忍者ブログ

あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底(10)
気付いたら二桁回に突入です。

今日はこの作品に精魂を捧げて終わりになりそうな@kyoさんです。こんばんは。
バレンタインもやりたいですし、某所のあの救い難い作品も更新したいのですが、とても残念なことに私はひとりしかいないんですよね……私が死ぬまでには、人間の身体は攻殻機動隊のように義体化出来るんじゃないかと思ってるんですが、そうしたら物理的なマルチタスクも可能になったりするんですかね?
でも義体化しても脳はひとつですものね。精神を電脳化(AI化)したら行けるのかな、と思ったりもしますが、複数の自己は同一性を保持出来るのか、といった問題もありますし……

はあ、もうひとりでいいから自分が欲しい。

そんな感じで、では本文へどうぞ!
<記憶の底>

 そのマサキを追い立てるようにして、昨日と同じく。シュウは先にマサキをバスルームへと向かわせた。マサキが風呂を済ませている間に皿洗いや洗濯物の片付けといった雑事を済ませ、今日も寝所とすべく、シュウはソファに自らの荷物を運び込んだ。
 ソファ周りを整え終える頃になって、マサキがバスルームから出て来る。夜着も買い与えてあったからか、昨日よりは落ち着いて見られる恰好になっていた。これでもうシュウがマサキの格好に心を乱されることもないだろう。袖や裾がだぼついた姿を見ずに済むようになっただけでも、シュウの心は大分平穏を保てるようになっていた。
 入れ違いにバスルームへと向かい、シュウは手早くシャワーを済ませた。元々、あまり長湯を好まないこともある。昨日ほどに心を乱されていないからだろう。シュウはシュウで、この環境に慣れを感じ始めていたのかも知れない。昨日のように衣服の後始末に困るようなこともなく、リビングへと戻ってみれば、まだ眠るつもりはないようだ。マサキはソファの上で、無防備にもシュウが用意したブランケットを、肩から羽織るようにして包《くる》まりつつテレビを眺めていた。
 どこかしどけなくも映る横顔は、食事とシャワーを済ませてひと心地付いたこともあるのだろう。薄く開いた口元が、時折、無意識にテレビに向かって言葉を吐いている。二日に渡って自らの服を着せるという愚行を犯さなかったことに、先刻のシュウは安堵を覚えたものだが、この恰好は恰好で心を乱してくれたものだ。
 髪を乾かすのが苦手なのだろうか。それとも湯上りの汗を含んだのか。しっとりと湿度を残した毛先が、額や頬に張り付いている。サイズの合った夜着の襟元は、昨日のように鎖骨を露わにはしていなかったものの、タイトに身体の線を浮き立たせてくれたものだ。あまり側に寄りたい恰好ではないが、今更別のソファに身を収めるのも、マサキに気まずさを感じさせるだけとなるだろう。シュウはマサキの隣に腰を下ろし、自らはソファの端に積んだ書物に手を伸ばした。
「そういや、あんたの使い魔。朝から姿を見てないけど、放っておいていいものなのか」
「あれはあれで気を遣っているつもりなのでしょう。ここで休むつもりなら、とうに戻って来ていますよ」
 シュウに限ったことであったかも知れないが、主人の無意識の産物である使い魔は、どうやら主人の意識を読み取ることも可能であるらしい。詳しい話を聞いた訳ではないが、勝手にシュウの感情が流れ込んでくることもあるのだという。だからだろう。チカはシュウのマサキに対する度を越した執着心に気付いてるようだった。
 でなければ、どうしてああも露骨にシュウを咎める言葉を吐けたものか。
 恐らく、チカはシュウがマサキと性的な関係を持ったことにも気付いているのだ。気付いていて、敢えて直接的に触れずに済ませる言葉選びをしてみせた。チカは口煩くも躾の至らない使い魔ではあるが、相手によってはきちんと発言を慎んでみせる辺り、主人たるシュウの性質を把握している。
 使い魔を生かすも殺すも主人の意思ひとつだ。
 生まれたばかりのチカは、兄弟とも呼べる存在を失った。喧《やかま》しさに耐えきれずにシュウが消した命だ。その瞬間に、彼は自分の命が容易く奪われるものであることを思い知ったのだろう。それからチカは意地汚くも生に執着するようになった。
 彼は迂闊な言葉遣いが自分の命を縮めることをわかっている。
 規格外の使い魔たるチカは、きっと今夜も軒下で身を休めてみせることだろう。とはいえ、彼の期待するようなことにはならないと、シュウは思っていたが――……。
「おかしな使い魔なんだな。だって、あんた云ってたよな。使い魔は魔装機の制御に必要だって。その割にはあんたの人型汎用機《ロボット》に一緒に乗り込むこともしない」
「私の機体は魔装機ではありませんからね。練金学でコーティングはしてありますが、元々は地上の技術を用いられて作られた機体です。勿論、いれば副制御《サブ・コントロール》を任せることもありますが、最初からそういった設計思想で作られた訳ではないのでね。いなくとも済む、その程度の機体ですよ。私のグランゾンは」
「あんた、地上に居たのか」
 ええ、と頷いたものの、詳しく聞かれたい話でもない。破壊神サーヴァ=ヴォルクルスに魂を乗っ取られて暴虐の限りを尽くしたシュウは、地上世界を滅ぼそうとしたところで一度の死を迎えている。死という救済を与えたのは他ならぬマサキだ。シュウはその事実に感謝を覚えてはいるが、マサキがどう考えているかまではわからない。
 記憶のあるマサキならまだしも、そうでないマサキが背負うには重い過去。シュウはそれ以上マサキに追及させぬよう「そろそろ休みませんか? 今日は方々へ出て疲れたことでしょう」と話を逸らした。
 笑顔は鎧であるのだ。
 露骨な話題逸らしをも正当化させる、無言の圧力。それは王宮時代に培ったシュウの護身術のひとつだった。元老院、或いは侍従たちはといった王族の世話を任せられている者たちは、主人たる王族に対して余計な干渉を厭わなかったものだ。彼らは緋のカーテンの奥で権謀術数の限りを尽くし、自らに敵対する者の足を引っ張ることに余念がなかった。第三位の王位継承権を有していたシュウが、その立場の割に、そうした陰謀に巻き込まれることが少なかったのは、この笑顔のお陰でもあっただろう。
 だからか。さしものマサキもシュウの笑顔の裏側に隠された思惑には気付いた様子た。そうか、とだけ呟いて話を終わらせる。
「あんたは疲れてるのか? 俺はそんなでもないんだけど……」
「ずうっと太陽が昇りっぱなしの生活ですからね。慣れるまでは、やたらと活力が漲《みなぎ》ったようにも感じられるそうですよ。その勢いに任せて生活を送ると、どこかで身体を壊しかねない。記憶のあるあなたならいざ知らず、ないあなたにとってここはまだ異世界です。素直に身体を休めておいた方がいいとも思いますが」
 そうでなければ自分は精神を休ませられないのだ、とはシュウは云えなかった。


.
PR

コメント