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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

記憶の底(11)
恐らく、次回で終わると思いますこの話。本日はここまでにしとうございます。
いや、しかし総じてシュウがマサキに発情しているだけの話ですね、これ。笑

あまり前置きを書く気力がないので、早速本文へどうぞ!
<記憶の底>

 うなじを覆う伸びっ放しの髪。その髪を掻き分けて、見た目よりも繊細な首筋に吸い付きたい。浅い襟足から覗く鎖骨。思ったよりも色の白い肌に舌を這わせたい。目を閉じれば未だに鮮やかに思い出せるマサキの欲望に溺れた表情の数々。その記憶がシュウを惑わせる。
 マサキと一つ屋根の下で過ごす。こんな好機が訪れることなど二度とないだろう。誘惑は限りない。にも拘わらず、そのマサキには記憶が無い。シュウの愛撫によがってみせた記憶も、シュウの男性自身を受け入れて喘いでみせた記憶も。
 口惜しさに滅茶苦茶にしたくもある。
 他人の知らない姿を晒してみせて、それでも尚シュウを躱そうと藻掻き続けたマサキ。そのマサキを自分だけのものとしておきたい。自分だけを見て、自分だけを感じさせて、ずうっと。ただ欲望の赴くまま、快感に溺れ続けさせたい。
 滾る欲望をどう処理すればいいかわからないシュウは、それでもその行き場のない感情を押さえ込むことでしか、自分を保つことが出来なかった。だからマサキを早く寝室に追いやりたいのだ――。だとというのに、マサキはマサキでそういったシュウの感情にまで思いを馳せることはないのだろう。ブランケットを羽織ったまま、そうっとシュウに凭れてくる。
「起きていたいのですか」
「眠くないんだよ」
 頬にかかったままの髪を払い、その表情を窺えば、どこか拗ねたようなマサキの顔がある。まるで子どものよう。雛のように纏わり付いて来る印象もあってか、シュウの良く知るマサキと比べると稚くも感じられる。彼の身体はこんなにも小さかっただろうか? そうシュウが思った刹那。マサキはシュウの膝に手を置くと、背を伸ばして口付けてきた。
 当然のように繰り返される口付けに、シュウが途惑いを覚えることはなかったが、蜘蛛の糸で繋がれているような不確かさが気に入らなくもある。彼が何を思ってシュウに口付けてくるのか。朝にその答えを得られなかったシュウは、性的なことに関心の向き易い年代なこともある。きっと、欲望に溺れているだけなのだと思うことにした。
 それならそれで遣り様もあるというもの。
 自分ばかりが理性を試されている状態に疲れてしまっていたシュウは、止め処なくマサキの口唇を奪い続けた。腰を抱え、髪に、頬に、首筋に手を這わせながら、ひたすらマサキの舌を貪る。されるがままのマサキの息が上がるまでにそうは時間はかからない。熱い吐息が頬を撫でる。その感触が例えようもなく心地いい。
 深く、果てなく、いつまでも――。
 マサキの口唇を味わい続けるシュウに、マサキはマサキで限界を迎えたのだろう。名残り惜し気に口唇を離すと肩で息を吐きながら、あどけなくも映る瞳でシュウを見上げて、「……それだけ、なのか」とだけ云った。
「もっとして欲しいの、マサキ。もう充分過ぎるぐらいにしたでしょうに」
「そうじゃなくて、その、続き……」
 その台詞でマサキの云わんとすることを察したシュウは、激しく動揺した。時間をかけて云わせるつもりだった自分を求める台詞を、記憶の無いマサキに先に云われるとは思ってもいなかったからだ。だからこそ、シュウは自分が動揺している事実を、マサキにだけは悟られたくないと思った。努めて冷静さを保ちながら、疚しさを封じ込める。そして、自分を凝《じ》っと見上げているマサキの頬を撫でた。
「記憶の無いあなたに無茶を働く訳には行かないでしょう。そうでなくとも、あなたにはあなたが思っている以上の精神的な負担がかかっている状態だ。これぐらいの刺激で丁度いい」
「おかしくなりそうなんだよ。あんたとキスしてからずっと!」マサキの手がシュウの胸元を掴んだ。「あんたはどんな風に俺に触れるんだろう。どんな風に俺を抱くんだろう。そんなことばかり考えてる!」
 切なげにそう吐き出したマサキは、その勢いのまま。掴んだ両の手に額を重ねるように、シュウの胸元に頭を埋めてくる。
「あんたは俺を知ってるって云うけどさ、俺にとっては、昨日、会ったばかりの他人なんだ。それなのに、こんなことばかり考えてて。なあ、あんた。本当にどうにかなりそうなんだ。あんたは俺の何なんだ。どうして俺はこんなに苦しいんだ。教えてくれよ」
 どうにかなってしまいそうなのは、自分の方だ。
 シュウは叫びだしたくなる気持ちを堪えるのに必死だった。記憶の喪失とはいえ、マサキのそれは一時的な健忘だ。器質的な問題ではない以上、元あった記憶は脳に残されたまま。それが打撲の衝撃で上手く引き出せなくなったに過ぎない。
 それなのに――。否、それだからこそ、マサキの言葉はシュウに衝撃を与えたのだ。
 記憶の無いマサキの中には、シュウとともに過ごした時間の記憶がある。そう、マサキが変調をきたしてしまった原因は、その記憶。二度の性的な交渉に他ならない。そうでなければ他にどう説明を付けたものだろう。マサキはその記憶を認識出来ないけれども、覚えているのだ。だからこそ意識がそこに向かい、そしてだからこそ考えずにいられない。
 その上で、自分を求める言葉を吐いた!
 今直ぐにでも、その全てを奪い去りたい。そうして泣くほどに責め立てたい。幾度目の衝動的に感じた欲望は、けれども最早堪えきるのは困難なまでに、シュウの中で膨れ上がってしまっている。それもその筈。聞きたかった言葉を、記憶の無いマサキであるとはいえ、その口から聞けたのだ。理性や自尊心などもうどうでもいい。弾かれたようにシュウはマサキを抱き締め、髪に、額に、こめかみに、頬に、口唇に、所構わずと口付けていた。


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