからない。色んな気持ちが湧いて混ざり合ってぐちゃぐちゃさ。でも、涙が後から後から溢れてきてさ。何だったんだろうな。口惜しくて、悲しくて、やっと目的を果たした筈なのに、やりきれなくて……」
 マサキの告白にシュウは言葉を吐けずにいた。窓を雨打つ音が沈黙を語る。俯くマサキの表情は僅かにしか窺えなかったものの、シュウの目にはどこか寂しげに映った。
「でも、泣ければいいってもんじゃないな。俺はさ、シュウ。お前が本当に死ぬ時が来て、先にお前を見送ることになったら、その時は笑いたいって思ってるんだ。だってそうだろ。悔いがないってそういうことだよな。どれだけの時間、お前と一緒に過ごせるかわからないけど、俺はそういう最後を望んでる。勿論、お前にも」
 ゆっくりと雨がその足を弱めてゆく。まるでマサキの心を映しているかのような雨の降りように、まさかとシュウが窓越しに空を見上げてみれば、そこには明るさを増してゆく空があった。
「だから俺はさ、殿下のこと、悩んじまうんだ」
 泣けなかったもんな。そう呟いて、三度、マサキは窓の外。姿をはっきりとさせつつある町の姿に目をやった。
 青空が小さく覗き始めた空。雲がスピードを増して流れてゆく。どうやら今年のマサキの物思いは、雨とともに終わりを告げそうだ。微かに口元を歪めながら外の景色を眺めているマサキに、彼が何を求めてここに足を運んでいるのかがわかったような気がしたシュウは、そろそろ午後のティータイムにするのも悪くないと、紅茶の支度をすべくソファから立ち上がった。
 
 
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