この話、白河が何を云ってるかわからないと思うんですけど、安心してください。
私も彼が何を云ってるのか、どうしてこんなに回ってるのかわからなくなりますッ!←
きっとご馳走を目の前にして理性が吹っ飛んでるんですよ。
と、身も蓋もないことを云いつつ、本文へどうぞ。
私も彼が何を云ってるのか、どうしてこんなに回ってるのかわからなくなりますッ!←
きっとご馳走を目の前にして理性が吹っ飛んでるんですよ。
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<記憶の底>
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他の方法を知らないのだろう。先程、シュウにされたように口唇を啄《ついば》んでくるだけのマサキに、どういった反応を返したものかシュウは迷ったものの、欲望には打ち勝てない。シュウは次の瞬間にはマサキ頬を両手で包み、深く口唇を合わせていた。薄く開いたままのマサキの口唇に舌を差しいれ、熱く濡れた口腔内を探る。懐かしくさえある彼の舌を捕えたシュウは、思うがままに自らの舌を絡ませる。
シュウの舌を感じた瞬間こそマサキは身体を硬くしたものだったが、それも僅かな間のこと。シュウが差し入れた舌を受け入れたマサキは、何かに取り憑かれたように自らも舌を動かして応えてくる。
マサキの口の端から洩れた吐息がシュウの頬にかかる。それは冷えた肌が溶かされてしまいそうなほどに熱い吐息だ。
紛れもなくマサキは、シュウとの口付けに熱中していた。情熱を傾け、欲望を晒し、ひたすらに――。何を思ってマサキが自ら自分に口付けてきたのか、シュウにはその理由はわからなかった。けれども、ここまでの餌を与えられてそれを口にしないままに済ませられるような性格ではない。シュウはマサキが記憶を失っているからこその素直さを、躊躇うことなく利用した。
利用して、そうして。
あますことなくその口唇を貪ったシュウは口唇を離し、頬を包んだ手でマサキの顔を仰がせたまま訊ねた。
「何故、こんなことを」
「思い出すかと思った」
予想だにしていなかった答えに、シュウは苦笑せずにいられなかった。
自分と同じ性別を持つ相手に喘がされ、快楽の渦へと突き落とされる。そして絶頂へと導かれては果て、果ててはまた喘がされるところから繰り返される……たった二度の過ちの間、マサキはどれだけ蕩けそうな声で喘ぎ、官能的な表情をしてみせたことだろう。
緩む口元を引き締めることもせず、切なくも甘い声で鳴いてみせたマサキ。あの勝気な少年は、自らの欲っするものをシュウによって思い知らされてしまったのだ。
――それはマサキからすれば、記憶の底に沈めておきたい記憶であることだろう。
だのに記憶の無いマサキは無邪気に振舞ってみせたものだ。記憶を取り戻したいその一心で、シュウに自ら口付けてくるほどに。これが喜劇でなければ何が喜劇だろう! シュウは思った。記憶が無くなっただけで人はこうも変わるのだ。自らの立場と性別故に、シュウを容易くは受け入れられなかったマサキとは雲泥の差だ。
シュウが欲しいのは、そのマサキだ。
自らの立場と欲望の間で葛藤し、それでも最終的には快楽に屈してしまう。それでも自ら求めるまでに従属することはない。薄氷の上で儚い抵抗をしてみせるマサキは、そうしてシュウが与えた誘惑を耐え続けたのだ。
僅かに刺激を与えるだけで心を揺らがせる危うさを孕んでいる少年。鋼のような意思を持ちつつも人間らしい弱さも持ち得ている少年。彼が極限で発する強さはまるで白光のように眩い。
――それがどうして魅力的に映らないものか……。
目の前のマサキに見入りながらシュウは思った。自分はこのマサキでは駄目なのだ。わかっていても欲望を感じずにいられないのは、その蓮っ葉な態度や藪睨みがちな瞳の所為だ。マサキ自身を表す要素が同一のものであればあっただけ、シュウはその要素に欲情せずにはいられない。けれども、あの時と同じように抱いたとして、このマサキはあのマサキのような反応をするだろうか?
答えは否だ。このマサキはあのマサキとはきっと違った反応をすることだろう。それが記憶のあるなしの差だ。そう容易に予測出来てしまうのに、シュウはこのマサキさえも掌中の珠のように感じてしまっている。
「あんた、本当に不思議な奴だな。さっきまであんなだったのに、今は押し黙って」
マサキはそう云って、頬を包んだままのシュウの手に自らの手を重ねてきた。
かつてのマサキを彷彿とさせる真っ直ぐな瞳。それが凝《じ》っとシュウを見詰めている。
「俺に記憶があったら、あんたはそんな表情をしなくとも済むのかな」
「余計な物煩いをさせてしまいましたね」シュウはマサキの手をやんわりと外した。「眠くなるまでテレビでも見ては如何ですか、マサキ。私もシャワーを浴びなければなりませんし」
「あ、そうだよな。俺だけさっぱりして……忘れてたよ、ごめん」
素直に謝罪の言葉を吐くマサキに、シュウは微かに目を見開いた。記憶のあるマサキは同じシチュエーションでどんな反応をしてみせることだろう。それはシュウの知識や経験にはないものだ。ないからこそ想像も付かないその世界にシュウは憧れを感じた。そしてひとつの真理に気付いた。
――自分は今、二度と見れないマサキを見ているのだ。
シュウはその天啓のような事実に陶酔した。そのまま、テレビを点けたマサキを置いて、服を着たままバスルームに飛び込む。そう、自分はマサキの知らないマサキを見ている。しかも、記憶が戻るまでの間、そのマサキを自分の手元に置けるのだ。
シャワーのコックを捻り、冷えた水を頭から被った。そうでもしていないと、正気を失ってしまいそうだった。シュウの心を捕えたマサキは、記憶を失って尚、シュウの心を掴み続けるのだ。ずっと、変わりなく。
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