ちゃんと観光させましたよ!!!!!!
私がこのふたりに会話をさせようとすると何かおかしな方向に向かいますが……その辺りは、申し訳ない。手癖ということでご了承いただけたら。ホント、どんな会話をするんでしょうね、このふたり。その辺り、未だに理解度が足りないです。
次回はようやくあのプールが役立つことになります。やったー!ここを書きたかったんですよ!
といった感じで次回予告をしつつ、では本文へどうぞ!
私がこのふたりに会話をさせようとすると何かおかしな方向に向かいますが……その辺りは、申し訳ない。手癖ということでご了承いただけたら。ホント、どんな会話をするんでしょうね、このふたり。その辺り、未だに理解度が足りないです。
次回はようやくあのプールが役立つことになります。やったー!ここを書きたかったんですよ!
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<Lotta Love>
「顔色が良くなりましたね」
「ああ。もう、大丈夫だ」
のそりと上半身を起こす。頬に触れるシュウの手がマサキの様子を確かめるように何度か撫でて、その回復を認めたのだろう。静かに離されると、トートバックに伸びる。
「なら、のんびり棚田を見て回るとしますか。トレッキングのルートもあるそうですけど、どうします? 一時間ほどで戻って来れるようですが」
「折角来たんだ。歩くに決まってるだろ。タクシーは待たせておくのか」
「勿論。わざわざここまで新たなタクシーを呼ぶのも酷な話ですし」
一体、今日一日でどれだけの金を観光に使うつもりなのか。タクシーを駐車場に待たせてのトレッキングとは、中々に優雅な選択をしてくれたものだ。しかも既に一週間以上、高級ヴィラに滞在を続けているのだ。その出費は相当な金額に達していることだろう。
それもこれも、ひとりで過ごすバカンスの為。
そのバカンスに自分が帯同していていいものかと思いながらも、居ろと云われて居る身でもある。帰れと云われるまではつきあってやる。マサキは先に降りたシュウを追って、自身もまたタクシーを降りた。
駐車場を出て少し歩くと、綺麗に舗装された道の脇に|JATILUWIH《ジャティルイ》の文字を象った看板が立てられている。巨大なウェルカムボードのようにも見える。世界遺産にも登録されている棚田だ。もっと自然のままの風景が広がっているだろうと思っていたマサキは、その人工的な造りに少なからず衝撃を受けた。
「観光客対策でしょうね。こうしておいた方が、余計な場所を踏み荒らされずに済むのでしょう」
「ああ、成程な。観光ルートをはっきりさせておくのか。確かに、地元の人間からしたら大事な水田だ。踏み荒らされちゃたまったもんじゃない」
また少し歩く。
人工的な造りといっても、肝心の棚田には余計な手は入っていないようだ。柵で区切られた観光客用の道の向こう側に広がる雄大な自然。青々とした田んぼが丘陵に階段状に並び、踏み均《なら》されはしているもののあぜ道も見える。その奥に居並ぶ山々。乾季を我が世の春とばかりに、新緑に染まっている。
溢れる緑と抜けるような青空のコントラストが目に焼き付く。マサキは夢中になってスマートフォンで写真を撮った。
「三期作なのだそうですよ」
「ここの水田が?」
「そう。恵まれた気候のお陰でね」
「二期作は学校で習った気がするけど、三期作は習ったかな。って、ことは休耕期間も置かずに次々作ってるってことか。そんなに間を空けずに作れるもんなんだな、米って」
「私は稲作にはあまり詳しくはありませんが、三期作が短いサイクルであることには理解が及びますよ。運が良かったですね。これだけ棚田が青々とした状態の時に来られて」
やがて、観光写真映えしそうな少し凝った作りの看板が、ひっそりと道の端に立っているエリアに出た。表面に「|Tracing Route《トレッキングルート》」の文字と道を示す矢印。どうやらここから散策ルートに突入するようだ。
「大分、暑くなってきましたね。タオルと水を渡しておきますよ、マサキ」
「その割には、お前。あんまり汗を掻かないよな」
マサキはシュウに渡されたタオルを首にかけ、早くも額に浮かんできた汗を拭った。そして、既に温くなったミネラルウォーターをついでと口に含む。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですよ」
「気持ちひとつで汗が止まるなら、生理現象に人間が悩まされることなんてないだろ」
本気とも冗談ともつかない台詞を吐いたシュウは、初めての道をまるで知った道かのような足取りで進んで行く。のんびり棚田を見て回ると云った口は何処に行ったのか。うかうかしていると置いて行かれそうなスピード。方向音痴のマサキには真似出来ない。
「あんまり急ぐなよ」
左右に広がる棚田を眺めながらゆっくり散策と行きたいマサキとしては、そうでなくともシュウの歩くスピードは早く感じられるのだ。小走りに後を追って、その背中を掴む。
左右に広がる棚田を眺めながらゆっくり散策と行きたいマサキとしては、そうでなくともシュウの歩くスピードは早く感じられるのだ。小走りに後を追って、その背中を掴む。
「ゆっくり見て回ろうって気はないのか、お前は。情緒ってもんがねえ」
「何か興味を引くオブジェクトがあれば話は別ですが、今の所、同じような景色が続いているようにしか見えないですね。逆に、同じような景色を何枚も写真に残そうと思えるあなたが、私には不思議に思えて仕方がないですよ、マサキ」
「些細な表情の違いってもんがあるだろ。例えば、ここから見える景色の右側と左側。同じような棚田に見えても、傾斜の角度だったり、木々の種類や数だったりが違うだろ」
「それは幾ら何でも理解出来ますよ。ただそれが何だと聞かれると、同じものとしか云い様がないでしょう。他に表現する言葉がありますか。あるのだとしたら、教えていただきたいぐらいですが」
「何だかな。お前、芸術作品の違いはわかるのに、自然の景観の違いはわからないのな」
「興味が向いている先が違うのでしょうね」
とはいえ、マサキの訴えを聞き入れてはくれるようだ。歩みを遅めたシュウに、それでもこの男のこと。また何処かで自分のペースで歩き出さないとも限らない。マサキは彼のシャツを掴んだ手を離せずにいた。
南国の木々が点在する中、見知った水田が並ぶ景色は、日本の風景よりもラングランの風景に近いような気がした。いつかラングランで目にした段々畑は、こんな景色ではなかっただろうか。マサキの中で薄れつつある記憶は、その色を褪せさせつつあったけれども、燃える緑が美しいラングランのことだ。きっとあの段々畑も、このぐらいには青々とした作物を生やしていたに違いない。
時にシュウのシャツを引いて、足を止めて写真を撮る。行儀のいい所作ではないとわかっていたが、こうでもしないとシュウとはぐれてしまいそうだ。シャツが伸びるのを心配しているのか。シュウはあまりいい顔をしなかったが、マサキに云われる前に歩みを遅めなかったこの男が悪い。
それをシュウも頭では理解しているのだろう。きっぱりとマサキを引き剥がすこともせず、させるがまま。マサキは遠慮なく、話したいことや見たいものがある度にそのシャツを引いた。
「先ほどの話の続きですが」
「何の話の続きだよ」
トレッキングルートの道端には、観光客向けと思しきオブジェクトが点在していた。
まるで電柱がそそり立っているようにも見える竹製の柱。茅葺で作られた休憩所。生きている牛を収めた牛小屋もあれば、神を祀っていると思しき小さな祠もある。どれも小綺麗に手入れをされている辺り、観光地なのだと思い知らされる。とても水田の只中にあるとは思えないぐらいに清潔さは水田にも影響をあてているようだ。
そもそもマサキの知っている田んぼには蚊や蝿も飛んでいたものだが、ここにはそう感じるほどに虫が飛んでいる様子もなかった。牛小屋ですらそうだ。もしかすると、オブジェも含めて、この棚田一帯は例の水利組合《スバック》によって管理されているのかも知れない。
その雑多なオブジェクトを目にしたシュウは、文化が入り乱れている地域なのでしょうねと、感心した様子でそれらを眺めていた。
その雑多なオブジェクトを目にしたシュウは、文化が入り乱れている地域なのでしょうねと、感心した様子でそれらを眺めていた。
そうした話の続きだろうか。
そろそろ三十分ほどの道のりになった。話のついでに少し足を休めるのもいい。そんなことを考えながら、道の端。どうしてここにこんなものがと思わずにいられないシーソーに、マサキはシュウのシャツから手を離すと腰を下ろす。
「子どもを飽きさせない為の工夫でしょうかね。それにしては不思議な場所にありますが」
真新しい木製のシーソー。公園にあるようなどっしりとした造りではなく、全体的に細く、マサキでは足が余ったものだ。連れて来た子どもを遊ばせる為のものだろうか。それにしては、唐突に遊具が姿を現してくれたものである。
このオブジェのちぐはぐさ加減は、自分も目にしたことがある何かに似ている……マサキは少し考えて、至った答えを口にすることにした。
このオブジェのちぐはぐさ加減は、自分も目にしたことがある何かに似ている……マサキは少し考えて、至った答えを口にすることにした。
「思いつく限りのオブジェを作ったんじゃないか。こっちの人間って、昨日のバトラーもそうだけど、親切ではあるように思えるし。ほら、よくあるじゃねえか。ラングランでもさ。地方になると、何が元になってるかわからないオブジェが街の中心地にあったりさ。精一杯背伸びして、都市らしく見えるように作ったオブジェっていうかさ……」
「ああ、確かに。そういったセンスに通じるものがありますね、このシーソーは」
「ところで、お前の話って何だよ」
思いがけず姿を現したシーソーの所為で話しが逸れてしまったが、元々はシュウがしようとしていた話。それを聞く為にマサキは足を止めたのだ。聞かずに済ませるのも――、と、尋ねてみれば、
「大した話ではありませんよ。汗が気合いで止まるという話をしようかと思っただけで」
「根性論かよ。お前、その博士号は何の為にあるんだ」
「実際、人間の生理現象は気持ちで何とかなるものではあるのですよ。例えば、尿意。我慢し続ければ、貯まった尿が膀胱の底を広げ、貯留出来る尿の量を増やすことが知られています」
「本当かよ」
「尤も、我慢のし過ぎは膀胱炎を招くので、どこに限界を求めるかが肝要になりますがね。ただ、我慢をせずに行きたい時にトイレで用を足すようになると、膀胱は確かに縮むのですよ。人間の臓器は使われないと、その機能を縮小させるように出来ていますし」
「じゃあ何だ。汗を我慢しようという気持ちがあれば、汗腺だっけ? それが機能を縮小するってか。幾ら何でもそれはないだろ。気持ちでどうにかなっていい問題じゃない」
マサキはミネラルウォーターを口に含んだ。お前も飲めよ、とシュウに促す。
照り付ける太陽の下、うっすらと汗を浮かばせているものの、マサキよりは少ない汗の量。汗が体温調節の機能を果たしていることぐらい、如何に学の足りないマサキでも知っている。
言葉の通じない見知らぬ土地で、連れ合いたるシュウに倒れられでもしようものなら、どうなったことか。マサキではその不測の事態にひとりでは対処しきれないのだ。
「モデルが汗を掻いているのを見たことがありますか?」
「またお前はそうやって話を飛躍させやがって」
「ステージ上を照らし出すスポットライトや撮影用のライトというものは、私たちが日常的に使用している電気よりも光が強いでしょう。それ即ち、熱量が高いということ。それでも彼らは汗ひとつ掻かない」
「だから根性で何とかなるって? それは水分補給を控えているだけなんじゃないのか」
「美容には水が必要ですよ、マサキ」
「お前の口から美容なんて言葉が出て来るとはな」
そろそろ、と水分補給を終えたシュウが、マサキに手を差し出してくる。確かに、この夏日の中。いつまでも動かずに太陽の下でじっとしているのも、身体には良くないだろう。マサキはその手を取って、シーソーから離れた。
「サフィーネたちが煩いのでね。肌にいい食べ物や飲み物はあれだこれだと、ふたりして日々姦しく談義しているものですから」
「テュッティとミオもそんな感じだぜ。あそこの化粧水が良かったとか、乳液はこれだとか。毛穴の広がりを抑えるのにいい洗顔方法はあれだこれだって騒がしいよな、あいつら」
そのまま、シュウはマサキの手を引いて歩き始めた。
駐車場にそれなりに居た観光客たち。トレッキングコースに進む客はそこまでではないのだろうか。長く先に続く道には、観光客らしき姿は窺えない。気になったマサキは後ろを振り返ってみた。
かなり遠い位置に、一組の夫婦と思しき観光客の姿。
なら、いいか。マサキはシュウの手を握り返した。その反応で、了承を得られたのだと思ったのだろう。シュウは指先をマサキの指に絡めてくると、「のんびりと散策をするのも悪くはないものですね、マサキ」と云った。
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