と、いうことで、このお話はここまでにございます。
いやあ、楽しかったです!
どのリクエストもそうなのですが、私の発想の外側から飛んでくるものばかりで、ああ世の中って素晴らしいなと感じ入ることしきり。他人の考えに触れるって楽しいですよね!
リクエスト、本当に有難うございました。
うちの白河は激重な気がしなくもないですが、お気に召していただけますと幸いです。
残り三話となりましたので、ラストスパート頑張ります。では、本文へどうぞ!
いやあ、楽しかったです!
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リクエスト、本当に有難うございました。
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<Confession of love>
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「それじゃあ先攻後攻も決まりやしたし、始めてもらいましょうかね!」
声高らかに宣言した甲児に、マサキは目の前の男を見詰めた。相変わらずの表情に乏しい顔。何を考えているのかは、その表情からはまるで読み取れない。
どう考えても自分の方が不利な気がする……そんなことを考えながら、マサキは息を吸った。
間を空ければ空けただけ云い難くなるのは、自分の性格だ。わかりきっている。王様たる甲児に抵抗する為に大事な言葉だ何だと云ってはみせたが、所詮はゲーム。しかもたかだか五文字の言葉。深刻になる必要などどこにもない。そう云い聞かせて胸の内、何度かシミュレーションを繰り返す。
そして、先ほどまでの騒々しさはどこへやら。犬猿の仲の二人がどう相手に愛してると伝えるのかに興味津々なのだろう。しんと静まり返った酒の席。全員の視線が集まる中、出来るだけ感情がこもらないように努めながら、マサキはシュウに向かって「愛してる」と云った。
「もう一度、お願いします」間髪入れずの無表情。
相手が相手でよかったとマサキは思った。ただでターンが済むとは思っていなかったものの、いざ繰り返しを求められると気恥ずかしさが込み上げてきて、いたたまれなさにどうにかなりそうになる。笑いが込み上げてくるようなことはないものの、鼓動は緊張に跳ね上がったものだ。それでも、相手がこの男であるからか。それが表情に露わになるようなこともなく。
「愛してる」
「本当にそう思っていますか、マサキ」
ゲームであろうと負けるのは嫌と見える。自分が云うより先に決着を付けようとするのは、如何にもシュウらしい。再度促されたマサキは、ゲームの趣旨的に思ってないとも云えずに三度口を開いた。
「愛してる」
「気持ちがこもっていないように思えるのですけどね」
まるで当の立った恋人同士が、倦怠期の最中に愛を確認し合うような義務的な遣り取り。真顔でやっていい会話ではない。それでも傍目には面白く感じられるのか。誰かがひゅうと口笛を吹いた。
マサキはちらとその顔を確認して、後の仕返しを心に誓った。ついでと場を窺ってみれば、誰も彼もが締まりのない顔をしている。下卑たという表現が相応しいにやついた笑顔の数々。好奇の視線に囲まれていることに気付いたマサキは、流石にひとりで四度も云うのはとシュウを睨み付けた。
「だったらお前が手本を見せろよ」
「構いませんよ」
するりと動いたシュウの手が、マサキの肩に置かれる。嫌な予感はしたものの、ここで逃げ出して笑い者になるのだけは耐えられそうにない。マサキはどうにか表情を取り繕いながら、次のシュウのアクションを待った。
ふわりと鼻腔を擽る香水の匂い。
甘ったるい香りを間近に感じた直後、シュウの口唇がマサキの耳元に寄せられる。途端に騒ぎ出す心。そういったゲームであると云い聞かせても治まりそうにない。べたついた付き合いを好まないマサキは、元々スキンシップが苦手なのだ。
だというのに、それを知ってか知らずか。シュウはその体勢のまま、
「――愛していますよ、マサキ」
酔っ払いたちが無責任に最高潮の盛り上がりを見せる中、これまで聞いたことのない優しい声で囁きかけられたマサキは、いけ好かない男の思いがけない一面に顔を紅潮させた。
即座にしまったと思ったものの、酒が入っているからか。マサキの動揺は周囲の人間には悟られなかったようだ。顔に出易い酒を有難く感じながら、人知れず喉に溜まった息を吐く。そんなマサキの反応が期待外れだったようだ。残念と呟くシュウの声。
この体勢でもう一度とせがむのも躊躇われる。マサキが次の言葉を継げずにいると、シュウはマサキの耳元に口唇を寄せたまま、声を殺してクック……と嗤った。そうしてようやくマサキから身体を離すと、腹を抱えて笑っている甲児に向かって、「私の負けでいいですよ、兜甲児。ご覧の通り、笑ってしまいましたしね」と云った。
「ありましたね、そんなことも」
ふと思い出した昔の記憶。シュウはもう覚えていないだろうと思いながらマサキが語って聞かせると、多忙な日々に過去の記憶が押し流されていることも多々ある男にしては、珍しくもはっきりと覚えていたようだ。シュウは声を上げて笑い出したいのを堪えているような表情で、ソファの上。「あの時のあなたは傑作でしたよ、マサキ」手元の本を捲る手を休めて云った。
「俺、ずっと不思議だったんだけどさ」
「何がです」
「お前、何で負けを認めたんだ? 反応出来なかったのは俺の方だろ」
「所詮はゲームですしね」
懐かしい思い出に心を動かされたのか。シュウが開いた本を畳む。
「あまり長く続けて、あの場にいた方々を調子付かせるのもどうかと思いましたし」そして身を屈めると、マサキの耳元に口唇を寄せて、「それともあなたは続けて欲しかったですか、マサキ」揶揄うように囁きかけてくる。
「今となってはな」
感情表現の乏しい男は、こんな風に肌を触れ合わせるスキンシップは躊躇わない割に、言葉で自らの気持ちを表現するのは苦手なようだ。二人の関係が変わってからかなりの年月が経過したものの、たった五文字の感情表現。あのゲーム以降、マサキはその大事な言葉をシュウの口から聞いた覚えがない。
「いつも何だか違う言葉で誤魔化されている気がする」
「大事な言葉ですからね」
続きを読むつもりはないようだ。膝の上の本を除けたシュウに、マサキはだったらとその腿の上に乗り上がった。
胸に背中を預けて少しの間。その規則正しい鼓動を感じる。このまま眠りに落ちてしまいたくなるような心地良さを味わいながらも、訪れた沈黙。このまま終わらせていい話でもないと、マサキは再び口を開く。
「愛してる」
「どうしました、突然」
「云えば云ってくれるんじゃないかって思ってさ」
それに対してシュウは小さく声を上げて笑うだけだった。
不器用な自らの気持ちを表現するように、マサキの腰に回される手。ゆったりとマサキの身体を抱き留めながら、シュウは暫く沈黙を保っていた。やがて、耳に寄せられた口唇。「好きですよ、マサキ」囁きかけられて、マサキは身を竦める。
期待していた言葉とは異なる言葉に、それでも跳ね上がってしまう鼓動。思えばあの時から、ずっとマサキはシュウに囁きかけられるのが苦手なままだ。それはきっと、反射的にあのゲームの時のシュウの声を思い出してしまうからに違いない。
――愛していますよ、マサキ。
その言葉をもう一度、耳にしたいのだと望んでいる。けれどもシュウは、やはりマサキにその言葉を聞かせるつもりはないようだ。「好きで好きでどうしようもない。それでは駄目?」と、マサキを抱き締める腕に僅かに力を込めながら続けた。
「狡いな、お前。俺はちゃんと云ったのに」
マサキはシュウを振り仰ぐ。
シュウは穏やかな微笑みを浮かべて、ただ凝《じ》っとマサキを愛おし気に見下ろしていた。
柔らかさを感じさせるその表情は、かつてのシュウからは考えも及ばないほど。
いつも眉根に皺を寄せて何事か考え込んでいるのが常だったシュウは、マサキと過ごした時間の長さの分だけ、感情を表現する表情を手に入れて行ったものだった。時に弱さを露わにしてみせ、時に獰猛さを露わにしてみせ、時にこうして愛おしさを露わにしてみせる……自分にだけ向けられるシュウの表情の艶やかさに、マサキの心は誤魔化されてしまいそうになる。
けれども、とマサキは首を振った。
こうして身近にマサキが身体を寄せることを許してくれるほどに愛されている。その感情を疑う必要などどこにもないことはわかっているのに、それでもマサキはその気持ちを表すたった五文字の言葉が欲しくて堪らない。
「一生に一度、ひとりの人にしか云わないと決めていたのですよ」
マサキの憂鬱そうな態度に、思うところが出来たのだろう。シュウが不意に口にする。
「それって、人生で一度しか云うつもりがないってことか」
「そうですよ。一番大事な想いを伝える言葉ですからね。矢鱈と云って歩くものでもないでしょう」
時折、シュウがしてみせる巌《いわお》のような表情。その表情のままに頑なな性格の男は、愛情表現においても拘りの強さを発揮をするらしい。そのあまりにもシュウらしい考え方に、マサキはふと表情を緩めかけて、直後に浮かんできた疑問に動きを止めた。
「じゃあ、何でお前あの時にそれを」
そこまで問いかけて、マサキは言葉を詰まらせた。そのたった一度を、シュウは甲児の命令ですることになったゲームで使ってしまったのだ。
いがみあってばかりだったあの頃。そんな関係でしか繋がれなかったマサキ相手に、シュウは大事な言葉を囁きかけた。どれだけ単細胞で鈍感なマサキとて、その事実が示す意味ぐらいは覚れる。シュウはたった一度をあの時点でマサキに使うことを決めていたのだ。
マサキは呆然とシュウを見上げた。憎々しいまでに取り澄ました表情。無表情とは云い難いものの、何を考えているのか読めない表情がマサキに向けられている。かつてはその表情をいけ好かないと感じたこともあったが、今のマサキにはその理由が理解出来る。シュウがこうした表情をするときは、自分の感情を隠したいときなのだと。
「……だから、ポッキーゲームでいいって云ったのか」
「違う機会にしたくもありましたけど、どの道云うつもりだった言葉ですしね。云わずに済ませて永遠に機会を失うより、どれだけ機会が早く感じられても云っておいた方がいい。そう思ったのですよ。とはいえ、あなたに機会を選ばせてあげられなかったのは申し訳なかったですね。だからといって後悔はしていませんが」
胸の中に湧き上がってくる感情を、マサキは何と呼べばいいのかわからない。きっとシュウも同じような感情を、何かの拍子に抱えていることだろう。でなければ、どうして五文字で終わる感情表現を、こんなに大事に扱ってみせたものか。
恋と呼ぶには満たされ過ぎていて、愛と呼ぶには重過ぎる感情。けれども敢えて例えるのだとしたら、それはやはり愛情であるのだ――。
マサキは反射的にシュウの腕を解いた。そして、身体を捩って腿の上に膝を乗せた。高さの合う目線。間近にその涼やかな顔立ちを収めたマサキは、それでいいとシュウに云った。
たった一度の愛情表現を使い切ってしまった男は、きっとこの先もその五文字を口にすることはないのだろう。それでもいい。耳に残るあの日の言葉は、シュウに囁きかけられる度に呼び覚まされる。それは深く刻みつけられた意思伝達の記憶。一度限りのそれをマサキは既に得ていたのだ。
「寂しいですか、マサキ」
「それがお前の考え方だっていうなら、いいさ。その分俺がお前に云うから」
マサキはシュウの頬を両手で包み込んだ。愛してる。云っても云っても云い足りない。愛してる。僅か五文字の感情表現。愛してる。それを繰り返し口にしながら、マサキはその都度シュウの口唇に自らの口唇を重ねていった。
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