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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

過去からのemancipation
本当はもっと重い話にしようと思ってたんですが……あれ????でも白河とリューネがタイマンで話をしているところを書けたので、私としてはそれだけで満足だったりします。
 
誤字・脱字・衍字がありましたらお知らせください。
 
私にとってリューネって癒し枠なんだなあと思い知りました。過保護なところはいただけませんが(男はやっぱり女性に無条件の母性を求める生き物なんかなー、と公式におけるリューネの変遷に思ったりもしなかったり)彼女のさっぱりとした性格に助けられることも多々ありますよね。
<過去からのemancipation>
 
 グランゾンの調整ついでにあてのない遠駆けに出たシュウは、その道半ば、丘陵地帯に差し掛かったところで視界の隅に起立する機体を捉えた。ひと目見たら忘れることの出来ないフォルム。まるで人形《ドール》をそのまま大きくしたかのようなピンク色の髪も鮮やかに。愛らしい体型の戦闘用|人型汎用機《ロボット》は、その操縦者を操縦席に置いていないのか、通信を申し込んでみても返答がない。
 かつて地上で隆盛を誇ったDC。その総帥だった今は亡きビアン=ゾルダークが、愛娘の為に造り上げた世界にただひとつしかないオリジナルカスタム機、ヴァルシオーネR。ラングランの吹き抜ける風を受けて、丘陵の裾野に静かに佇んでいる機体は、太陽の光を全身に受けて眩く反射していた。
 サフィーネのウィーゾル改もそういった意味では目を引く機体であったが、やはり当時の世界最先鋭をゆく科学者が、自らの持てる力と技術を注ぎ込んで造り上げた機体だけはある。潜在能力《ポテンシャル》の高さはウィーゾル改では望むべくもない。小柄な機体サイズに見合わぬ高出力武器に、重心の高さに見合わぬ平衡《バランス》機能。ヴァルシオーネRの製作に用いられた高度な技術の数々は、日進月歩で技術が進化を遂げる戦闘型|人型汎用機《ロボット》開発の歴史に燦然と輝く功績であったとシュウは思っているし、またそれを裏付けるようにヴァルシオーネRも第一線で活躍を続けている。
 科学者としては、これ以上の栄誉には与《あずか》れない。
 自分とグランゾンもそう有りたいものだ……そう思いながら、通信を申し込むこと幾度。返答を得られなかったシュウは、ヴァルシオーネRにグランゾンを寄せ、自らの使い魔たるチカに後を任せると単身地上に降りた。
 リューネの姿は直ぐに見付かった。
 背の高い草むらに囲まれていても目を引く金髪が、ヴァルシオーネRから少し離れた丘陵の頂きに見えた。線の細い柔らかな髪が、なだらかな斜面を駆け上がる風を受けてなびく。抱えた膝に顔を埋めているということは、眠っているのだろうか? 少し離れた位置からリューネ、とシュウがその名を呼ぶと、起きていたらしい。その肩がぴくりと震えた。
「あんたか。嫌な奴に見付けられちまったもんだね」
 顔を上げてちらとだけシュウを見たリューネは濡れた目尻を手で拭い、広く続く丘陵地帯から正面に見える小さい街影に視線を向けた。どうやら自分は良くないタイミングで姿を現してしまったようだ。シュウは逡巡したものの、しかし今更声をかけてしまったものを、なかった風にして立ち去るのも気が引ける。
「座ってもいいですか?」
 リューネの隣に立って訊ねると、彼女は露骨に顔を顰めてみせた。
「えー? あんたと並んで気分転換?」
「相変わらず、私はあなたに好かれていないようですね」
「当たり前じゃないの」リューネは口元を膨らませた。「あたしのマサキを取ろうとしておいて何云ってんの?」
 世の中は上手く回らないように出来ているものだ。シュウは肩をそびやかせて、草むらに腰を落とした。
 シュウはシュウなりにビアンに恩義を感じていた。でなければ、どうして最期の瞬間までその野望に付き合えたものか。だからこそ、ビアンの遺児たるリューネも折に触れて気にかけてきた。
 さっぱりとしていながらもきっぱりとした性格のリューネは、はっきりと好き嫌いを口にする。そんな彼女からすれば、シュウのように回りくどく勿体ぶった物言いを常とする人間は、マサキの件があろうとなかろうと受け入れ難く感じられるものなのだろう。昔は取り付く島もなかったものだ。
 それと比べれば、格段に柔らかくなった対応。
 シュウはふふ……と笑った。
 早くに父を喪ったとは思えない逞しさと強《したた》かさで、新しい世界を生き抜くリューネ。過ぎた歳月は、その分だけ彼女を成長させていったのだ。隣に座るのを許してくれる程度には、シュウの存在を受け入れるようになったリューネに、シュウの口元は自然と緩む。
「何よ、もう。変な男」
「成長しましたよね、あなたも」
「そうかな? まあ、あんたも丸くなったもんね」
 遠く小さな街影が蜃気楼に揺らめいている。それを、発した言葉の意味を噛み締めるように、暫く黙って見詰めていたリューネは、長く続く沈黙に耐えかねたのか。顔をシュウに向けてくる。
「ところで何の用? っていうか、あんたがあたしに個人的に用があるようには思えないんだけど。もしかしてマサキが目的? それだったらあたしと一緒に居てもマサキは来ないよ。今日は多分、ウエンディのところに行ってるんじゃないかな。サイバスターの調整が必要だって云ってたし」
「散歩のついでに見かけたので、声をかけてみようかと思ったのですよ」
「本当に気分転換なんだ。何だかなあ」
「それよりもあなたはマサキに付き合わなかったのですか? ウエンディのところでしたら遠慮をする必要もなかったでしょうに」
「まあ、なんつーの、うん……」そこでリューネは言葉を濁した。
 どうやら先ほどの涙の跡はその人間関係が原因だったのだろうか。らしくなく表情を曇らせるリューネから、シュウは視線をそっと外した。
 あまり自分に見られたい表情ではないだろう、そう思ったからこそ。
 その眩い髪の色に等しく天真爛漫なリューネ。彼女には迷いがない。いつだって自分の行く道を、まるでそれが定められた道かのように即断してみせる。そんな彼女が迷いを見せる機会は限られているだろう。
「ねえ、男ってさ、やっぱおしとやかな女が好きなもの?」
「それは人によるものでしょう」
「少なくともマサキはそういう女性が好きっぽいよね。ウエンディやテュッティ相手だと気を許してるっていうかさ……何だろ? やけにしっかりするっていうか、いいとこ見せてるって感じがする」
 案の定と云うべきマサキが絡んだ返答に、シュウは苦笑を洩らした。自分の次はウエンディにテュッティとは、誰にも彼にも嫉妬の激しいことだ。この調子ではその内、プレシアにも嫉妬心を滾らせる日が来るのではないだろうか。
「それは仕方のないことでしょう。彼女らは精神に問題を抱えてしまっている」
「わかってるんだけどね。それだけじゃないっていうかさー……」
 ウエンディとテュッティ。自らではどうにもならない傷を抱えてしまっているふたりの女性たち。彼女らのどこか地に足が付いていない様態は、自らに対する頼りなさからくるものであるのだろう。
 儚い、という言葉が良く似合ってしまうふたりの女性たち。彼女らは好きでそうなっていったのではないとシュウは思っている。シュウと同じだ。どこかで自分を自分から切り離さなければ、生きていけない。そうでなければ、ウエンディもテュッティも、或いはシュウも、自分ではない自分のしたことに対する自戒の念で押し潰されてしまう。
 マサキはだからきっと、放っておけないのだ。
 危うさを抱え込んでしまっている自分たちを。
 けれどもそれを理解出来ないリューネではあるまい。人は誰しもひとりでは生きてはいけないのだ。それは抱えてしまった枷の程度に限らない。それでも、やはりひとりの女性としては、マサキの他の女性に対する態度に思うところが出てしまうのか。
「あなたもそういう風に扱って欲しいのですか」
「そうじゃないよ。なーんかね、距離が一向に縮まらない気がするなあ、って」
 わかんないの? そう云って、リューネはシュウを睨んでくる。
 泣いては憂い、そして怒り。瞬間、瞬間で表情を変えてみせるリューネに、ころころと表情の良く変わることだ……横目でその表情を窺いながら、シュウは気分屋でもあるリューネの気持ちというのは、自分では手に余るものであるのかも知れないと思った。
「そうは云われても、どういった関係を築きたいのかわからないことには、何とも」
「あたしばっかりマサキの心配をしてる気がするの! 何ていうの? あたしはもっと対等にマサキと付き合いたいの。マサキのこと知りたいし、マサキにもあたしのこと知って欲しい。でもあたしが想ってるほど、マサキはあたしに関心がないような気がするんだよね」
「そう云ってみてはいかがですか。何もアクションを起こさずに、相手からのアクションを待っていても事態は何も進展しませんよ」
「あんたに話をしたのが間違いな気がする。あのね、それは頑張ってやってるつもりなの。でもマサキに逃げられちゃうっていうの? マサキはあたし相手だと、深い話をするの避けてる気がするんだよね」
「まあ、彼は束縛を嫌う性格ですからね。気紛れな風の精霊に認められるということは、そういうことでもありますよ。とはいえ、マサキに限ったことではなく、魔装機の操者たちは全員そうした性質が強い気がしますが」
 そういった意味で、シュウと魔装機の操者たちは本質を同じくする生き物であるのだろう。
 シュウはリューネの言葉に、自らを取り巻く人間関係を思った。彼女らに大人しく云うことを聞かせるまでに、どれだけの歳月がかかったものか。
 女性とは本当に厄介なものだ。好きになった相手の全てを自分が知り、そして手に入れないと気が済まない。全ての女性がそうだとは流石に云わないものの、シュウの知る女性たちの大半はそうした感性で生きている。それは一歩間違えば過剰な束縛となって相手を縛る鎖になりかねないのに。
 人が輝ける人生を送れるのは、心のままに自由に生きられるからだ。
 その羽ばたける翼をもいで地上に縛り付けることに何の意味があるというのだろう。シュウには理解出来ない。それは最早、自分が愛した相手ではないのだ。
「でもだからって、そういうもので済ませてたら何も進展しなくない?」
「頑張っているつもりで上手くいかないということは、アプローチの仕方が間違っているということですよ、リューネ。もっと違った方法でアプローチしてみては如何ですか。例えば、話題の幅を広げてみるとか。そこから思いがけない話が聞けるかも知れませんよ」
「そういうもんかなー……」
「警戒心の強い相手の警戒を解くのには、根気と時間が必要でしょう」
「まあ、それはそうだよね。マサキ、手負いの獣みたいなとこあるから。野生の動物を手懐けるのと一緒。気長にやるつもりではいるけれど、今日みたいに喧嘩になっちゃうとちょっとね。あたしも凹《へこ》んじゃうんだよね」
 そこで、ぱん、と膝を叩いてリューネは立ち上がった。
「いい気分転換にはなったよ、ありがとね。あたしやっぱり短気を起こしちゃってたんだろうね、待つって云っておきながら。もっとのんびり構えないとね」
「お役に立てたのでしたら何よりですよ」シュウも頃合と立ち上がる。
 丘陵を駆け上がる風がふたりの身体を撫でて、空に吹き抜けてゆく。波打つ草むらが、足元をくすぐった。小春日和。ほど暑い陽気に立ち上る蜃気楼。丘陵地帯の先に伸びる薄い雲がその果てに歪むのをシュウは眺める。
 リューネもその景色を眺めながら、身体に付いた草を払っている。
 どういった効果があったのかはわからないが、ビアンの遺児の役に少しは立てたようだ。その晴れがましい横顔にシュウが言葉にし難い感慨を覚えていると、「でも、あんたはあたしの敵!」リューネは笑いながら、シュウに向けて指を突き出してきた。
「敵味方の敵じゃなく、恋敵!」
「どうしてそう思うのでしょうね」
「知った風にマサキのことを語るからよ!」
 髪を嬲る風に手のひらで乱れる毛先を押さえながら、リューネが云う。
 きっと半分は本音であるのだろう。
「だったら本気になるとしましょうか」
 世の中にはどうしても譲りたくないものが存在しているのだ。マサキ=アンドー。自らの心のままに生きている彼と向き合っている瞬間だけ、シュウは自分が自分でいられる気がした。だからこその執着。自分が自分であるがままにいられる大事な存在を、簡単には諦めるつもりはない。
 いつまでも一歩退いた場所から、世界に関わっていてはいられないのだ。
 貪欲に生きなければ奪われてしまいかねないものがある。
 シュウが放ったひとことに、刹那、リューネは呆けた表情になった。次の瞬間、「やっぱりあんたは油断ならない!」顔を盛大に顰めると、「あたしは絶対に譲らないからね!」両手に拳を作ってそう絶叫した。
 
 
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