携帯、の文字を見た時から、これで一本絶対書くと決めていたので、それを果たせて嬉しい限りです。ちょっと重苦しい真面目な話が続いたので、息抜きにラブラブカップルの話でも、と思ってプロットを練りました。楽しい!
でも実際のこのふたりって、絶対長電話しなさそうですよね。笑
でも実際のこのふたりって、絶対長電話しなさそうですよね。笑
<DIALLING⇔CALLING>
携帯電話の着信表示に、一瞬、心臓が止まった気がした。
思いがけない相手からの着信に気が動転したマサキは、何度も何度も着信画面に表示されている名前を見直した。本当に? そう思いながらようやく携帯電話を掴む。ところが今度は指先が震えてしまって上手くボタンが押せない。その間にも回数を重ねる着信音に増す焦り。先走る気持ちが更にマサキの指の震えを酷いものとした。
ようやくマサキがボタンを押せるようになった頃には、留守番電話システムが起動してしまっていた。彼は気を削がれてしまったのだろう。伝言が吹き込まれていることもなく切られていた電話に、「あー……やっちまった……」マサキは携帯電話を放り投げてベッドの上に寝転んだ。
就寝前。もう夜も遅い。
かけ直すのも躊躇われる時刻になってから電話を寄越した彼を責めようとは思わなかったものの、その大事な電話を指の震えで取れなかった自分の不甲斐なさ。次に彼からこうして連絡があるのはいつの日になることか。待ちに待った日だっただけにマサキの落胆は激しい。
ベッドの上でどうにもならない結末に身体を左右に振る。ひとしきり身体を振ったマサキは、やりきれない気持ちを吐き出すべくメッセージを打つことにした。相手は勿論彼ではない。それができていたら、そもそもこんな風にいたたまれない気持ちを抱えることもなかっただろう。
三週間ほど前のことだ。
自分と居るときに必ず電源が切られているマサキの携帯電話が彼は気になったようだった。何故電源を入れないのかを訊ねてきた彼は、ふたりの時間を邪魔されるのが嫌だと答えたマサキに、それでは携帯電話の用をなさないと苦笑しつつ、気紛れにもついでと自分の番号を教えてきたものだった。何かあったら連絡をしなさい、と言い置いて。
広い人脈の割には活用されていない感のある彼の携帯電話が鳴るところを、マサキは数えるほどしか見たことがなかった。それについてマサキが彼に訊ねてみたところ、どうも声での遣り取りは拘束されている気がして嫌なのだという。誰かとの連絡を取るのは専らメッセージで。しかも携帯電話ではなく個人用電子計算機《パーソナルコンピュター》を使ってだというのだから、彼の携帯電話の番号を手に入れたマサキが舞い上がらない筈がない。
「で、何であたしにメッセを寄越すのよ。あたしもう寝てたんだけど」
「だったらメッセで返信しろよ。何で電話を掛けてきてんだよ」
メッセージを送信して五分と経たずに電話を掛けてきたミオは、寝ていたという割にはやけにはきはきとした声で、「そりゃこんな面白い話、マサキから直接聞かずしてどうすんのよ」と、実に愉しげに云ってのけたものだ。マサキとしては不安に感じる部分もあれど、事情を知る人間が少ない以上、こういった時に頼れる相手もまた限られてくるのだから仕方がない。
話を大きくするきらいがあるミオは、時として煙が立たないところに木をくべるどころかガソリンを撒いてみせたりもすることもあるのだが、茶化したがりな魔装機操者たちの中にあっては、他人のプライベートな話を深刻にならずに、けれども最後まで必ず耳を傾けた上で、自分の見解を真面目に述べてくれる貴重な存在でもある。
ましてや年齢が近いからか、感性が似通っているものだから、マサキが愚痴る相手にこれ以上の適材もなく。
「っていうかさ、何で折り返さないの? あたしにメッセ送ってる時間があるなら折り返しなよ。何の為の携帯電話なの、それ」
「いや、それがな……」
舞い上がったマサキはどういった場面で彼に電話を掛ければいいのか考えた。何かあったら、と彼がわざわざ口にしたということは、恐らく本当に大事が起こった際の連絡用であるのだろう。とはいえ、「今日急に必要ができたから連絡した」は、幾ら偶に顔を合わせているとはいえ、何となくやり難い。そこでマサキは試しに一度、彼に電話を掛けてみることにしたのだ。
わかってはいたことではあるのだが、その電話に対する彼の態度が実に素っ気ない。マサキが用件を話すと、それならば用は済んだとばかりに電話を切ろうとする。一体、自分は彼の何であるのか! マサキはせめてもう少し、と話を振ってみたのだが、かつては頑固さと意地の張り具合で張り合えた仲である。全く取り付く島もない勢いで、「用事がありますので」と、電話を終えられてしまったのだ。
「えー、何なのその携帯電話の使い方。恋人同士だったらもっとこうさあ、会えない間のコミュニケーションを取るのに使うとか、そういった用なんじゃないの? 何そのロマンスの欠片もないビジネスライクな関係。マサキ、あたしの将来の夢を壊そうとしてない?」
「何だよ、将来の夢って」
「あたしだって恋人ぐらい欲しいんだけど、って話」
「やっぱり世の中の恋人同士っていうのは、きちんと連絡を取り合ってるんだろうな……」
「やめてよ、そこで落ち込むの!」
その時に、マサキは涙ぐましい努力で、ひとつだけ彼に約束させたことがあったのだ。彼の日常生活が多忙なものであるのは、マサキも承知していること。けれども、あまりにも長い間、番号を知りつつ連絡を取り合わないのでは、いざという時に連絡が取れるのかわからなくなってしまう。だから、せめてひと月に一度、短くてもいいから、そちらから携帯電話に連絡をもらえないか、と。
「……折り返しなよ」
「だってな、通話は拘束されるような気がして嫌だ、だぜ? それでも俺の話にくらいは付き合ってくれるんじゃないかと思いきや、今度は用事があるから嫌だ、だぜ? 怖いじゃねえかよ。これで掛け直して出なかったら俺は一体あいつの何なんだって」
「あー、うん。まあ、その答えは敢えて口にしないでおくわ……」
「やめろよ、お前! 俺を本気で落ち込ませたいのかよ!」
マサキの盛大な抗議に対して、爛れてるなあ。ミオがぽつりと電話機の向こうで呟く。きっと普段のマサキと彼の付き合い方を想像したに違いない。それに対して、煩えな。とマサキが返したところで、割り込み電話の呼び出し音が鳴った。
「あー、悪い。電話だ」
「掛け直してくれたんじゃないの?」
「そんな性格かよ」
「あたしは掛け直したに1クレジット。当たってたらマサキ、今度相談料と一緒に払ってね」
「わかった、わかった。じゃあ、切るぞ」
そしてマサキはその電話に出た。どうせリューネ辺りが寝られないからといった理由で掛けてきたに違いないと思いながら。
「随分、待たせますね。先程は出ても頂けませんでしたし」
そこに不機嫌に輪をかけたような彼の声が響いてきたものだから、マサキとしてはもう生きた心地がしない。「自分で催促しておきながらこの扱いでは、私としても少し考えるところがありますよ」それに加えて追い打ちを掛けるようなこの台詞! 如何にマサキが彼に日頃甘やかされているとの自覚があっても、素直に事情を話したところで許してもらえたものか不安になる。
「違うんだよ、あのな……その、さっきは俺、お前から電話があると思ってなくて……」
「約束したでしょうに。月に一度は私から連絡をすると」
「だから、嬉しくて、気が動転して、指が震えて電話が取れなくて」
「なら何故、直ぐに掛けて来なかったのです。部屋の電気が点いているということは起きているのでしょう、マサキ」
気の所為か、少しばかりその声が和らいだようにマサキには感じられた。こうなればもう少しの辛抱だ。部屋の電気について言及してみせた彼の居場所に対して疑問を感じはしたものの、ようやく治りつつあるその機嫌をまた損ねる訳にはいかない。マサキは素直に自分の失態がやりきれなくて他人《ミオ》に愚痴を吐いていたことを告白する。
「それにしても、折り返してくれてもよかったものを」
「だってお前、忙しい合間を縫っての電話だったら迷惑になるじゃねえかよ。この間みたいに直ぐに切られるの、俺は嫌だし」
「私の態度が悪かったということですね。それについては謝罪しますよ、マサキ。私は云った通り、電話で話をするのは得意ではない。そうである以上、最初からこういった形にしておけばよかったですね。ところで、偶々近くを通りかかったので電話をしてみたのですが、あなたはもう外に出る気はない?」
――私としては、あなたと話をするのであれば、あなたの顔を見ながらにしたいのですが。
マサキはベッドを降りて部屋の窓を開けた。遠く機影を煌めかせている青くも無骨なフォルムが目に入る。嫌な筈があるもんか。マサキは携帯電話を耳に当てながら着替えを始めた。そして、彼に今からそっちに行くと告げると電話を切って、自分の部屋を後にした。
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