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あおいほし

日々の雑文や、書きかけなどpixivに置けないものを。

Lotta Love(13)
俺はプールにヤツを入れたぞジョジョォ!!!!
いやホントにそういう回なので……

書きたい山場が幾つかある内のひとつをようやく書けました!
ここまで辛抱強く読み進めてくださって有難うございます。拍手、コメ、本当に有難かったです。お陰で第一の山場であるここまで書ききれました!

お気に召して頂けると幸いです。では、本文へどうぞ!
<Lotta Love>

「何か手伝いますか」
「今日は流石にな。あれもこれもお前任せにしちゃ悪いだろ。俺がやるからゆっくりしてろよ」
 思えば洗濯から、バトラーへの注文。タクシーのドライバーとの交渉に限らず、行き先を決めるのも荷物を持つのもシュウに任せきりにしてしまった。読み書きも怪しい上に、ブロークンな英語しか話せない以上は仕方がないこととはいえ、これだけシュウに負担をかけておいて平然とした態度を保っていられるほど、マサキは尊大には出来ていない。
 それなら、とシャワーを浴びに行ったシュウが戻るまでの間の時間を使って、マサキは夕食の準備を進めた。
 痛みが早そうな野菜や肉を中心に、軽く済ませてしまった朝昼の分も栄養が補えるようにと食材をふんだんに使って調理をした料理の数々。ありったけの野菜を煮込んだスープ、色とりどりの野菜を使ったサラダ、そして現地の調味料を使って味付けをした肉のグリル。流石にこの後、プールを控えているマサキは口を付けなかったけれども、シュウは目にも華やかな料理に我慢が利かなかったようだ。ワインを片手に一時間ほど。ゆっくりと食事を楽しんでいた。
「あんまり飲み過ぎるなよ。先に寝られちゃたまったもんじゃねえ」
「私はプールに入る訳ではありませんからね」
「だからって寝るまでは飲むなよ。ひとりで入っててもつまらねえ。せめて側にはいろよ」
「努力はしますよ」
 先に食事を終えたマサキは、シュウをリビングに残してバスルームへ。シャワーを浴び、身体の汗や埃を洗い流す。どうせプールの後にまた浴びなければならないのだ。ひと通り身体を洗う程度に留めて、そう時間もかけずにバスルームを出る。
 時刻は20時に迫ろうとしていた。
 一日が過ぎるのはあっという間だと思いながら、とうに過ごし易くなった陽気の中。水着に着替えて中庭に出れば、リビングから場所を変えたシュウがデッキの上、ローブ一枚でウッドチェアーに身体を収めて読書に励んでいるところだった。
「昨日も思ったけど、こっちの夜は過ごし易いな。日本の蒸した夜とは大違いだ」
 そうですね、と気のない返事。読書に集中しているのだろう。他人に気が回らない様子のシュウを尻目に、マサキはそこそこの広さになるプールに身体を浸す。
 シャワー後の火照った身体をひんやりと冷やす水の心地良さ。リビングから眺めていた分にはもっと浅く映ったものだが、実際に身体を浸けてみれば腰から胸の間ぐらいまでの深さがある。長さは15メートルほど。軽く泳ぎを楽しむのには不足がなさそうだ。ざばん、と頭まで水に身体を潜らせたマサキは、そのまま身体を水に浮かべた。
 両手で水を掻きながらゆっくりと、プールの端まで泳いでみる。
 解放感、限りない。
 もっと広さがあれば、より楽しく泳げたことだろう。物足りなさを覚えながらも、プールの端まで泳ぎ切ったマサキは空を仰いだ。星が煌めく夜空の下、照明に照らし出されたプールでの遊泳は、まるで自分の為だけに用意されたステージに居るかのようにも感じられたものだ。テンションの上がったマサキは、その気分に任せるがまま、It's Show Time! 声を上げながら、シュウに向けて水を弾いた。
 水音がし始めたことで、多少はマサキに気を向けていたらしい。そのまま水を被るかと思われたシュウだったが、そこは流石の反射神経。ウッドチェアーから素早く身体を退くと、溜息と共にマサキを振り返る。そして、論外な方法で読書を中断させられたことが不満だったに違いない。咎めるような眼差しを、凝《じ》っと。真っ直ぐにマサキに向けてきた。
 それを笑顔でいなして、マサキは云った。
「俺から目を離して本を読んでるからだ」
「随分な我儘を云ってくれる」
 溜息混じりにそう呟いたシュウが、奥のウッドチェアーに本を畳む。最早、読書を続けるのは難しいと悟ったのか。彼は仕方がないといった様子で水辺に近付いてくると、ローブの裾を捲ってプールの縁。腰を下ろすと足先を水に浸け、ほら、と手に救った水をマサキに浴びせ始めた。
「いっそ入ればいいだろ」
 その水を顔から浴びながら、マサキはシュウへと近付いた。
 水を掻いている手を掴む。濡れるとしてもローブ一枚。そう思いながら、シュウの膝の上に乗り上がる。マサキ、と途惑うように自分の名前を呼ぶ口唇に、マサキは濡れて冷えた自分の口唇を押し当てた。
 やがてシュウの手がマサキの腰に回される。今だ。マサキは瞬間、シュウの首に絡めていた腕を引いた。
 体重を乗せて、後ろへ。
 派手に音を立てて弾け飛ぶ水飛沫。深さのないプールでは、足を底に付けるのも容易いものだ。直ぐに水の中から身体を起こしたシュウが、ようやくマサキの企みに気付いたらしい。溜息をひとつ口元から零すと、瞼にかかる髪もそのままに。先ずはと開いたローブの襟元を正す。
 嗚呼、やはり。と、マサキはシュウのその動作に、一抹の寂しさを感じすにいられなかった。
 とうに気まずさは感じなくなっていたものの、こうした不意の出来事に対してシュウがしてみせる反応は、マサキにそこまで気を許している訳ではないのだと感じさせたものだった。だからといって自分だけを特別扱いして欲しいなどと、子供じみた考えに囚われている訳ではない。マサキはただ、目の前の男がいつまでも癒えない傷を抱えているのが目に余っているだけ。
「……前からずっと思ってたんだけど、その胸の傷。どうしてお前、隠そうとするんだ?」
 マサキにとってその傷は、彼が思っているような後ろめたいものではなかったからこそ、尚更に。
「見せていい傷ではないのでね。見せたくもなければ、見て気持ちのいいものでもないでしょう」
「そうかな。俺は好きだけどな。お前が生き抜いた証だろ、それ。誇ることであれ、隠すようなものじゃないだろ」
「生き抜いた……?」
 プールに腰まで浸ったままのシュウは、そこから動くこともせず、目の前に立つマサキの言葉を聞いている。どうやらマサキの言葉に僅かながらも関心を持ったようだ。聞き返されたマサキは、そうだと頷いた。
「出て行きたかったんだろ、お前。王室をさ」
「さあ、どうでしょうね。今となっては、自分のことながらわかりかねる部分も多い。もしかすると私は幼さ故に出来ることが限られていたからこそ、あの世界に絶望してしまっただけなのかも知れない」
「でも、当時は出て行きたかった」
「そうですね……そう、きっと、そうなのでしょう」
 努めて冷静さを保っているように見えるものの、その口調は動揺がありありと窺えるものだった。よもやこのタイミングで、胸の傷痕についての己の考え方をマサキに詰められるとは、シュウも思っていなかったに違いない。けれどもマサキは退こうとは思わなかった。いつかは云おうと思っていたことだ。
 シュウにとっては心にまで届いてしまっている傷痕。癒したい、などと思い上がったことは考えていなかった。ただ、世の事象は物の見方ひとつで変わるものでもあるのだと、マサキに教えてくれたのがシュウであったからこそ、マサキは逆にその傷跡も同様であるということをシュウに伝えたかった。
「今みたいな立場になっても出て行きたかった世界で、お前が生きて、生きて、生きた結果の傷だ。凄いよな、お前。その傷を受けても、お前は生きることを諦めなかった」
「結果的には破壊神に身を委ねてしまいましたがね」
「でも、生きてる」
「ええ。生きていますよ、私は」
 あなたが助けてくれた命だ。そう呟く声が続いた。
 それは違う、とマサキはシュウの言葉を否定するのを避けた。今、ここでそこまで話を広げてしまっては、云いたいことが伝わらなくなってしまう。マサキが伝えたいのは、自分の行動の是非ではない。あの時の自分はああするしかなかった。それは、それ以上でもそれ以下でもない現実だ。
 振り返っては思うことがある。もっと自分は上手くやれたのではないかと。ただシュウを追い続け、倒し、それで何が解決したかと云えば、何も解決しなかったラングランの事変。現実とは過酷なものだ。回り出した歯車は止まらない。
 確かにシュウは切欠だった。
 ではシュウをそう至らせた切欠は何だ? この世の全ては因果で出来ている。原因を求め出しては際限がないとはいえ、彼ひとりが断罪されて終わりとなっていいものか! それはシュウの意思ではなく、その影に隠れていたサーヴァ=ヴォルクルス、或いはその巨大な怨念の意識を意のままにしようとする邪神教団の意思であったのに!
「だから、誇れよ」
 絶望と云う名の破壊神、サーヴァ=ヴォルクルス。神――としか形容し難い存在がシュウの意識を飲み込んでしまったのは、それでもシュウが生きることを諦めなかったからだとマサキは思っている。
 生とは人間の根源的な欲求だ。それなくして他の欲は生まれない。
 極限状態に晒された瞬間に、本能的に生きることにしがみ付いたシュウを、どうしてマサキが責められよう。戦場で命を賭して戦っているとはいえ、いざ危機を迎えれば、マサキとて本能的に自分が生き残る道を選択している。生存本能、それは人間に授けられた本能的な危機回避能力であるのに。
「今直ぐに、なんて云わない。いつか、でいい。いつかでいいんだ、シュウ。云っただろ。俺はその傷が好きだって。お前が生き抜こうと思わなければ残らなかったその傷が、俺はどうしようもなく好きなんだ」
 そしてマサキは、ローブから覗いているシュウの胸の傷に手を這わせた。
 壊れ物を扱うよりも繊細に、その傷痕を手のひらで辿る。そうですね、いつか……とシュウが口にするのが聞こえてくる。そしてふたりの間に降る、躊躇うような沈黙。きっと彼は物思いに耽っているのだ。過ぎてしまった時間と、取り戻せない自分の心と、いつまでも打ち込まれる楔となって自らの意識を分断する記憶を振り返りながら。
 暫くずっと、彼の胸に疾《はし》る傷跡を眺めていた。
 ――そうですね、マサキ。あなたの云う通りだ。
 諦めにも似た感情。やはり自分では無理なのか。そう思いつつあったマサキの頭上から響いてきた声に、マサキは反射的に顔を上げていた。それはシュウがいつものように振り切れない思いに囚われているような声を出したからではなかった。そう、それは真逆。まるで初めて世界をその目に捉えたかのような、覇気に満ちた力強い声。
「明日は海に行きましょう、マサキ」
 マサキの身体を抱き寄せながらそう続けたシュウは、ややあって、返す言葉に困っているマサキに、有難うと確かな言葉を囁きかけると、何事もなかった風に「行きたくない?」と尋ねてきた。


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