ここに書きたいことは色々あるのですが、私がこのシュウについて言及すると、話を台無しにしてしまう可能性が大いにあるので、口を噤むことにいたしました。取り敢えず、今回書いていて言いたかったのは「童貞か?」でした。酷いツッコミもあったものです。
ということで、本文へどうぞ。
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<記憶の底>
マサキを寝室に追いやって、ソファで寝た翌日。シュウが目を覚ますと、キッチンにひとり立っているマサキがいた。どうやら昨日の夕食の残りのミネストローネを温めているようだ。
シュウの起床の遅さに待ちきれなかったのではないだろうか。育ち盛りの少年に対しての気遣い方がわからないシュウは、そこでようやくマサキの食事に気を掛けてやらなければならないことに気付いた。
きっと腹を空かせてのことに違いない――。キッチンに入り、マサキと名を呼ぶ。振り返った彼は気まずそうな表情だ。
「おはよう……その、ただ居るのも悪いし、何かしなきゃと思ったんだけど……」
その手元を覗き込めば、コンロに乗っているフライパンの中に、少し焦げたベーコンと目玉焼きがある。充分に朝食として通用する焼き具合だが、マサキは焦げてしまったことが気になるようで、「勝手にキッチンを使ってごめん」と呟いた。
「充分ですよ、マサキ。あなたもお腹が空いているでしょう。このまま朝食にしましょう」
朝食を終えて、換気も兼ねて窓を開く。昨夜は庇《ひさし》で寝たらしい。その際に、自らの罪深い主人の醜態の数々を覗いていたのか。チカがそっと顔を覗かせて、「あまり感情移入はなさらない方が賢明だと思いますがねえ」咎めるように言葉を吐く。
「喋るんだな、その鳥」
「使い魔というのですよ。ほら、チカ。挨拶を」
「知っている人間に初対面の挨拶をすることほど、難しいことはありませんね」チカは羽根を広げて首を振ると、「あたくしの紹介はご主人様にお任せしますよ。マサキさんがこんな状態では調子が狂います」
そして空へと羽ばたいていった。
「使い魔って何だ?」その軌跡を目で追いながらマサキが云う。
「魔法生物ですよ。主人の無意識の影響を強く受けた形で生まれてくる。こういった形ですので、大した作業はさせられませんが、それでも頼りになる生物です」
ついでと、シュウは相変わらず気を失っているマサキの二匹の使い魔の様子を見ることにした。
シロとクロ。二匹の使い魔の脈拍、体温はいずれも正常値を刻んでいる。とはいえ、状態は正常ではない。傍目には眠っているようにしか見えないものの、昨日と変わらない姿。凡《おおよ》そ猫らしからぬ体勢で固まっている辺り、行動不能状態に陥っているのは明らかだ。
「これもあんたの……その、使い魔、なのか?」
マサキはシュウの背後から二匹の使い魔を覗き込んでいる。シュウはその目の前でひと通りの検査を終えると、マサキを振り返った。
「まさか。これはあなたの使い魔ですよ、マサキ。サイバスターの制御に必要な大事な使い魔です」
「猫の姿にしか見えないけど、どうやってあんな巨大な機械の塊を制御するんだ」
「魔法生物ですからね。肉体を持っているように見えても、実際は違います。そうですね、思念体と云った方がわかり易いでしょうか。彼らは精神で魔装機をコントロールします。とはいえ、あなたの操縦能力には遠く及びませんがね」
「わかったような、わからないような……」
「今はそれでいいのですよ。それよりも、着替えを渡さないとなりませんね。このまま夜着で活動させる訳にも行きませんし」
シュウは寝室に向かい、適当な服を見繕うとマサキに手渡した。サイズの違いはどうしようもないが、同じ服を洗濯もせずに着続けさせる訳にもいかない。相変わらず袖も裾も余り切った服を、文句も云わずにマサキは着替えると、未だ着替えが途中のシュウに、脱いだ服をどうずべきか尋ねてきた。
「脱衣所の洗濯機の中に放り込んでおいてくだされば結構ですよ」
そこでマサキはシュウの胸の傷に気付いたようだ。「その傷……」と躊躇いがちに口を開いた。
シュウにとっては決して好んで口にしたい来歴ではなかったが、生々しい傷跡を目の当たりにして、それをないものとして振舞われる方が辛くもある。いっそ、この機会に打ち明けてしまいたくもあったが、記憶がないからといって背負わせていい話でもない。
シュウは口元を歪めてみせると、「長く生きていれば、このぐらいはね」
「そうだよな……あんな大きな人型汎用機《ロボット》に乗って戦ってるんだ。傷のひとつやふたつぐらい付くよな……」
それがマサキには少しばかり衝撃的だったようだ。眉を寄せて考え込む素振りを見せた。少しの間。記憶が無いからこそ葛藤するのだろう。そう思って敢えて黙っていたシュウが着替えを終える頃になると、そのことについては考えるのを止めたのか。それとも納得する答えでも見付けたのか。マサキは待ち構えていたかのように口を開いた。
「なあ、洗濯機ってどう回すんだ」
何かに専念していないと、余計なことを考えてしまうのだろう。朝から忙しないマサキに、かといってあれもこれもやらせるのは気が引ける。シュウは脱いだ服を手に、脱衣所に向かう。
ひとりになるのが不安らしいマサキが後を付いて来る。
昨晩もそうだった。何やかやと理由を付けて寝室に行くのを嫌がったものだ。それをシュウはどうにか説得して寝室に送り込んだ。
――本当に雛鳥のようだ。けれども悪い気はしない……。
孤独を好むシュウは、けれども完全な孤独は厭った。チカや仲間を側に置いているのも、枯れ木に花咲くぐらいには賑やかたれと思ってのこと。時に賑やか過ぎることもあったものだが、彼らはシュウの意思表示に逆らったりはしない。ひと言、言葉を吐けばそれで済む。
今のところ、総じてシュウの思惑通りの役目を果たしてくれている彼ら。調査の為の仮住まいとはいえ、あまり長引くと、ここに押しかけてこないとも限らない。そのいつもなら寛容でいられる現実が、今のシュウにはうっとおしくも感じられた。
「朝食の支度だけで充分ですよ。それは私がやります。それが終わったらあなたの当座の衣服を買いに行きましょう。同じ服を何度も着るのも嫌でしょう」
「別に……どうせ、直ぐ記憶が戻るんだろ。俺はあんたの服でいいよ。短い期間の為に金を使わせるのも悪いしさ」
傍若無人なあのマサキからは想像も付かない殊勝さ。洗濯機を回し始めても尚、側を離れないマサキにふとシュウの心に悪戯心が芽生える。マサキ、とその名を呼んで、シュウはマサキに向き直った。次の言葉を待っているマサキの頬に手を添える。昨夜は自ら口唇を重ねてきたマサキは、シュウからのアクションには慣れないのか。少しばかり身体を硬くすると、それでも真っ直ぐにシュウを見上げてくる。
シュウはマサキの頬から手を上げて、瞼をそっと閉じさせた。
そして口唇を重ねる。
行為自体には慣れたのだろう。大胆にもマサキは手を伸ばしてくると、シュウの背中に腕を回してきた。そしてまるでシュウの舌を招き入れるように、閉じていた口唇を開いて、差し入れられた舌に自らの舌を絡めてくる。
――どこまでこの少年は自分を求めるようになるのだろう。
シュウは差し入れていた舌を引いた。それに対するマサキの反応を見たいが為に。
マサキはシュウの口唇を食《は》んだ。開いた口唇の間から、時に舌を僅かに覗かせ、シュウの口唇を舐めてくる。シュウは何をすることもないままに、黙ってそれを受けた。沈黙が続く。暫くシュウの口唇を食んでいたマサキは、少しもすると物足りなさを感じたのだろう。自ら、シュウの口唇の奥へと舌を差し入れてきた。
シュウはマサキの好きにさせた。舌を絡めれば応じてやり、舌を引いて口唇を開けば舌を差し入れてやりと、マサキが求めるがままに口付けを与えてやる。それに応じて次第に荒くなるマサキの吐息が、彼の興奮度合いを表していた。
それでも、どこかでは終わりにしなければならないと思ったのだろう。やがてマサキはシュウから口唇を離すと、そうっと。赤く染まった頬を隠すように、シュウの胸元へと顔を埋めてきた。
「思い出せそうですか?」
「わからない。けど、あんたとこうしているのは嫌いじゃない……」
水か染み込むように自らの存在を受け入れていくマサキの素直さが、シュウには愛おしい。求めれば全身で応じてくるこのマサキは、シュウが望めば身体をも開くのではないだろうか。
そのしなやかな身体を思うがままに蹂躙し、屈服させ、従属を得る。それは紛れもなく、これまでにない歓喜をシュウの身に齎す経験となるだろう。とはいえ、記憶の無いマサキにそんな無茶を強いるのはシュウの自尊心《プライド》が許せそうにない。
そう、これ以上を求める訳にはいかないのだ。
このままでは、いつか自分は破綻する。わかっていながらも、シュウは衝動的に顔を覗かせる自らの暗い欲望を抑え込まずにはいられない。
何故なら、それが素直に身を委ねてくる記憶の無いマサキへの、唯一シュウがかけてやれる優しさでもあったからだ。
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